第14話 風雲急
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
売りに出されて三年目、神様のお世話係に任命されました - 第14話 風雲急
本文
「ん……」
「起きた? 美子ちゃん」
「小春様……」
どうやら深い“幸せ”によって気を失っていたようです。
声の方に目を向けると、一糸纏わぬ姿の小春様が優しく微笑んでおられました。
二十になった小春様は以前よりも更に美しく、艷やかになられました。
月明かりに照らされるその姿はまるで天女のようで。
私が見ている事に気付くと、小春様はその白魚のような指で私の頬を撫でました。
「小春様?」
「美子ちゃんは何時まで経っても可愛いわね」
「……私は小春様のように美しくなりたいです」
私も歳を取れば多少は大人っぽくなれると思っていました。
ですが多少身体が大きくなった程度で、顔も童顔なので初対面の人に年相応に見られる事は多くありません。
五年前の小春様と見比べても、同い年だと思う人は居ないでしょう。
「あら、私は可愛い美子ちゃんが好きよ?」
「小春様も神様も背が高いので、それに見合う人になりたいのです」
「気にする事無いわ。私の隣に相応しいのは何時だって美子ちゃんだけだもの」
「小春様……」
小春様は優しく微笑んで私の横に寝転がりました。
未だ冷めきっていない、少し汗ばんだ身体。頬にかかる熱い吐息。
普段は見上げる事しか出来ない綺麗なお顔が、今は同じ高さにあります。
気をやった後だというのに、それだけで私の鼓動は早くなってしまうのでした。
「美子ちゃん。私ね、結婚が決まったの」
一瞬、呼吸が止まりました。
余りに呆気なく告げられたそれは、火照った身体を一瞬で冷やして。
「おめでとう、ございます」
けれど、黙ってはいけないと。
悲しく思ってはいけないと。
だから、精いっぱいの笑顔で、祝いの言葉を送りました。
「ありがとう、美子ちゃん」
小春様は私を抱き寄せます。
困ったように、悲しそうに笑いながら。
きっと小春様の求めた言葉では無かったのでしょう。
ですが、このまま私を可愛がり続けるよりは素敵な将来を送れる……そんな言い訳ばかり浮かんで。
嫌です、とか。
行かないでください、なんて。
そんな我儘を口にする勇気が出なかったのです。
「ねぇ、美子ちゃん」
「はい」
「一緒に行かない?」
「え……?」
思わぬ御言葉に惚けた声を上げてしまいました。
「相手の家が、一人ぐらいなら従者を連れてきて良いと言ってくれているの。
一緒に行きましょう? 私の身の回りの世話が主になるから、今よりも一緒にいられる時間も長くなるわ。
機会があればこうやって愛し合う時間も作れる筈よ」
予想だにしないお誘いに、心が激しく揺れ動きました。
大きな『嬉しい』という気持ち。ですが、その中には麗鬼様への想いも確かにあるのです。
小春様について行く、という事は即ち麗鬼様とのお別れを意味しています。
「私には神様のお世話というお役目がございます。
旦那様もその任を外れる事をお許しにはならないでしょう」
「……そう。えぇ、そうよね」
小春様は少し寂しそうにそう言って、私を更に強く抱き締めました。
筑摩家繁栄の裏に麗鬼様有り。
私と麗鬼様で芸をするようになってからは益々筑摩家は財力を付けています。
現在では政治に影響を与える程の力を持つようになりました。
「分かっていたわ。お父様は決して美子ちゃんを手放さない。私では、お父様に逆らえない……っ」
「小春様……」
「……大丈夫よ」
「小春様……?」
「大丈夫。私が何とかしてあげる。必ず美子ちゃんを自由にしてあげるからね」
大丈夫。
本来なら安心する筈のその御言葉。
ですが、私の胸中はそれに妙な騒めきを覚えたのでした。
※※※※※
あの夜から三週間。
小春様の御結婚も眼前に迫ろうかというその日。
箒でお屋敷の門を掃いていた私の耳に沢山の重い足音が聞こえてきました。
まるでその振動は私にも伝わるようで。
驚いた私が顔を向けると、軍服を纏った軍人さん達が筑摩家のお屋敷の側まで来ていました。
その軍人さん達が立ち止まると、その中からお役人様の制服を着た男性がにこやかな笑顔を浮かべて歩いてきました。
「失礼。お嬢さんは筑摩家の方ですかな?」
「は、はい。このお屋敷で働かせて頂いております」
「それは良かった。私、政府より派遣されました藤原 正徳と申します。
当主である筑摩 勇一殿にお目通りを願いたいのですが宜しいですかな?」
「し、少々お待ちくださいっ」
藤原さんという人はとても物腰が柔らかで、優しそうな壮年の男性でした。
ですがその目の奥は底が知れぬように光が見えず、その穏やかさとは対照的だと私は直感しました。
ただ事ではない……と慌てて旦那様にお伝えすると、程なくして藤原さんは少数の軍人さんと共にお屋敷に入っていきました。
突然の事にお屋敷の中も騒然としていて、そこかしこで不安と恐怖が渦巻いています。
「いったい何が……」
「裏で悪い人と繋がっているのがばれたのでしょうか?」
「政府の高官ともお友達なのでしょう? 事実、今日までこんな事無かったのに……」
「もしかして私達も何かしらの罰を受けるんじゃ……」
不安は更に大きな不安を、恐怖は更に強い恐怖を呼び寄せます。
お屋敷の方々はそれに押し潰されまいと、どこかに救いを……或いは不安の捌け口を求めているようでした。
だから、そう。
その結論に至る事は、至極当然の事だったです。
「……鬼の事がばれたのでは?」
そんな事ない。信じたくない。
もし露呈すれば決定的とも言える大きな秘密。
だからこそ無理矢理に口を噤んで……けれど誰かが耐えきれずに口に出してしまえば、もう止められません。
「そうだ……あんなに軍人を連れてるなんてそれ以外に考えられない!」
「きっと誰かが告げ口したのよ! あの屋敷は鬼を飼ってるって!」
この混乱を、この狂騒を誰が責められるでしょうか。
私自身、最初に軍人さんを見て真っ先に思い浮かんだのが麗鬼様で……そして、きっとその予想は当たっているのです。
「……鬼の居場所を言えば見逃して貰えるんじゃない?」
「確かに……俺達は好き好んであの鬼を匿っていた訳じゃない」
だから、これは私の我儘です。
少しでも麗鬼様の為に何かしたいという自己満足なのです。
私は他の方々が言い争っている隙に、こっそりと部屋を抜け出しました。
地下道へ通じる蔵の鍵を持って、麗鬼様の元へ向かったのです。
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