第3話「大水晶の星」中編
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あらすじ
ハヤマ・レイト——15歳の少年ヒーローは、古代種族「ネオン人」から託された特殊スーツ「ネオンスーツ」を身に纏い、宇宙を旅する。 10年前、彼の両親は超新星爆発テロで失われた。その悲劇の真犯人である**テロリスト集団「ダークノヴァ」**の追跡こそが、彼の人生の軸。 宇宙連合軍の若き少佐アリナ・ミラストリアルとの出会いがきっかけで、レイトはテロの源流を追うことになる。
本文
下降開始から三分——バイザーの隅に深度表示が走る。〈−28km〉、〈−44km〉、〈−61km〉……数字が落ちるたび、胸骨の奥で“声”の密度が一段あがった。囁きはもう囁きではなく、きめ細かい雨の粒が思考に当たる感触だ。こめかみの内側が重く脈打ち、レイトは奥歯を噛んで呼吸を整える。
『心拍、やや上昇。減衰フィルタ一段強化、行くぞ』とノイジー。
「……大丈夫。行ける」
『またその"無茶振り"か? 前にもやられたぞ、結局うまくいったけどよ』
「結果オーライなら十分じゃないか」
『理屈は通ってるが気に入らねえ!』
レイトは苦笑しながら、推力を微調整して速度を落とす。
ラミコが右手を通して小さく波を送る。緑の瞳がレイトの横顔を見守った。
〈レイト、“声”、ふえる。あなた、かんげい、されてる。だから、“たくさん”あびる〉
「歓迎……?」
〈"わるい旅人"――"赤い破壊者"をつれてきた、そとのひとたちは、たぶん、ちがう。ほとんど“きこえなかった”。だから、まよわず、いちばん、したへ、いけた。こころ、ゆらがないから〉
『歓迎されるほど難易度が上がるって、理不尽な接待だな……』ノイジーがぼやき、前方へセンサー・パルスを打つ。
深度〈−76km〉。頭痛は針先の群れに変わる。レイトは胸のコアに意識を落とし、鼓動と同じテンポで吸って吐く。紫の脈が静かに整うたび、痛みは“形”を持たぬ波へ戻っていった。
——そのころ、降下経路の周囲に“雪”が舞いはじめた。いや、雪ではない。薄い板状の結晶が、クラゲの傘みたいにふわりふわりと拍動しながら浮遊している。米粒ほどの個体は微かな燐光、掌大の個体は中に細い枝脈を灯し、群れては離れ、また寄りそう。尾ひれの代わりに糸のような副片を震わせては、こちらのスラスターが作る渦へ、プランクトンみたいに吸い込まれては、するりと抜けていく。どの個体も“声”のごく薄い輪郭をまとい、触れれば指先がほんのり冷たく澄むような——幻想的な水晶生物群だ。群れの奥で、一頭だけ長い“触手結晶”を揺らす個体がレイトのバイザーを覗き、まるで挨拶みたいに発光を二度、三度。洞の底を目指す三人に、静かな道しるべを灯す。
『おい……きれいだな。録っとく、あとでマザーに見せよ』
〈“みちしるべ”。この子たち、“谷”を、むかしから、おしえる〉
「ありがとう。——下り続けよう」
『なあ、前から気になってたんだが——“星守晶(ほしもりしょう)”って、なんで守るなんて名なんだ?』ノイジーが空中へ質問を投げる。
ラミコは短く考えてから、古い言葉を選ぶように口を開いた。
〈でんしょう、ある。つづき——“星を守りし導きの晶、星を喰らいし滅びの晶にならん”。〉
『物騒すぎる二択だな、おい』
〈わたし、むかし、ちょうろうに、きいた。いみ、なんだろ、って。——ちょうろうも、わからない、って。ぜんぶ、“星守晶”に、きけば、わかる。……そう、いった〉
「なら、その答えを……ボクらで確かめよう」
深度〈−98km〉。
風がわずかに温くなる。前方に横へ広がる暗がり——底部に横口を開いた“洞穴”が現れた。レイトは推力を抜き、三人は弧を描いてその口縁へ滑り込む。靴裏がそっと“床”を掴む。着地成功。
目が慣れると、洞(ほら)は色で満ちていた。壁も天井も、地面さえも、粒の違う水晶で敷き詰められている——いいや、これは“石”ではない。“心”。赤、青、黄、緑、白、橙、紫、桃、そして虹。どの欠片も内側から淡く脈打ち、近づくほどにほんのり違う“感情の波”を吐息のように漂わせている。
〈ここ、“心眼石”の、“ゆりかご”〉とラミコが微笑む。緑の瞳に万色の火が映る。
〈わたしの石も、ずっとまえに、ここで、生まれた。みどり――"いき"の石。“あう石”は、えらばない。……“石”のほうから、よぶ。あなたの“こころのかたち”に、ぴたり、とあうもの——かならず、ひとつ。〉
レイトは息を整え、痛みの残滓が薄れたこめかみを指で押さえる。胸のコアが静かに脈を刻み、洞の“色”がその鼓動に合わせて微かに濃淡した。
『よし、宝探しだ。俺は上から全体をスキャンして“過刺激”ゾーンをマーキングする。踏むなよ、そこは頭痛がぶり返す』ノイジーが天井近くへ舞い上がり、薄い光の糸で地図を描き始める。
ラミコはレイトの手を軽く引き、色の海へ一歩踏み入った。
〈あるく。きく。——“あなた”を、よぶ声〉
