第11話 鬼回し
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あらすじ
売りに出されて三年目、神様のお世話係に任命されました - 第11話 鬼回し
本文
「麗鬼様!」
「美子……?」
翌朝、兎と握り飯を載せたお盆を持って麗鬼様の元を訪れました。
一週間前と変わらず、両手両脚を広げさせられた姿勢を強要されたままです。慌てて滑車を回して鎖を緩めます。
「お待たせして申し訳ございません! 今朝の捧げ物をお持ち致しましたっ!」
「美子、あの後はどうなった? 美子の身に何か危害は加えられなかったか……?」
「はい。旦那様のご配慮の下、今日からまた麗鬼様のお世話をさせて頂けると事になりました」
「そうか……」
麗鬼様は安心した様に笑みを浮かべます。
そうこうしている内に五本の鎖が緩み麗鬼様が自由を取り戻しました。
兎に手を伸ばして引き千切り、齧り付きます。
一週間ぶりのお食事になる筈ですが、その美しさには一切の翳りは見えません。
やはり、私達人間とは違う存在なのだと改めて思い知らされます。
「麗鬼様」
「む?」
握り飯を食べ終え、指に付いたお米を舐めとる麗鬼様に声を掛けます。
言いたくない、告げたくない……そんな思いが胸を掛け巡ります。
ですが、私は意を決して口を開きました。
「……旦那様から芸を仕込むよう命じられました」
「芸?」
「その……球を咥えて持ってきたり、輪を潜ったり、といった事です」
「それは、我に犬や猿の真似事をしろと言う事か?」
「……はい」
「それをすれば、美子は今後もこうしてここに来る事が叶うのだな?」
「そう言われております」
「分かった。それが美子と共に在る手段ならば、我は従おう」
「麗鬼様……! あぁ、あぁ、これ以外の道を作れなかった弱い私をお許しください。
麗鬼様にそのような事をさせてまでお側に居たいと願う我儘な私をどうかお許しください……っ」
「良いのだ。我も元より囚われの身……今更畜生以下に堕ちたとて何も変わらぬ。
ただ一人……眷属である美子が我の側に居てくれるならば、それで十分だ」
「麗鬼様……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
私は咽び泣きながら何度もお礼の言葉を口にしました。
私が落ち着きを取り戻すまで、麗鬼様はずっと私の頭を撫でてくれました。
「お見苦しい所をお見せしました……」
「構わぬ」
「ありがとうございます。では、球は用意致しましたので……宜しいでしょうか?」
「うむ」
麗鬼様のお返事を待って、懐から球を取り出します。
布と藁で作った簡素な物ですが、麗鬼様のお口に触れる以上は私自身が手作りした物を使って頂きたいと、そう思ったのです。
「行きます」
檻の隙間から球を転がし入れます。ですが綺麗な球形という訳ではなく、また遠慮があったのかほんの僅かしか転がりませんでした。
「ん」
なので、麗鬼様はその場で首を下げるだけで球を口に咥えてしまいました。
「お上手です、麗鬼様。次はもっと遠くに転がしますね」
球を受け取り、今度は更に強く転がします。
不恰好な球は歪な軌道を描いて檻の奥へと転がって行きます。
「ん」
麗鬼様はぺたぺたと四つん這いで歩き、球の元に行きます。
何も身に付けていないので、麗鬼様の美しい肢体がそのまま露になってしまいます。
これを、この光景を今後はお客様にお見せしなければならないのか、と心の中に怒りとも悲しみとも似付かない感情が湧き出ました。
「んっ」
「……あっ⁉︎ お上手ですよ、麗鬼様!」
いけないいけない。一番お辛い思いをされているのは麗鬼様なのに。
こんな麗鬼様を他の人に見せたくない、なんて私の個人的な感情で無駄にしてはいけないのです。
「……」
「麗鬼様?」
ところが、当の麗鬼様は球をお離しになりません。
当然の事ながら、私の力では引っ張っても麗鬼様のお口を開いて頂く事は叶わないでしょう。
「あの、私が何か粗相をしてしまいましたか?
それとも、やはりこの様な真似は受け入れられませんか?」
「あむ……そうではない」
球からお口を離した麗鬼様はジッと私を見つめます。
「それで、あの男は満足するのか?」
「あの男、とは……旦那様の事ですか?」
「そう呼ばれている。求める基準に達しなければ美子はこの任を解かれるのではないか?」
「それは……そうかもしれません。ですが現状用意出来るのは球拾いぐらいしか無く……」
「芸の内容ではなく態度だ。今の様に我を敬った態度で奴等は満足するのか?
客の前では我を“鬼”と呼ぶように言われているのだろう?」
「……はい」
「美子よ。我はお前と共に在る為ならば遍く全てを受け入れると言った筈だ」
「……分かり、ました。もう一度やりますね」
再びころころと球を転がし入れます。
麗鬼様は今度もぺたぺたと四つん這い。
球を咥えて戻ってきた麗鬼様……私は深く深呼吸して、手を伸ばします。
「よーしよし。良い子ね、鬼ちゃん」
麗鬼様のふわふわな白髪をぐしゃぐしゃと撫で回します。
あぁ、あぁ、なんて不敬なのでしょう。なんて恐れ多い事でしょう。
まるで本当の犬のように扱うだなんて。
麗鬼様がお覚悟を決めていた事であっても、それで怒る御方ではないと分かってはいても……私の声と手の震えは止まってくれません。
「がぅ」
「え……?」
「ぐるるぅ」
「……っ」
あぁ、なんという事でしょう。
未だに怯えている私の為に獣の鳴き真似までしてくださるなんて。
そんな事を、させてしまうだなんて。
「がぅ、ぐるる」
「麗鬼様……っ!」
私はもう、我慢の限界でした。
「美子……」
私は麗鬼様に抱き付きました。格子が邪魔で頭を抱えるような形で、ではありますが。
「申し訳ございません、麗鬼様! 私、私……うう……っ」
「辛い思いをさせるな、美子よ。我にこの檻を、枷を打ち破る力があればこのような思いなぞさせはしないのに……腑甲斐無い我を許してくれ」
「そんな……! いえ、申し訳ございません。
私も覚悟を決めます。不敬の責は日々の御奉仕の中で返させて頂きたく思います」
再び深呼吸。今度は落ち着く為ではなく、覚悟を決める為に。
「もう一度行くわね? はい、取ってきて」
「ん……!」
再び球を転がすと、麗鬼様は先程と同じ様に球を持ってきます。
「よしよし、良い子良い子。ほら、もう一回」
「ぐるるっ」
「凄いわ鬼ちゃん!」
ぱちぱちと手を叩いて大袈裟に喜びます。
以下に不敬であろうと、胸が締め付けられようと、麗鬼様のお覚悟に私もまた全力で応えると決めたのですから。
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