第20話 間章「綾小路壮馬」
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第20話 間章「綾小路壮馬」
本文
──黒鳴渓の空が、音もなく裂けた。
風が止んでいた。声も、鳥も、息吹すらも。
僕が、結界の外縁に展開していた霊環陣から顔を上げた瞬間だった。空の色が見慣れた夜とは異なる、内側から食われるような反転光に染まり──中心に、ぽっかりと黒い穴が口を開けていた。
ついに八雲さんたちと肩を並べて戦う時がやってきたのだ。
◇ ◇ ◇
──僕は、綾小路壮馬。
巫術院に籍を置く、おそらくはこの都において唯一の、神技を扱える男だ。
男が神技を使える。その事実は、綾小路家にとって誉れであると同時に、重荷でもあった。
幼い頃より、僕は期待をかけられてきた。いずれは都を率いる存在になると目され、その力を外部へは隠蔽されるのと同時に、厳しい教育を受けてきた。
剣術。霊術。神技の理論。戦術の構成。そのすべてを、休むことなく叩き込まれた。
「壮馬。お前は特別なのだ。その力を、決して無駄にしてはならない」
父の言葉は、常に重かった。
「神環大社は、しょせんは政に関われない。決して、神環八雲には、あなたは負けることはない」
母の言葉は、常に比較だった。
──神環八雲。
その名を、僕は幾度となく聞かされてきた。
神環大社の後継ぎ。
神環大社そのものは都にとって重要なものではあるが、儀礼職として軽んじられてきたのが実態だったそうだ。
しかし、特別な力を持たない、ただの神職。にも関わらず、彼の登場で話は一変した。
都の対魔技術を百年進めたと評される男。
霊環構造の再編成、神技の伝達理論、霊符の多重構成式──そのすべてを、独学で体系化した天才。
綾小路家は相里家と並ぶ名家。
しかし、ここ数十年というものは常に相里家の後塵を喫していたというのが正直なところだ。
父も母も大きな重圧の中で生きてきただけに僕がこの特別な力を持って産まれたと知った時は喜んでくれた。
しかし、それと同時にすでに天才児として名を馳せていた八雲さんとの比較も始まってしまった。
彼がどれほどの実績を上げたか、という称賛と同時に、彼は特別な力など持たない人間だという事実。
父も母も特別な力など持たない人間がそれほどのことが出来ているのだから、僕にはそれ以上のことが出来るはず、という想いからの言葉だった。
──けれど。
僕は、その話を聞くたびに、憧れを深めていった。
一族は、僕に対抗意識を植え付けようとしていたのだろう。けれど、僕の心に芽生えたのは、羨望と尊敬だった。
特別な力を持たずに、それでも世界を変えた男。その男が、どれほど努力し、どれほど苦しみ、どれほど考え抜いたのか。
僕は、その姿を想像するだけで、胸が熱くなった。
──いつか、会いたい。
──いつか、その背中を見たい。
──いつか、その隣に立ちたい。
そう思いながら、僕は剣を振り続けた。霊術を学び続けた。神技を磨き続けた。
巫術院で壱香と知り合い、彼女から兄の話を聞いた後もよりその想いを強めた。
そして──今日、ようやく、その男と同じ戦場に立つことができた。
◇ ◇ ◇
「──僕が、行きます」
僕の声が空気を震わせた。
「空間断層型の霊災。霊圧の波形から見て……空間座標ごとに反転しているだけ。座標を固定しさえすれば、切れるはずです」
壱香たちに目配せをする。
「巫術院・綾小路壮馬、突入要請。当該対象への座標固定、および破壊構成術式の実行を提案します」
背後には、既に展開状態にある巫術院三巫女──壱香、双葉、散華の三人が控えていた。
その背筋は、誰よりも真っ直ぐだった。
「承認する」
八雲さんが、霊環を握りながら応じた。
その声は、穏やかだった。けれど、その奥に確かな信頼があった。
僕は、振り返らずに告げる。
「僕たちが、断層の奥を引きずり出します──」
──空が、再び裂けた。
「斥候術式・霊環位相展開、準備完了」
風積散華の淡々とした声が響く。
その姿はまるで人形だった。整えられた灰銀の髪が微かに揺れ、その手には、霊環で構成された光糸が絡みついていた。
「座標断層、五層」
「干渉タイミング、六拍後」
「霊軸照合……揃いました」
壱香が頷く。そんな姿を八雲さんは目を細めて眩しそうに見つめている。
そうです。
彼女も僕と同様にあなたの役に立てるように厳しい修行に耐えてきたのです。見てあげてください。
「霊核揺動まで、わたしが押さえ込みます」
彼女の肩にかかる薙刀の柄が、霊圧でわずかに軋む。
「断層固定術式緋命縛紋・結界円環──展開!」
その瞬間、爆発のような静音が辺りを包んだ。
何も聞こえない。何も感じない。ただ、存在だけが圧として伝わる。
それは、見えない敵をそこにいると信じて動いた者だけが生み出せる、神技の在り方だった。
