第19話 体育のドッジボールが「スロー」に見える。私はもう、普通の女の子じゃない
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
『かっこいい女子が好きって言ったよね? ~失恋した私がガチ空手で全国制覇して、幼馴染を後悔させるまで~』 - 第19話 体育のドッジボールが「スロー」に見える。私はもう、普通の女の子じゃない
本文
翌日。 学校の階段は、私たち空手部員にとってのエベレストになっていた。
「……うぐっ、いっだぁ……」
一段降りるたびに、お尻の奥と太ももの裏側(ハムストリングス)に電流のような激痛が走る。 昨日の「蹴り込み稽古」の後遺症だ。普段使わない筋肉を酷使した代償は大きかった。 私は手すりにしがみつき、生まれたての子鹿のような足取りで廊下を歩いていた。
「あ、凛ちゃんおはよー。……何その動き、ロボット?」 クラスメイトのミナが苦笑いで挨拶してくる。 「おはよ……。笑わないで、これが『進化の過程』だから」 「ただの筋肉痛でしょ。ていうか、今日の体育、ドッジボールだけど動けるの?」
ドッジボール。 その単語を聞いた瞬間、私の背筋が凍った。 今のこの、しゃがむことすら困難な足で、ボールを避けろと?
***
体育館。 女子全員によるクラス対抗ドッジボールが始まった。 キャーキャーと黄色い声援が飛び交う中、私はコートの隅で気配を消していた。
(動くな……動けば筋肉が悲鳴を上げる……)
しかし、戦場の神様は非情だ。
ヒュンッ! 相手チームの運動部女子が投げたボールが、一直線に私に向かってきた。 速い。普通の女子高生なら、悲鳴を上げて目を瞑る速度だ。
でも――。
(……止まって見える)
カノンのあの「見えない蹴り」や、志布志穂高校で浴びた殺気に比べれば、このボールはあまりにも「情報」が多すぎる。 投げる瞬間の肩の開き。指のかかり具合。軌道。 すべてがスローモーションのように脳内に入ってくる。
体が勝手に反応した。 ボールが鼻先に来た瞬間、私は無意識に半身(ハンミ)になり、首を僅かに傾けた。 いわゆる「体捌(たいさば)き」だ。 ブォン。 ボールが前髪を優しく撫でて、後方へ飛んでいく。
「えっ!?」 投げた子が目を丸くしている。 私も驚いた。下半身は死んでいるのに、目と反射神経だけが、生物として別の段階へアップデートされている気がする。
「凛、ナイス避け! 反撃!」
味方がボールを私にパスしてきた。 ボールを受け取る。 目の前には、相手チームのエリカがいる。彼女はニヤリと笑っていた。
「へえ、凛。やるじゃん」 「エリカこそ、手加減してよ?」
私はボールを握りしめた。 足は痛くて踏ん張れない。だから、下半身のバネは使えない。 使えるのは――背中だ。
イメージするのは「突き」。 肘を畳み、広背筋を収縮させ、肩甲骨の回転だけで押し出す!
「せいっ!!」
ドゴォォォンッ!!
指先から放たれたボールは、唸りを上げて一直線にエリカへ――ではなく、エリカの隣にいた文ちゃんへ向かった(コントロールはまだ悪い)。
「ひぃぃっ!」 文ちゃんが悲鳴を上げてしゃがみ込む。 その頭上を、ボールが風切り音と共に通過し、体育館の壁に激突して「バンッ!」と破裂したような音を立てた。
シーン……。 楽しそうに騒がしかった体育館が、一瞬で静まり返った。
「……え、今のなに?」 「一ノ瀬さん、今の音、女子が投げる音じゃなくない?」 「壁に穴空くかと思った……」
クラスメイトたちがドン引きしている。 私は冷や汗をかいた。いけない、日常パートで「質量」を出しすぎた。 みんなが「キャー怖いー」と楽しんでいる中で、私一人だけ「殺し屋」みたいな球を投げてしまった。
(……なんか、遠くに来ちゃったなぁ)
少し前までは、私もあの中で笑っていたはずなのに。 今は飛んでくるボールを見ても「あ、重心が高いな」とか「軸がブレてる」とか分析してしまう。 もう、普通の「か弱い女子高生」には戻れないのかもしれない。
少し寂しいような。 でも、掌に残る確かな力の感触が、今の私を支えている気がした。
***
放課後。 道場へ向かう足取りは、朝よりも軽かった。
体育館での疎外感とは違い、道場には「同じ強さ」を求める仲間がいる。 サンドバッグを叩く音。気合の声。汗の匂い。 ここが今の私の居場所だ。
「よし、一ノ瀬。今日も蹴り込みだ!」 「オスッ!!」
私は拳を握りしめる。 学校で浮いたって構わない。可愛くないと言われたって構わない。 この痛みと強さの先に、私が目指す「最強」があるなら、私は喜んでこの道を突き進む。
いつか、別の学校に通うあいつ(颯人)の耳に届くくらい、有名になってやる。 『一ノ瀬凛が、空手で優勝したらしいよ』って。
私はニヤリと笑い、今日もサンドバッグに向かって、重たい足を振り上げた。
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