カレーなる歴史談義・戦後篇
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
帰ってきた山本五十六 2023年4月18日夕食後~
本文
カレーなる歴史談義・戦後篇
五十六はアイスを食べ終え、棒を皿に置いた。
「……なるほど、甘味ひとつでここまで変わるのか。
敗れても立ち上がった国の力、確かに舌で知った」
しばし黙し、やがて鋭い眼光を海幕の士官たちに向ける。
「では――この敗戦の後、日本は如何なる道を歩んだのだ。
俺が知らぬ八十年を、語ってもらおう」
海幕長は頷き、スライドを進める。
画面に浮かんだのは、焦土から立ち上がる都市と、米兵が行き交う光景。
「戦後、日本は連合国軍の占領下に置かれました。憲法が改められ、軍は解体。ですが……」
五十六の眼が鋭く光る。
「……軍なき国で、どう国を護った」
「朝鮮戦争の勃発を契機に、警察予備隊が創設されました。これが、後の自衛隊の始まりです」
五十六は深く頷き、カップの水を口に含む。
「……戦の業火から立ち上がるにしても、やはり隣の火事が導きか。歴史は皮肉よな」
スライドには次々と戦後の歩みが映し出される。
高度経済成長、新幹線、東京オリンピック。
五十六はまるで未知の海図を見る航海士のように目を凝らした。
「……なるほど、鉄路と経済を以て世界に伍するとは。
大艦巨砲ではなく、民の力を積み上げることで国を建て直したか」
防衛大臣が合いの手を入れる。
「提督、今や日本はGDP世界三位、平和国家として国際秩序の一翼を担っております」
五十六はしばし沈黙し、ふっと笑みを漏らす。
「……八十年かけて、軍令部が為せなかったことを民草が成したのか。
ならば――敗れてなお、この国は勝っていたのだな」
その言葉に、大臣室は一瞬しんと静まり返り、やがて重みある頷きが広がった。
五十六は、背筋を正して問うた。
「……戦後、日本はただアメリカに従うだけであったのか?」
浜田防衛大臣がスライドの操作を引き取り、重々しく口を開く。
「提督、戦後の日本は“冷戦”という世界規模の対立に巻き込まれました。
米国とソ連が核兵器を突きつけ合う中、日本は米国と安全保障条約を結び、事実上その庇護下に置かれることになったのです」
スクリーンには1951年のサンフランシスコ講和条約、続く日米安保の署名シーンが映し出される。
五十六は険しい目を細めた。
「……なるほど。独立を得る代わりに、再び米国に寄港するかの如き立場を取ったわけだ」
若い幕僚が説明を続ける。
「冷戦下、日本は“経済復興”を盾に軍事よりも産業を優先しました。防衛は米国が担う。そのかわり、経済で世界に台頭する道を選んだのです」
五十六は水を一口含み、苦々しい笑みを浮かべた。
「……経済を兵站と見なせば、理は通る。しかし、敵国に守られる兵站ほど心許ないものはないぞ」
場に一瞬重苦しい沈黙が走る。だが浜田大臣が柔らかく言葉を添えた。
「ええ。だからこそ提督、我々は“自衛隊”という新たな力を育ててきました。
昭和の後半からは防衛費を拡大し、今では米国と肩を並べて活動できる海空の力を備えています」
スクリーンにはイージス艦の勇姿や、国際活動に参加する自衛官の姿が映し出された。
五十六は腕を組み、しばし凝視していたが、やがて静かに頷いた。
「……なるほど、連合艦隊の亡霊が消えた後も、海を護る灯火は絶えなかったか」
浜田大臣は五十六に視線を向けた。
「そうです。提督。今の我々もまた、あなたが遺した“海を護る使命”を背負っているのです」
五十六の目に、僅かに光が戻った。
「ならば……我が使命も続いているということか。よかろう。語り継ぎ、未来に活かすためならば、この身もまた存分に用いるがいい」
スライドが進むと、画面には1949年の中国大陸。毛沢東と中華人民共和国建国の様子が映し出された。
五十六は眉をひそめる。
「……待て。国共内戦の果てに……勝ったのは国民党ではなく共産党の方か?