レイトはうなずき、色と波の間をゆっくりと進んだ。赤は熱、青は静、黄はひらめき、緑は息、白は祈り、橙はぬくもり、紫は深み、桃はやさしさ、虹は約束。どの石も微かに名を名乗るが、まだ“合言葉”は来ない。
洞の奥、色の風の中で、少年は自分の鼓動と宇宙の潮騒を重ねながら——“呼ぶ声”を待った。かすかな旋律が足もとを撫で、胸の鼓動と洞の脈動が一つに重なった――三人は同時に顔を上げる。
——来た。
「……いま、呼ばれた」
レイトが足を止め、色の海のさらに奥へ視線を投げた。胸のコアが一拍、脈を強める。
『お、感じたか? あっちの右奥か?』
〈レイト、聞こえたみたい。そっち、行く〉
ラミコがしなる槍を握り、レイトの肩にそっと触れて歩幅を合わせる。三人は虹の脈動を縫い、洞の最深部へと進んだ。
地が、低く鳴った。最初は腹の底に噛みつくような唸り。すぐに壁面の結晶が一斉に震え、天井から砂と粉晶がさらさらと降る。
『地鳴りだ! 接近反応、天井、来るぞ!』
警告の途中で、天井が裂けた。
黒鉄色の巨大な“影”が、牙の束を回転させながら落ちてくる。口は坑道掘削機のドリルそのもの、鋼糸みたいに細く鋭い鉤爪状の牙が環のように束ねられ、唸りを上げて回転する。口縁の周囲には赤い点——無数の眼が一斉に開き、洞の光を呑み込んだ。
「メタルワーム……の亜種!?」
『データベースに無いこの星の固有種っぽい! 赤外も磁場も反応が化け物級! 来る!』
ドリルが吠え、突撃してきた。レイトは半歩だけ前へ、青紫のワイヤーを空間に走らせる。斜めに張った光索に牙の輪が触れ、火花の代わりに光粉が散った。だがワームは捻り、全体を撓ませてトルクを一点に集め、光索を噛み砕いて押し込んでくる。
衝突。白い床晶が弾け、壁に刻まれた色帯が波紋を吐く。レイトは滑る足場で体勢を低く保ち、肘で受けて回転力を殺しながら、逆手でワイヤーをもう一本——胸の橙の輪が"ここだ"と囁くように熱を帯び、牙輪の"芯"へ打ち込んだ。
「はっ!」
光の杭が内部で爆ぜ、ワームの回転が一瞬だけ鈍る。隙。ノイジーが頭上から急降下し、顎の付け根へ衝撃波パルスを叩き込む。
『くらえ、ノイズ・ハンマー!』
鈍い呻き。だが止まらない。ワームは体をS字にしならせ、尾の節を床へ撃ちつけて反発で跳ぶ。回転する牙輪が横殴りに薙ぎ払われ、岩盤ごと空間を切り裂いた。レイトは身を捻ってかわし、壁を蹴ってワームの背へ回る。
〈レイト、うしろ!〉
ワームの口元がぱくりと開いた。次の瞬間、空気が凍ったみたいに静かになる。——“来る”。
『不可視波! 防げ!』
目に見えない衝撃が襲った。音ではない、光でもない、なのに“刺す”。レイトのバイザーにノイズが走り、胸の内側で何かが裂ける音がした。
視界が、裏返る。
焼けた空。沈む街。崩れる塔。
倒れた家の中で、男と女がレイトの腕を掴む。顔は煤と血で汚れていて、でも瞳だけがはっきり見える。愛しているはずの、あの瞳が。
『『どうして助けてくれなかったの、レイト』』
『『あなたの力があれば、私たちは……』』
『『君は“ヒーロー”なんだろう?』』
『『なのに、傍観していたね? 自分一人だけ助かって。私たちを置いて……』』
爪のような言葉が心に食い込む。胸のコアが軋み、膝が落ちる。——違う。これは違う、とわかっているのに、身体が、心が持っていかれる。
「……っ、あ、ああ……!」
もう一撃が来れば、沈む——その手前で、緑の光がぱん、と弾けた。
〈——返して〉
ラミコの心眼石が強く鳴った。緑の宝珠から放たれた透明の“膜”がレイトを包み、ワームの“声”を跳ね返す。不可視の波と緑の膜がぶつかり、洞全体に涼しい鐘の音が広がった。
『ラミコ! ナイスだ!』
〈いま、いって。レイト、“よぶ声”のほう——いま!〉
ワームが憤怒のように甲高く鳴く。ドリル牙が回転を増し、床を削りながら突進。レイトは緑の膜の内から前へ躍り出た。牙輪が胸の前で花弁のように開き、彼を捕らえようと迫る。
その下——足もとに、橙が灯った。
暖炉の火みたいな、やわらかい橙。触れた瞬間、喉の渇きが消えるような色。
「——君か」
レイトは迷わず手を伸ばした。指が橙の石に触れた瞬間、胸のコアが“合図”を返す。石は細かく震え、橙の筋がレイトの手首から腕、胸へ、真っ直ぐ走る。同時に、両手の甲のサブエナジーコアが熱を帯びた。――これは、"新しい道"だ。今まで眠っていた回路が、目覚めようとしている。
『レイト、上!』
ノイジーの叫びと同時に、影が落ちた。ワームの口が真上から閉じる。橙の光が胸に走り切る前に——丸呑み。
「———っ!」
洞に、音が消えた。
〈レイト!〉
『おいっ、嘘だろ……! おい! おい!』
ラミコの緑が震え、ノイジーが牙輪に体当たりする。だが分厚い節装甲が弾く。ワームは勝ち誇るみたいに喉を鳴らし、体をくねらせ——止まった。
腹が、膨らむ。
硬い腹装甲の継ぎ目に、内側から橙の線が走った。一本、二本、三本——やがて網の目に広がり、節と節のあいだが内側から押し広げられる。
