第9話 引き裂かれた献身
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あらすじ
売りに出されて三年目、神様のお世話係に任命されました - 第9話 引き裂かれた献身
本文
「美子、ついて来い」
「は、はい……?」
それから二日後。
炊事の準備をしていたら旦那様に声をかけられました。
旦那様の雰囲気は何やら険呑で、周りには複数の下男を引き連れています。
私は嫌な予感を堪えつつ、旦那様の側まで行きました。
「行くぞ」
「きゃっ」
下男の人に背中を押されて歩かされます。
肩を掴まれているので逃げる事も出来ません。
そうこうしている内に辿り付いたのは神様が在わす地下道に続く蔵。
そこの扉の錠前は既に外されていました。
地下への階段を下ると、既にランプに灯りが灯されていています。
そして神様の部屋に足を踏み入れた瞬間、複数の人影が一斉にこちらに視線を向けてきました。
「やぁやぁ、遅れてしまって申し訳ない」
「いえ、まだ指定の時間ではないので。こちらが早く来すぎただけなのでお気になさらず」
旦那様の応えたのは一人の女性でした。
……というより、先客は全て女性です。
その全員が深い青の頭髪と瞳をしています。中には白や黒が混ざった頭の方もいらっしゃいますが……
そして、その青い髪の女性達は皆一様に巫女装束に身を包んでいました。
唯一、旦那様と受け答えをしている女性は更にその上から白い羽織を着ています。
「して、筑摩殿。その少女が?」
「えぇ、鬼の世話係の美子です」
「みこ? 彼女も巫女なのですか?」
「あぁ、いえ。名前が美子なのですよ。美しい子と書いてみこと呼ぶんですな」
「あぁ、なるほど。退魔巫女の素養があるなら勧誘しようかと思ったのですが……」
「そのような特別な人間ではありませんよ」
「そのようですね。では、取り掛かります」
巫女さんが檻の前に立つと、神様は牙を剥いて唸りを上げます。
「こんなに早く再会するとは思わなかったわ、鬼」
「六条……!」
六条……ろくじょう!
前々から話には上がっていましたが、この巫女さんがなんと件の六条なる人でした。
てっきり男性の陰陽師の方だと思っていたので驚きです。
この人が神様を……麗鬼様を攻撃してあの枷を付けた人……!
「六条家筆頭、六条 龍青。任務を開始する……雷っ!」
「っ!? ぐあああああああぁぁあぁあああっ!!!」
「神様っ⁉︎」
六条さんが胸の前で印を結ぶと、麗鬼様の口から今まで聞いた事も無い叫び声が上がりました。
苦しそうに身体を痙攣させ、脂汗を浮かべて悶絶しています。
慌てて駆け寄ろうとしますが、自分より大柄な男性に肩を掴まれていては碌に動けません。
「何をしているのですか⁉︎」
「仕事の為の下準備。そろそろ良いかしら」
六条さんが手を上げると、部下と思しき巫女さん達が滑車の取手を回して鎖を巻き取っていきます。
「ぐうぅ……っ」
麗鬼様は何時ぞやの時と同じように、首は壁に接する程鎖を短く巻き取られ、両手は左右に真っ直ぐ伸ばし両脚は開いた状態で磔の姿勢を取らされます。
私がお贈りした服は捲れ上がり、女性にとって一番大事な所を隠す助けにはなれていません。
「さて、と……」
「な、何を成さるおつもりですか⁉︎」
檻の鍵を外して中に入り、懐から小刀を取り出した六条さんに私は思わず声を荒らげてしまいました。
「別に鬼自体を傷付けたりはしないわ。貴女にとっては同じ事でしょうけれど」
そう言って六条さんは麗鬼様に歩み寄り……その左手で和服の襟を掴み、それを小刀で切り裂きました。
「あ……」
「貴様ぁっ!!」
「煩いわ」
がちゃん! と大きな音と麗鬼様の怒号が響きます。
けれど麗鬼様に出来たのはそれだけで。
六条さんは変わらず冷たい視線で、その手を休めません。
「止めろ! 止めろ止めろ止めろぉ!!」
「お願いします! それは、神様への贈り物なのです! どうか、どうか……っ」
麗鬼様の静止も、私の嘆願も、六条さんには届きません。
小刀は無慈悲に、無情に、麗鬼様の和服を切り裂いていきます。
「止めろ……っ! それは我が眷属が指を傷めて作った物なのだ……!
