黒魔女さんからお手紙ついた【9話】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔法学校入学のために金貨3億枚の借金を背負ったヴェロア
本文
【九】
「はい、いいですか、みなさん。そこですかさず精霊エナジーを凝縮させるのです」
特殊装置によって作り出された閉鎖空間の中に、教官の声が響く。そこでは今、ヴェロアを含めた下位クラスの生徒18名が、基礎魔法の授業を受けていた。
やっていることは試験の時と何ら変わらない。基礎が満足にできずに不合格になった者たちなのだから、それは仕方がない。
結局のところ基礎ができないことには、それ以上を望むべくはない。子供の頃から魔法の英才教育を受けてきたような貴族や、その能力を見出だされて合格したような実力者とは違って、金貨1万枚を支払うことでようやく入学にこぎ着けた様な下位クラスでは、それが現状なのだった。
「集めた精霊エナジーは、そのままでは大気に拡散して戻ってしまいます。ですので、素早く凝縮してその結び付きを強めることで、魔法として構築させることができるのです。覚えておきましょう」
教官の指示の元、生徒たちは集めた精霊エナジーを次の段階へと変化させて行く。いくら落ちこぼれとはいっても試験の時とは状況が違う点が一つある。今はそれぞれが得意な属性を集めることができるので、その行程ではそれほど苦戦する者はいない。ただ一人、ヴェロアだけを除いては。
当然ながら内容としては基礎なので、言わば初歩の初歩。理論だけでいうならば、それは小さな子供でも知っていることだ。しかしながら知っているというのと、それが出来るというのはまた別の話だったりする。
他の生徒たちが次々とその行程をつつがなくこなすなか、ヴェロアだけが教官の説明に耳を貸す余裕すらない。 決して出来ないというわけではなく、試験の時にも指摘された通り全ての行程に時間がかかりすぎるのだった。
「ダメだ。やっぱり遅い……」
周囲がエナジーの凝縮の行程を次々と完了させてゆく焦りから、ヴェロアの口からボソリとそんな声が漏れる。
集中が切れることでまた、ヴェロアの凝縮の行程も遅れる。
ヴェロアの基礎魔法が苦手なその理由については、図らずも黒魔女ことアリエスによってもたらされたわけだが、あいにくそれがわかったところで、学校の授業ではやはり基礎が重要視されるのは変わらない。
いくら他に能力があろうとも、それはいっさい評価される対象にはならないのだとアリエスは言っていたし、そもそもヴェロア自身でさえ、教えてもらった憑依魔法をまだ一度も成功させたことすらないのだから。
そのためクラスメイトからの冷淡な視線が、これでもかというほどに浴びせられることになる。落ちこぼれとも言える下位クラスにおいて、そのなかでもさらに出来ないということは、ヴェロアの心を沈ませるには充分だった。
「それでは次に、凝縮した精霊エナジーを魔法に構築。そして放つのです」
教官の語気が強まると、その魔法発生行程はいよいよ最終段階を迎える。炎や風、氷までも、自分の得意とする分野の魔法を放つクラスメイトたちの姿。
「やったわ、できた」
「よし、俺もクリアだ」
あちらこちらからそんな歓喜の声が上がり始めると、その度にヴェロアの集中が揺らいでゆく。案の定一番最後まで取り残されると、たっぷりとみんなの倍の時間をかけてそれを行ったのだった。
「できた。けど……」
「うーん…… ヴェロア君、やはりいつもと同じ結果ですね」
ため息と共に言葉を吐く教官の顔を、ヴェロアは見ることすら出来ずにいた。
厄介な生徒をかかえたものだと思っているに違いない。そんなネガティブな思考が頭の中で渦を巻き、消えることはないのだった。
「マジかよ、ヴェロアのやつ。基本だぞ」
「ありえないわよね。ああいうのを落ちこぼれっていうのかしら?」
「ああはなりたくねぇな」
そんな言葉と共にクスクスとした笑い声が浴びせかけられる。明らかに見下してバカにした笑いを、ヴェロアはぐっと唇を噛み締める耐える。もともとそんな気概はありはしないのだが、目に見える形で結果が示されている以上は反論の余地もない。
そんな様子を眺める教官も、あえてそれを咎めることはしないのだった。笑っている生徒たちとヴェロアの間には、実は針の先ほどの差も有りはしない。だが結局のところ、実力で評価されるのは学校内でも卒業してからでも、この先ずっとついて回る事実にかわりはない。それを乗り越えるのもまた自分次第だという考えが、学校側にはあるからだった。
「ヴェロア君は、これからも人一倍努力しなければなりませんね……」
教官の言葉にドッと笑いが起こる。
「一倍じゃ足りねーんじゃねーの?」
返す言葉もない煽りも聞こえてくる。顔を真っ赤にして怒ることもなく、再び襲うあざけり笑いを、ヴェロアはただひたすら耐えるのだった。
「それでは、今日の魔法行程の授業はここまでとします」
時間を確認した教官が、決して朗らかではない笑いに包まれた授業を締めた。
閉鎖空間が解除されると、さんざん打ちのめされたヴェロアはがっくりと肩を落として机に突っ伏す。顔を上げていると周りの冷ややかな視線に心がえぐられる思いがして、精神的にはどうもよろしくはないのでそうするしかなかった。
授業が終わる度にそうして顔を伏せるのは、ヴェロアの新しい癖になりつつあった。次の授業が始まるまでのわずかな時間を、そうしてひたすら耐え忍ぶ以外になかったから。