ノイジーは推進羽根を止めて空中で凍りつき、レンズが一点に釘付けになる。ラミコの緑の瞳が強く瞬き、胸元の心眼石が「来る」と告げるように澄んだ音を一度だけ鳴らした。
光が、爆ぜた。
ワームの腹が内側から裂け、白が飛び出す。レイトだ。目は澄み、胸のメインコアは橙の環をひとつ宿して脈打っている。
次の瞬間、両手のサブエナジーコアが強く脈打った。甲のラインが裂けるように開き、そこから凝縮した光が噴き出す。
青紫の刃が澄んだ音を立て、空気を切り裂いた。長さ六十センチの双刃——エナジーブレード。白を基調とするネオンスーツの両腕に走り、刀身は宇宙の深層を思わせる紫紺の光を帯びている。縁は淡い星雲のように揺らぎ、刃文めいた光脈が脈動に合わせて走った。
振るうよりも先に、ブレードの“気配”が辺りを支配する。結晶の森を満たす水晶の声が一瞬だけ黙し、かわりに清冽な響きが空間を貫いた。まるで“切るべきもの”と“守るべきもの”を見分ける意志が刃に宿っているようだった。
(――わかる。この力の流れも、重心も、斬る角度も……まるでずっと前から知っていたみたいだ。――新しい武装なのに、ボクの中に馴染んでる。これは“教わった”んじゃない、身体がもう理解してるんだ……)
飛び出した勢いのまま、彼は空中で身をひねり、背面から反重力を噴かして着地。左手の刃で床を“咬ませ”、右のブレードを走らせて、のたうつワームの喉奥を十字に縫い止める。
「はああああああ——!」
足に力を込め、引く。橙の脈が一瞬だけ強く光り、ブレードの食い込みが“内側”から補助される。節のロックが砕け、牙輪の回転軸が折れた。巨体が、白い床晶へ崩れ落ちる。ドリルの唸りが止み、赤い目が順に消灯していった。
『っしゃあああ! やった! お前、腹から出てくるとか正気か! 完全に喰われちまったかと思ったぜ! その新しい刃、見たことねえぞ!』
〈レイト……! よかった……! その、ひかり……〉
ラミコが駆け寄る。レイトの胸には、橙色の“心眼石”が薄い輪のように溶け込み、メインコアの周囲で灯りとなって輝いていた。ブレードは呼吸に合わせて微かに長さを変え、やがてするりと解けてワイヤーの束へ戻る。
レイトはゆっくり息を吐き、掌を胸へ当てた。
「……この、橙の”心の石”が教えてくれた。“糸を揃えて、音を尖らせろ”って。ワイヤーを束ねて、刃みたいに“鳴らす”感覚。中から、道が見えた」
『なるほどな! エナジーワイヤーの束線化+共鳴位相固定……名前は“デュアル・エッジ”でどうだ? いや“ハーモニック・ブレード”とか——』
「ノイジー、あとでゆっくり決めよう」
〈“こころ”、どう?〉
「いい感じ。さっきまで刺すみたいだった“声”が……まるで、音楽……歌みたいになった。遠くで、優しく、揺れてる」
『いいな〜それ……機械にも、その歌とやらが聞けたらな』
ノイジーが空中でくるりと回る。ラミコは緑の瞳を細め、光の粒をひとつノイジーへ放った。やわらかな波が彼の外殻を撫でる。
〈いつか、きこえる。あなたにも。“こころ”、あるから〉
『……へっ。お世辞でも嬉しいぜ。ありがとな、ラミコ』
レイトは橙の輪を確かめるように胸に手をあて、ふっと笑った。洞の空気がひとつ軽くなる。
「ありがとう、二人とも。……さあ、行こう。“守神”のところへ」
〈うん。橙(だいだい)の石——“ぬくもり”。きみの“こころ”と、よく、あってる〉
『行くぞ、地底探検の続きだ! 次は“赤い破壊者”の巣と、迷子になった“守神”の首根っこだ!』
三人は倒れたワームを迂回し、洞のさらに奥へ。ほのかに橙が融けた青紫のコアが規則正しく脈打つ。緑の心眼石がその上に優しい波を重ねる。
大水晶の“声”は、もう刃ではない。——導く歌になっていた。
*
心眼石の鉱床を後にし、三人は奥へ延びる“崩れ穴”へ身を滑らせた。横穴へ滑り込むにつれ、深度表示は〈−120km〉、〈−145km〉と加速度的に落ちていく。
斜めに続く下り坂は、ところどころで白い砂が滝のように流れ、天井の薄膜が周期的に明滅する。
白い砂晶の坂道を、三人は身軽に滑り降りていく。足裏が擦れるたび、粉状の結晶が舞い、光を反射して淡く虹が走った。
壁のひび割れからは細長い触手のような結晶蔦が垂れ、先端で光を吸っては吐いている。空気はひんやりとして甘く、どこかで微細な羽音がした。
〈……くるよ〉
ラミコが言った瞬間、天井のひびから透明な小さな“球体生物”が無数に降りてきた。ぷかりぷかりと浮遊し、内部に微生光の筋を走らせる。触れると温く、しかしすぐ離れていく。
『わ、これ……生体水晶か? 中に光子流体を持ってるな。微小な意志信号もある。』
「プランクトンの親戚みたいだね。きれいだけど、ぶつかったら壊れそうだ」
〈たいじょうぶ。でも、“におい”つける〉
ラミコは腰の小袋を開き、手のひらほどの灰白色の粉を取り出した。指先で結晶壁を軽くこすり、粉をこより状に丸めて火を点ける。
ふわりと橙の煙が上がり、硫黄と草の混じった独特な香りが漂う。
『なんだその匂い、ちょっと鼻が曲がるな……』
〈“肥やし硫黄”。この星の虫、きらう。これで“よける”。〉
