アクアパーク品川 ―最後の飼育記録―
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
国道15号線を南へ進んだ先で、
巨大な駅舎がゆっくりと視界いっぱいに広がる。
品川駅。
かつて東海道新幹線や山手線が発着していた日本有数のターミナル。
今は駅前広場に車は一台もなく、
バスターミナルの屋根だけが静かに風に鳴っていた。
シオナはゆっくりと90式を停める。
履帯が最後にアスファルトを踏みしめ、
戦車は低い音を残して停止した。
「ここ、ちょっと見てみたい」
シオナがそう言ってハッチから顔を出す。
サヤも周囲を見回した。
「駅?」
シオナは首を横に振る。
「いや……水族館」
「水族館?」
「アクアパーク品川。駅の近くにあったはず」
サヤは少し驚いた顔になる。
「この世界で水族館?」
「どうなってるか、ちょっと気にならない?」
サヤは少し考えてから、うなずいた。
「……気になる」
二人はハッチを開け車外に降りた。
駅前の広場は静まり返っていた。
かつてのバス乗り場には草が伸び、
案内板のガラスにはツタが絡みついている。
二人は90式を振り返る。
巨大な戦車が駅前広場の端に静かに佇んでいた。
まるで巨大な置物のようだ。
「ここなら大丈夫そう」
シオナはそう言う。
サヤもうなずく。
「盗む人もいないしね」
二人は軽く笑い、
駅前を横切って歩き出した。
少し進むと、
見覚えのある建物が現れる。
ガラス張りの入口。
色あせた看板。
アクアパーク品川。
自動ドアは半分開いたまま止まり、
その隙間から暗い館内が見えていた。
サヤが小さくつぶやく。
「……なんか、探検みたい」
シオナも同じ気持ちだった。
「うん」
そして二人は静まり返った水族館の入口をくぐる。
館内は薄暗く、ひんやりしていた。
外の光がガラス天井から差し込み、
床に長い影を落としている。
二人は最初の大きな水槽の前で足を止めた。
巨大な円柱水槽。
かつては色とりどりの魚が泳いでいた場所だ。
今は水が半分ほど残り、
その底に白くなった魚の骨や影が沈んでいた。
サヤが静かに言う。
「……電気が止まったんだね」
シオナも頷く。
水族館の生命線はポンプと濾過装置だ。
電力が止まれば、海水はすぐに腐る。
二人は館内をゆっくり歩く。
次の水槽も、
その次の水槽も同じだった。
魚たちはもういない。
やがて受付カウンターの一枚の紙が目に入る。
シオナがそれを拾い上げた。
クリップボードに挟まれたメモだった。
サヤが横から覗き込む。
手書きの文字が残っている。
《飼育記録メモ》
電力不足により海水循環システムの維持が困難。
魚類水槽の維持は断念。
イルカ、アザラシ、ペンギンなど
水生哺乳類および鳥類については
最後までスタッフで世話を続けた。
しかし状況は限界に達した。
本日、
京浜運河へ放流。
野生で生き残ってくれることに賭ける。
どうか生き延びてほしい。
――飼育担当
サヤはしばらく何も言わなかった。
「……最後まで見てたんだ」
シオナも静かにメモを戻す。
「たぶん、ここだけじゃないと思いたいね」
二人は館内をさらに奥へ進む。
イルカショーが行われていた大きなスタジアム。
プールの水は少し濁り、
風で小さく波打っている。
観客席には落ち葉が溜まり、
草が生え始めていた。
プールの縁にも、もうイルカの姿はない。
その時、
壁に貼られた案内パネルにサヤが気づく。
「シオナ、これ」
そこには別の紙が貼られていた。
しながわ水族館の名前が書かれている。
《連絡メモ》
しながわ水族館でも同様の措置。
魚類水槽は電力不足で維持不能。
哺乳類および鳥類は京浜運河へ放流。
アザラシ、ペンギン、カワウソなど
生存の可能性に賭ける。
二人は顔を見合わせた。
「……もしかしたら」
サヤが外の方向を見る。
「京浜運河、まだいるかも」
シオナは小さく笑った。
「野生のイルカ?」
「うん」
少しだけ、希望のようなものが混ざった声だった。
館内は相変わらず静かだ。
けれど、
人が最後まで生き物を守ろうとした痕跡だけは
確かにそこに残っていた。