第8話 神の名は
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あらすじ
売りに出されて三年目、神様のお世話係に任命されました - 第8話 神の名は
本文
そんな忙しくも充実した日々を過ごし、神様と出会ってから早一年が経ちました。
私は十と二になり少しは大人っぽく……なっていると良いのですが。
刺繍に悪戦苦闘してしまいましたが、遂に完成しました。
私では腕を目いっぱい伸ばしても地面に着いてしまうので、床に広げる形で眺めます。
我ながら不格好だとは思います。刺繍だってお世辞にも綺麗な物とは言えません。
それでも……私の胸は期待感と達成感で満ち足りていたのです。
「神様、献げ物をお持ち致しました」
「美子よ、今日も壮健か?」
「お陰様で風邪とは無縁でございます」
この一年で神様の御言葉は流暢になられました。
今では雑談として私の周りの出来事を話す事も多くなりました。
「……それは何だ?」
「あ、これは……神様のお召し物です。
私が作ったので職人さんの物とは比べ物にならない出来栄えですが……」
「良い。美子が作った物なら、我は全てを受け入れよう」
「……! ありがとうございますっ! あ、あの! 早速お召しになりますか!?」
「……まだ、良い。汚してしまう故に」
「あ……!? そ、そうですよね! お食事が未だでした……!」
慌てて兎と握り飯が乗ったお盆を檻に近付けます。
神様は兎を掴んで少しの間逡巡し……その鋭い爪でゆっくりと解体し始めました。
普段なら力任せに引き千切って齧り付くのに、今日はとても慎重です。
そこに至って、ようやく神様が御自身に血が付かないように気を付けている事に気が付きました。
きっとこれから私が献げる服をお召しになる際に汚さないように、という配慮なのでしょう。
その優しいお心遣いに、私の胸がじんわりと暖くなるのでした。
「こちらに背を向けて座ってください」
「うむ」
握り飯も食べ終えていよいよこの瞬間が訪れました。
神様の背が高すぎるので、格子の手前まで来てもらって座って頂きます。
格子の隙間に服を通し、左右の手で神様の肩に掛けます。
その後、神様に腕を横に伸ばして頂き、袖の部分を紐で結びました。
左右の袖を結び終わったら、正面を向いて立ち上がって頂きます。
間近で神様の胸やお腹を見て何故か罪悪感に駆られましたが、頭を振って煩悩を追い出し、和服の前を合わせて閉じます。最後に腰の部分の紐を結んで……
「出来ました!」
「うむ。良い物だ」
「そんな……! 神様には到底釣り合わない粗末な出来だと自覚しております……っ」
「美子よ」
「は、はい」
「これは我が眷属より贈られた物である。これを否定する事は例えお前であっても許さぬ」
「け、眷属!? そんな、私なんかが神様の眷属だなんて恐れ多い……!」
「美子よ、我はお前の献身を嬉しく思う」
「私が神様に尽くすのは至極当然の事でございます」
「なればこそ、だ。美子よ、お前こそが我の第一の眷属に相応しい。お前しか居らぬのだ」
「神様……」
あぁ、あぁ、なんという事でしょう。
初めは……そう。その美しさに惹かれて自然と崇めておりました。
神様のお世話係のお役目を命じられて、私なりに尽くそうとして。
神様は次第に言葉を話すようになり、感情を表すようになり、私に優しさを向けてくださいました。
そして今、こうして私の事を眷属だと仰ってくださいました。
第一の配下であると。
感涙で視界が歪んでしまいます。
「有難きお言葉です……! この、鯨井 美子。生涯をかけて神様にお仕え致します!」
「うむ。美子よ」
「はい」
「お前には我の名を伝えよう。長き歴史にて人々から忘れられた名だ」
「神様の、お名前……」
「我が名は麗鬼」
「れいき……」
「他の者には言ってはならぬ。『ろくじょう』に名が知られれば更に強力な呪いを受けるだろう」
「……!? わ、分かりました! 決して他言しません!」
神様……麗鬼様の名前は忘れません。
私の、私だけが知っているお名前です。
お召し物をお送り出来た事。
眷属に数えて頂けた事。
神様の名前を教えて頂けた事。
嬉しい事が有りすぎて、お屋敷に戻った後も思わず顔が緩んでしまいます。
きっと側から見たら変な人に見られていたでしょう。
小春様にも頬をむにむにされました。それ程に、私の気持ちは高揚していたのです。
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