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第五十一話 剣の消えた夜

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/7 📚 シリーズ: Reincarnation -Record of memories- 📝 7,050文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

遺した記録、貴方の記憶、その手で全て解き明かして。

本文

翌朝、トーマが記録帳を開くより早く、王城の廊下を駆ける足音が聞こえた。

短棒を手に取ったところで扉が叩かれ、王城の伝令兵が息を切らして現れた。

「地下封印区画で異常が発生しました。ロイド様から、すぐに記録室へ来るようにとのことです」

「封印区画って、あの剣の?」

「詳細はまだ……警備の術師二名と連絡が取れず、巡回兵が発見したと聞いています」

トーマは記録帳を閉じた。忘却の剣と、身体に残る知らない戦い方。無関係だと思いたくても、指先が冷えた。

廊下へ出ると、隣の部屋からノアが顔を覗かせた。黒髪には少し寝癖がついていた。

「トーマ、何かあったの?」

「封印室の警備に異常が出たらしい。まだ詳しくは分からない」

ノアは一瞬言葉を失ったあと、袖を掴んだ。

「私も行く」

「まずロイドのところへ行こう。誰が地下に入るか、まだ決まってない」

二人で階段を下りる間、ノアは何度も胸元へ手を当てた。昨日の感覚が残っているのかもしれない。

記録室には既にソル、レナ、ユナ、ミアが集まっていた。机には封印区画の見取り図が広げられている。

「封印室前の術師二名が意識を失っているそうです。救護班を向かわせましたが、扉の術式は作動したままです」

「剣は?」

トーマが尋ねると、ロイドはほんの短い間、答えを探すように沈黙した。

「確認できていません。だから現地へ向かいます。先頭はソル、私は封印記録を調べます。レナは先行せず、皆の後ろを確認してください」

「もっと速く走れるぞ!」

「先行は禁止です。待ち伏せの可能性もあります」

「でも剣が!」

「だからこそです」

レナは悔しそうに口を結んだが、すぐに頷いた。ロイドはノアへ向き直った。

「ノアさんは救護班と地上に残ってください。昨日の検査で異常はなくても、まだ疲れが取れていません」

「でも……」

「何か起きたら通信で知らせます。あなたが無理をする必要はありません」

トーマが手を差し出すと、ノアは握り返した。

「絶対に戻ってきてね」

「戻る。分からないものを見つけても、勝手に触らない」

「……それ、覚えててね」

「分かった」

ノアの小さな笑顔を見てから、トーマは仲間たちと地下へ向かった。

──

封印室は王城の地下倉庫よりも深い場所にある。古い水路を渡り、何重もの鉄扉をくぐってようやく辿り着く区画だ。今日は救護員の姿まであった。

先頭を進むソルの剣が、鞘の中で小さく鳴った。トーマは後ろを歩きながら、石壁に灯る魔法灯へ目を向ける。明かりは確かについているのに、隅の暗がりだけが妙に深い。昨夜見た黒い羽根を思い出した。

「トーマ」

ユナが並んで声を落とした。

「顔色、悪い」

「大丈夫」

「信用しない」

「ロイドみたいなこと言うな」

「ロイドさんが正しい時もある」

前を行くロイドが振り返らずに答える。

「いつも正しいつもりですが」

「たまに間違えるぞ!」

レナが言うと、ロイドは眼鏡を押し上げた。

「今はその議論をしている場合ではありません」

普段なら笑えたはずだった。だが、地下へ下るほど胸の違和感が増す。呼ばれているのではない。あるはずのものがないと、身体が告げていた。

ユナは手首から淡い青い糸を伸ばし、トーマの手首へ軽く結んだ。

「これなら、急に離れても分かる」

「俺は離れない」

「トーマは、自分で離れたことに気づかない時がある」

トーマは反論できなかった。糸は自分でほどける程度に緩く、その感触が心強かった。

最後の鉄扉の前には、倒れた術師が二人いた。救護員が脈と呼吸を確かめ、応急処置をしている。衣服に血はなく、床にも争った形跡は見えなかった。

「生きている」

ソルが確かめると、救護員が頷いた。

「命に別状はありません。ただ、呼びかけても目を覚まさないのです」

ロイドは術師の認証札と勤務記録を照らし合わせた。

「交代の時刻までは通常どおりでしたか?」

「ええ。少なくとも、巡回兵から異変の報告はありません」

「戦った跡がないな」

レナが床を見渡す。ソルは扉の前へ進み、剣を抜かないまま周囲を確かめた。

鉄扉にはシェインの安定結界、ベイルの力場封鎖、テリアの認識固定式が重なっている。三国がそれぞれの方法で剣を閉じ込め、ひとつが損なわれても他の封印が働くように組まれたものだ。

