黒魔女さんからお手紙ついた【10話】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔法学校入学のために金貨3億枚の借金を背負ったヴェロア
本文
【十】
夜がやって来て闇の支配する時間が始まると、店内にたくさんのロウソクの灯りがともりだす。ランプを使わないのはいつものことで、それはアリエスが思い付いたときにいつでも占いに移れるからだった。
いつの時代の物ともわからない不思議な模様の壁掛けや、飾っておくだけでも悪い運気を垂れ流しているのではないかというほどに、怪しさ満点の不気味なお面。それらが揺れる炎に照らされる様は、とても気持ちがよろしいものとはいえない。
だがそれも、もう十年もの長い間毎日見続けては、別段気に止めもしないほどに神経は図太いものとなっていた。
アイリーシェは止まり木で翼を休めながら、テーブルの上にカードを並べるアリエスの後ろ姿をとらえていた。
「どうだい? 何かいい答えは出せた?」
日が落ちてから、かれこれ一時間はそうしてカードとにらめっこをしているアリエスに声をかける。
ここ何日かは、こうしてカードと格闘するアリエスを目にすることが多くなった。詳しいことはいっさいわからないが、何かがアリエスの心を不安定なものにしているという雰囲気だけは感じ取っていた。
「ん」
占いに集中しているのかアリエスは、その質問に対してごくごく短い一言をよこすだけだった。
そしてカードをまとめると再びシャッフルを始める。だがそこにいつもの小気味良いリズムはなく、ノイズのような荒々しさが、今のアリエスの心の内を表しているかのようにアイリーシェは感じていた。
「なにさ、どうしたんだよ。黒魔女さんの想い人であるあの少年のことでも考えているの?」
後頭部に向けてふざけ気味に投げるも、返事は帰ってこない。相変わらずリズムの整わないカードの擦れる音だけが聞こえ続ける。
何かに悩み、何かに苦しんでいる友達。その友達が胸のうちを打ち明けてくれないことと、自分にはその手助けが出来ないこと。そのいずれに対しても、アイリーシェは深い憤りを覚えていた。
いつもはすぐに返ってくるたわむれな台詞の数々も、今日ばかりはてんで鳴りを潜めている。
それでもここ数日は、アリエスが笑顔を浮かべる機会も多くなったと、アイリーシェは感じていた。例の少年が店に現れてから、わずかな希望をうかがわせるようにもなったので、事態はわずかながらにも好転しているものと思っていた。
細身で気弱で、一見して頼りないところしか目につかない少年だったが、あの日アリエスは少年を見送った後にこう言った。『あの少年は、ワタシを越える能力を秘めている』と。
アイリーシェはそれを、にわかに信じることはできなかった。
なにせ当時から『黒魔女』と呼ばれていたアリエスの能力は、友達の自分でも嫉妬を越えて呆れるほどだったから。そしてそれは魔法学校の歴代生徒の中でも、五指どころか三指に入ると言われたほど。もちろん自分たちの代ではダントツで首席に着くと、一度もその座を譲ることはなかった。
そんな能力を持っていたアリエスでさえ、貴族では無いという理由から下位クラスに振り分けられたのだ。もちろんそれだけでないこともすぐに明らかにはなったが。
そのおかげもあってアリエスとは友達になることができたのだから、それはそれで感謝していた。
当時のアリエスは性格に少々の難があり、教官からのも生徒からも評判は今一つではあったが、それでもその能力の高さだけはアイリーシェたち同級生の羨望を一身に集めていた。
なのでそれを知ってるアイリーシェとしては、正直『あの少年が?』という思いが拭えない。拭えないが、アリエスがそう言うのであれば、それは間違いない事実だということも、また十分に理解していた。
「あー! もう!」
突如声を上げたアリエスは、カードを宙に放り投げた。
「何だい何だい、ビックリするじゃないのよ」
「ううー。だって……」
そのまま頭の後ろで指を組むと、カクンと首を後ろにそらし、じっとその視線をアイリーシェに飛ばすのだった。
アイリーシェはバラバラと床に散らばったカードとアリエスを交互に見やる。
「どうしたっていうのさ。道具を粗末に扱うなんて、あんたにしては珍しいこともあるじゃない? 道具はあんたの一部じゃないの?」
「はいはい、ワタシが悪かったですよーだ」
ふてくされる子供のように放ったアリエスの言葉を、つぶらな瞳で受け止めたアイリーシェは、納得がいかないかのように捻るように首を動かす。
「どうしたんだい。いったい何をそんなにイラついているのかい?」
「べっつに、イラついてはいないよ。ただ焦っているだけ」
「なにを……」
その言葉に被せるようにアリエスが先を続けた。それは予想以上に沈んだ声となってアイリーシェに届いた。
「時間がね…… 無いんだ」
「――奴等の特別カリキュラムかい? そうなんだね?」
「ん」
アイリーシェはわかっていた。アリエスの返事が短いときは、何かを一人でかかえ込もうとしているのだということを。
「強制感応調律の完了判定まで、もう無いんだ」
アリエスの瞳が揺れる。
「導入と誘導は終わってる。今は補正から位相固定に入ったせいで、長く離れていたからね…… 肉体側の魔力がほとんど残っていないみたいなんだよ」
