市ヶ谷到着
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
帰ってきた山本五十六 2023年4月18日夕刻~
本文
市ヶ谷到着
車列はゆっくりと防衛省・市ヶ谷地区の正門を抜けた。
広い敷地の奥には、堅牢な庁舎が立ち並んでいる。
五十六は窓越しにそれを眺め、ふと眉を上げた。
「……ここは……市ヶ谷台か。大本営陸軍部が置かれていた場所ではないか?」
車内に一瞬、重い沈黙が流れた。
同乗の海自隊員が応える。
「はい、提督。終戦後は米軍に接収され、その後は防衛庁、そして現在は防衛省として使われています」
五十六は深く頷き、懐かしむように窓外を見やった。
「……ここで幾度も会議を行った。時に陸軍と衝突し、時に国の行く末を決した……。
八十年を経て、なお軍の中枢がこの地にあるか」
彼の瞳には、開戦前夜の緊張が重ね合わさると同時に、現代の静謐な庁舎の姿が映っていた。
やがて車列は庁舎前に停まり、整列した制服の一団が待っていた。
その中心に、防衛大臣と海上幕僚長の姿がある。
五十六はゆっくりと車を降り、真っ直ぐに彼らへ歩み寄った。
防衛大臣が一歩進み出て、深く礼をする。
「……山本五十六提督、ようこそ防衛省へ」
五十六もまた一礼し、低く応えた。
「八十年を越え、この国の海を護り続けた後継の者たちよ。
まずは、大臣と軍令部総長の御話を賜りたい」
庁舎の扉が開かれ、歴史を超えた会談が始まろうとしていた。
防衛大臣室。
長いテーブルの端に五十六が腰を下ろし、向かいには防衛大臣と海上幕僚長が並んでいた。
防衛大臣「……まず最初に、提督。あなたは本来、昭和十八年四月十八日、ブイン島上空にて戦死された、と記録されています」
五十六「(むっとしつつも)……戦死? いや、確かに機体は撃たれた。だが、気がつけば東京駅の広場に立っていた。
まるで狐につままれたような話だが……ここは現か夢か、さっぱりわからん」
海幕長「我々のデータベースでも、確かに“戦死”と記されています。つまり、提督は――」
五十六「データベース? なんだそれは。軍令部の書庫のことか?」
防衛大臣「いえ、電子的な……要するに膨大な情報をまとめた――」
五十六「電子? ああ、電探(レーダー)の新型か?」
(場がざわつく)
海幕長(小声で)「やはり、昭和十八年の感覚で止まっておられる……」
防衛大臣(苦笑いしつつ)「ともかく、これはタイムスリップとしか言いようがないのです」
五十六「タイム……スリップ? (首を傾げて)
まるで漫才か何かの用語だな」
(その場にいた若手秘書官がつい笑ってしまい、大臣に睨まれる)
防衛大臣室に集まった面々。
海幕長が資料を抱えて机に並べる。厚い戦史、国葬の写真集、当時の新聞記事。
海幕長
「提督……残念ながら我々の歴史認識では、あなたは1943年ブイン島上空にて戦死。国葬が執り行われ、御魂は靖国に祀られております」
五十六は資料をめくり、眉をひそめる。
「……ふむ……戦死? 国葬? ……ということは……」
沈黙が落ちたのち、五十六が小さく笑う。
「……つまり俺は幽霊ということになるか。だが……幽霊にしては腹が減る。さきほどの渋谷で女学生たちと食した甘味も確かに美味かったぞ?」
室内の空気が一瞬凍るが、そこで浜田防衛大臣(2023年4月18日現在)が豪快に笑った。
「いやはや! 幽霊であろうと腹は減る! ならば腹ごしらえと参りましょう。
ちょうど夕食の時間です。食堂から名物のカレーを運ばせましょう。ディナーミーティングと洒落込むのも一興ではありませんか」
副官たちが慌ただしく動き、ほどなく銀色の食器に盛られたカレーライスが運ばれる。
漂うスパイスの香りに、五十六はじっと目を細めた。
「……これは……軍艦カレーか?」
海幕長が答える。
「はい。旧海軍の曜日カレーを受け継ぎ、現代では“海自カレー”として定着しております。各護衛艦ごとにレシピも異なるのです」
五十六はスプーンを取り、ひと口すくう。
口に入れた瞬間、目を見開き、そして大きく息をついた。
「……! これは……俺の知るカレーではない……。
より香り高く、具材も豊潤。兵食というより、将校の饗応膳の如しではないか!」
浜田大臣はにやりと笑い、グラスを掲げた。
「令和の日本も、食うことには全力投球でしてな」
五十六は真顔で頷き、スプーンを握りしめる。
「……食は兵站の要なり。このカレーあれば、八十年先も兵の心は折れまい」
周囲の幕僚たちは苦笑しつつも、内心その言葉に励まされていた。
――こうして「戦死したはずの提督」と「令和の防衛省」は、カレーを介して奇妙なディナーミーティングを始めたのであった。
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