「封印は?」

「……稼働しています。どの術式にも破壊された形跡はありません」

「なら、中にある?」

レナの問いにロイドは答えなかった。トーマは、重い鉄扉の向こうへ視線を向ける。

ない。

扉を開く前から、そんな確信だけが胸にあった。

「私が開けます。誰も先に踏み込まないでください」

ロイドは正式な緊急手順に従い、シェインの認証と他の二国の緊急解除式を通し、監視記録を保存する。封印そのものではなく、確認用の通路だけを開いた。

重い扉が、石を擦るような音とともに動いた。ソルが剣を抜き、ユナが糸を広げる。ミアは短槍を構え、レナは後ろの廊下を警戒した。トーマも短棒を握り直す。

封印室の中央には、低い石の台座があった。

そして、その上には何もなかった。

──

鞘ごと封じられていた忘却の剣が、消えていた。

誰もすぐには声を出せなかった。剣はかつてトーマの意識を奪った。再び誰かが手にすれば何が起こるか、皆が知っていた。

「……ないぞ」

ミアの声が、ひどく小さく聞こえた。

「誰かが持っていったのか?」

レナが踏み出しかける。ソルが腕を伸ばして止めた。

「待て。床を見ろ」

台座の周囲には、灯りの向きと関係なく広がる薄い黒ずみがあった。煤でも泥でもない。石の表面へ影そのものを塗り込めたようで、その縁には数枚の黒い羽根が張りついている。

「記録喰い……」

トーマの口から名前が漏れた。地下闘技場で聞いた、偽りかもしれない声が耳の奥に蘇る。お前が殺したものはゼロ。証拠はない。それでも、恐怖が蘇った。

ユナの糸がかすかに張る。

「ここにいる」

「……ああ」

トーマは一度息を吸い、自分の名を声にした。

「トーマ」

「ミア!」

ミアがすぐに応じ、レナも「レナ!」と続ける。ユナは「ユナ」と短く告げ、ロイドは記録板から目を上げて「ロイドです」と答えた。ソルも剣を構えたまま自分の名前を口にした。

以前の認識異常を思い出し、皆が自分の居場所を確かめた。

ソルの視線が、台座の陰へ動いた。

「何かいる」

黒ずみの奥から、細長い腕のようなものが立ち上がった。人の形に近いが顔は見えず、その先端は台座に置かれていた剣を探るように動いている。

トーマの足が勝手に前へ出た。

「トーマ!」

ユナの糸が張り、彼の身体を引き戻す。糸を振りほどくこともできたはずだったが、自分から足を止める。黒い腕が胸元へ伸びた。

ソルが一歩踏み込み、剣を横へ払った。斬撃を受けた影は輪郭を失い、黒い羽根にほどけて床へ落ちる。羽根は床に触れる前に消えた。

「追うな」

ソルの短い命令に、レナが頷く。ミアは短槍を構えたまま、入口から目を離さなかった。

「今のは記録喰いなのか?」

「少なくとも、地下闘技場で確認したものに似ています。ただ、正体が同じかどうかまでは言えません」

ロイドは羽根の落ちた位置を記録した。

「剣を食べたのか?」

レナの問いに、ロイドは首を振る。

「剣そのものが消滅したのなら、もっと別の反応があっても不思議ではありません。剣に関する私たちの記録も残っています。ですが、それだけで剣が無事だと証明できるわけではありません」

「じゃあ、どうやって出したんだ?」

「分かりません。外から入った者の痕跡も、今のところ見つかっていません」

ソルは扉と台座を交互に見た。

「閉じ込めるものが残っていて、閉じ込められていたものだけがない」

トーマは台座の窪みに目を向けた。周りが暗く染まっているのに、剣の収まっていた場所だけが不自然に白い。一歩近づくと右手が震えた。

「トーマ。触るな」

ソルの声に足を止めたが、手は台座へ伸びようとする。トーマは短棒を床に置き、左手で右手首を強く掴んだ。

「俺……剣を取り戻そうとしてる」

「お前が?」

「違う。そうしなきゃいけないって、身体が勝手に……」

言葉の終わりに、目の前の景色が揺れた。台座から伸びた白い線が、視界の奥を裂いていく。ユナが呼ぶ声も、ソルの剣が動く音も、遠くへ離れていった。

──

そこは、崩れかけた壁に囲まれた暗い場所だった。

トーマは立っているはずなのに、足元の感覚がない。自分の目ではなく、別の誰かの視線を借りているようだった。目の前には鞘に収められた忘却の剣があり、その向こうに白い服の少女が立っている。