しかし授業とそれは繰り返し続けられるので、そこから逃げ出すことは叶わない。一日の授業がすべて終わるまでは、その負の連鎖から解放されることはないのだった。
「お疲れさま、ヴェロア。大丈夫?」
そんなヴェロアの頭に、穏やかな声が降ってくる。
冷やかしはあっても、ねぎらいの言葉などは一度もなかったため、ヴェロアは驚き見上げた。目の前には朗らかな笑みを携えた女子生徒が立っていた。
試験の日にヴェロアを学校まで案内してくれて、自らも魔法医になりたいと話してくれた金髪の美少女ミエリ。
「あ…… うん。お、お疲れさま」
「あんまり落ち込まないでね。基礎は繰り返し練習しかないけど、どんなに遅くても努力した分だけ結果はついてくると思うわ。だから頑張ろうね」
はにかんだ笑顔でそう口にするミエリ。想像を働かせたことすらないような突然の出来事に、ヴェロアの頭は真っ白になると、いったいなんと返事をしてよいやらまるで言葉が浮かんでこなかった。
それは踏みにじられて荒れ地となったヴェロアの心に、深くしみ渡っていくような笑顔と言葉。胸の奥に深く刻もうとすると、さらに思いがけない一言が続く。
「私も練習に付き合うから」
「え?」
透き通るような金色の髪が光を受けて輝いて見える。それはかけられた言葉と合間って、神々しいほど。まるで女神そのものを見た気がしていた。
「あ、えっと…… いいの?」
「もちろんよ。私も基礎はおろそかにできないからね」
「そっか、うん。ありがとう」
入学が決まってから何度か顔は会わせたが、改まって話をする機会には恵まれなかった。相手はあっという間にクラスの人気者になっていたし、方や最下層の落ちこぼれ。ちょっと面識のあるだけの自分に声をかけられたところで、迷惑にしかならないだろうと、そんなことしか考えたことはなかったから。
しかしいざ話すとなると、もともと女の子と対面することすら稀だったヴェロアは話題に困ってしまう。もじもじとしながらあれこれ考えて……
「金貨……」
「え?」
「金貨の工面。できたんだね」
口をついて出てきたのは、そんな話題だった。それでもミエリは、その瞳に深い決意のようなものを浮かべて「うん」と力強くうなづいて見せた。
「よかったね」
「ありがとう…… ヴェロアもね。でもこれで、絶対魔法医にならなくちゃいけなくなったよ」
「そっか、そうだね。僕も何がなんでも頑張らなくちゃだよ」
「それは…… 人三倍くらい?」
今度はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、そう返したミエリ。自分では10倍位は差があると思っていたので、三倍で済ませてくれたところにミエリの優しさを感じる。
不意にヴェロアの左腕の模様がうずくと「ひどいなぁ……」と拗ねた風にぼやく。すると二人の笑いが重なりあった。
左腕の模様を制服の上から押さえながら、たとえ辛かろうとも、なんとしてでもすがりついて残りたいと考えるのだった。退学にでもなったら多額の借金が残るだけで、人生終わったも同然になってしまう。そんなことは考えるだけで身震いするほど恐ろしいものだった。
「それに基礎が出来ないと、次のステップに進ませてもらえないから、ほんとに頑張らないとだよ?」
やる気を表現するように、小さくポーズをして見せる。不覚にもそんな姿を可愛いと思い、励ましてくれているミエリに、隠し事をしているという後ろめたさを感じてしまう。それを誤魔化すかのように、努めて陽気に言葉を返す。
「うん、そうなんだよね。基礎ができないことには、他に才能があっても、何も教えてくれないんだもんね」
「あら? ヴェロア。なんだか他の才能になら自信があるみたいな口ぶりね?」
大きな間違いを見つけたかのように、笑顔で的を射た一言をよこす。気づくとまたしてもミエリに主導権を握られてしまっていた。
「え? 違うよ、別にそういう意味じゃないよ。僕なんかに……」
首と手をブンブンと振ると慌てて否定する。召喚魔法のことも黒魔女の契約も、ましてや借金の話など出来るはずもなかった。
「ふふふ、ウソよ」
柔和な表情でそうこぼすミエリに、めいっぱい口を尖らせることで抗議を示す。
「ちぇっ、ひどいなぁ」
それでも当面は、理論も実技も基礎が続くことになる。決して頭打ちだとは思わないが、成長速度が劇的にあがるとも思えない。まだまだ基礎練習が続くということは、当然例の仕打ちも同様なのかとゲンナリするのだった。
そんな表情を察したミエリは、またも慰めに回るのだった。
「こらこら、そんなに落ち込まないの。まだまだ始まったばかりだよ?」
「そうだね。せっかく入学できたんだもんね」
「そう。成長の速度なんて人それぞれだよ。私たちは、今の優劣を競い合うために入学したんじゃないんだから」
「さすが、目標と覚悟のある人の言うことは違うね。でも試験の日には僕のことライバルだって言ったよ?」
ここぞとばかりの仕返しを繰り出したヴェロアに対し「もう!」頬をぷっくりと膨らませて怒りを表現するミエリ。またしてもそのしぐさに心を揺り動かされたヴェロアは、それをどう誤魔化そうか思案を巡らせる。
ガラリと教室の扉が開くと突然の助け船。
「さあ、次は基礎理論の授業です。みなさん、張り切っていきましょう」
生徒たちの視線を一身に浴びた教官がなぜだか陽気に言うと、立ち直ったばかりのヴェロアの心は再び鞭を打ち付けられた。そしてヴェロアは、それが助け船じゃなかったとうなだれるのだった。
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