第25話 揺らぐ正義、交錯する旗印
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第25話 揺らぐ正義、交錯する旗印
本文
都西郭の政庁区画──その地下書庫にある禁閲室の一角にて、二人の男女が正対していた。
八雲と、綾音。
ろうそくの炎が、古文書の縁を照らし、静かな風音が巻物の端を揺らしている。
「……やはり、そうでございましたか」
綾音が、最後の帳面を閉じる。そこに書かれていたのは、綾小路家から内々に発せられた密書。都貴族連合の一角に対して、神技を行使可能な男子を擁立した上での主導権掌握計画を提示した、いわば謀反計画書の写しだった。
「穢れによる汚染などではない……少なくとも、宗教的な狂気による反乱ではない。もっと現実的で、もっと政治的な話だった」
八雲の言葉に、綾音は静かに頷いた。
「つまり……壮馬さんの存在そのものが、綾小路家にとっての旗印だったのですわね。都へ牙を剥くための、大義名分として」
「そして都は、先に彼を拘束することで、綾小路家の主張を潰したつもりが──かえって挙兵の口実を与えてしまった」
八雲の手の中にあるのは、綾小路家を巡る複数の系譜資料、及び都内部の議事録写。どれもが暗に、この反乱は火種ではなく、火を起こす者の手によって意図されたものだったと語っている。
「……滑稽ですわね。秩序を守るための拘束が、争いの聖火を与えることになるなんて」
綾音は皮肉めいて笑った。だが、その声には憎悪ではなく、ただ深い諦念のようなものがあった。
「都の貴族たちが、一枚岩ではないのも問題だ。皆、牽制し合って動かない。綾小路家と正面からぶつかれば、火中の栗を拾うことになると、誰もが及び腰だ」
「だからこそ……」
「──俺に、指揮が回ってきた」
八雲の言葉は、ため息にも似ていた。
それは都における、自らの二十年の信頼と、裏返しの非武装性が評価された結果だった。
「俺はこれまで、戦をしたことがない。いや、しないと明言してきた。都には知識と結界と制度を与えたが、権力を奪う意思は見せなかった」
「だから、彼らはあなたに戦わせても安心と思ったのですわね」
「もし、俺が討ち勝っても、主導権は奪わない。……打算としては、実に合理的だ」
綾音はその言葉に頷いたあと、静かに問いかける。
「八雲。あなたは、どうなさるおつもり?」
綾音の問いに、八雲はすぐには答えなかった。拭いきれない疲労のようなものが、そのまなざしに微かに差していた。
綾音は静かに待った。八雲が言葉を選ぶとき、それが本気で考えている証だと知っているから。
──数秒の沈黙の後、彼はようやく口を開いた。
「……思えば、ずっとこうだった」
それは、まるで回顧のように、けれど決して愚痴ではなく、ただ事実の整理として。
「二十年前、この世界に来たとき、俺は主人公じゃないことを自覚してた。だから、戦うんじゃなく、支えることに徹した。レンが来たときに、万全の環境を整えるために──」
綾音はその横顔を、ゆっくりと見つめる。八雲の声は穏やかだが、どこかに深い孤独の層がにじんでいた。
「まず最初にしたのは、清浄結界の再構築だった。神環の結界網は本来、地方の霊脈を都に還流させる仕組みだったが、腐っていてね。構造ごと解体して、一年かけて全体を張り直した。……その間に二度、霊災が起きた」
「わたくし、記録で読みましたわ。西郭の浄化水脈、あなたが設計なさったと」
「うん。でも当時は、誰も信じなかった。神職の小倅ごときに何ができるって。……だから、やるしかなかった。黙って、成果を積み上げるしか」
八雲の声に、苦笑が混じる。
