第23話 継がれざる力、継がれた意志
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第23話 継がれざる力、継がれた意志
本文
岩層が連なる地下霊穴。気温は高く、瘴気の名残がまだ天井に微かに漂っている。
「瘴気の反応、すべて消失。霊圧、安定」
淡々と報告するのは、風積散華だった。
「……最深層にあった瘴核も無事に浄化済みや。壮馬ちゃん、流石やな」
双葉が笏を肩に担ぎ、軽く息を吐く。
その中心に立つ少年──綾小路壮馬は、汗を額にかすかに浮かべながらも、静かに仲間たちを見渡していた。
「お疲れ様です、皆さん。予定通りですね。これで帰還しても、都に対して恥じる報告にはなりません」
「……でも、ここ、泊まっていくつもりなんやろ?」
「ええ。瘴気残留の安定を確認するには、一晩の結界監視が必要です。念のため、休憩陣を構築しましょう」
壱香は、霊符を取り出しながら言った。
「じゃあ、わたしが結界張るね」
「お願いします」
壱香が結界式を地面に展開していく。
彼女のその表情は、どこか晴れやかだった。戦いの中でも、動きに乱れはなかった。この遠征の中で、神環壱香は間違いなく巫女としての顔を確立していた。
◇ ◇ ◇
翌朝、四人は再びダンジョンの奥へと進んでいた。
瘴気の密度は薄まり、足元に残る瘴痕も微かにくすぶる程度。先程まで激しかった波は、完全に鎮静されつつある。
「……次の分岐、右。脈動の残滓が残ってる」
先頭を行くのは、風積散華。鋭い眼差しと最小限の言葉で進行方向を指示する。
その背を追うのは、壱香。薙刀を軽やかに担ぎつつも、姿勢に一切の隙がなかった。双葉は最後尾、笏を片手に詠唱準備を整えながら、軽口交じりの調子で緊張を中和している。
彼女たちの動きは、以前までと明らかに変わっていた。
まるで、互いの次の動作を先読みし合うように──術の発動も、構えの角度も、退避と前進のリズムまでもが、自然と噛み合っている。
「──来るで」
双葉が呟いた次の瞬間、瘴気の影が前方壁から現れた。
浮遊型の骸獣。多数の脚と剥き出しの眼球を蠢かせながら、一直線に突撃してくる。
「下がって。……切る」
散華が一歩踏み込み、手刀で空を裂いた。
見えない刃が放たれ、瘴気の中心を断ち割る。直後、壱香が薙刀を横に薙ぎ、崩れかけた個体を粉砕。双葉の術式が同時に結界を敷き、周囲への拡散を完全に封じた。
「っしゃ、ええ連携。完璧やろ、これ」
双葉が笑う。
「……なんか、通じてるって感じがする」
壱香も、息を吐きながら呟いた。
「今までは、術の合わせ方を練習してたのに……今日は、身体が勝手に動くみたい」
「……感覚が近い。視線で理解できる」
散華の口調も、どこか柔らかくなっていた。
壮馬は、そんな三人の背を見つめながら、静かに歩みを進める。
──彼女たちの連携は、確実に進化していた。
実はそれは急に出来るようになったというわけではなく、彼女たち自身、そして壮馬自身が八雲たちの戦い方を目の当たりにしたからであった。
戦いの中に、怖れも焦りもない。代わりにあるのは、信じて託せるという安心と、共に過ごした時間が残した絆。
これが……仲間を見て動く効果、か。
壮馬は、胸の内で言葉にする。
それは──先日の八雲を見て、変えた動きだった。
今までは自分がとにかく前に出ることを考えていたが、八雲は周囲の巫女たちが一番動きやすいように、否、巫女だけでなく、壮馬自身ですら、その対象として動いていた。
敵影が消え、通路が開ける。
わずかな広間に出た一行は、再度警戒を整えながら短い小休止を取った。
◇ ◇ ◇
瘴気の反応は徐々に弱まっていた。
ダンジョン最奥──地層の深部に存在する閉鎖空間。その手前に展開されたのは、封結式と対霊環の結界で守られた広間だった。
そこに溜まっていた最後の瘴気群が、まるで意思を持ったように現れる。
骸獣四体。浮遊型に加えて、下層を這う異形型が並列に接近してくる。
「行くよ──壱香、右、お願い!」
「了解──切り込む!」
壱香が先陣を切って突撃。
結界内で一気に霊刃を展開し、先頭の浮遊骸を両断する。動きは鋭く、ためらいがない。
彼女の後方で、散華が空気を切るように手を振る。
「《斬霞・流層》──投影、第二位相」
その言葉と同時に、空中に浮かんだ残像が三重に重なり、敵の動きを封じる。
骸の首がずれ、身体が千切れるように斬り裂かれていく。
「今や──双葉!」
「任された!」
笏が霊圧を帯び、地面から結界の花弁が噴き出す。骸獣の断面が祓いの火に包まれ、腐蝕した瘴気ごと焼き尽くされた。
「……やった」
戦闘終了まで、わずか十数秒。三人の動きに無駄はなく、霊技の連鎖はまるで最初から一つの式であったかのような完成度を誇っていた。
壮馬は、ただその様子を見ていた。
「この連携は、今の君たちだからこそ可能だったんですね……」
心からの声だった。
「うん。お兄ちゃんたちのを見て……真似したの、最初は。でも、もう今は、全部わたしのやりたい戦い方なんだ」
壱香の頬は、微かに火照っていた。
「……なるほど。八雲さんたちの戦いは、確かに教材だった」
「でも、今の私たちは──本番なんです」
そう静かに語ったのは、散華だった。
双葉が照れくさそうに笑う。
「なんや、かっこええなぁ、ウチら。……ほんま、強くなった気がするわ」