月日を掛けて作り上げた物なのだ!!
止めろ! 止めろ! 止めろ! 頼む、止めて、くれ……っ」
「……少し見ない内に随分と感情的になったものね。
けれど、これが依頼主の要望だから……炎っ!」
六条さんは最後の服……いえ、最早ただの布切れと化したそれを麗鬼様から取り去ると、それ等を一ヶ所に集めて印を結びました。
その瞬間、布切れの山が立ち所に燃え上がったのです。
「あ、あ……ああぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁっ!!」
地下部屋に麗鬼様の悲鳴が響きます。
拘束され、涙を流す麗鬼様の姿に私も胸が締め付けられるように痛みます。
「ふんっ! 見世物に服を着せるからこうなるんだ」
「……っ!」
旦那様の言葉に、私の中にあった怒りが煮えたぎる様に溢れてきます。
あぁ、なのに、なのに、下男に肩を掴まれた私はほんの少しだけ足を進める事しか出来ませんでした。
これでは麗鬼様に駆け寄る事すら出来はしません。
小さく、無力な自分をこれほど恨んだ事はありません。
「貴女」
「は、はいっ!?」
いつの間にか六条さんが目の前に来ていました。
彼女に対しても怒りはある筈なのに、その冷たい視線と発せられる重圧に思わず見が竦んでしまいます。
下男も同じ思いなのか、私の肩を掴む手にも力が入って痛いです。
「止めろ! 美子には手を出すなっ!!」
「……別に取って食ったりはしないわ。貴女とは違うんだから」
六条さんは一度麗鬼様に振り向いて受け答えした後、再び私に相対します。
「美子さん、だったかしら? 何故あの鬼を神様と呼んでいるの?」
「え……? それは……初めてお会いした時、その美しさに自然とそうお呼びしたいと思ったからです」
「そう……四条の連中と気が合いそうね。あぁ、褒め言葉じゃないから」
「はぁ……?」
「これはその道の専門家としての助言だけど……妖の類を無闇に崇めたりしない方が良いわ。貴女にとっても、私達にとってもね」
「そちらの都合なんて知りませんっ! 私は私の意志で神様にお仕えしています!」
「そう。まぁ、好きにしなさい」
六条さんはそれっきり興味を失ったように私の前から離れて旦那様に向き合います。
「いやぁ、毎度毎度すみませんなぁ。
服を剝ぎ取ろうにも流石に檻の中に入るのは躊躇われましてな。こちら、謝礼となります」
「確かに受け取りました。それに関してはお気にならず、また何時でも呼んでください。
妖に対処するのが我ら退魔巫女の役目ですので。
寧ろ鬼を封じ続けている筑摩家の皆様には頭が下がる思いです」
「いやいや、こちらもそれで儲けさせて貰っておりますからな」
「では、私達はこれで失礼します。皆、帰るわよ」
「「「はっ!」」」
六条さんは部下の巫女さんを引き連れて去っていきます。
私はその姿を目で追う事しか出来ませんでした。
「さて、儂等も戻るか」
「お、お待ちください! せめて神様の枷を戻させてください!
あの姿勢のまま放っておくなどあんまりではありませんか……っ!」
「必要ない。鬼の分際で人の真似事をした報いだ。暫く反省させれば頭も冷えるだろう」
「嫌、嫌……っ、神様! 神様ぁ!!」
「美子! 美子っ!!」
私の叫びも、麗鬼様の叫びも、旦那様には届きません。
結局私は無力な子供でしかなくて。
半歩すら近付く事は出来ず、引き摺られるように地下道を後にしました。
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