「すげぇ……」
思わず零れたであろう玲さんの声を、僕は黙って聞いていた。
霊環陣がねじれる。術式が軋む。空気の層が折りたたまれるように反転し──
──そこに、何かがいると、確かにわかった。
「霊圧座標固定、成功──」
双葉が、隣で指を滑らせる。
「さぁて、散華ちゃん。あとは開けてもらおか」
「了解。干渉術式灰鎖・刻写断界──実行」
次の瞬間、霊環の織り成す糸が空間そのものを切り裂いた。
いや、切り裂いたように見えた。
実際には、ずれて存在していた空間が、こちら側に引き出されたのだ。
霊災──いや、霊骸がいた。
三つの首。四つの肢。球体の中心に、ひとつの眼。
だが、何より異様だったのは──それが視線の焦点を逃れる存在であったことだった。
目を向けたはずなのに、視線が逸れる。見ていたはずなのに、認識できない。
それは、この世界にとって禁忌の存在──
「今──!」
壱香の叫びと共に、僕は走り出す。
だが──
「待て」
八雲さんの声が、僕の動きを制した。
その声は、命令ではなかった。けれど、確かな重みがあった。
「まだ早い。霊骸の霊圧が安定していない。今動けば、座標がズレる」
八雲さんは、霊符を手に構えていた。その指先が、微かに震えている。
──いや、震えているのではない。
霊圧を感じ取っているのだ。
「……三拍後、霊圧が一瞬だけ安定する。そこが、唯一の好機だ」
八雲の声が、静かに響く。
その言葉に、僕は息を呑んだ。
霊圧の揺らぎを読み取る。それは、僕たちが巫術院で学んだ技術だ。
けれど、八雲さんのそれは、僕たちのそれとは次元が違った。
霊圧の波形を、音として聞き取っているかのような精度。その奥に、膨大な経験と知識が積み重なっている。
「一拍──」
八雲さんの声が、カウントを始める。
僕は、その声に合わせて呼吸を整える。
「二拍──」
周囲の空気が、張り詰める。
「三拍──今だ!」
その声と共に、僕は走り出した。
霊圧が、斬撃と共に爆ぜた。
「神技破魂・霊嵐断斬──!」
一閃。風を裂き、霊圧を断ち。存在そのものを、構成から切り離す斬撃。
──だが。
霊骸が、動いた。
座標がズレる。僕の斬撃が、空を切る。
──しまった。
その瞬間、僕の視界の端に、八雲さんの姿が映った。
彼は、霊符を投げていた。
その霊符が、霊骸の周囲に展開される。
「六重式・霊圧固定陣──展開」
八雲の声が、静かに響く。
その瞬間、霊骸の動きが止まった。
座標が、固定される。
「今だ、壮馬くん!」
八雲さんの声が、僕を呼ぶ。
僕は、再び走り出した。
今度こそ、外さない。
「神技破魂・霊嵐断斬──解放!」
一撃。
断層が、裂ける。空間が、切れる。霊災が、悲鳴を上げる。
そのすべてが、一振りの刃によって、粉砕された。
◇ ◇ ◇
──霊骸が、崩れ、消えた。
空が静かに戻る。風が、戻る。音が、戻る。
だが、その沈黙は、確かに何かが変わってしまった後のものだった。
僕は、息を整えながら、八雲さんの方を見た。
彼は、既に次の霊符を準備していた。周囲の霊圧を監視し、残響を消し去るための術式を展開している。
その動きは、無駄がなかった。
一切の迷いがなかった。
そして──誰よりも、戦場の全体を見ていた。
噂以上だ。
父や母が語っていた、神環八雲という男。その実像は、想像を遥かに超えていた。
特別な力を持たない──。
いや、何を言っているんだ。
これが特別な力でなければなんだというのだ。
むしろ、男だから神技が使えるだけなんて僕の力こそが児戯に等しい。
女性が出来ることを男が代わりにしなければならない理由はさして無いのだ。
それに加え、彼の力は、唯一無二だ。
その知識と経験は、誰よりも深い。その判断と指示は、誰よりも的確だ。
そして何より──
彼は、僕たちを信じていた。
僕たちの力を信じ、僕たちの判断を信じ、僕たちの動きを信じていた。
だからこそ、的確なタイミングで、的確な支援ができる。
──これが、神環八雲という男か。
僕は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
憧れは、さらに深まった。
◇ ◇ ◇
「──明日から、本番ですね」
僕は、八雲さんの隣に立った。
「……」
「さすがですね、八雲さん。結界式の展開速度も精度も、都の巫術士とは比べものにならない」
それは、偽らざる本音だった。
八雲さんは、わずかに目を伏せる。
「……君たちの連携も、見事だった」
「ありがとうございます」
僕は、微笑んだ。
彼の下であれば、僕が男なのにこの力を得て生まれた意味がわかるかもしれない。
そんな高揚感に胸が熱くなった。
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