京浜運河をあとに
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
運河の水面には、まだペンギンたちが泳いでいた。
岸の岩場では数羽が羽を休めている。
遠くでは丸くなったアザラシが日向で眠っていた。
サヤは少し名残惜しそうに振り返る。
「ちゃんと生きてたね」
「うん」
シオナは頷いた。
「最後まで世話してた人たち、報われたかも」
二人は静かにその光景を見送り、
90式の方へ戻っていく。
ハッチを閉じるとエンジンが低く唸った。
「次は?」
サヤが聞く。
シオナは南の方を指差す。
「海の方……羽田」
90式はゆっくりと再び動き出した。
やがて右手に大きなスタンドが見えてくる。
崩れかけた巨大な観客席。
「競馬場だ」
サヤが言う。
「テレビで見たことある」
シオナも頷く。
「大井競馬場だね」
90式がゆっくり通り過ぎようとしたその時。
前方の道路で、何かが動いた。
最初は鹿かと思った。
だが、次の瞬間。
「……馬だ」
道路の中央に数頭の馬が立っていた。
茶色、黒、灰色。
十頭ほどの群れ。
放置された車の間を歩きながら、
草を食んでいる。
サヤが息を呑む。
「競馬場の……?」
シオナはゆっくり戦車を止めた。
「たぶん」
馬たちは戦車の音に顔を上げる。
だが逃げない。
しばらくこちらを見て、
またゆっくり歩き始めた。
一頭の若い馬が、
アスファルトの割れ目から伸びた草を食べている。
サヤが小さく笑った。
「東京、ほんと動物だらけだね」
「人がいなくなると、すぐ戻るんだよ」
馬の群れはゆっくり道路を横切り、
競馬場の方へ消えていった。
90式の前には、また静かな道が残る。
国道15号線へ再び戻ると思ったよりも走りやすかった。
放置された車はところどころにあるが、
90式なら問題なく避けて進める。
道路の中央からは若い木が何本も伸び、
信号機はほとんど壊れていた。
かつて日本でもっとも交通量の多かった幹線道路を、
今は一両の戦車だけが進んでいく。
サヤが外を眺める。
「東京って、こんなに広かったんだ」
「人がいないと、余計に広く感じるね」
シオナはそう言って、ゆっくり操行ハンドルを入れ込んだ。
履帯がアスファルトを踏みしめ、
戦車はゆっくり南へ進む。
潮の匂いが少しずつ強くなってきた。
遠くの空に、
滑走路の灯台のような塔が見えてくる。
羽田空港。
終末の東京で、
次の目的地が静かに姿を現していた。