第24話 封じられた真実、連行の理由
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第24話 封じられた真実、連行の理由
本文
地の底を焼くような瘴気は、すでに過ぎ去っていた。
瘴霊迷宮黄泉つづら──そこに巣食っていた深層の穢れは、神技の連環と、四人の共鳴によってその中心構造を断たれ、霊的侵蝕は収束した。
地上への帰路。長く続く階段を踏みしめながら、壱香はひとつ呼吸を吐いた。靴の裏に伝わる石畳の感触が、徐々に都へと戻りつつある実感を与えてくる。
だが、空気には、違和があった。
「……ねえ、静かすぎない?」
そう呟いたのは双葉だった。迷宮口の門を抜け、都の外周へと出たとき、確かに街道は異様なほどに静まり返っていた。
午後の光が射し込む都門前。いつもなら、行商人の掛け声や旅人の足音が絶え間なく響くはずのその場所には、誰の姿もなかった。
「結界の残滓もない。霊圧の操作を受けて、無理に空間が鎮められてるな」
散華が言った。その目は常と変わらず感情を浮かべていないが、わずかに眉間の奥が強張っていた。
「結界操作……誰がこんな場所で……」
壱香が声を出しかけたときだった。
ざん──と、音が鳴った。それは、甲冑の板金がぶつかり合う鋭い音。
「そこから先へは進ませない。神環遠征部隊、綾小路壮馬──都の法により、身柄を拘束する」
左右の路地、屋根の上、さらには門の奥──一斉に現れたのは、漆黒の鎧に身を包んだ一団だった。彼らの胸に掲げられた紋は、都直属の治安機構検非違使。
通常であれば、霊災発生時や神技による重犯罪への介入にしか動かない。
「……拘束?」
壱香の声が震えた。
前へ出ようとする彼女の腕を、壮馬がそっと掴んだ。その手は静かで、冷たくも、温かくもない、均質な理性の温度だった。
「罪状は、禁域迷宮への無許可侵入、および未認可神技の使用──それに神技の構造違反模倣」
「なにそれっ……! 壮馬くんが、そんなの……!」
壱香の叫びに反応するように、散華と双葉も一歩踏み出そうとする。だが、壮馬はそれを制した。
ただ、静かに彼女たちを見た。目を逸らすことなく、しっかりと、穏やかなまなざしで。
「壱香さん。双葉さん。……散華さん」
一人ひとりの名前を、丁寧に口にした。
「ありがとう。僕は、大丈夫。だから……神環神社へ行って、八雲さんに伝えてほしい。僕たちが何をしたのか、何が起きたのかを、正しく」
その声に虚勢はなく、説得でもなかった。ただ、事実として語られた言葉だった。
だが、それこそが壱香たちの心を締めつける。
双葉が首を振りながら言った。
「でも……でも、そんなんじゃ納得できへんよ……! うち……」
「僕は、戦っただけだよ。君たちと力を合わせて。……その結果として、何かが動いたのかもしれないけど」
壮馬は、手枷を受け入れた。鎖の鳴る音が、夕刻の空に乾いた金属音を残す。
そして、一度も振り返ることなく、彼は連れられていった。都の深奥、白壁の向こう──都政中枢の影の中へと。
三人はその場に立ち尽くしていた。
呆然というより、胸の奥に引き裂かれたような違和感を抱えたまま。だが、壱香がその足を踏み出したのは、そう長くなかった。
「神環神社へ行こう。……お兄ちゃんに、全部伝えなきゃ」
言い終えた彼女の声には、明確な意志が宿っていた。
──壮馬は、わたしたちの仲間だ。だから、今度はわたしたちが、彼を助けないと。
◇ ◇ ◇
神環神社。
都の喧噪から一段高く隔絶されたような霊域に立つこの社は、今なお結界と祈祷の律が生きており、外界の混乱をまるで別世界のことのように拒んでいた。
白石を敷き詰めた参道を、三人の少女が走る。壱香の息は少し乱れていた。が、歩みは一切緩めていなかった。散華も双葉も、それに追いつくように足を速めている。
