【78番外】 本物よりリアル
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ChatGPTと一緒に制作した、「時環遊技場」短編集です。 舞台は、未来都市・郊外第9区。昭和の手打ちパチンコから平成中期のCR機までが残る古い遊技場に、人間、ロボット、アンドロイドが集まる。そしてそこでは時々、不思議なことが起こる。ちょっと懐かしくて、少し不思議なパチンコ店の物語。
本文
郊外第9区の午後。空には配送ドローンが規則正しく飛び交い、遠くの高層ビルには新作ホログラム映画の巨大な広告が浮かんでいた。
その街並みから少し離れた古い建物の一角で、時環遊技場は今日もいつも通りの営業を続けている。
入口の自動ドアが開くたび、店内からパチン、パチンと小気味よい音が漏れた。使い込まれた床に蛍光灯の光が落ち、カウンターの脇では、どこか懐かしい色合いのネオンがかすかに瞬いている。店内を五匹のメダカが、透明な体に細い回路模様を透かしながら、ゆったりと泳いでいた。
そこへ、店の前に一台の大型撮影用車両が停まった。
続いて、機材を満載した運搬ロボットが数台。ホログラム照明を抱えたスタッフ、カメラを担いだ撮影技師、腕に何枚もの資料を挟んだ美術担当者が、次々と入口へ向かってくる。
先頭を歩いていたのは、銀色の髪を後ろになでつけた男性だった。未来都市で人気を博しているSFドラマ『クロノス・フロンティア』の監督、レオン・ヴァイスである。
「ここか……!」
自動ドアが開いた瞬間、彼は足を止めた。店内を見渡したまま、数秒間、微動だにしない。
象牙色に少し黄みを帯びた壁。長年の使用で細かな傷が刻まれた床。天井に並ぶ白い蛍光灯。そして、整然と並んだ古いパチンコ台。
どれも最新の立体再構築技術で再現しようとすれば、もっと均一で、もっときれいで、もっと「それらしい」ものになってしまう。だが、この店には、長い時間を経て初めて生まれる不揃いさがあった。
「……すごい」
監督の口から、思わず感嘆が漏れた。
「すごいぞ。美術監督、君、これを見たか? この床! この壁の色! この蛍光灯の微妙な光の広がり! 作り物じゃない!」
「ええ、ですから実際の旧時代建築を探して、ここまで来たわけですが……」
「探したんじゃない。奇跡を引き当てたんだ!」
監督は興奮した様子で店内を歩き始めた。後ろからついてきた美術担当者も、最初は仕事の顔を保っていたものの、カウンター周辺の鏡張りの壁や、半分ほどしか光っていないネオン装飾を見つけると、思わず足を止めた。
「このネオン、経年劣化の再現じゃないですよね?」
「ええ、実際に古くなったものですからね」
店主がカウンターの向こうから、穏やかに答えた。
いつも通りの落ち着いた声だった。撮影隊が大挙して押し寄せてきても、特に驚いた様子はない。事前に撮影の許可を出していたのだから、当然といえば当然である。
監督は店主の姿を見るなり、また目を輝かせた。
「あなたが店主さんですか! いやあ、素晴らしいお店ですね! この雰囲気は、現代の建築技術ではなかなか再現できません。撮影に協力していただいて、本当にありがとうございます!」
「こちらこそ、お声がけいただきありがとうございます。営業しながらになりますので、ご不便をおかけすることもあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
「とんでもない! むしろ、この営業中の雰囲気こそ撮りたいんです!」
そのとき、店の奥から、パチン、とひときわ気持ちのよい音がした。
「おっ、来た来た!」
常連の男性が、台の前で小さく拳を握っている。
監督は振り返り、すぐさま撮影監督を呼んだ。
「聞いたか、今の音! あれだよ、あれ! ああいう自然な音が欲しいんだ!」
「監督、今のは撮影用の効果音ではありませんよ」
「分かってる! だからいいんじゃないか!」
監督は満面の笑みである。
こうして、時環遊技場での撮影は、予想以上に順調な滑り出しを見せた。
*
撮影するのは、ドラマの中盤に登場する重要な場面だった。
物語の舞台は、文明が何度も興亡を繰り返した未来。主人公たちは、失われた時代の記録を探すため、地下に埋もれた旧時代の娯楽施設へと足を踏み入れる。
そこには、かつて人々が熱狂したという謎の遊技機が並んでいる。機械の大半は沈黙しているが、主人公が一台に触れた瞬間、古い装置が目を覚まし、過去の映像を映し出す――という筋書きだ。
撮影用の機材は、店内の通路を塞がないよう慎重に配置された。ホログラム投影機が天井付近に浮かび、カメラの前には、古びた機械を演出するための微細な粒子エフェクトが設定されている。
「では、最初のテストに入ります!」
