第21話 境界なき神意
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第21話 境界なき神意
本文
──朝靄が、黒鳴渓の稜線を静かに這っていた。
夜のあの濃密すぎる熱は、まるで夢だったかのように淡く引き、拠点周辺には点々と火の消えた焚き火の跡と、朝の炊き出しの匂いが漂っていた。
八雲は、仮設拠点の外縁に設けられた簡易の霊環台に腰を掛け、未明から霊符の調律作業に没頭していた。
綾音が言うには、本日中にも都からの使いが到着し、霊災封域の再整備と正式な勅命の確認が行われるらしい。
それは、この地に集まった者たちにとって、ひとつの節目だった。
しかし、八雲の心はすでに今回の討伐任務からは離れていた。
──あれほど確かだったはずの法則が、もう、通じない。
性交で神技を継ぐ。快楽が媒介となり、魂の回路が開く。
綾音、玲、響。そして、レン。
誰もが神技継承という儀式の上に力を持ち、共に戦ってきた。
それが、この世界のゲーム的ルールだった。
──だが、壮馬は違った。
「……俺の知っていた神環ノ縁は、もう、通用しない」
それは、自らへ向けた静かな宣告だった。
背後から近づいてきた気配に、八雲は気づいていた。振り向かずにいると、優しい声が背を押すように届く。
「……八雲くん?」
「レンか」
レンは一歩、彼の隣に座る。草の上の柔らかな感触と、彼女の匂いが隣に寄る。
「……あのね、私、ちょっと怖くなった」
「怖い?」
「壱香ちゃんのこと。八雲くんの話と私の知ってる神環ノ縁が初めて違った。一体何が本当なんだろうって」
八雲はうなずいた。
「……もはやゲーム知識が役に立たない。そう思って、行動しなければ、君を帰す方法にたどり着けない」
「──!」
レンが息を呑むのがわかった。
「この世界の構造を……根本から理解する必要がある。構造の起点、神環の定義、そしてなぜ君が来てしまったのかを」
「八雲くん……」
「俺の記憶だけを頼りにしていたら、いずれ手遅れになる。壮馬くんのような逸脱が存在する以上、世界のほうが俺の知識を上書きしていると見なすべきだ」
「じゃあ……」
「キミを帰すっていう選択肢すら、この世界にとっては上書きされる対象かもしれない。だからこそ──」
言葉を区切り、八雲はその目を彼女に向けた。
「俺が……君の物語を守る。そのために、この世界を読み解く」
レンは、何も言わずにうなずいた。その頬にはうっすらと涙の光。
──けれど。
「でもね、八雲くん──」
唐突に、口調が少しだけ変わる。レンがわざとらしく目を細め、唇をすぼめるようにして言った。
「さすがに、実の妹さんはダメだからね? ゲームじゃないのよ?」
「…………」
八雲は手で額を押さえ、低く唸った。
「……勘弁してくれ。さすがに俺も考えたくない。むしろ、壮馬くんと何かあったってわけじゃなさそうで安心しつつ、いずれに怯える兄の気持ちを察してくれ……」
「ふふっ……」
レンの笑いが、さざ波のように柔らかく響いた。
◇ ◇ ◇
夕餉が終わり、灯りの数がひとつ、またひとつと消えてゆく。
仮設拠点のあちこちから、巫女たちの寝息や水音が聞こえはじめる時間。八雲は、ひとり帳の外に出ていた。
誰かに言葉を告げるでもなく、霊環に向き合うでもなく。ただ、月もない闇の下、冷えた地面に腰を下ろし、夜の匂いを吸っていた。
神技の継承は性交による──そう信じていた。
だが壮馬は、継承も媒介も経ずに、神技を使っていた。
その事実が、八雲の中の常識をひとつ、明確に崩した。
あの世界──ゲーム『神環ノ縁』。
八雲が生前、幾度も周回し、キャラの特性まで暗記していたその構造。美少女巫女たちと契りを交わし、神技を得て、霊災と戦っていく和風ソシャゲRPG。
あのとき、確かに存在していたルール。
だがいま、目の前の神環ノ縁は、違っていた。
綾音たちは、最初から俺を信頼していた。壱香は……俺の妹でありながら、巫女として最前線に立っていた。
壮馬は、性交なしに神技を操る男としてこの世界に存在している。
そして……レンは、巫女ですらなかったのに、俺を通して神技を使えるようになっていた。
──すべてが、逸脱していた。
この世界は、俺の知っていたゲームを模しているようでいて……
実際には、誰かの願いに沿って作り変えられているのではないか?
指先が、無意識に膝を握っていた。地面の冷たさすら、今は現実の証のようだった。
──もし、この世界が誰かの願いで変造され、ゲームなど関係がないのだとすれば。
レンを帰す方法も──存在しない出口を探して彷徨うことになる。
「だからこそ、探らなければならない」
低く、誰にも聞こえぬ声で、八雲は口に出す。
「この世界が何なのか──なぜ俺が中心にされてしまっているのか」
「そして、レンを……この場所から帰す方法は、構造そのものの向こう側にある」
その時、遠くで梢が揺れた。虫の声が戻り、月が雲間からその輪郭を覗かせる。
何かが、始まっていた。静かに、深く、世界の核を揺るがす何かが。
──それを測るために、八雲は立ち上がる。
「……支えるだけじゃ、もう足りないんだ」
媒介者として。巫女たちの抱く者として。声を届ける者として。
だがそれ以上に、物語そのものの継承者として。
彼は、この世界の真理を測り直す覚悟を──この夜、決めた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
八雲とレンは、拠点の外れにある小さな泉のほとりに立っていた。
朝靄がまだ薄く残る中、二人は顔を見合わせる。
「……決めたよ、八雲くん」
レンが、静かに言った。
「綾音さんたちに、話そう。八雲くんが転生してきたこと。私が転移してきたこと。全部」
八雲は、わずかに目を見開き驚きながらもすぐに頷く。
「……そうだな」
「壮馬くんみたいな存在が出てきて、この世界がどんどん変わっていく中で、私たちだけが秘密を抱えてるなんて……無理だよ」
レンは、八雲の手を取る。
「それに、綾音さんたちは、八雲くんを信じてる。玲さんも、響さんも。だったら、ちゃんと話すべきだと思う」
「……」
「私だって、もう……八雲くんだけに背負わせたくない」
その言葉に、八雲は静かに頷いた。
「……わかった。話そう」
「うん」
「ただし、壱香には……まだ、話さない」
「それは……そうだね。壱香ちゃんには、もう少し後で」
二人は、静かに手を握り合う。
朝日が昇り始め、拠点の方から人の気配が戻ってくる。
「じゃあ、今日の夜、みんなを集めて話そう」
「うん。それがいいと思う」
八雲は、レンの手を離し、拠点の方を見る。
綾音、玲、響。彼女たちに、すべてを話す。
俺が転生者であること。レンが転移者であること。この世界が、俺の知っていたゲームとは違うこと。
そして──レンを帰す方法を、一緒に探してほしいということ。
「……行こう、レン」
「うん」
二人は、朝日に向かって歩き出した。
新しい一歩を、踏み出すために。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。