少女の顔はよく見えなかった。ただ、声を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。

「それを持っていかないで」

誰かが答えた。トーマの口から出た声ではない。低く、感情を押し殺したような声だった。

「これは、返されるべきものだ」

「違う」

「違わない」

少女は剣ではなく、その声の主を見つめているようだった。遠くで石の崩れる音がし、壁の隙間から黒い羽根が舞い込んだ。

「それを返したら、全部始まる」

「お願い」

少女が一歩近づく。白い裾が揺れ、その足元には何か赤いものが広がっていた。

「トーマを連れていかないで」

鞘の中で、剣が鳴った。音の震えが身体の芯まで届き、思わず耳を塞ぎたくなる。しかし借り物の視線は動かない。

そして、どこからともなく別の声が響いた。

「時は、まだ来ていない」

──

「トーマ!」

頬に鋭い衝撃が走った。目を開けると、すぐそばにレナの顔があった。彼女は両手でトーマの頬を挟み、逃がさないようにしている。

「戻ったか!?」

「……レナ?」

「レナだ!」

ミアも服の裾を掴んでいた。ユナの糸はまだ手首に繋がり、ソルが台座とトーマの間へ立っている。ロイドは呼吸を確かめ、水を差し出した。

「何が見えましたか?」

「白い服の少女がいた。剣を持っていくなって……」

トーマは水を飲み、言葉を繋いだ。暗い場所、壊れた壁、知らない誰かの声。聞こえた言葉はできるだけそのまま伝えたが、声の主の姿も、場所の名前も思い出せなかった。

「それを返したら、全部始まるって言ってた。最後に、『時は、まだ来ていない』って」

「何を返すんだ?」

ソルが問う。

「剣のことだと思う。でも、どこに返すのかは分からない」

ロイドは記録し続けた。

「実際に起きた過去なのか、誰かに見せられた映像なのか、今は区別できません。断定せずに記録します」

「白い子、ノアに似てたのか?」

ミアの問いに、トーマは少し考えた。

「声は似てた。でも顔が見えなかった。ノアだったかは分からない」

「今すぐ聞く?」

「いいえ。あの子に無理に思い出させることはしません。まず本人の体調を確かめてからです」

ロイドの判断に、トーマも頷いた。レナはようやく頬から手を離す。

「痛かったか?」

「少し」

「戻すためだ!」

「ありがとう」

「もう一回必要か?」

「今は大丈夫だ」

レナがほっとしたように笑う。それを見ると、頬の痛みさえありがたかった。暗い場所で、自分の名さえ失いかけた気がした。

部屋の詳しい調査はロイドと増援の術師に任せることになった。トーマたちは扉の外で待機し、ソルが通路側の警戒を引き受ける。しばらくしてロイドが出てくると、その顔には疲れが滲んでいた。

「監視記録に、欠けている部分があります」

記録石は内部を定期観測し、異常時には細かく記録する。扉の開閉記録と結界の稼働記録は正常だった。ところが、昨夜の深夜、わずか七秒間だけ、内部を観測した記録が続いていない。

「黒く塗られたのか?」

「いいえ。前後の記録は続いているのに、その七秒間だけが抜け落ちています。時間が飛んだように見えますが、実際に時間が失われたと決める証拠はありません」

「七秒で剣を運んだってことか?」

「可能性はあります。しかし、それも仮説です」

ソルは扉の向こうに目を向けた。

「剣も影も、同じ誰かが動かしたのかもしれない」

「そう考えると説明できることはあります。ただし、今はその人物が存在するかさえ不明です」

トーマの耳に、幻の中で聞いた声が戻ってきた。『これは、返されるべきものだ』。剣が戻る場所を知っている誰かがいるのだろうか。確かめようはなかった。

──

昼過ぎ、倒れていた二人の封印術師が目を覚ました。

彼らは自分が封印室を守っていたことも、巡回兵と交わした会話も覚えていた。ところが、何を守っていたのかだけが説明できなかった。ロイドが鞘付きの剣の図を見せると、一人は困惑した顔で首を傾げた。