助監督の声が響いた。
主演俳優が台の前に立ち、ゆっくりと手を伸ばす。指先がガラス面に触れると同時に、投影機が作動した。
空中に青白い光が広がり、細かなデータ片が舞い上がる。古い機械が目覚めていく様子を表現する、最新の映像技術による演出だった。
「カット!」
監督はモニターを確認し、満足げにうなずいた。
「いいね。もう少し光の密度を上げよう。古い機械の中に、膨大な情報が眠っている感じだ。もっと神秘的に!」
「了解しました」
技術スタッフが設定を調整する。
その間、主演俳優は台の前で手を下ろし、撮影用のガラス面を眺めていた。実際のパチンコ台を間近で見るのは初めてらしい。
「これ、本当に動くんですか?」
近くにいた従業員アンドロイドが、丁寧に答えた。
「はい。もちろん、こちらは撮影用の装置ではありませんので、通常の遊技機として動作しますよ」
「ですよね。こんなに古い台が、さすがに自分で光ったりは……」
俳優が言いかけたところで、台の内部から、カチリ、と小さな音がした。
彼は口を閉じた。
液晶画面のない古い台だった。内部の役物がわずかに動き、ガラスの向こうで、金属部品がかすかに揺れている。
「……今、動きました?」
「ええ」
従業員アンドロイドは、台を見ながら首を傾げた。
「通常の動作とは少し違うようですが……」
その声が聞こえたのか、監督がすぐに振り返った。
「何かあったのか?」
「いえ、台が少し動いただけで……」
「いいね! 今の動き、撮影に使えるかもしれない。もう一度やってみよう!」
主演俳優が困ったように笑った。
「監督、僕は何もしてませんよ?」
「もちろん分かってる! だからこそ自然なんだ!」
監督は、何も分かっていなかった。
*
午後になり、撮影は本番に入った。
照明が落とされ、店内の一角だけが青白い光に照らされる。主演俳優が古い台に手を伸ばし、眠っていた機械が目覚める瞬間を演じる。
「アクション!」
指先がガラスに触れた。
その瞬間、台の内部から、パチン、と乾いた音が響いた。
次いで、役物が動く。ここまでは、先ほどのテストと同じだった。
だが、次の瞬間。
台の奥から、青白い光がすうっと広がった。
撮影用のホログラムとは違う。光は投影機から放たれているのではなく、台そのものの内側からにじみ出ているようだった。
ガラス面に細かな光の筋が走り、古い盤面の上に、見たこともない図形が浮かび上がる。
それは文字のようでもあり、回路図のようでもあった。
「……え?」
主演俳優の声が、思わず漏れた。
監督はモニターに身を乗り出した。
「すごい……! このエフェクト、誰が設定した?」
「設定していません!」
技術スタッフが即座に答えた。
「投影機は待機状態です! 今の光は、うちの機材からは出ていません!」
「じゃあ、どうやって映しているんだ?」
「分かりません!」
監督は、技術スタッフとモニターを交互に見た。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「……続けよう」
「監督!?」
「止めるな! 今のは最高だ! カメラ、回っているな?」
「回っていますけど!」
「よし!」
監督は、興奮のあまり立ち上がった。
「これだよ! こういう映像が欲しかったんだ! 人工的なエフェクトじゃない、本物の機械が目覚める瞬間! 見てくれ、この光の揺らぎを!」
そのとき、店内の別の台から、パチン、と音がした。
続いて、もう一台。さらに、もう一台。店内のあちこちで、古い台が小さな音を立て始めた。
常連客たちが、次々と顔を上げる。
「ん? なんだ?」
「今日はずいぶん賑やかだなあ」
撮影隊の照明が反射しているのかと思った客もいた。だが、台の盤面に走る光は、照明の向きとは関係なく動いている。
従業員アンドロイドは、カウンターの中から店内を見回した。
「店主、少し様子がおかしいようです」
「そうですねえ」
店主は静かにうなずいた。
手元では、客に頼まれたコーラの瓶を用意している。慌てた様子はないが、光を放つ台のひとつひとつに、確かに目を向けていた。
やがて、店内の光が一斉に強まった。
青、緑、琥珀色。古い盤面の上を、無数の光が流れていく。まるで、店内に並んだ機械同士が、互いに何かを伝え合っているかのようだった。
「……監督」
撮影監督の声が、かすかに震えた。
「これ、止めたほうがいいんじゃないですか?」
「何を言っている。こんな映像、二度と撮れないぞ!」
「いや、でも……!」
「カメラを寄せろ! あの奥の台も撮るんだ!」
監督の指示に、カメラマンは半ば反射的にカメラを向けた。
すると、ファインダーの中で、ひとつの台がゆっくりと明滅した。
画面の中央に、光の筋が集まっていく。
