東京湾アクアラインへ ― 荘厳な朝焼けの中を進む
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
翌朝。
羽田空港の滑走路の端で風が低く唸っていた。
夜露を払うようにシオナが寝袋から顔を出す。
東の空がわずかに明るくなり、
巨大な滑走路のコンクリートが灰色に浮かび上がっていた。
サヤも目をこすりながら起き上がる。
「……風、強いね」
「海が近いからかな」
シオナは90式の砲塔から降り車体の側面を軽く叩く。
冷えた装甲が朝の空気に馴染んでいた。
エンジンハッチのあたりから小さく霧のような息が上がる。
「起きろ、相棒」
操縦席に潜り込み始動スイッチを入れる。
数秒の静寂。
次の瞬間、
ゴォン……と低い振動が車体全体に広がった。
90式のディーゼルが目を覚ます。
その重低音が誰もいない羽田空港の広い空間にゆっくり反響していく。
サヤが砲塔の上から滑走路を見渡す。
かつて旅客機が並んでいた場所は、
いまでは草がところどころ伸びた、ただの巨大な原っぱだった。
遠くで風に揺れる標識だけが動いている。
シオナがハッチから顔を出す。
「……よし。今日の目的地は海ほたる」
サヤが笑う。
「東京湾の真ん中でキャンプなんて誰が想像したんだろ」
「まあ、今なら誰も文句言わない」
ゆっくりと履帯が回り始める。
90式は滑走路の脇道から空港外周道路へ出ると、
かつての首都高湾岸線の高架へと登っていく。
道路は静まり返っていた。
ところどころに放置された車。
風で転がる看板。
しかし高架の上に出ると景色が一気に開けた。
東京湾。
朝の光を受けて静かな水面が広がっている。
遠くに細い橋が見えた。
海の上をまっすぐ伸びる道路。
サヤが双眼鏡を覗く。
「……あれかな?」
「見えた?」
「うん。あれだよ」
「海ほたる見えたんだ」
90式はゆっくり速度を上げ、
東京湾アクアラインの入口へ向かって走り出した。
浮嶋ジャンクション。
湾岸線の高架から分岐した道は、ゆっくりと海の下へ潜っていく。
巨大なコンクリートの口のような入口。
そこから先は昼間でも夜のように暗い。
シオナ「トンネル入るよ」
90式が浮島ジャンクションからゆっくり坂を下りる。
やがて巨大な穴のような入口が現れる。
サヤ「……暗いね」
戦車のヘッドライトがコンクリート壁を照らす。
エンジン音がトンネルの中で低く反響した。
ゴォォォ……
排気の匂いが少しだけ漂う。
サヤ「ちょっとディーゼル臭い」
シオナ「換気止まってるのかも。でも走ってれば大丈夫」
履帯がアスファルトを叩き、
90式は海の下のトンネルを進んでいく。
コンクリートの壁。
規則正しく並ぶ照明。
誰もいない車線。
履帯がアスファルトを叩く音が長いトンネルの中で何度も反響する。
ガシャン……ガシャン……ガシャン……
サヤが小さく息をつく。
「……なんか変な感じ」
「怖い?」
「ううん。でも海の下にいるって思うと」
シオナは少し笑う。
「上、20メートルくらいは海だと思う」
「言わないでよそれ」
90式はゆっくりと進み続ける。
数キロほど進んだころだった。
ヘッドライトの先に黒い塊が見えた。
サヤが目を細める。
「……あれ、車?」
近づくにつれて、それがはっきりしてくる。
放置された乗用車。
トラック。
数台が折り重なるように止まっていた。
まるで逃げようとして詰まったまま、時間だけが止まったような光景だった。
シオナが速度を落とす。
「完全に塞がれてるな……」
サヤが下を見下ろす。
「迂回は?」
「ここトンネルだから無理」
しばらく沈黙。
シオナが前を見つめたまま言う。
「……踏み越えるしかないね」
サヤが砲塔を軽く叩く。
「うん、この子ならできるでしょ」
90式がゆっくり前進する。
最初の車に履帯が触れる。
バキッ
フロントガラスが砕ける音。
戦車は止まらない。
履帯がボンネットを押し潰し車体を持ち上げる。
金属がねじれる音がトンネルに響いた。
ギギギギ……
サヤが思わず苦笑する。
「ごめんね……」
90式はゆっくりと車の上を乗り越え、
トラックの側面を押しながら進む。
やがて最後の車体が履帯の下で潰れ後ろに押し出された。
再び前方の道路が開ける。
シオナが操行ハンドルを少し入れ込む。
「よし、通れた」
サヤが前を指さす。
「……あ」
遠くに小さな光が見えた。
トンネルの出口。
海ほたるへ続く光だった。
90式は再びエンジンを響かせながら海の下の道を進んでいく。