「剣など、最初からなかったはずですが」

「封印したことも覚えていないのですか?」

「危険なものを管理していたことは覚えています。しかし、剣だと言われても……」

説明を繰り返しても、二人は目を離すとまた忘れた。思い出すべき記憶の場所が空っぽになっているようだった。

「戻る?」

レナが医務室の外で尋ねた。

「分かりません。今は休息を優先し、本人たちの同意を得た範囲で検査を続けます」

ロイドは声を抑えて答えた。剣がなくなっただけではない。守っていた者の記憶から、剣という対象が抜け落ちている。その事実が、トーマには何より恐ろしかった。

自分もいつか、ノアたちの名前を聞いても分からなくなるのだろうか。顔を見ても、思い出す前に忘れてしまうのだろうか。

「もし俺が忘れたら……」

言いかけたところで、隣にいたソルが振り向く。

「何を」

「皆を」

「そうか」

「もう一度、教えてくれるか?」

「面倒だ」

ソルは真顔で言った。トーマが思わず目を上げると、彼女は続けた。

「だが、やる。何度でも」

「ありがとう」

「礼は覚えてから言え」

「今は覚えてる」

「なら受け取る」

短い返事だったが、不思議と息が楽になった。トーマは青い糸へ視線を落とした。失っても名前を教えてくれる人がいる。その事実が、今は救いだった。

──

夕刻、シェイン王国からベイル王国とテリア王国へ緊急報告が送られた。ロイドは剣の消失、七秒間の記録欠落、術師の記憶異常を報告し、事実と推測を分けて追加点検を求めた。

テリア王国から返答が届いたのは、日が暮れる少し前だった。通信結晶の向こうで、アリスの声が大きく響く。

『消えたって、どういうことよ!』

「封印は破壊されていません。昨夜の監視記録に七秒間の欠落があり、その間に消失した可能性があります」

『七秒……そんな短い間に?』

背後から、テリア女王の声がした。

『ロイド。認識固定式はどうなっておる』

「正常に稼働しています」

『正常なまま、剣だけが消えたか』

「はい」

短い沈黙のあと、女王は低い声で言った。

『それは、外から破られたのではないのかもしれぬ。内側から、封印の意味を抜かれたのじゃ』

「封印の意味、ですか」

『中に何を置き、何を防ぐのか。その認識ごと揺らがされれば、術式だけが生き残ることもあり得る。ただし今は推測じゃ。実物を見ぬうちから決めつけるでないぞ』

アリスが言葉を継いだ。

『でも、それだけじゃ剣は外へ出られないわ。誰かが持ち出したのか、別の仕組みがあったのか、調べないと』

「こちらでも調査を続けます」

ロイドが答えると、テリア女王はトーマへ声を向けた。

『トーマ。剣の声は聞こえるか』

「いいえ。呼ばれている感じもありません。でも、扉を開ける前から、剣がないことを知っている気がしました」

『お主と剣の繋がりが、何か残っておるのかもしれぬな』

「場所も分かるでしょうか」

『今は分からぬじゃろう。焦って追うな』

そこへアリスが割って入った。

『近づいているのは、剣だけじゃないわ』

「どういうことだ?」

『ここ数日、魔法花が勝手に開くの。誰も魔力を流していないのに、全部同じ方向へ向くのよ』

「どこへ?」

『北西。三国の地図では古い荒野が続くはずの方角よ』

ロイドは机に広げた地図へ目を向けた。北西に大きな都市を示す印はなかった。

『記録に何もないからといって、何も存在しないとは限らぬ』

女王の声は静かだった。

『三国で記録を照らし合わせる。動くなら、それからじゃ』

通信が切れる直前、アリスが言った。

『トーマ、勝手に探しに行かないでよ』

「まだ何も言ってない」

『あなたは言う前に行くでしょう!』

「行く時は話す」

『話せば行っていいって意味じゃないからね!』

「分かった」

『本当に?』

「……たぶん」

『その返事、誰に教わったのよ!』

結晶の光が収まる。ロイドは眉間を押さえ、レナは小さく笑った。胸の重さが消えたわけではないが、トーマは仲間たちの顔を見て、少しだけ息を吐いた。

──

その夜、ベイル王国の自室で、リンは鏡台の前に座っていた。

シェインからの緊急報告を受け、王城でも点検が始まっていた。リンは愛用のチャクラムを布で拭き、刃に欠けがないか確かめてから鏡台の脇に置いた。すると、鏡の中の自分は一拍遅れて輪刃を下ろした。

「……あら?」

リンは目を細めた。幻惑で相手の認識を揺さぶることには慣れている。だが、自分で術を使っていないのに鏡像が遅れた理由は分からなかった。光の加減とも思えず、彼女は微笑んだまま視線だけを鋭くする。

チャクラムをもう一度持ち上げ、わざとゆっくり傾けてみる。今度は鏡の動きと重なった。それでも、背後に黒い羽根が一枚落ちるのを確かに見た。

振り返ると、絨毯には何もない。

鏡へ目を戻すと、そこに映るリンも静かに微笑んでいた。

「近々、何かが起きますねぇ」

窓の外には、晴れた夜空が広がっている。北西の低い空に輝いていた小さな星が、薄雲に隠れた。リンはその方向を見つめ、明日の報告に一行書き加えることを決めた。消えたものが何なのか、まだ誰にも分からない。だからこそ、今夜見た違和感だけは残しておかなければならなかった。

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