第34話 そして、君の名は
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第34話 そして、君の名は
本文
空が、赤く染まっていた。
地を裂き、霊脈の底から噴き上がる穢れの奔流が空気を汚し、音を呑み込み、時の流れを鈍らせる。その中心で、神環八雲は静かに歩み出る。
地に膝を落とし、手を覆って嗚咽を殺す綾音の背に、八雲はそっと手を添えた。
「……綾音」
その声は、かつて聞いたことのないほど、優しかった。
「大丈夫。任せてくれ。君がここまで守ってきたすべてに、ちゃんと意味がある」
綾音が顔を上げる。涙で滲んだその瞳に、かすかな光が戻る。八雲は微笑み、小さく頷いた。
「玲と響、それに壮馬くん、壱香たち、他の兵と巫女。今の《穢れ》に対抗できる全戦力を束ねてくれ。俺が彼女と相対する時間を、どうか稼いでほしい」
綾音は、一瞬躊躇い──そして、深く息を吸い、力強く頷いた。
「……了解しました。信じています、八雲さん」
その背に決意を載せ、綾音は戦場へ駆け戻る。彼女の指揮の下、壮馬、玲、響、壱香、双葉、散華らが前線を立て直し、穢れの圧力と激突する。
──その間、八雲は、ただ一人、静かに剣を抜いた。
◇ ◇ ◇
綾音の指示が飛ぶたび、霊圧の奔流がわずかに撓んだ。
戦場の空気は、今や一瞬一瞬が生死の狭間だった。玲は神技斬月刀嶺を展開し、正面の穢れの塊に突撃する。純銀のような刃が円を描き、巨大な穢れの装甲に深く食い込んだ。
「響、援護を!」
「……任されたっ!」
響の鼓が打たれる。空気の層が振動し、《破響結陣》が玲の後方に展開、二重結界が形成された瞬間、穢れの反撃が跳ね返される。
「散華、左の防壁を焼け! 壱香、右へ回り込んで!」
「……はいっ!」「……了解っ!」
壮馬が叫び、巫女たちが応える。
散華が張った術符に火霊の紋が走り、爆裂が左翼の瘴気群を吹き飛ばす。その隙に壱香が跳躍し、《双環・陽月》の防壁を二重に展開、仲間の退路を確保。
双葉は、前線後方で息を切らす兵士たちに《再癒・霊交波》を施していた。その癒しの光があってこそ、彼らは再び立ち上がることができる。
そして、すべての流れを支えるのが綾音だった。
「後衛、結界厚み二段階上げて! 玲、三呼吸後に右旋回──」
彼女の声は、混乱の中で唯一、理を失わない。感情に溺れることなく、全体を見渡し、常に次を考え続ける指揮。
それがあったからこそ、この極限状況でなお、前線は保たれていた。
◇ ◇ ◇
一方、その戦場の中心。
八雲は、剣を構えたまま、目の前のレンをじっと見つめていた。
レンは、何も言わず。ただ、身の丈を超えるほどの長い光の刃を、その掌の中に顕現させていた。
その刃には、気迫も、怒りも、焦りすらもなかった。あるのはただ、在るべき姿のような静けさ。
「……構えるんだな」
八雲が言った。
レンは、答えず。ただ、ゆっくりと腰を落とし、長刀を中段に構える。
八雲も、構えを取る。霊力は込めていない。だが、この剣は、言葉よりも雄弁だ。
──本気でぶつからなければ、伝わらないことがある。そう、八雲は知っていた。
刹那。
二人の剣戟がぶつかる。
火花と風が生まれる。地面がうねり、穢れが周囲から引き裂かれるように退く。
だが、八雲は感じ取っていた。
──殺意が感じれない。……やはり、そういうことか。
幾度かの斬撃が交差する。八雲の刃は正確に、レンの力の推移を測っていた。
……やはり、これは殺す剣じゃない。
打ち合うごとに確信が深まっていく。レンは技を出している。術も使っている。けれど、そこに宿る命を奪う意志だけが、欠けていた。
まるで、演じているみたいだ……
──ああ、そうか。彼女は役者であり演技が好きだった。