「それから、施療所の結界運用、神技調律の研究、巫女制度の再興。……都の官人たちにも嫌われないよう、徹底して成果を譲渡した。論文は都大学の若手に名前を貸したし、技術は無料で公開した」
「それでも、あなたは信頼を得られた」
「いや──信頼じゃない。利用しても裏切らない男として、彼らに認められたんだよ」
綾音が息を呑んだ。八雲の声は決して感情的ではなかったが、それが逆に痛ましく感じられた。
「……だから、彼らは俺を選んだ。綾小路家の討滅を任せても、権力を持とうとしないから。……討ち、勝ち、沈めたあとで、何も奪わず去る。そんな駒、そうそういないからな」
「八雲さん……」
「正直、皮肉なもんだよ」
八雲は天井を仰いだ。天井には、薄紅の神紋が淡く光っていた。これは彼自身が設計した霊波拡散構造──神職の結界標準型。
それすらも、いまは都の標準装備として使用されている。
「主人公じゃないからと選んだ道が、都全体の構造の土台になった。そのこと自体は、後悔していない。けれど──」
「だからこそ、都があなたに責任だけを押しつけてきたのですね」
「その通りだ」
八雲は言い切った。迷いのない言葉だった。
「でも、逃げるつもりもない。選んだのは俺だ」
綾音は目を伏せた。彼の選んだ非主人公の生き方が、今まさにこの戦乱の起点に置かれようとしていることが、胸に刺さっていた。
だが、次の八雲の言葉は、そんな彼女の胸をさらに締めつけた。
「──だからこそ、会いたいんだ。綾小路壮馬に。……彼が、どこまでこの火を自覚しているのかを、俺自身の目で確かめたい」
「……わかりました。手配いたしましょう。彼との対面、整えてみせますわ」
綾音の声に、微かな震えがあった。それは、戦場に出る前の祈りのような、ひと筋の不安の影。
「ありがとう、綾音」
八雲の声は、少しだけ柔らかくなった。
彼女の覚悟と伴走を受け取って──八雲は、己が歩んできた支える道の終点に、足を進める覚悟を決めた。
◇ ◇ ◇
夕刻、神環神社の回廊を渡る風が一段と冷たくなっていた。空は茜から群青へと色を移ろわせ、境内の木々が鈴の音のようにざわめいている。
八雲は綾音とともに政庁への出立準備を整え、本殿の奥から回廊へと足を踏み出した。その瞬間──
「お兄ちゃんっ!」
駆け寄る足音。振り返るより早く、壱香がその腕に飛び込んできた。
「……壱香」
八雲は思わず口元を緩めたが、次の瞬間、腕に伝わる震えに気づいた。
壱香の身体は、細かく震えていた。顔を上げた彼女の目は、強く、潤んでいる。
「お願い……壮馬くんを、助けて……! 討つなんて、そんなの……そんなの、間違ってる!」
八雲はすぐに答えなかった。壱香の必死の声が、まるで世界の歪みそのものを訴えるようだったからだ。
「……まだ、決まったわけじゃないよ」
「違うの……そんなつもりじゃないとか、もう通じる場所じゃないんだよっ……!」
壱香が叫ぶ。
「私たち……壮馬くんとわかりあえたの。力も……それだけじゃない。心も、全部。彼が傷つけられるの、見たくない……!」
その言葉に、散華が静かに歩み寄ってくる。
「……あたしも。アイツと一緒に戦って……自分がどんな力を持ってて、どれだけ暴れたかったかも、やっと分かった。……でもな、それでも、アイツといると落ち着くんだ」
「散華さん……」
八雲の声に、散華はそっぽを向いた。
「戦うなら止めない。でも、理由を見失うな。……お願いだ」
最後の言葉だけは、まっすぐだった。
そして──少し遅れて、小さな足音。双葉が、そっと歩み出てきた。顔を伏せ、袖を握りしめている。
「……お兄さん」
声は小さかった。けれど、確かに届く声音だった。
「うち……壮馬ちゃんとおったとき、初めて自分でも人の役に立てるって思えたんよ……」
