第18話 股関節が悲鳴を上げる。そして私たちは、足という名の「鞭」を手に入れる
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
『かっこいい女子が好きって言ったよね? ~失恋した私がガチ空手で全国制覇して、幼馴染を後悔させるまで~』 - 第18話 股関節が悲鳴を上げる。そして私たちは、足という名の「鞭」を手に入れる
本文
「――来月、地区新人戦が行われる」
月曜日の部活始め。 整列した私たちを見下ろし、冴島先輩が淡々と告げた。
「今回は新人戦だ。出場枠に制限はない。よって……」
先輩の目が、鋭く光った。
「一年生、全員出場とする。誰一人欠けることは許さん」
「「「オスッ!!」」」
選抜テストがあると思っていた私たちは、拍子抜けすると同時に身を引き締めた。 全員出られる。それはつまり、全員が勝たなければならないということだ。 私、エリカ、そして文ちゃん。 それぞれの戦いが、ここから始まる。
***
「さて、大会に向けてお前たちに足りないものがある。何だ?」
先輩の問いに、私は即答した。
「蹴り、です」 「そうだ。一ノ瀬の突きは強力だが、足が使えなければただの的だ。今日からは徹底的に足を鍛える」
そう言って先輩が指差したのは、サンドバッグ……ではなく、床だった。
「まずは柔軟だ。股関節が硬い人間に、高い蹴りは打てん。ペアを組んで開脚!」
地獄の時間が始まった。 私はエリカとペアを組み、向かい合って足を開く。
「いくよ凛。吐いて~」 「ぐ、ぐぐぐ……っ!」
エリカが私の背中をグイグイ押す。 内太ももの筋肉が引きちぎれそうだ。骨盤が軋む。 カノンがあんなにしなやかな蹴りを打てたのは、この柔軟性があったからなのか。
「痛い痛い! エリカ、それ以上は人間の可動域じゃない!」 「甘いよ凛。カノンのハイキック見たでしょ? あれくらい足上げるには、180度は開かないと」 「ひゃくはちじゅうぅぅ!?」
一方で、意外な才能を見せたのが文ちゃんだった。
「……あれ? 小日向、すごいな」
冴島先輩が目を丸くしている。 文ちゃんはペタリと胸を床につけ、見事な180度開脚を披露していたのだ。
「えへへ……私、体だけは柔らかいんです。昔バレエを少しやってて……」 「ほう。その柔軟性は武器になるぞ。上段蹴りの素質があるかもしれん」
運動音痴の文ちゃんに、初めての光が差した瞬間だった。
***
柔軟で股関節を破壊された後、いよいよ技術指導に入った。
「いいか、蹴りは『足』で打つんじゃない。『膝』で打つんだ」
先輩がサンドバッグの前に立つ。
「初心者はどうしても足を振り回そうとする。だが、それは『金棒』を振り回しているのと同じで、遅くて隙だらけだ」
先輩がスッと構える。
「まずは膝を畳め。これを『抱え込み』と言う」
ヒュッ。 先輩の右膝が、一瞬で胸元まで引き上げられた。 まるで折りたたみナイフのようにコンパクトだ。
「ここから膝を支点にして、膝下を弾き出す。鞭ムチのイメージだ」
バァァンッ!!
先輩の足の甲(背足・はいそく)が、サンドバッグを強烈に叩いた。 重い音ではない。鞭が空気を裂くような、鋭利な破裂音。 サンドバッグが「く」の字に折れ曲がる。
「前蹴り、回し蹴り。全ての蹴りは『膝の抱え込み』と『軸足の回転』で決まる。やってみろ」
私たちはそれぞれのサンドバッグに向かった。
「せいっ!」
私が蹴る。 ドスッ。 鈍い音。そして、蹴った反動で体がグラつく。
(……難しい)
突きなら重心を落とせばいい。でも、蹴りは片足立ちになる。 不安定な状態で、体重を乗せるなんて至難の業だ。 それに、足が重い。自分の足なのに、まるで他人の肉の塊をぶら下げているみたいだ。
「凛、軸足が棒立ちになってるよ!」
隣で蹴っているエリカがアドバイスをくれる。 彼女の蹴りは、パンッ! といい音をさせている。さすが経験者、体の使い方が上手い。
「軸足のかかとを相手に向けるくらい回すの! そうすれば腰が入るから!」 「かかとを、回す……?」
私は言われた通り、左足のつま先を軸にして、かかとをグリンと回してみた。 すると、自然と右腰が前へ出る。 骨盤がスライドする感覚。
(これだ……! 突きと同じ!)
突きは、腰の回転を背中に伝えた。 蹴りは、軸足の回転を骨盤に伝えるんだ。
私はサンドバッグを睨む。 イメージするのは、カノンのあの見えなかった蹴り。 そして、先輩の鋭い鞭のような軌道。
イチ、で膝を抱え込む。 ニ、で軸足を回しながら、腰をねじ込む!
「やぁっ!!」
バシンッ!
さっきより乾いた音がした。 サンドバッグの表面だけでなく、少し奥まで衝撃が届いた感触。 でも、その代償として脛すねが激痛を訴えた。
「いったぁ……!」 「最初は脛が腫れる。そこも部位鍛錬だ」
先輩が冷酷に言い放つ。 私たちの脛は、これから青アザだらけになる運命らしい。
***
それから一時間。 私たちは無心でサンドバッグを蹴り続けた。
エリカは、スピード重視の連打。 ポンポンポンッ! とリズミカルに左右の足を入れ替え、手数で圧倒するスタイルを磨いている。彼女の運動神経とスタミナが活きる戦法だ。
文ちゃんは、柔軟性を活かした上段蹴り。 まだ威力はないけれど、足が驚くほど高く上がる。 「ひぃぃ、足がつりますぅ……」と泣き言を言いながらも、その軌道は誰よりも綺麗だった。もしこれが当たれば、奇跡のジャイアントキリングが起きるかもしれない。
そして、私。 私は、一発の重さにこだわった。 「沈身」で覚えた重力移動を、どうにかして蹴りに乗せられないか。 膝を抜くタイミング。軸足を返す速度。 試行錯誤するたびに、サンドバッグの揺れ方が変わっていく。
ドゴッ。 時折、重い音が混じるようになった。 突きほどの破壊力はまだない。でも、この重い足が「鞭」のようにしなるようになれば、私の攻撃力は倍になる。
「……よし、ラスト10本! 気合入れて蹴り抜け!」 「「「オスッ!!!」」」
道場に、バシンッ! ドゴッ! という打撃音が交錯する。 汗が飛び散り、床を濡らす。 脛が痛い。股関節が痛い。軸足の皮が剥けそうだ。
でも、楽しい。 自分の体に、新しい「武器」が装備されていく感覚。 昨日できなかった動きが、今日できるようになる喜び。
(見ててよ、カノン)
私は最後の力を振り絞り、右足を振り抜いた。 サンドバッグが大きく揺れる。
一ヶ月後の新人戦。 この足で、必ず誰かをマットに沈めてやる。 私たちの青春は、まだ始まったばかりだ。
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