黒魔女さんからお手紙ついた【11話】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔法学校入学のために金貨3億枚の借金を背負ったヴェロア
本文
【十一】
寮は田舎者のステータス。学校内で密かにそう揶揄されていることを知ったのは、ヴェロアが入寮してしばらく経ってからだった。
もちろんそれを言っているのは貴族の多い上位クラスの生徒たちだ。だが、たとえ揶揄されようとも、寮に入らないという選択肢はヴェロアには存在しない。
ヴェロアの出身地マレイ村は、首都マルグラートから徒歩で丸七日。通いは不可能、かといってマルグラートに部屋を借りるなど言語道断。なにせ三億というべらぼうな借金を背負ってしまった身だ。後ろ指を指される程度ならいくらでも我慢できる。田舎出身を恥じたことはないし、何よりそれ以上の屈辱は授業で嫌というほど味わっている。今さら指の本数が増えようが同じことだ。
夕刻の食事を寮の食堂で済ませると、就寝までは自由時間。多くの生徒は親に連絡をしたり本を読んだりして過ごすが、ヴェロアはその時間を魔法の鍛錬にあてていた。
といっても授業の復習や予習ではない。アリエスに「才能がある」と言われた憑依魔法だ。下位クラスでは当然教えてはくれないうえ、ヴェロア自身も知識はない。だから鍛錬といっても、もっぱらアリエスの指示通りにやってみるだけ――それでも、その時間だけは一日のうちで唯一「楽しい」と思える瞬間だった。
最初の日にアリエスから渡された手紙には、憑依魔法について詳らかに書かれていた。今のヴェロアには、それだけが頼りだ。
ベッドと机一式だけの簡素な部屋に、悪戦苦闘の声が繰り返される。
「おかしいなぁ。これに憑依させれば、ちゃんと従者になるって書いてあるのに……」
窓際の机にロウソクをいくつも灯し、ああでもないこうでもないと試行錯誤を重ねる。
うまくいかないたびに、端がボロボロになった手紙を取り出し、穴があくほど読み返す。
【憑依魔法の基本】
①憑依させる対象となる依り代の準備
一般的な召喚魔法が「契約済みの従者を呼び出す」のに対し、憑依魔法は「従者を自ら作る」ことから始まる。
ゆえに依り代を自分の手で作る必要がある。最も手っ取り早いのは紙の人型(切り抜き・折り)。自作物は精霊エナジーの流れがスムーズで、憑依させやすい。
市販の人形でも可能だが、難度が高く、長期間肌身離さず持つ必要がある。
②魔法の行程
通常魔法同様、まずは精霊エナジーを集める(特定の元素にこだわる必要はない)。
召喚魔法なら従者の得意属性に合わせるが、憑依魔法は世界の様々な元素から魂を生成し、依り代に憑依させて新たな従者を生む術である。
多様な精霊エナジーがあるほど、完成度は高まる。
③イメージ力
集めた精霊エナジーから魂を生成する瞬間が最重要。従者の完成形(外見・大きさ・質感/可動・主な役割や動き方)をできるだけ具体的に思い描くこと。
同じイメージを一貫して保つのがコツ。依り代作成時/魂生成時/憑依結合時で像がぶれると、完成度と定着率が下がる。
④従者の能力と完成度
憑依召喚体(=憑依従者)の能力は完成度で変化する。
完成度は術者の力量に加え、依り代の出来とイメージ力に大きく依存する。
完成度が高いほど、依り代が従者へ変化する時間は短い。
読み返して頭に叩き込むと、手紙を引き出しにしまう。パンと頬を叩いて気合いを入れ直した。
「ううむ、わかったぞ。よし、もう一度チャレンジだ」
自作の紙人形に従者のイメージを重ねつつ精霊エナジーを集める。属性を気にしなくてよいぶん、授業よりはるかにスムーズだ。
「授業でも、こんな感じで出来ればいいのに……」
口に出した途端、集中が切れそうになり、首を振って雑念を払う。さらにイメージを鮮明にし、精霊エナジーから魂を生成。あとはそれを依り代に憑依させるだけ――最も初歩的な紙人形の依り代を用い、両手をかざす。