煙がゆるやかに坂道を伝っていくと、天井や壁面に潜んでいた透明の虫たちが、まるで波を避けるように左右へ引いていった。煙に含まれた硫黄が“波”として水晶層に染み込み、微生物たちの進路を変えていくのだ。
「へぇ……星ごとの知恵、って感じだね」
〈うん。ここ、“おおきな生きもの”のなか、みたいだから〉
『確かに。虫も植物も結晶も、全部“生体反応”の延長ってわけか。』
ラミコは頷きながら火種を落とし、手を振ると煙が消えた。結晶の蔓の間から、小さな羽をもつ白金色の虫が一匹、名残惜しそうにレイトのヘルメットに止まり、ぱちん、と光を弾いて去っていく。
「……今の、挨拶かな」
〈きっと。“星”、よろこんでる〉
迂回ルートは予想以上に深く、〈−160km〉を越え、〈−180km〉に触れる。その先——斜めの闇の中に、赤黒い微光が無数に瞬きはじめた。規則的な点滅、同期して広がる回廊状の軌道——。
『レイト、感知した。……“赤い破壊者”の群体だ。歩行型と飛行型、数は……数えるのがバカらしくなるくらい、いる』
近づくほどに、全貌が見えた。段差を埋めるように築かれた“妨害壁”は、星の血管のように大穴を塞いでいる。壁面にはヒトデの腕状のユニットが幾重にも展開され、腕の間に張られた楯膜がビームや破片を弾く——複数の“防御型”が重ね掛けで防御範囲を拡大しているのだ。
壁の手前を、蟻そっくりの四足“歩行型”が隊列を組んで巡回する。小型(全長三〇センチ級)は背部の軽ビームを点滅させ、前衛を面で塗りつぶすように掃射。中型(二メートル級)は二連ビームを交互に撃ち、死角を補い合う。さらに奥には十五メートル級の大型個体が脚を畳んで伏せ、背の遠隔狙撃キャノンを静かに充填していた——蟻の群体さながらの分業と連携だ。
上空には蜂の巣から溢れたみたいな“飛行型”の群れ。小型(四〇センチ級)は軽ビームを点滅させながら素早く旋回し、中型(一・五メートル級)は腹部パイロンから誘導ミサイルを吊るし、斜め上からの差し込みを狙う。要所には九メートル級の大型が滞空し、クラスターミサイルのポッドを段階的に開いていた。
どの機体も赤黒い外装に統一され、知的生命体を見つければ自律攻撃を仕掛ける“高機動バトルドローン”。テロリストの手で指揮系に干渉されることもある、宇宙連合が最大級の脅威と認めた群れだ。
その群れのどれか——中型以上の機体の内部に、蛹のような“指令型”が合体して部隊を統率しているはず。攻撃力を持たないが、合体機は厚く守られ逃走を優先する。まずはそいつを見つけ、落とす。
三人は穴の壁面近くの中型水晶の陰に身を沈める。壁面の楯膜が低い唸りをあげ、赤い誘導灯がリズムを刻む。
『……よし、ここで作戦会議だ。妨害壁は“防御型”の重ね張り、正面から行けばミンチ。だが、頭を落とせば形は崩れる』
レイトは短くうなずく。
「ボクがいちばん先に出て、陽動。ラミコが続いて群れを分断・混乱させる。その隙にノイジーが大型個体を一体ずつスキャンして、指令型と合体してる“ボス”を特定。最後はボクがボスを倒して、残党を一掃する」
『了解。スキャン範囲は上層の大型飛行型と、背の長い大型歩行型を優先。指令型がいるなら反応の“揺れ”が出るはずだ』
〈わたし、波で“まぜる”。“心”をゆらして、ならびを崩す〉
レイトは胸の橙の輪にそっと触れた。歌のように揺れる“声”が、落ち着きをくれる。
三人は壁際の柱晶に沿って、影から影へ。
レイトが先に「晶の梁」へ滑り込み、ノイジーが上空三メートルで停止、ラミコは一拍遅らせて対面の張り出しへ。
歩哨の歩行型が首を振る瞬間だけを縫って、三つの影が三角に散開――視線も射線も交差しない位置関係が完成した。
『よし、準備できたな。始めるぞ。……三、二、一——』
白い影が、物陰から弾けた。レイトは妨害壁の目前へ一気に躍り出て、軽快なジグで歩行型の散弾ビームを空振りさせる。青紫のエナジーブレードを交差させ、双刃は弧を描き、迫る中型歩行型の散弾ビームを切り裂くように前方へ滑らせた。伏せた大型の狙撃キャノンが爆ぜる光線を放つ――彼は身体をひねり、すれ違う寸前にブレードの軌跡で光線を裂いた。
衝撃波が遅れて空気を叩く。彼の周囲の空間が、一瞬“音”を失う。
半拍遅れて、ラミコ。しなる槍の石刃で“防御型”の伸ばした腕の節を叩き、緑の心眼石の波を洞へ散らす。歩調の合っていた小型・中型の射線が微妙にずれ、蜂群の弧が乱れる。そこへ――。
『開幕ッ、派手に行こうぜ!』
ノイジーが叫び、頭上からパルスを照射する。
「了解!」
レイトは短く答え、斜めに二本のワイヤーを放つ。光の弦が柱晶と床を結び、引き寄せられた中型歩行型の脚が絡まり転倒。レイトは滑り込みざまに一閃、青紫の刃で首節を断つ。金属が軋み、赤い光が消える。
〈まかせて〉
ラミコが両手で槍を地に突き、“ハジケ鉄鉱”の粉を散布した。瞬間、粉が火花を撒きながら弾け、鉄臭い爆風が広がる。金属粉が磁場を乱し、狙撃光線が逸れた。
『ナイス補助っ! そのまま押せ!』