その形は、まるで――
「……時計?」
誰かがつぶやいた。
盤面の上に浮かび上がった光は、文字盤のような円を描いていた。針のような線がゆっくりと回り、目盛りのような模様が、その周囲を囲んでいる。
だが、そんな仕掛けは、台のどこにもなかった。
カメラマンは息を呑んだまま、撮影を続けた。
監督も、技術スタッフも、主演俳優も、誰も動けなかった。
ただひとり、店主だけが、カウンターの向こうから静かにその光景を見つめていた。
「……ふむ」
小さく、何かを確かめるような声が漏れた。
それから店主は、手元の瓶コーラをいつもの調子で客のもとへ運んでいった。
「お待たせいたしました」
客はコーラを受け取りながら、光る台をちらりと見た。
「店主、今日のこれは何なんです?」
「さて、私にも何とも」
店主は微笑んだ。
「ただ、撮影の皆さんには、いい映像になったのではないでしょうか」
*
数分後。
店内の光は、何事もなかったかのように消えていた。
台はいつもの姿に戻り、盤面には古びた釘と役物が並んでいる。蛍光灯の白い光が床を照らし、カウンター脇のネオンが、少し頼りなく瞬いていた。
撮影隊は、しばらく誰も言葉を発しなかった。
最初に口を開いたのは、監督だった。
「……今の、全部撮れているか?」
「はい。記録されています」
「編集で再現できるか?」
「……無理です」
「無理?」
「映像は撮れています。でも、あの光の動きがどうやって発生したのか、まったく分かりません。光学的な反射でも、ホログラムでもないんです」
監督は、モニターを見つめたまま、しばらく黙り込んだ。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……最高だ」
撮影監督が頭を抱えた。
「監督、そこは怖がるところじゃないんですか……?」
「怖がる? 何を言っているんだ。これこそ、我々が求めていた映像だ!」
監督は興奮を抑えきれない様子で、スタッフたちを見回した。
「いいか、今日の撮影は予定を変更する! この店の中で撮れるものは、全部撮る! あの台も、その台も、カウンターも、ネオンも! この空間そのものが作品だ!」
「監督、営業中なんですが……」
「もちろん、お客様の邪魔にならない範囲でだ!」
その言葉に、常連の男性が笑った。
「おう、いいよいいよ。こっちはいつも通り打ってるからさ」
隣の女性客も、台から目を離さずに言った。
「撮影って大変ねえ。でも、さっきの光、きれいだったわよ」
その隣では、ロボットの常連が機械音声を少しだけ弾ませた。
「記録映像として保存したい現象でした。撮影隊の皆さん、可能であれば、あの光の発生条件を後日教えてください」
「こちらが知りたいくらいです!」
撮影監督が、思わず叫んだ。
店内に笑い声が広がった。
店主はその様子を眺めながら、カウンターの上に空いたコーラの瓶を片づけていた。
ふと、撮影隊のひとりが店主に近づいてきた。
「あの……店主さん。さっきの現象、以前にもあったんですか?」
店主は少し考えるように、視線を店内へ向けた。
「そうですねえ。長く営業しておりますと、いろいろなことがあるものです」
「……それは、つまり?」
店主は、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
*
その日の撮影は、予定時間を大幅に超えて終了した。
帰り際、監督は店主と何度も握手を交わし、次回の撮影について熱心に相談していた。
「ぜひ、続編でも使わせてください! 次はもっと大規模な撮影になると思います!」
「ありがとうございます。皆さんのお仕事がうまく進みますように」
「いやあ、本当に素晴らしい店だ……!」
撮影隊の車両が去っていくと、時環遊技場には再び、いつもの静かな賑わいが戻った。
従業員アンドロイドが、店主の隣で小さく首を傾げた。
「店主。先ほどの現象ですが、原因を調べなくてもよろしいのですか?」
「そうですねえ。気にはなりますが、今はお客様もいらっしゃいますから」
「……確かに、そうですね」
アンドロイドは納得したようにうなずき、カウンターの整理に戻った。
店主は、店内を見渡した。
古い台は静かに並び、蛍光灯は変わらず白い光を落としている。五匹のメダカは、何事もなかったかのように店内を泳いでいた。
そのうちの一匹が、ふいに向きを変えた。透明な体の中を、細い銀色の線が一瞬だけ走る。
店主はそれを見て、ほんの少しだけ目を細めた。
「……さて、明日はどんな一日になりますかね」
そして、いつものように、次のお客様を迎えるためにカウンターへ戻っていった。
時環遊技場の営業は、まだ続く。
撮影隊が持ち帰った映像が、未来都市を騒がせることになるとも知らずに。