八雲は剣を受けながら、己の内奥を掘り下げていく。真理を言葉にするように、地脈の記憶を辿るように。
神技が、なぜ女性にしか扱えないのか。
それは、この世界においてゲーム設定によるフレーバーではない。八雲が突き詰めた結果、この《カグラ》という世界における女性の胎内と地脈を結ぶ構造がそうであるだけの話だった。
神技とは、地脈の霊力を胎内を通して霊脈へ接続し、巫術を増幅する機構。その構造は子宮と感応という、この世界の女性に備わった特性と連動していた。
そして、その地脈には──外界からの想い、記憶、願いが流れ込んでくる。
外の世界でのレンの後悔が、この世界の地脈に入り込んだ。深い罪悪感と、断ち切れなかった想いが、呪いとなって流れ込み、穢れを増幅させた。
それは恐らく真実。
《穢れ》とは、地脈へ外部から入った感情の滞留だ。それは、この世界を汚すものだが、同時に──《この世界の仕組みそのもの》でもある。
それに対抗する抑止力が、壮馬なのだろう。
神技を使える男という異端。おそらく、それはこの世界が生み出した一種の免疫反応だ。
壮馬は、八雲の仕掛けにより人にこそ神技を振るうことは出来なくなったが、今、《穢れ》に対しては完璧な機能を果たしている。
彼女は言った。俺が壮馬を無力化してくれたと──
──だが、それは違う。
俺はむしろ、壮馬が本来の抑止力として動けるように、お膳立てをしただけだ。
人間関係を解きほぐし、誤解を解き、争いを避け、その結果、壮馬は穢れとだけ向き合えるようになった。それは、明らかに強化だった。
ならば、なぜ彼女は、あんなことを言ったのか?
……彼女は俺のことを祐一としての記憶が召喚され、宿された存在だと言った。これも真実だろう。しかし……
そのとき、レンの剣が震えた。
大振りの刃が八雲の横をかすめる。
八雲は、冷静に剣を受け止めながら、言った。
「……レン。君は、自分がこの世界の根源的な穢れだと、本気で思っているな?」
◇ ◇ ◇
レンの表情が、わずかに変わった。
その頬の筋肉が微かに痙攣し、眉が、ほんの一拍だけ跳ねた。
八雲の問いかけに、レンの瞳が、一瞬だけ揺れた。
それは、地脈の振動が静止するほどの一拍。時の流れがほんのわずか止まったかのような、沈黙の裂け目だった。
そして、返答の代わりに、レンの長刀が音を立てて振り下ろされた。
「ッ……!」
八雲は咄嗟に刃を交え、弾き返す。その一撃には、明らかにさっきまでのような躊躇いがなかった。
──だが、それでも。
……心が乗っていない。殺気じゃない。これは……
断ち切ろうとする意思。否定しようとする怒り。
それが混ざり合った、自傷的な衝動に近い斬撃だった。
「……君は、誤解しているんだ、レン。君がここで消えれば、穢れが弱まると思っているだろう?」
八雲の声は、深く澄んでいた。それは、問いでも、非難でもなく、肯定だった。
レンは応じない。ただ、強く、また一振り。
「ッく……!」
八雲はその刃を受け止め、体ごと後ろに滑る。そのまま地を蹴って間合いを詰め、目の前に立つレンに正対する。
「残念だけど、そうはならない。君は、もはや《この世界の人間》なんだ」
その言葉に、レンの動きが止まった。
「……ユリから、聞いたのね?」
声が、震えていた。
けれど、それは怒りではなかった。哀しみに近い、かすれた音だった。
「でも、そうなら、なおさらわかっているでしょう? ユリは私の記憶を背負っただけ。でも、私はこの世界の呪いそのものなのよ。──あの時、あの夜、あの場所で、神環ノ縁という物語に裏切られ、それでも罪悪感を抱えたまま、死んだ朝比奈 美央そのものなの」
レンの剣が、震える。涙が、零れ落ちる。
「もうどうしようもない……私にも止められない……あの時の私の気持ちが別の世界に対する呪いになるなんて思ってなかった……!」