レイトは跳び上がり、ブレードを逆手に構えると、回転する蜂群の間を縫って切り裂いた。斜め下から伸びた歩行型の脚をすれ違いざまに一閃。金属の脚が弾け、光の火花が尾を引く。
「こっちは通さない!」
天井では飛行型の群れが旋回し、腹部のミサイルポッドを開く。
『上空、十時方向! 二連ミサイル群!』
ノイジーの警告と同時に、レイトはワイヤーを天井へ撃ち込み、自らを吊り上げ、体を反転させながら敵の中心を抜けた。青紫の双刃が放物線を描き、飛行型の腹を連鎖的に斬り抜ける。爆ぜる光が続き、蜂群が乱れる。
〈いま、わたし“波”でまぜる〉
ラミコの緑の光が広がり、敵機たちの通信が干渉を起こす。
『上手いぞ! 混乱してる!』
ノイジーは隙を突いて上層からスキャンを開始。
『……一体目クリア、二体目クリア、三体目——“揺れ”あり! 上層、九メートル級飛行型の腹内に指令型を格納! 護衛四、誘導ミサイル準備中!』
「ボクが行く!」
レイトは壁を蹴って垂直に駆け上がる。背の反重力が短く噴射し、双刃が閃く。蜂群が次々と彼を追うが、彼は弦の間をすり抜け、ワイヤーを一振り。二条の光糸がクロスし、誘導ミサイルの首を撥ね飛ばす。
爆炎が広がる中、レイトは推進を切り替え、飛行型の腹部へ突撃。青紫の刃が装甲を貫き、内部のコアが露出した。
『護衛二、落ち! ボス機の腹、開く!』
蜂群の編隊が円を縮め、腹部ハッチが花のように開く。数十本の微細な赤線——クラスターミサイルの子弾がばらけ、螺旋を描いて降ってきた。
『散開! 誘導角、右上三十!』
ノイジーの警告と同時に、レイトの耳奥で“歌”が跳ねた。
青紫のワイヤーを二条、空間に“譜面”のように張る。飛来する子弾がその弦に触れ、軌道が微妙に撥ねて絡み合い、互いにぶつかっては空中で散った。火花が花弁のように舞い、爆風が低い音を鳴らす。
下ではラミコが“防御型”の楯膜へと突っ込み、しなる槍で節の“要”だけを打ち抜く。緑の心眼石の波が広がり、歩行型の射線は半拍ずれて互いに味方の装甲を撃ち抜いた。
『護衛、残り二! ボス機、第二波準備!』
レイトは一瞬、静寂を掴んだ。息を合わせるように壁を蹴り、上昇。わざと姿勢を崩して落下の素振りを見せる。上層の大型飛行型がそこへ照準を合わせ、腹部ポッドを全開――その瞬間、反重力を反転させ、レイトの身体は矢のように上へ、腹下の死角へ飛び込んだ。
護衛機が慌てて角度を切り替える――ラミコの槍がそこへ届く。白い石刃が翼の根を“鳴らし”、推進子ユニットを無力化。護衛が失速し、もう一機は緑の波に射線を狂わされて自滅した。
『今だ、腹の装甲ロック、三点! 座標送る!』
ノイジーの光標が視界に三角を結ぶ。レイトは両刃を交差させ、青紫の光を纏わせた。
「——開け」
ブレードが唸りを上げ、腹装甲の合わせ目を音で切り裂く。ロックが内側から外れ、腹腔が露出。蛹のような“指令型”のコアが赤く瞬いた。
『自爆波! 退け!』
光と粉晶が吹き荒れ、爆煙は花弁のように左右へ割れる。中心だけが真空の道になった。ラミコの緑の波が鋭く絞られ、コアの“心”が半拍だけたじろぐ。
『今っ! とどめだ、レイト!』
「——はッ!」
青紫のブレードが一本、“弓”から放たれた矢のように走る。刃は内から外へ向かって拡張し、指令型のコアを対角線に裂き、そのまま背の推進炉まで縫い抜けた。
巨大な飛行型が呻き、赤い目群が次々と消えていく。機体は翼をたたむことも忘れて大穴の外縁へよろめき――白い段層に激突、崩落した。
上空で赤の同期が乱れる。歩行型の列は合図を失い、互いに身を押し合って散り、蜂群は楯膜の外周でむやみに旋回を続けた。
『司令塔を喪失、統率崩壊! 各個撃破モード!』
上空で赤の同期が乱れる。歩行型の列は合図を失い、互いに身を押し合って散り、蜂群は楯膜の外周でむやみに旋回を続けた。
レイトは途切れず“次の影”へ。ワイヤーで脚を刈り、ブレードで感応節だけを折る。倒れるたび、赤が淡く消える。ノイジーは上から“ノイズ・ハンマー”の短波を連打し、姿勢制御を一体ずつ潰す。ラミコは槍で楯膜の支柱を正確に叩き、外れた腕の節を床へ落としていく。
“防御型”の楯膜は支柱を失い、ぶるりと震えたのち収束を始めた。ヒトデ状の腕が畳まれ、妨害壁の孔が次々と開いていく。
『撤退信号——残存群、散開して逃げる気だ!』
赤い誘導灯の同期が乱れた次の瞬間、蜂群がばらけ、歩行型が側壁の割れ目へ雪崩れ込む。洞の奥の闇へ、赤い点が“生き残り”を求めて消えかけた。
「逃がさない。全部やる!」
レイトの声は低い。胸の橙の輪が一拍、熱を押し上げ、青紫のブレードが研ぎ澄まされる。彼は追うべき標的を“選ばない”。残ったものは——ここで終わらせる。
『了解! じゃあ俺は、出口を塞ぐ!』
ノイジーが一気に上昇し、洞壁の割れ目へ向けて強いパルスを連打した。磁場が跳ね、割れ目の縁に貼り付くように逃げ込もうとしていた小型飛行型が一斉に姿勢を失う。赤い眼が点滅し、次の瞬間——自壊。粉晶と赤黒い破片が雨のように散った。
〈レイト、みぎ。たくさん、すべる〉
