第31話 縁の外側からの悪意
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第31話 縁の外側からの悪意
本文
意識が浮上する。
重くはない。痛みもない。けれど、まるで自分の肉体が外にあるような感覚。
八雲はゆっくりと目を開いた。天井は白。磨かれた木の梁が交差し、細かな細工が施された照明がぶら下がっている。目に入るのは屋敷らしき空間。……だが、都のものではない。
どこだ……ここは……
体を起こそうとして、動かないことに気づいた。手足に枷はない。だが、まるで空気そのものに縛られているように、身体の力がどこにも届かない。
霊圧の操作もできない。結界の展開も、巫術の詠唱も、不可能。
霊脈との接続が……断たれている……?
八雲は冷静に状況を整理する。この身体の不自由さは、通常の霊的拘束とは明らかに系統が違う。そして何より、周囲の霊的な流れそのものが存在していない。ここは、完全に外なのだ──カグラの霊脈構造から切り離された座標。
思考をめぐらせていた八雲の前に、扉の向こうから足音が近づく。やがて、静かに襖が開いた。
現れたのは──白髪の巫女服姿の女。
柊ユリだった。
その顔は、微笑んでいた。けれど、その目は……笑っていなかった。
「お目覚めですね、八雲さま」
その声は──レンの声だった。柔らかく、どこか懐かしい響き。だが、そこにあったのは別種の熱だった。
ユリはゆっくりと八雲の前に歩み寄ると、対面に座った。その動きには、礼法としての完璧さと、どこか儀式めいた整いすぎた所作があった。
「ここは霊脈の外側……この世界カグラの中心軸からも、流れからも外れた空間です。霊術は通じません。構造の意味を持たない場ですから」
彼女は語る。
「あなたは、本来この世界を守る為に生まれた方。穢れでも、政治でもない……この世界そのものを壊そうとする外の悪意に対抗するための存在」
ユリの声は滑らかだった。まるで、既に何度も語られた事実であるかのように、感情を交えずに話していた。
「……俺が、悪意に対抗するために生まれた?」
「はい。あなたの魂は、この《カグラ》という世界の《核》が望んだ構造を守るための召喚者。地脈を読み、巫女たちを導き、外敵からの悪意に対して閉じた秩序を維持するために。──あなたは最初から、この世界に必要とされた設計者でした」
八雲はわずかに眉を寄せながらも、表情を崩さなかった。もう自分がこの世界における特異点であるという自覚もあったし、その為の力不足に思い悩むこともない。それらすべては、彼を愛してくれたレンや綾音たちのおかげであったが、ユリの言葉に気になる点も多く感じた。
「……穢れとは違うというのか。その外敵とは」
ユリはかすかに微笑んだ。
「穢れは……この世界の災害、地脈の自然な淀み。けれど、近年その出現率と強度が跳ね上がっているのは、外からの悪意が干渉してきているから」
言葉が止まる。
ユリは、そこで静かに目を閉じた。長い睫毛が頬に影を落とす。
その後に続く言葉について最悪の想像が八雲の脳裏を走る。自らも転生者として、ある意味で外側からの介入者であり、そして彼以外に外側の人間として該当するのは……
ユリが、静かに笑う。
「……そう、陽ノ宮 レン。いいえ、朝比奈 美央と言ったほうが正しいでしょうか。彼女こそが、外の悪意そのもの。この世界に干渉し、その構造を壊そうとする、災厄の来訪者です」
八雲は、沈黙した。言葉が、出てこなかった。
自分とレンしか知らない朝比奈 美央の名が出てきた時点でユリの言葉を戯言と切り捨てる理由はなくなった。
しかし、これまで共に歩き、共に戦い、繋がった少女。恐れも、信頼も、過去も未来も共有してきた存在。
その少女が、この世界を滅ぼす存在だというのか。そもそも何のために?
「……信じられない、と思ってますね」
ユリが言った。その声は、先ほどまでの説明的な語調とは異なっていた。
冷たいわけではない。むしろ、妙に感情がこもっている。
「……レンは、今では悪意なんて持っていないと、そう信じてる」
八雲は、呼吸を静かに整えた。
「たしかに、彼女がこの世界に干渉してきた原因は……俺には分からない。けれど、今の彼女は、綾音たちとも、俺とも、信頼を築いてきた。……今のレンには、少なくともこの世界を壊そうなんて意志はない」
八雲は強く断言する。これだけは前世の経験でもない、ゲームの知識でもない、八雲自身が八雲として歩んできた人生を賭けても言えることだった。
しかし、その言葉を聞いた瞬間──
ユリの表情が、ふっと変わった。
目の奥から、色が抜けていく。
淡い焦点のぼやけたまなざし。だが、その奥底にある確信的な感情は、逆に強くなっていた。
「……違うんです。違いますよ、八雲さま……」
彼女は囁いた。
「彼女が、最初にこの世界に干渉した時点で……その悪意は、既に全て私に流し込まれていたの。役も、意味も、居場所も。全部、奪っていったの」
ユリは、立ち上がった。
白い巫女衣が、しん、と空気を裂くように揺れた。
「あなたと繋がるはずだったのは、私。あなたに求められるのは、私のはずだった」
静かな部屋の中で、その声だけが、異様に切実さを帯び始めていく。
「なのに、彼女は悪意を押しつけて逃げた。私にだけ、穢れを背負わせて、なのに、あなたの隣は全部、彼女が占めていったの……!」
八雲が息を呑むと、ユリは一歩、八雲の前まで近づいた。
「言葉では伝わらないんですよ……ね? ねぇ……八雲さま……?」
その声音は、悲痛だった。そしてどこか泣き出しそうに喜んでいるような矛盾を孕んでいた。
「だから──繋がって、ください。私の手で。この身体で。わたくしがあなたの力を受け止めて、あなたがここにいる意味を思い出させてあげます」
彼女の手が、そっと八雲の額に触れた。
その瞬間──
八雲の視界が、白く染まった。
そして、ユリは泣きながら囁いた。
「やっと、やっと……“わたしだけの八雲さま”に、なってくれた……」
八雲の意識は、深い深い場所へと沈んでいく。
そこで、彼は理解した。
柊ユリとは、陽ノ宮 レンとは、そして神環 八雲とは──
すべての答えが、想いとして流れ込んでくる。
その衝撃に、八雲は意識を手放した。
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