鳥居をくぐり、社殿の奥へ──常ならば静かなその奥の間に、白衣姿の男が現れる。
「……壱香。双葉さん、散華さんも……壮馬くんは……」
穏やかな声音だった。けれど、八雲の声色はすぐに尋常ならざる事態を察知する。
「お兄ちゃん……っ!」
その言葉とともに、壱香は走り寄って抱きついた。
八雲はその小さな肩を受け止めたまま、優しく背を撫でる。
「何があったんだ?」
「壮馬くんが、捕まったの。検非違使に、都の命令で……」
壱香の声は震えていた。けれど、涙は見せなかった。
「迷宮の穢れを祓って、帰ってきた直後だったの。罪状は……神技の無許可使用、結界構造の破壊、それに神技の模倣って言われた……」
それを聞いた八雲の表情から、音もなく色が消えていった。
「壮馬くんは、大丈夫だから、八雲さんに全部伝えてくれって言って……何も抵抗せずに、連れていかれたんです」
双葉がそっと言葉を添える。その瞳は潤みながらも、揺らぎを必死に押し込めていた。
八雲は、一歩下がって三人に詳しく話すように促した。
「分かった。一つずつ、順を追って聞かせてくれ。……何が、あったんだ?」
それに応じるように、壱香が深く息を吸った。その仕草は幼さを残しながらも、巫女としての使命感をまとっていた。
「あの迷宮での戦いから……神技が、変わったの。たとえば、私……結界の重ね張りができるようになったの。あれは、今までどんなに修行してもできなかったのに、壮馬くんと一緒に戦ったあと、初めて……」
八雲は頷きながら耳を傾ける。
壱香の手が、袂の中で震えている。でも、その目は強く、まっすぐだった。
「彼を通して強くなったって感じたの。……ただの共闘なんかじゃない。繋がって、心が触れ合って、力が生まれたの」
散華が続けた。
「でも、壮馬自身は何も変わらなかったって言ってた。実際にあいつの神技も強くなってはいなかった、けど……」
「けど……?」
八雲の目が細められる。
今度は双葉が、膝の上で手を握り締めながら口を開く。
「壮馬ちゃん、うちが油断してやられた時にうちの神技の《再環・清癒陣》を使ってくれたんです。そっくり再現……うちが使うよりは少し弱かったかもしれんけどそんなこと出来るなんて思わへんかった」
「……神技継承」
八雲が呟いた。まるで、それが決定的な答えだったかのように。
「……お兄ちゃん、何か知ってるの? 」
壱香の問いに、八雲は少しだけ視線を伏せてから、ゆっくりと語り始めた。
「……ああ、ある種の現象としてなら説明できるかもしれない。だけど……君たちには、それがどういう意味を持つかまでは言えない。申し訳ないけれど」
その言い方に、壱香が一瞬だけ不満げに口を開きかけた。だが、散華が隣で静かに首を横に振った。
そして、双葉が柔らかな声で続ける。
「うちら……無理には聞かへん。けど、お兄さんが考えてること、少しでも伝えてくれるなら、ちゃんと……受け止めるよ」
その言葉の優しさが、場の空気をわずかに溶かした。
八雲は目を閉じ、深く、静かに息を吐いた。
そうだ。壮馬くんの神技継承は、まさに俺の知る、ゲームにおける仕様通りの現象だ。
本来、プレイヤーである主人公──つまり、ゲームの中での正規の進行者は、巫女と絆を深めることで神技を継承する。しかし、その神技は完全な再現ではなく、劣化した模倣としてであった。
ゲーム的な観点で言えば、このことにより主人公を育てる意味でもキャラクターのガチャを引くという動機も生まれるし、かといって強くなりすぎて元キャラが不要ということもない。
壮馬が用いた《再環・清癒陣》が、双葉のものより弱いという事実は、むしろ正しすぎるほど本筋だった。
──だが、それに対して、自分たちはどうだったのか?
