第10話 憤りを呑み込んで
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
売りに出されて三年目、神様のお世話係に任命されました - 第10話 憤りを呑み込んで
本文
あの日から一週間経ちました。
あの日以降、麗鬼様のお世話はさせて頂けていません。
地下道に通じる蔵の鍵も別の場所に保管されているようです。
こっそり蔵に行ってみましたが、やはり私では、錠前を開ける事も壊す事も出来ません。
「美子ちゃん」
「小春様……」
小春様とのお夜伽にも身が入りません。
小春様と触れ合う事はとても楽しく、満たされる時間だったのに……
小春様に触れて頂けている時も
お風呂で身体を洗って頂けている時も
同じお布団で頭を撫でられている時も
心の何処かで麗鬼様の事を思い浮かべてしまうのです。
小春様にこれほど良くして頂いていると言うのに……私はなんと罰当たりな女なのでしょうか。
「泣かないで、美子ちゃん」
「え……? あっ、申し訳ございませ……っ」
「やっぱりあの化け物の事が心残りなのね」
「申し訳ございません! 申し訳、ございません……っ」
「謝らないで。私、分かっているもの。
美子ちゃんは私の事もあの化け物の事も本当に愛しているのよね。
美子ちゃんは自分で思っているよりずっと欲張りな女の子なのよ?」
「そう、なのでしょうか……?」
「そうよ。……そう、だから一肌脱いであげる。あの化け物を喜ばせるのは癪だけれどね」
「? あの、それはどういう……?」
「お父様と話す機会を設けてあげるわ。
そこでどうにかお役目に復帰出来るようにお願いしてみなさい」
「……! ほ、本当ですか!? ありがとうございますっ!」
「でも、きっと以前程には自由には振る舞えないわ。
最低限、お父様の要求を飲む覚悟はしておきなさい?」
「は、はい」
「そう、いい子ね」
そう言って小春様は私の額に接吻けをしてくださいました。
「おやすみ、美子ちゃん」
「はい。おやすみなさいませ、小春様」
※※※※※
「この度は勝手な行いをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
翌日、小春様の計らいで私は旦那様に謝罪する機会を設けて頂きました。
場所はお屋敷の応接室。
麗鬼様に服をお贈りした事は間違っている事とは思っていません。
旦那様が六条さんに依頼して服を奪った事が正しい事だとも思っていません。
ですが……私の立場で再び麗鬼様とお会いするには、とにもかくにも旦那様のお許しが必要なのです。
「今後は勝手な行動は致しません。どうか私に神様のお世話のお役目をさせてください」
「ふぅむ……本音を言うと、だ」
旦那様は神妙な顔付きで腕を組みます。
「あの鬼に枷を付けた以上はお前に世話をさせる必要も無いのだ。
大人しくさせずとも、鎖を引けば動きを封じられるのだからな。
餌だって放り投げてから鎖を緩めれば安全だ。確かに手間ではあるがな」
「……っ、お願いします! どうか、どうか……!」
「うぅむ……」
「お父様」
「小春?」
「確かに手間を掛ければ現状でも問題は無いでしょう。
ですが客人が来る度に複数人の下男を連れて滑車を回させるのも非効率というもの。
そもそもあの化け物の事など知らない者が少ないに越したことは無いではありませんか」
「それはそうだが……寝ている猫のように大人しい鬼よりは、枷と鎖で縛られた鬼の方が受けが良いのも事実だ」
「ならばそれに変わる需要を作り出せば良いのでは?
あの化け物は美子ちゃんに従順なので、何かしら芸の一つでも覚えるかもしれませんよ」
「芸……芸か。確かに最近は道交法やら何やらで猿回しも見なくなってきた。
猿回しならぬ鬼回し……うむ、良いじゃないか!」
「……っ」
旦那様は機嫌良く膝を叩きましたが、私の心中は荒ぶっていました。
事もあろうに麗鬼様に犬や猿の様に芸を仕込め、などと。
あぁ、あぁ、ですが私には選択肢などありません。
小春様にも言われていた通り、条件を出されたら飲むしか無いのです。
それが、私と麗鬼様を繋ぐ唯一の手段なのですから。
「美子よ、あの鬼に芸を仕込めるか?」
「……経験はございませんが、全力を尽くします」
「うむ。次の来客は二週間後だ。それまでに一つは覚えさせろ。
それと、客人の前では神ではなく鬼と呼べ」
「かしこまりました」
私は床に額を付ける様に頭を下げました。
これなら怒りに染まる顔を見られる事はありませんから。
「うむ。要件はそれで終わりか?」
「はい。ご温情、誠にありがとうございました。行きましょう、美子ちゃん」
「はい……」
小春様の背を追い掛けるように応接間を出ます。
それから少し歩いた廊下で、小春様が口を開きました。
「……私の事、嫌いになった?」
「いえ……」
不安気な小春様に私は首を横に振ります。
麗鬼様に芸をさせる……その提案に憤りが無いといえば嘘になります。
ですが、そうでもしないと私が麗鬼様と関われる機会など訪れなかったであう事も理解しています。
そして何より……あの提案には明確な敵意と嘲りの感情が込もっていました。
単に獣に芸を覚えさせるだけ、と思っている旦那様とは真逆。
麗鬼様が屈辱を感じる知性を持つ存在であると見ている事の証。
理由はどうあれ、崇拝している私よりもよほど麗鬼様を対等の存在として見ているのかもしれません。
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