ラミコが槍で床を打つ。カン、という涼やかな音が洞に走り、白い床晶の下の“流れ”が一瞬だけ変わった。逃走中の歩行型の列が、足裏の摩擦を失って横滑りし、隊列が崩れる。
「助かる」
レイトはワイヤーを二条、床と天井に斜めに張った。光の弦は“網”になる。滑ってきた中型歩行型が触れた瞬間、脚部関節が絡み取られ、空中で硬直した。
「——はぁああ!」
彼はブレードを短く振るう。斬るのではない。関節の感応ユニットへ刃先を当て、位相を一拍だけ強める。次の瞬間、ユニットが内側から弾け、機体全体が火花を吐いて崩れ落ちた。赤い眼が、ぱちり、ぱちり、と消える。
『左奥、飛行型が抜ける! 距離四十!』
「見えてる!」
レイトはワイヤーを一本、飛行型の進路へ“置く”ように張った。弦に触れた小型は、糸に絡んだ虫みたいに回転しながら墜ちる。墜落点でブレードが待ち、接地の瞬間だけを狙ってコアを割る。赤黒い殻が霧になって散った。
逃げ場を失った残りは、妨害壁の孔からさらに奥へ潜ろうとする。だが孔の奥は、すでにノイジーが押さえていた。
『通行止めだ、赤い破壊者ども!』
ノイジーが孔の内側へ突っ込み、衝撃波を“杭”のように打ち込む。狭い通路で跳ね返った圧が共振し、飛行型も歩行型もまとめて押し潰された。赤い点滅が、ひとつ、またひとつ、闇の中で途切れていく。
〈まだ、いる。うえ〉
ラミコが天井を指す。粉晶の降る向こう、結晶の蔓にしがみついていた小型が、最後の最後で静かに這い出し、割れ目へ滑り込もうとしていた。
「終わりにしよう」
レイトは一歩も走らない。足元の床晶へブレードの腹を軽く当て、青紫の振動を“音”として通す。床を伝った震えが割れ目の縁へ届き、そこで一拍、跳ね返る。
——ぱん。
天井の小型が内部から破裂し、赤黒い破片がさらさらと落ちた。
『……残存反応、ゼロ。完全制圧だ』
「うん。これで、道は二度と塞がれない」
静寂。粉晶が遅れて雪のように降り、赤黒い光は消えた。塞がれていた通路は、星の血管のように再び開いている。
ラミコが胸の前で槍を立て、緑の瞳を細めた。
〈……道、ひらけた。星守晶へ、いける〉
レイトは橙の輪に手を当て、深く息を整える。胸の内で“歌”が静かに調子を上げ、地下のさらに奥——眠る巨き“心”の方角を指し示した。
「……ノイジー。周囲、数百キロに“生産型”の反応はある?」
問いは低く、確かめるためのものだった。洞の静けさが、答えを待つ。
『了解。近傍から広域まで、舐める』
ノイジーは即座に飛び、割れ目や横穴、天井の空洞をくるくると巡った。パルスを打ち、反射を拾い、重ねていく。数拍の沈黙ののち、さらに上空へ。
『……念のため、マザーとも共同スキャンする』
短い間。遠くで低い解析音が重なり、やがて静まる。
『結論。反応なし。生産ラインも、母体も見当たらねえ。……たぶん、あの“ダンゴムシ”は、この星にはいないと思うぜ』
「……よかった」
レイトは肩から力を抜いた。胸の橙が、ひとつ穏やかに明るむ。
〈だんごむし?〉
ラミコが首をかしげ、緑の瞳でこちらを見る。
「うん。放っておくと“赤い破壊者”を無限に生み出すやつら。かなり大きいから……“悪い旅人”も、この星には持ち込めなかったんだと思う」
〈うん。あの旅人、そんな大きいもの、もってなかった〉
三人の間に、短い安堵が落ちた。洞の“歌”は乱れず、導きは先へと続いている。
『さぁ、連中も一掃したし、フィナーレの前座は終わりだ。進もうぜ、“守神”と星の心臓へ!』
三人は瓦解した妨害壁を越え、開いた大穴の中央へと身を躍らせた。青紫、橙、そして緑の脈が重なり、導く歌は一段と澄んで響いた。
眼下の大穴は、星の心臓へ差し込む巨大なパイプオルガンのようだった。層状の水晶が無数の舌を突き出し、奥底へ向けて白い刃を連ねる。その最奥——“星守晶”の方角は、歌の導きできらりと濃く光って見える。
*
白い断層の縁を蹴った瞬間、足もとの“下”がまた変わった。今度は、壁面そのものが地面になったみたいに、三人の身体がゆるやかに横へ引かれる。レイトは一拍だけ目を細め、すぐに姿勢を合わせた。ネオンスーツの足裏コアが微かに鳴り、ラミコは何事もないみたいに斜めの面を走り、ノイジーはその上をくるりと円を描く。
『また重力の趣味が変わったな、この星。ぜんぶ真面目に付き合ってたら酔うぜ』
「でも、嫌いじゃないよ。迷路が生きてるみたいだ」
〈ここ、“みち”も、いきてる。おくへ、いくもの、ためす〉
深度表示は〈−191km〉。白い岩壁のあいだに、細い光の川が何本も走っていた。水ではない。液体ですらないのに、川みたいに脈打って流れる半透明の帯だ。壁から壁へ、途切れず橋のように渡り、内部には青、緑、金の粒が一定の間隔で明滅している。まるで星の神経が剥き出しで流れているようだった。
『成分、結晶間エネルギーの搬送路っぽいな。物質より“場”に近い。触んなよ、たぶん現地のインフラだ』
ノイジーがセンサーを走らせる。
ラミコは、その川のそばに手をかざして、少し誇らしげに言った。