巫女たちとのスキルリンク。そこには、常に強化や変質が伴っていた。たとえば、綾音の鏡舞陣は残像処理だけでなく、連続詠唱に進化し、玲の戦斧術は彼女自身の限界を凌駕した軌道を描いていた。
そして、レン。自分と繋がったことで彼女が得た神技は、模倣どころか再構築だった。もはや巫女の写しとは呼べぬ、全く別の性能を持った術式に変質していた。
ならば。
レンと俺のほうがそもそもゲームの本筋から逸脱していたということか。
以前、八雲は異世界である以上、細かい違いはありうるものと思ったし、それでもゲーム世界と異世界感覚との曖昧さを感じ、違和感を覚えていた。
八雲自身はレンを綾音たち巫女と繋いで強化、またレンの力を綾音達に繋ぐという媒介でしかなく、そもそも八雲自身の力は自らが修行して得た力から大きく変わることはない。
当初はソーシャルゲームという性質上、多くはフレーバーですら存在しない要素を無理やり異世界の現実に照らし合わせている以上、違ってて当たり前という認識だった。
一方でレンとの出会いを境に綾音たちとの邂逅など、ゲームに近づく違和感を感じていたのも確かだ。
その理由が今わかった。
そもそもが自分とレンはこの世界における異分子であり、ゲーム的シナリオには関係をしていない。
ならば、自分とレンが何者なのかという疑問は残るが、いま、改めてゲーム的な要素に近づいた最大の理由は、綾小路壮馬という存在の登場だったのだ。
神技の模倣、穢れとの交戦。そして──都に目をつけられ、拘束される。
それはまさに、本来の主人公が通るシナリオの起動条件そのものだった。
つまり、物語が……元の筋道に戻ろうとしている。
だが、大きく違うところが存在している。壮馬の生家である、綾小路家は都でも名家であり、そこの生まれということは彼は転移してきたわけではない。
自分と同じ転生者なのかもしれないが、少なくとも元のゲーム、神環ノ縁での主人公は、レンのようにあくまで異世界転移者だった。
その違いがどのような展開を生むのかは、今はわからないが、壮馬が都に拘束されたということは本来の主人公と同じく、神技を使う男性という特性により、巫女部隊を率いて、穢れとの戦いの矢面に立つ、という起点になることは明白だった。
八雲は、神環ノ縁というゲームサービスが開始され、一周年を前に命を落とした為、その後にメインストーリーがどうなったかは知らない。
プレイ範囲では、いくつかのイベント的な事件を解決し、新しい巫女が登場するというソシャゲ定番の話の繰り返しであった。
そして、いま。壮馬の登場によって神環ノ縁のメインストーリーが始まる可能性が高い。
……もし、このまま進めば。
レンを元の世界に帰す為に必要な情報も得られるかもしれない。
それは──八雲にとっても希望であり、願いでもあった。
何かが始まるということは、何かが終わるということでもある。そして、その終わりの先に、自分が残されるのか、それとも不要になるのかは──まだ誰にも分からない。
だからこそ、いまは焦らず、構えねばならない。
「……三人とも、よく来てくれた。君たちが壮馬くんと共に結び、神技を共有したということ、それは何よりも尊い記録だ。……ありがとう」
八雲のその言葉に、壱香が微かに唇を引き結んだ。
その横で、双葉が小さく微笑む。
「うちは……あの子と繋がれて、ほんまに良かったって、思ってる。……役に立てた、って思えたから」
「……うん」
散華が頷いた。
その言葉のどれもが、誇りであり、証だった。
八雲は三人を客間へと案内し、しばしの休息を与えた。壱香の目元には疲労の色が見えていたが、誰よりも話さねばという意志が強かったことを、彼はよく理解していた。
だからこそ、三人を労わる言葉は最小限にとどめ、すぐに自室へと戻る。