「魂と結合すれば、憑依は完成するわけだ…… どうだ! 立ちあがれ」
魂の注入と結合のイメージを明確に描く。紙人形がスクッと立ち上がる。
だが、この段階ではまだ「憑依完了」ではない。イメージした従者へ変化してはじめて成功だ――とアリエスも言っていた。
じっと見守る中、紙人形は二歩、三歩と動く。だが心許ない。ヴェロアは完成形のイメージを送り続ける。……が、無情にも変化を示す前に力尽き、へたりと崩れた。
「あぁぁ! なんで出来ないんだろう。動き出すところまでいけば、そこからは魂が結合・定着して完成するんじゃないの?」
大袈裟に頭を抱え、そのまま椅子ごと後ろに倒れて、ぼふっとベッドに受け止められる。
天井を無言で眺める。開けた窓から入る風が頬を撫で、ロウソクの灯が揺れる。天井の凹凸が、生き物の胎内のようにうごめいて見えた。
「はぁ…… やっぱり僕には才能なんてないのかなぁ。アリエスの勘違いだったんじゃないのかな……」
ため息とともにネガティブが口をつく。もう何度目かもわからず、愚痴のバリエーションすら尽きてきた。
仮に勘違いだったとしても借金は消えない。チャラにできるかはアリエス次第――と、黒薔薇のような妖艶な顔が脳裏に浮かぶ。
「でも、相手は占い師だし、憑依魔法の話ぶりは真剣だったし……からかったり嘘をついてる感じはしなかったんだよなぁ……」
結局、そこに落ち着く。だが上手くいかない現実は変わらず、心は沈む。
――バサア。
大きな羽音に目を向けると、開け放たれた窓に翼を広げたフクロウが止まっていた。
つぶらな黒い瞳でこちらを見つめ、首をかしげる仕草。
「アイリーシェじゃない。どうしたの? こんな時間に」
アリエスの友人アイリーシェは、可愛らしいくちばしに手紙をくわえている。ときどきこうして黒魔女の手紙を届けてくれる。だから窓は寝る時以外は開けておくのが常だ。
ぺっと手紙を机に落とすや、自由を得た口で言い放つ。
「なんだいあんた、いいご身分じゃないか。堂々とサボりとはね」
「サボってないよ」
「そんなんじゃ借金地獄からは抜け出せないよ。なんたって三億だからね、三億」
「わかってるよぅ。嫌なこと思い出させないでよ」
顔を最大限しかめながら椅子に座り直す。
机の上に視線をやったアイリーシェは鍛錬の痕跡に気づいたらしく、しばし凝視した。
「一応、鍛錬はしてたんだね…… 偉いじゃないのさ」
「うん。ホント、一応程度だよ……」
頑張っても成果が得られない以上、偉いと言われる資格はない――そう考えてしまう。
次の瞬間、アイリーシェは開いたくちばしを閉じ忘れたように固まった。衝撃を受けた顔だ。
「なに? どうしたの?」
嫌な予感を覚えつつ問うと、アイリーシェは右足の鉤爪でコツコツと机の上の“何か”を示した。
「なああんた。ひとつ聞くが、これはなんなの? こ・れ・は!」
「えっと……」
指し示す先――さきほどまで使っていた紙人形だ。
「なんだい、このちんちくりんとしたゴミは!」
「ゴミじゃないよ。それは紙人形だよ」
「紙人形?」
苦心作をゴミ呼ばわりされ、精一杯言い返す。ついでに説明も加えた。
「憑依魔法は、集めた精霊エナジーを魂に生成して、それを依り代に憑依させるんだよ。だから、これで練習を……」
「舐めんじゃないわよ。それくらいの手順、あんたよりよっぽど知ってるっての!」
「なんだ、知ってたの?」
では何が言いたいのか…… と思った矢先、強烈な一言が飛ぶ。
「鈍いあんたは理解してないみたいだから率直に言うけど、ヘタクソすぎてゴミに見えたって言ってんのさ!」
「な!」
息を忘れるほどの衝撃。怒りと悔しさと情けなさが巡るが、ぶつける度胸はない。だから、やんわり抗議する。