笑い合う三人の間に、心地よい沈黙が流れる。
だが──
その静寂は、唐突に破られた。
──音もなく、背後から裂けた。
空間が破れたのではない。瘴気が食い破って出現したのだ。
何かが、飛んだ。
正確な霊圧観測も不可能なほど、速く、鋭く──
「──双葉さん、下が──」
「っ──!?」
警告が届くよりも早く、双葉の背中に、鋭い裂き傷が走った。
血飛沫が舞う。霊布が破れ、肩甲骨から腰までを薙ぎ払われる。
「あ──が、っ……」
双葉が崩れ落ちた。
「双葉っ!!」
壱香が駆け寄る。散華がすぐさま術式展開に入るが、すでに敵の姿は消えていた。
──残ったのは、血と、絶え間なく滲む瘴気の残響だけ。
そして、崩れ落ちた彼女の脇で──
壮馬が、震える手を伸ばしていた。
「双葉さん……!」
その手が、彼女の肩に触れた瞬間──
霊環が、音もなく回った。
◇ ◇ ◇
──音もなく、霊環が回転した。
それは、術式の詠唱も発動の構えもなく、ただ彼女を救いたいと願った瞬間に起こったことだった。
「……え……?」
壱香が目を見開いた。
双葉の血に濡れた肩に触れたまま、壮馬の掌から淡い霊光が滲み出していた。
それは、温かく、柔らかで──けれど確かに、瘴気と血を押し戻す力だった。
光は輪を描き、霊布の上に神環の紋を模した結界が広がっていく。
「これ……まさか……」
散華が低く呟く。その声には珍しく、驚きが混じっていた。
「双葉さん……もう大丈夫です。……お願いだから、目を開けて──」
震えるように願うその声とともに、霊光が一閃する。
壮馬の掌から迸った光は、双葉の傷口に吸い込まれ、破れていた肉と筋が、ゆっくりと──だが確かに──繋がっていく。
「あ……う……そ、うま……ちゃん……?」
かすれた声が返ってきた瞬間、壱香が涙を浮かべて声をあげた。
「双葉さんっ……!」
「回復、してる……明らかに、神技の挙動……」
散華が片膝をつきながら、展開された霊環式の文様を見つめる。
そこに描かれていたのは──双葉が使用するはずの回復術式、《再環・清癒陣》の、簡略化された亜型構造だった。
「……これは……写し……?」
散華が言葉にしたその直後、壮馬の手がわずかに震え、光が消えていく。
回復は終わった。
双葉の呼吸が落ち着き、背の下で止血された霊布が、静かに余熱を帯びる。
壮馬はその場に膝をつき、震える呼吸を吐きながら、小さく呟いた。
「これは……双葉さんの……神技……?」
「うん……間違いない……」
壱香が彼の隣で、小さく頷いた。
「でも──使ったのは、壮馬くんだった。……自分の意思で」
壮馬の視線が、ゆっくりと手のひらを見つめる。
「……僕は、彼女たちの意志を通して、神技の写しを宿した」
「媒介とは……繋ぐことじゃなく、願うことなのかもしれない」
彼の呟きに、沈黙が落ちる。
だがその沈黙は、絶望ではなかった。
八雲さんとは違う。でも──僕にも、応えた力がある。
そう確かに、壮馬は思った。
この日、媒介の意志が初めて力として発現した。
◇ ◇ ◇
ダンジョン最深層──瘴気の残響が完全に消えた夜。
戦闘の火照りと、回復術式の霊熱がわずかに空気に残る中で、壮馬たちは簡易拠点に戻っていた。
双葉は既に寝台に横たわり、静かに休息をとっている。その横には壱香と散華が布団を敷き、交代で見守っていた。
結界の中心、火の灯りに照らされた場所に、壮馬は一人座っていた。
焚き火の炎が揺れ、手のひらを照らす。さきほど神技が宿った指先は、もう何の熱もない。
だが、その皮膚の奥──心の奥には確かに残っていた。
「……僕にも、使えるんですね」
囁くような独り言に、背後から歩み寄る足音。
「当然やで」
横に腰を下ろしたのは、双葉だった。
起き上がった気配に驚く壮馬へ、彼女は笑って見せた。
「ありがとう、壮馬ちゃん。ほんまに助けてもろた。あのとき、痛みとかやなくて、安心のほうが先に来たわ」
「安心……」
「うん。なんか、この人が触ってくれたら大丈夫って、自然に思えた」
「……僕なんかで、よかったんですか?」
そう尋ねる壮馬に、双葉はにっこりと笑う。
「うちやってな、あんたと一緒におって、ちゃんと信頼できるって思えてたんやで?」
「それが神技に繋がったんやったら、そらもう……正しいことやったってことやろ?」
その言葉に、壮馬の目がわずかに潤んだ。
静かにうなずく。
──そこへ、壱香と散華も寄ってくる。
「壮馬くん。……やっぱり、わたしたちの媒介者だよ」
壱香が、そっと彼の肩に手を置いた。
「力を渡す人じゃない。繋いで、支えてくれる人。それが、今のあなた」
散華も、無言で頷き、火に手をかざした。
「媒介は、伝達者じゃない。触れて、揺れて、応える者」
「今日の壮馬は、それができてた。ちゃんと、ひとりずつに──」
静寂が、四人を包む。
誰も多くを語らない。けれど、確かに心が結ばれていた。
──媒介者とは、決して男であることではない。神技を渡すことでも、受け取ることでもない。
誰かの想いに応える力。それこそが、媒介の本質だった。
「ありがとう、皆さん。……僕も、ようやく八雲さんの背中が見えた気がします」
その言葉に、三人の巫女たちは静かに笑い──
炎の揺らぎのなか、絆は確かにひとつの意味を結んでいた。
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