「なんだって?」
バサバサと何度も翼を動かす。そんなことでしかいらだちを、胸に広がる思いを表現できないことに、アイリーシェはもどかしさを覚えるのだった。
「でも、もうしばらくは大丈夫そうだから…… 心配は……」
「心配しないわきゃないだろ! あんた、それは昨日今日にわかったことじゃないだろう? どうして今まで黙ってたのさ!」
怒気を含んだアイリーシェの声が店内に響く。ビクンとアリエスが身を震わせるが、それを抑えるつもりは全くない。
「だって……」
「だってじゃないよ! 確かにあたしはこんな成りして何も出来ないさ。あんたを助けることもね」
その怒りに満ちた声に、さらに身体を強ばらせたアリエスの表情が歪む。それは子供が泣きだす直前に見せるような顔だった。
「だって…… だって……」
声を震わせてしきりにその言葉を繰り返すアリエスだったが、今日だけは許してやらないと、さらにまくし立てる。アイリーシェの憤りは、アリエスに三割。自分に対しては七割。
「そうさ、あたしは無力さ。なんにもできないただの猛禽類よ。それでもあんたの一番そばに居るのは一体誰なんだい?」
三割の理由はまさにそれ。大事な話を打ち明けてもらえなかった悔しさ。
眉根にシワを作るアリエスは、妖艶な姿には不釣り合いなほどの幼さを感じさせる顔を見せた。
「どうせなにも出来やしないから、あたしには話してもしょうがない。そう思っていたってことなんだね? はあん、あんたの考えはよーくわかったよ」
「違う! 違うよぅ…… アイリーシェ。ワタシは、そんなこと……」
「なんであんたが焦っていたのかは理解できた。でもね、一人でかかえ込もうとするんじゃないよ。出きることが有るか無いかは、あたしが判断する。あたしにだって一緒に悩ませろ」
大きな瞳をいっぱいに開いた驚きの表情を見せたアリエスだったが、遂にせきを切ったように涙があふれだした。
「うん…… ごめん。ごめんね、アイリーシェ」
「十年も一緒にいるんだよ? たぶん聞くことくらいしかできないけれど、あんたの悩みなら、あたしはいくらでも一緒に悩んでやるさ」
「うん、うん、ごめんね」
「それで?」
「え?」
「あんたを助けることができるのは、やっぱりあの少年しかいないんだろう? あの少年はまだ使い物にならないわけ?」
焦りが伝染したかのように言葉を吐くアイリーシェ。何度も首を傾げ目をくるりとさせる動作が無意識に繰り返される。
ところが帰ってきた言葉は、なんとも頼りないものだった。
「今の魔法学校の授業だと基礎が中心だから…… ヴェロアの能力を伸ばすことの出来る授業まで二年はかかるよ」
「なんだい! それじゃ到底間に合わないじゃないか!」
自分すらも驚くほどの怒鳴り声を上げたアイリーシェだったが、話を聞いてしまった今となっては、それを制御する理性もどこかに吹き飛んでしまっていた。
「心配しないで。ヴェロアには能力を伸ばすための指導を認めておいたから」
「伸ばすためねぇ。ウーン…… 間に合うかい?」
「ヴェロアの努力しだいかな」
「不安しかありゃしないけど、やっぱりあの少年次第なんだね。あれに頼るしかないんだよね」
ようやく落ち着きを取り戻した感のあるアリエスは、わずかに笑顔を浮かべて言う。
「そうなるね。あたしたちどちらもポンコツだからね。今のところは」
「ははっ、違いないね」
ポンコツと言う表現が妙にしっくりときたアイリーシェは、つられて「カカカ」と笑いを披露すると、妙な対抗意識を燃やす。
「それでもあたしは本来の姿なら、あんな細っこい少年に負けやしないよ? なんたってあたしは、精霊に好かれているからね。いや、むしろ愛されている存在だからね」
「うーん…… アイリーシェのことは昔から知ってるけど、それはどうかしらね?」
「なんだい、その失礼な言いぐさは。わかったよ……」
「え?」
驚いて目を丸くしたアリエスは、無垢な少女のように首を傾げる。
「いいさ、ならばその成果を、あたしが行って確かめてくる。この聖霊の申し子とも言われたあたしより上かどうかを、この目で確かめてやるさ」
「それ、誰が言ってたの?」
「あたしさ! そして尻の一つでも叩いてやるさ」
そう言って大きな翼をバサリと広げると、取って付けたかのように「お目付け役だからね」と吐き捨てる。
「うん、そうだね」
アリエスがくすりと笑みをこぼすと、何のための演出なのかたわわな胸の谷間にいつの間にか認められていた手紙を取り出して、それをアイリーシェに託す。
「それじゃあ、これをヴェロアに渡して。次の指示が書いてあるから」
困ったように目をくるりとさせて手紙を見やると、小首を傾げいくぶん抗議の意見も込めて翼をばたつかせて見せる。
「どうしたの? アイリーシェ」
「いやさあ、これをくわえて行けと? その胸に挟まっていたこれを?」
自らの胸元に視線を落とし、それから上目使いに再びアイリーシェを見やると、ひときわ嬉しそうな笑顔を作って吐いた。
「ふふっ、縁がないんだから、いいじゃない」
「ふざけんじゃないわ! あんたにだけは言われたくないね!」
盛大に「ふん!」と憤りをあらわにしたアイリーシェは手紙をむしり取ると、まだまだ続く夜の闇に消えていった。
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