第18話 化け狸の大親分
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あらすじ
売りに出されて三年目、神様のお世話係に任命されました - 第18話 化け狸の大親分
本文
「本当に行くのか?」
「あぁ、止めてくれるな、友よ」
麗鬼様と言葉を交わすのは熊程の巨躯を誇る化け狸の大親分、喜左衛門(きざえもん)様。
あれからどれだけの時間が過ぎたのでしょう……と聞かれれば十年と少し。
故郷を離れ、六条の巫女さんから逃れる意味もあり山の中で暮らす事を決めた私達は喜左衛門様と出会い、保護されました。
喜左衛門様は私達を受け入れ、妖術を教え、そして他の妖や巫女さんから守ってもくださりました。
最も、巫女さんも本気で戦った訳ではありません。
喜左衛門様と対立してまで私達を排除するのは割に合わない……という事なのでしょう。
それ程までに麗鬼様のお力は落ちてしまっているのです。
曰く、妖の力はどれ程人に知られ、恐れられているかも重要なのだそう。
それならば、長い間筑摩家の地下で監禁されていた麗鬼様のお名前が知られておらず、お力が衰えてしまうのは無理からぬ事。
平安時代の頃なら喜左衛門より強いのだが……とは御本人の弁。喜左衛門様も否定はされませんでしたけれど。
ちなみに喜左衛門様のように強大で手下も多い妖であっても、人間に過度に被害を出さない限りは巫女さんも手出しはしないそうな。
そんな喜左衛門様が、この地を離れると仰られたのです。
日本と露西亜が戦争を始め、喜左衛門様は部下と共に戦線に向かうとの事でした。
「人間は最早我らより強い。人間は灯りと武器を得て我ら妖を恐れなくなった。
……お主も力は落ちていよう? 今のお主が行ったとて無事では済まないだろう」
「そんな事は百も承知だ」
「人間達はお主ら狸に感謝などしない」
「そういう問題では無いんじゃ、友よ。
儂も日の本のお山で育った身。山で生まれたか人里で生まれたか。
毛皮に包まるか服に包まるか……それだけの違いでしかない。
この日の本が危機に瀕しているのなら、儂らも戦うが道理。ここで逃げたら何が化け狸の大親分か!」
「喜左衛門……」
「案ずるな友よ。他の狸達も戦場に向かっている。
天狗も、いけ好かん狐の連中も今回ばかりはと肩を並べて戦うだろう。
なに、儂らが死ぬと決まった訳でもなかろうよ」
「……友が戦場に向かうのを黙って見送れというのか」
「分かってくれ友よ。お前にとって美子と小春が掛け替えのない存在なように、儂にとっては生まれ育ったお国と良き隣人である人間達がそれなんじゃ」
「そう言われてしまえば……我は何も言えぬ」
「ガッハッハ! ようやく分かってくれたか。
これで心置きなく暴れられるというものよ。皆の衆!」
喜左衛門様がそう仰るや、周囲に集まった狸さん達が一斉に「親分!」と声を上げました。
その数、数百は居るでしょうか? 皆一様に覇気に満ちた顔をしておられます。
「麗鬼よ、変化の術の研鑽を怠るなよ?
人に紛れて暮らすならその角と白髪は隠さねばならんでな」
「……努力はする」
「小春よ、お主には妖術の才はあるが無闇に妖に立ち向かってはならん。
鬼神の眷属なれど、元は人の身。麗鬼と違い脆いのだからな。
だがお前は賢い。人里で暮らすなら、お前が常識を身に付けて麗鬼を支えてやるのだ」
「麗鬼などどうでも良いのですが……美子ちゃんの為になるのであればそうします」
小春様の御言葉に喜左衛門様は豪快にひと笑いしました。
十年以上経っても麗鬼様と小春様は仲良くなってはくれません。
それでも化け物ではなく麗鬼と呼んだり少しずつ距離は縮まっているとは思うのですが……畏れ多くも私を取り合う関係なので、やはりお互いに負けられないという想いがあるのでしょうか?
「美子よ」
「はい」
喜左衛門様が私に目を向けて来ます。
私は取り分け幼く見えるからか、特に気に掛けてくださいました。
「お前はとんと妖術は上達せんかったが……気配りの出来る子供じゃ。
ウチのもんがよう世話になった……麗鬼と小春が啀み合ってばかりでは上手くいくもんもいかんじゃろうて。上手く機嫌取っちゃれよ」
またもガハハ! と笑う喜左衛門様。
それに付随して周りの狸さん達も笑います。
麗鬼様は狸さん達に戦い方を。
小春様は知識を教えていました。
伝授出来る技が無い私は、生まれてくる子狸さんのお世話をお手伝いしていました。
……これから戦場に向かう狸さんの中には、私がお世話をした方もいらっしゃいます。
「では、儂らはもう行く。山に残るも人里に下りるも好きにすると良い。達者でな」
「……必ず生きて帰ってこい」
「お世話になりました」
「御武運を……!」
喜左衛門様は別れの言葉に右手を振って応えてくださりました。
そして周囲の狸さん達に目配せをして……
「行くぞ! 変化の術っ!」
どろん、と煙が喜左衛門様達を包み込みます。
煙が晴れると、そこには多くの鳩や鴉……大鷲は喜左衛門様でしょうか?
彼らは一斉に飛び立ち、空の彼方へ消えていきました。
「……行ってしまったか」
麗鬼様がぽつりと呟きます。
そのお顔は悲しそうで、寂しそうです。
私でさえそうなのですから、麗鬼様の悲しみは如何ほどでしょうか。
けれど、だからこそ……私まで落ち込んでいてはいけないのです。
麗鬼様のお側に歩み寄り、その右手を握りしめます。
「一緒にお祈りしましょう。麗鬼様が神頼みというのも不思議ですけれど……それでも、喜左衛門様達のご無事と日本の勝利を」
「……そうだな」
麗鬼様は優しく微笑んで私の頭を撫でてくださいました。
ほんの少しでも麗鬼様のお心を軽くする事は出来たのでしょうか?
「それで、この後はどうするの。引き続き山に籠る?」
小春様が少しムッとした表情で抱き寄せて、私の頬をむにむにしながら麗鬼様に問い掛けます。
「いや、喜左衛門が居なくなった以上後釜を狙った勢力争いが起きかねん」
「じゃあ私達も山を下りるのね?」
「あぁ、出雲に行く。あそこなら神も多く居よう。
我等を匿ってくれる者も居るやもしれん」
「身の安全まで神任せ?」
「今の我では強力な妖には対抗出来ぬ。六条の事もある故、身を守る術は必要だ」
「……まぁ、そうね。美子ちゃんも巫女共に狙われている可能性がある以上は安全対策は必要だわ。
けれど、街に下りて巫女共に見付かる危険性は?」
「六条達はこの山まで追ってきた。喜左衛門が居なくなった事を知れば我らの討伐に動くだろう」
「……分かった。山を下りる事に異論は無いわ」
「うむ、下山の準備をするぞ」
麗鬼様の言葉に頷いて私達は動き出します。
と言ってもそれ程大袈裟という訳ではありません。
川で身を清め、新しい服に着替え、お金を懐に仕舞い込みます。
麗鬼様が狩った鹿や猪を、人間に化けた狸さんが町へ売りに出す……という形で私達はお金を得る事が出来ていたのです。
麗鬼様も変化の術で人間らしい姿に化け(それでも背の高い女性になって目立ってしまいますが )。
いざ、八百万の神々が在わす地、出雲へ出発です。
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