〈わたしたち、これで、うごく。これ、めぐると、“からだ”、めざめる。だから、たべる、にてることも、できる〉
「これを……食べる?」
〈うん。ほんとは、“とりこむ”が、ちかい。石と石のあいだ、ながれる“ちから”。わたしたち、そこから、もらう。むらで、いっしょに、すわって、ひかりを、わける。……でも、“そとのひと”のまね、したくて、たべる、みたいなこと、する。たのしいから〉
『なるほどな。食卓ごっこじゃなくて、文化として取り込んだわけか』
〈ごっこ、でも、ある。おなべ、かこむと、うれしい〉
ラミコが素直に言って、レイトは小さく笑った。
三人はその“光の川”を飛び越え、幾筋もの結晶梁が絡み合う空洞へ入った。そこでは、天井から垂れた無数の細結晶が規則的に膨らんではしぼみ、膨らんではしぼみしている。まるで呼吸だ。白く細い束が、地下の静けさの中で、星の拍と揃っていた。
「……これ、息してるみたいだ」
〈してない〉
即答だった。
レイトが目を瞬かせると、ラミコはその“呼吸するみたいな林”を見上げた。
〈“しんこきゅう”って、きいたこと、ある。でも、わからない。わたしたち、ふくらむ、しぼむ、するとき、ある。けど、それ、“こきゅう”じゃない。ひかり、まわす。ひびき、そろえる。……それだけ〉
『オレもわかんねえな。レイト、説明係』
「えっ、ボク?」
『こういうときのための“宇宙の優等生”だろ、お前』
レイトは少し考えて、歩幅をゆるめた。前方では深度表示が〈−203km〉に落ち、足もとを細かな光砂がさらさら流れていく。言葉を選ぶあいだにも、大水晶の歌は遠くで鳴り続けていた。
「昔の人型種族はね、一つの星でしか、ちゃんと生きられないことが多かったんだ」
〈ひとつ、だけ〉
「うん。空気も、水も、重力も、その星に合ってないと苦しくなる。寒すぎたり、熱すぎたりするだけでも駄目だった。でも、そこからすごく長い時間が経って……いろんな星に出て、いろんな環境に触れて、体の作りも少しずつ変わっていった」
『遺伝子の旅ってやつだな』
「そう。たくさん失敗して、悲しいこともいっぱいあったと思う。適応できなくて滅んだ人たちも、傷ついた人たちもいたはずだし。けど、その長い長い旅の中で、ボクらは少しずつ変わってきた。いろんな星で生きられるように。きっと、これからも変わっていく」
レイトは胸のコアへ軽く触れた。青紫に橙がやさしく混じって、静かに脈を打つ。
「“深呼吸”は、その変化の中で手に入れた、ささやかな穏やかさ……かな。空気をたくさん入れて、ゆっくり吐くと、心が満ちて、体がちょっと軽くなる感じ。焦ってたのが、少しだけほどける」
『ふーん……オレにはよくわからねえが、充電満タンみたいな感じか?』
「はは、まあ……ちょっと近いかも」
〈こころ、満たされて、からだ、軽くなる……すてき〉
ラミコは、胸元のチョーカーにそっと触れた。
〈軽くなれば、うちゅう、行けるかな〉
その問いは冗談みたいに小さかったのに、まっすぐだった。
レイトは、すぐに答えた。
「ラミコなら、きっと行ける」
緑の瞳が、ぱちりと明るくなる。
〈……ほんと?〉
「うん。君は、もう十分“遠く”を見てる」
『そのときはオレが宇宙酔い対策を叩き込んでやるぜ。初回だけ特別料金なしだ』
〈たかいの、いや〉
『ケチ!』
「ノイジー、まだ請求する気だったんだ……」
少し笑いが落ちて、また歩き出す。そうして辿り着いた空洞は、これまでの白い世界とも、さっきの戦場とも違っていた。視界のはるか下に、巨大な“階段畑”が幾層にも広がっている。段差のひとつひとつに、六角柱の短い水晶がびっしり並び、その先端にだけ露が乗っていた。露は光ではなく“夜色”を湛え、黒に近い藍、深い紫、星明かりみたいな銀を宿している。
『なんだここ……地底の棚田か?』
〈“よるの畑”。〉
ラミコが小さくうなずく。
〈ここ、上の“ひる”が、とどかない。だから、星のしたの、しずかな光、ためる。あとで、むらのみんな、すこしずつ、わける〉
「……さっきのエネルギーの川とは、また違うんだね」
〈うん。これは、ゆっくり、ねむってた“ちから”。あまい〉
『あまいって、お前ら結局そういう表現するの好きだよな』
〈好き〉
迷いのない返事だった。
棚田の縁を進んでいくと、露を食べる生き物たちがいた。丸い胴体に脚が六本、背には薄い鏡板が何枚も重なっていて、歩くたびに自分より大きな景色を映す。顔はなく、腹側の細かな結晶孔で露を吸い上げるたび、カチ、カチ、と静かな音を立てた。群れ全体が同じリズムで動いていて、離れて見ると、黒い湖面に月の破片が渡っていくみたいだった。
「かわいい……のかな」
『たぶんな。ちょっと怖いけどな』
〈“ツキハコビ”。るつぼの露、はこぶ。あし、ふむと、かなしい音、するから、きをつけて〉