八雲は剣を静かに下ろした。その目には、怒りも、哀れみもなかった。
「その罪悪感を抱えたまま、二十年もの間、そして今も、演技をし続けてきたのか」
その一言で、レンの全身が凍りつく。
「二十年って……何を言っているの?」
八雲はレンのその問いかけを無視して続ける。
「俺はこの世界に生まれた。だが、その記憶は異世界からもの。八雲という身体に、山本祐一という記憶を持って、神環ノ縁というゲームをプレイした記憶を持って、そして俺は単純にこの世界が俺の記憶が良く知るゲーム世界であるなら、最大限に楽しもうと思ってこの二十年、レンとしての君に出会うまで生きてきた」
レンの剣先の震えが大きくなる。八雲の言葉を止めるべきか、どうすべきか、明らかな迷いが見えている。
「もちろん努力もしたし、大変な想いもあったが、そんなことは君に比べれば取るに足らない。この世界を呪ったという記憶を抱え、そしてこの世界をその呪いから守る誓いを立て、二十年もの間、演じて、戦ってきた君には……」
八雲の声が、剣戟より鋭く、地脈より深く突き刺さる。
「……やめて……言わないで……」
震えるレンの声が懇願の色を帯びる。
「ユリが暴走したとキミは言ったな? そんなはずはないんだ。昨晩、俺と対峙したユリは君自身が演じていた。そして、もう一人」
八雲はレンと初めて交わった日のことを思い出す。
* * *
これは……
あのとき、村の補佐巫女だった志乃に出現したものと、同系統……まさか……
レンは、当然それを知らない。
けれど、八雲の手が止まっていることに、気づいていた。
「……やくもさん?」
「……どうやら、あなたに力が渡ったようです」
「えっ……?」
彼女が自分の腹部を見ると、淡く燃えるような神環の紋が確かにそこにあった。
「これ、私の……? でも、私はスキルリンク、してないし……」
「本来は、巫女と神子の間で、儀式を通して能力が伝達される構造です。だが、あなたは神子であり、巫女ではない。にもかかわらず……今、力が渡った」
「じゃあ……どうして……?」
八雲は、息を呑んだ。
その答えは、彼自身の中にしかなかった。
あの巫女志乃との儀式。
あの時、神技を宿す者と結ばれた男として、八雲の身体に媒介としての痕が残された。それは本人ですら気づかず、ただ封じ込めていた記憶と機能だった。
そして今、俺が彼女と結ばれた瞬間、彼女に開かれた。
媒介。
巫女と結ばれた者が、別の者にその力を渡す橋となる。
それは、公式設定にも未実装の異常スキル継承構造。神環媒介転移リンクブリッジとでも呼ぶべき、異常かつ唯一無二の現象だった。
* * *
八雲はかつての自分を思い出し、苦笑する。
神環媒介転移リンクブリッジとは、笑わせる。
この世界の主人公、神子であるレンと巫女を繋ぐ、特別な媒介者に自分がなった。
自分のその時の結論に反吐が出る思いだ。
「今ならわかる。そんな特別な力は俺には無かった」
八雲は項垂れるレンに対して言葉を繋いでいく。
「そしてレン、君にもそんな力は無い。君が神技を使える理由は、そもそもが君自身の力だったからにすぎない。なぜなら、君は、この世界で生まれ育ち、二十年の長きを修行をした巫女であり──」
レンの目から涙が零れる。その手に握られた長大な光の剣は落とさないのが不思議なほど力なく垂れさがっていた。
「俺が神環神社を継ぐまで生まれ育った村で共に過ごした補佐巫女にして、初めての相手でもある志乃、《水鏡 志乃》が君の本当の名前であり、正体だからだ」
陽ノ宮 レン、柊ユリ、数多の役を演じてきた水鏡 志乃がその瞳に涙を湛えたまま、八雲を刺すような瞳で見つめ返していた。
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