顔を上げたその目は、涙を湛えて揺れていた。
「壮馬ちゃんが、都に潰されるん、見たくない……。お願いやから、どうか……どうか、殺さないであげてほしい……!」
その言葉に、八雲はゆっくりと膝を折った。三人と視線の高さを揃えるようにして、真正面から言葉を紡ぐ。
「……ありがとう。君たちの想い、しっかり受け取った。あとは任せて」
八雲の声は、静かに、けれど力強く。
「誰一人、無意味に傷つけさせたりはしない。壮馬くんも、綾小路家の者たちも。そして君たちも。……人同士で争ってる場合じゃないってことをこの都に見せつけてくる」
壱香の目が潤み、震える声で問う。
「……ほんとに?」
「本当だよ。俺は、お兄ちゃんだからね」
その言葉に、壱香は──まるで妹に戻ったように、ふっと頬を緩めた。双葉は、静かに目元を袖でぬぐい、散華は無言で一歩だけ、背中を押した。
そして、八雲は立ち上がる。
神環神社の巫女たちの想いを背負い、都へと向かう決意を──再び、その胸に刻んだ。
◇ ◇ ◇
神環神社の裏庭、常緑の木立が囲む渡り廊下。朱塗りの手すりに白い光が差し込み、静かな風が竹を鳴らす。
八雲が三巫女たちとのやりとりを終え、本殿の縁側に出たときだった。ひときわ強い視線を感じ、振り向くと、そこには三人の巫女がいた。
レン。玲。そして響。
言葉はなかった。けれど、三人はまるで揃えたように、静かに八雲へ歩み寄る。
「……あらためて、出るのか」
口を開いたのは、玲だった。
彼女はいつも通りの無愛想な声音で、しかし、どこかためらうような足取りだった。
「まあ……おまえが行くならしょうがねぇってくらいには、信頼してるよ」
八雲は、わずかに眉を動かす。
「ずいぶん素直だな、玲」
「な、なんだよ……あたしだって、たまには言うことあるし」
玲はそっぽを向いたまま、ぽつりと付け加えた。
「……ただ、おまえが本当に帰ってくる気で行くってことだけは、わかってた」
それは、玲なりの精一杯だった。言葉では多くを語らず、拳で語るような女が、今はただ信じるという行為を選んだ。
八雲は小さく笑い、目線を転じた。
「レン。……君は?」
その問いに、レンは小さく、しかしはっきりと頷いた。
「私は……待ってるよ。信じてる」
八雲の目を見て、まっすぐに告げる。
「正義って、難しいよね。どこから見ても正しいことなんて、きっと、ない。……でも、八雲くんが選んだ道なら、それを私は信じるって、決めたから」
その言葉に、八雲は一瞬だけ目を細めた。レンの成長が、こうして言葉に現れるのを、どこか誇らしくも感じていた。
そして最後に──響が、一歩進み出る。
彼女は他の誰よりも静かで、言葉少なだった。けれど、今この瞬間、彼女の声は確かに八雲の名を呼んだ。
「……八雲くん」
その声音は囁きのようだったが、凛とした波長を孕んでいた。
「あなたの背中には……音があるの。……静かだけど、はっきり聴こえる音が」
彼女は胸に手を置く。
「私は、その音を見失いたくない。だから、待ってる。……あなたが、その音を止める前に、ちゃんと帰ってくるのを」
その言葉は、まるで神環そのものが語るように澄んでいた。
八雲は、言葉にならない何かを胸に押し込めて、小さく頷いた。
「……ありがとう。三人とも」
目を伏せるでも、誇るでもなく。ただ、自分が託されているのだという重みを、受け止めた男の目だった。
その背に、もう迷いはなかった。
そして静かに歩き出す。
神環の巫女たちに支えられたその背中は、ただ一人、物語の間を縫う者として──都の闇へと、踏み込んでいった。
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