そこには、すでに綾音が待っていた。
「……壮馬さんが、都の検非違使に拘束された?」
「そうだ。壱香たちから、詳細は聞いた。だが、心配は要らないだろう。遠からず、彼を中心とした穢れ討滅の巫女部隊の創設が公表されるはずだ」
落ち着いた様子で話す八雲に綾音が目を細める。
「それは、例の八雲さんの持っている知識、というわけですか。……寂しいですがレンさんを元の世界へ帰す為の物語が始まってしまいますのね」
そうだな、と八雲は答える。八雲はあちらの世界出身とはいえ、転生体だし、正直戻る身体も無いだろうし、戻るつもりはなかったが、レンとの別れには当然寂しさがある。
「でも、残念です。穢れ殲滅の統合部隊が組織されるなら、八雲さんのほうが相応しいでしょうに」
綾音のその言葉に八雲は肩をすくめる。
勿論、最大限に壮馬に協力し、場合によっては部隊への参加を上層部に願い出るつもりだ、と綾音に伝える。
八雲は神環神社の跡取り宮司であり、過去の知識を活かした貢献や、その実力も相まって都の上層部に対しても一定の発言権を持つ存在となっている。
実際には部隊への参加というより、壮馬の巫女部隊の後見的な位置づけになる可能性のほうが高いぐらいで、そのほうが八雲にとっては好都合だった。
◇ ◇ ◇
そんな今後の話を綾音としている最中のこと──
……ピリリ、と。指先にわずかな霊波が走る。
「やはり、連絡が来たか」
八雲は零位転送で送られてきた都の上層部からの封じ文と呼ばれる伝令保管札を巫術で現出させる。機密性も高く送信後に削除もされる優れモノで他でもない八雲が編み出して都の連絡網に普及させたシロモノだった。
八雲は封を解く。中に記されていたのは、壮馬の拘束に関する話ではなかった。
──いや、関連はしていたが予想とは完全に異なる内容だった。
そこには、明確に書かれていた。
──綾小路家、穢れと通じ、官を転覆させようと目論んだ罪により、討滅対象に指定。
そして、その討滅戦の指揮を──神環八雲に一任する、との通達。
「……なん、ですって……?」
綾音が思わず息を呑んだ。
「討滅、ですって……? 綾小路家を……?」
八雲は目を伏せる。読み終えた札をそっと畳みながら、無言で頷いた。
「まずは都の上層に参内し、詳しい話を聞いてくる。考えるのはそれからだ」
「わたくしも共に参ります。玲に頼んでレンさん、響さん、あと壮馬さんのお仲間たちを守護するように伝えておきましょう」
さすがに動揺を隠せない八雲に気づいた綾音が、自らも同行を申し入れる。
「頼む、どういう状況であれ神環家と相里家が揃って状況の確認を申し立てれば無下にはできないだろう。いずれにしろ、俺にこのような勅命を出す時点で無関係で居られるはずもないが……」
神環ノ縁のメインストーリーが始まると思った矢先にゲームでは存在すらしなかった人同士の争いの予感。
そもそも穢れの脅威に晒されたこの世界において人同士が争うなど、せいぜい夜盗の討伐ぐらいであり、軍同士が争うなんて事態は八雲は知らない。
もともと都は有力貴族・寺社たちの合議制で政治を行っており、八雲の知る元の世界の平安時代モチーフでありながらも、帝のような絶対的な存在が居ない。
そのあたりは中世の欧州のような形になっているし、もともとフレーバーですら詳細な世界観は語られなかったソーシャルゲームである。
八雲にとってみれば政治体制や経済などこの世界に関するものは、完全な異世界という感覚で生きてきた。
穢れという絶対的な悪であり、害であるものが存在し、都はそのために団結し、有力な貴族や寺社は無辜の民を守る為に穢れを払う。
──そんな優しい世界の常識が覆ろうとしていた。
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