蒋介石はあれほどの軍を持っていたではないか。まさか敗れたのか」
若い幕僚が慌てて答える。
「はい……国民党は台湾に退きました。以後、中国大陸は共産党政権が支配することになります」
五十六は苦い表情でうなる。
「……漁夫の利を得たか。アメリカとの戦いで疲弊した我らの隣で、共産党が勢力を広げるとは……世はまことに油断ならん」
スライドが切り替わり、今度は独立直後のインドが映る。マハトマ・ガンジーの写真が大写しになった。
五十六は目を凝らす。
「……インド独立か。なるほど、俺の時代にもガンジーという男の噂は耳にした。非暴力を説いたと……」
そして問いかける。
「その思想は、今もなお生きているのか?」
浜田大臣が静かに頷いた。
「ええ。ガンジーの精神はインド建国の柱となりました。今やインドは民主国家として大国の一角を担い、我が国とも協力関係を深めています」
五十六は深く頷き、カレーの皿を見下ろした。
「……不思議なものだ。武力ではなく信念が国を動かす……。我が時代にそれができておれば、また違う未来もあったのかもしれんな」
場は一瞬しんと静まり返ったが、浜田大臣がにやりと笑い、副官に声をかけた。
「……まあ、堅い話はここまでにしましょう。副官、もう一度ファミマでアイスを頼む。もちろん私費でな」
五十六は驚いた顔で問い返した。
「ファミ……ま?さっきから何だそれは、新手の補給所か?」
場に小さな笑いが広がり、緊張は和らいだ。
幾ばくかして副官が息を切らして戻ってきた。
「大臣、こちら追加のアイスであります!」
机の上に置かれたのは色とりどりのカップアイスやバーアイス。
浜田大臣がにやりと笑う。
「提督、これが“ファミリーマート”の品です。略してファミマ。日本全国にある“コンビニエンスストア”と呼ばれる店で、24時間、いつでも食料や日用品が手に入るのです」
五十六は目を丸くし、手にしたアイスを眺めながら呟いた。
「……つまりこれは、軍の補給廠を民間に展開し、全国規模で稼働させておるというわけか……。しかも、昼夜を問わず補給が可能……。恐るべき兵站思想だ」
スプーンで一口すくい、口に含んだ瞬間、彼は思わず目を見開いた。
「……!やはり大和の艦上で食したアイスクリンとは比べものにならん……。これほど濃厚にして滑らかとは……!」
場に小さな笑いが広がり、五十六は満足げに頷いた。
「なるほど、これで理解した。“コンビニ”とは、現代日本における補給線の要であるな」
アイスを食べ終えたところで、海幕の幕僚がパワーポイントを切り替えた。
「では、歴史講義を続けます。ここからは戦後の冷戦構造についてです」
画面に映し出されたのは、朝鮮戦争、続いてベトナム戦争。
米ソ対立の地図が示される。
五十六は皿を押しやり、姿勢を正した。
「ふむ……アメリカは今度は極東で戦ったか。しかも朝鮮半島やインドシナを北と南に分断しての戦だと……」
幕僚が頷く。
「はい。朝鮮戦争では日本は後方支援基地となり、経済復興の契機ともなりました。
ベトナム戦争では泥沼化し、米国の国力をも消耗させました」
五十六は腕を組んでうなった。
「……やはりアメリカを侮るなと言った我が言葉は正しかった。だが、彼らですら勝ち得ぬ戦もあるのだな」
スライドはさらに進み、1972年の日中国交正常化の場面に移った。
「……なに!? 蒋介石の国民党ではなく、あの共産党政権と手を結んだと……?」
「はい、当時の田中角栄総理が北京を訪れ、日中関係を回復させました」
五十六は深くため息をついた。
「……戦場の勝敗とは、時に外交の一手で覆るものか……」
そして幕僚が最後のスライドを映した。
現代の東京、オリンピック、新幹線、世界中の観光客、そしてスマートフォンを持つ人々の姿。
「これが2023年いま現在の日本です」
五十六は窓の外の夜景を眺め、静かに呟いた。
「……敗れてもなお、ここまで立ち直ったか。八十年の歴史……誠に見事なるものだ」
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