「こ、これの…… どこが問題だっていうのさ。依り代の出来って、比べるものがなきゃわからないよ。これでもちゃんと頑張って作ったんだからね」
「どこが問題かわからないから上達しないんだよ」
「これ作るの、結構むずかしいんだよ? フクロウのアイリーシェにはわからないだろうけど」
震えまじりの皮肉。悔しさと、他人に意見することへの緊張が混じる。
荒い反論が来ると身構えたが、意外にもアイリーシェは紙を一枚つまむと、両足とくちばしを器用に使ってちぎりはじめた。
「ちょっと、アイリーシェ?」
すぐに意図を悟る。紙人形を作るつもりだ。
ヴェロアの体感では、一体作るのに10分近くかかる。フクロウに易々とできるはずが――と高をくくって見守った。
「よし、と。出来たわよ」
「早っ。え、もう? うそでしょ……」
現実は無情だった。わずか三分足らず。しかも出来は誰が見ても、ヴェロアのそれよりはるかに良い。
「こんな…… 八頭身で、スタイル抜群。なんでアイリーシェができるの?」
ふふん、とでも言いたげに胸(胸はないが)を張るフクロウ。現実逃避に「フクロウは器用」という仮説まで浮かぶ。
「これでどこが問題かわかったかい?」
「……うん」
「紙人形ってのは、こうやって作るのさ。いいかい? あんたのは雑すぎて、魔法が完全にならないんだよ」
「雑……って」
雑に作ったつもりはない。だが、出来が“雑に作ったのと同じレベル”なのだ。
「言うなれば、魂のほうが憑依を拒否してるのさ。わかったら、雑に作らない。5分でも10分でもかけて、しっかりしたものを作りな。じゃないと、いつまで経っても上達しないからね」
ぐうの音も出ない。言葉が一つひとつ、重くのしかかる。
だが、それとは別の理由でも心が折れかけ、泣き出しそうになっていた。
「あれ、10分かけて作ったんだ……」
「はあ? なんて?」
目を皿にし、小首を左右に傾げ続けるフクロウが少し怖い。
「よく聞こえなかったよ。10分かかったとか聞こえた気がしたけど……」
「じゅうぶん聞こえてるじゃないか」
そして出た結論は、慈悲の欠片もない一言。
「魔法がてんで出来なくて落ちたとは聞いてたけど、あんたってば基礎能力どころか美的センスもゼロなんだねぇ……」
「うう…… ヒドイ言われようだ」
「ヒドイのは、あんたのセンスだって言ってるだろ!」
慈悲はなかった。
「いいかい? 裁縫でも、木切れや紐でもいい。今の自分で“まともな依り代”を作る。そこからが鍛錬だよ」
口は悪いが、親身なのはわかる。
トトトと窓際に移動したアイリーシェは、鉤爪で手紙を示す。
「それ…… 次の手紙も、ちゃんと読むんだよ」
「うん、わかった」
「どんなに上手くいかなくても、鍛錬は怠っちゃダメ」
泣きそうな情けなさを押し殺し、うなずく。
飛び立とうと翼を広げたアイリーシェが、ふと動きを止め、振り返った。
「どうしたの?」
まだ叱られるのかと身をすくめる。が、返ってきた声は、今までにない穏やかさを帯びていた。
「アリエスを助けてやれるのは、あんたしかいないんだ。あたしじゃ、どうしたって助けてやれないからさ……」
“助ける”とは何を指すのか。すぐには呑み込めなかったが、さらに続く。
「頼むよ。アリエスの力になってやって」
真剣な想いだけは、はっきり伝わった。ヴェロアは強くうなずく。
「うん、よろしい」
バサリと翼が月光を払う。飛び立つ刹那、振り返ったアイリーシェが、笑ったように見えた。
アリエスとアイリーシェに何があるのかはわからない。けれど、もし本当に自分に能力があって、それを必要としてくれるのなら…… この落ちこぼれにも期待してくれる誰かがいるのなら…… もう少し、頑張ってみよう。
そんな思いが、腹の底からじわりと湧いてきた。
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