三人はそこを慎重に抜け、さらに深い裂け目へ身を滑らせた。深度は〈−219km〉、〈−236km〉、〈−248km〉。降りるほど、周囲の色は白だけでは済まなくなる。壁の内部に閉じ込められた古い発光層が露出し、蒼い脈、紅い脈、金の霞が何百メートルも続く断面を描いていた。ある場所では、その層が突然“雨”になった。上から落ちてくるのは水ではなく、極小の結晶片だ。だがぶつかっても痛みはなく、肩や腕に触れた瞬間だけ、記憶の底を撫でるような冷たさが走る。
『うわ、記録媒体みてぇな雨だな。触れるとセンサーに残響が出る』
「ほんとだ……さっき、知らない景色が一瞬見えた」
〈ふるい“ひかり”が、こぼれてる。むかしの、のこり〉
ラミコは雨の中に槍を差し出し、先端で受けた粒を見つめた。
〈このあめ、かなしい。でも、きれい〉
雨地帯を抜けると、今度は地面が柔らかく弾んだ。白い膜状の結晶層が幾重にも張られていて、足を置くたび低い和音が響く。レイトが一歩、ノイジーが一拍遅れで低空移動、ラミコがしなる槍で着地点を確かめる。そのたびに音が変わり、三人で進むだけで短い曲のようになった。
『……なんか、踏むたびに正解音みてえなの鳴るな』
「歓迎されてるのかも」
〈ちがう。“みち、あってる”って、おしえてる〉
「じゃあ、なおさら正解音だ」
『言い方を寄せただけじゃねえか』
さらに下。深度〈−271km〉。
広い回廊の真ん中を、巨大な“影”がゆっくり横切っていった。敵ではない。全長二十メートルほどの、緩い帯状の水晶生物だ。胴は何十枚もの薄い板結晶でできていて、節ごとに色が違う。白、藍、蜜色、うすい桃、そして透明。床にも壁にも触れず、重力の筋そのものに身を預けて流れていく。その尾のあとを、小さな欠片生物たちがぞろぞろ追っていた。
「……うわ」
レイトの声が、思わずほどけた。
〈“みちおぼえ”〉
ラミコが囁く。
〈わすれたひと、つれて、かえる。だから、みると、みんな、しずかになる〉
『いや、そりゃ静かにもなるって。なんかもう、神話の川から来ましたみてえな顔してるぞ、あいつ』
帯状生物は、こちらを振り向くこともなく、ただ通り過ぎた。けれど尾の最後の透明節だけが、レイトの胸の橙に応えるみたいに一度だけほの明るくなった。
深度〈−289km〉。ついに周囲の歌の質が変わる。遠くで鳴っていた大きな合唱に、芯の通った一本の音が混じり始めたのだ。高すぎず、低すぎず、真っ直ぐに奥へ差し込むような音。
前方に、崖が切れていた。
その先は、巨大な空隙だ。底は見えないが、向こう岸には無数の根結晶が束ねられ、橋脚のように上下へ伸びている。そのあいだを、乳白の霧が縦に流れていた。霧の中では、ときおり大きな発光が明滅する。雷に似ているのに、音は遅れて来ず、代わりに胸の奥だけがかすかに鳴る。
『深度、〈−302km〉到達。うわ……なんだこの空間。地底ってより、裏返った宇宙じゃねえか』
ノイジーの声も、少しだけ小さくなった。
ラミコは崖縁へ歩み寄り、緑の瞳を細める。
〈ここから、もっと“おく”。……“星”のね、ちかい〉
レイトは、広がる空隙の向こうを見た。胸のコアの青紫と橙が、今までよりも整った拍で脈打っている。呼吸は深く、軽い。さっきラミコに話した“深呼吸”が、自分の中で本当に形になっているのを感じた。
「行こう。まだ、下に続いてる」
〈うん。……つぎ、もっと、すごい〉
『おう。景色でビビるのは後回しだ。ちゃんと全部見てから、まとめてビビろうぜ』
深度表示は〈−302km〉を示していた。ここは、惑星の地殻と核の境界――人間の感覚で言えば“空のない宇宙”に近い。視界いっぱいに伸びるのは、大水晶の根(ね)が束になって垂れ、あるいは絡み、縦横無尽に星の骨格を組む“森”。一本一本が山脈ほどの太さで、透明な樹液のような光が脈打っている。脈のリズムはレイトの胸の輪と共鳴し、遠いオルガンが低く和音を引いた。
〈“ほしの骨”、みえる?〉ラミコが囁く。緑の目に幾筋もの光脈が映り、彼女の心眼石が小さく鈴を鳴らす。
『骨って言うには生々しいぜ……でも、悪くない。全部が生きてる“血管”みたいだ』ノイジーが見上げて唸る。
奇妙なのは――重力だ。足裏に感じる“下”が、三人それぞれで違う。レイトの“下”は左の根の外皮、ラミコの“下”は斜め上の梁、ノイジーは天井方向へ“落ち続ける”のを反重力で相殺している。根の節から漏れる局所重力が壁面や天井から発生し、流れが交差するたびに“下”も滑っていく。三人はそれぞれの“下”に立ちながら、互いを見上げ、見下ろし、横目に見つつ、同じ“深さ”だけを共有して進んだ。
根の柱のあいだを、巨大な“蜘蛛”が歩いていく。脚も胴もまた水晶――節の合わせ目には七色の微小結晶が群生し、歩くたびにシャララ、と風鈴のような音が散る。重力の向きなど無視して、壁から天井へ、天井からまた別の柱へ、悠然と渡っていった。
「音まできれいだ……」レイトが思わず息を呑む。
〈“アルタスアラネア”。おと、たべる〉ラミコが微笑む。
根の隙間を満たす流体は、ただのマグマではない。橙から白に近い熱が、下から上へ、上から下へ、右から左へ、法則を笑うように行き交う。局所重力の筋に沿って“滝”になり、途中で軌道を変えては別の滝へ合流し、冷えて黒い皮膜となっては、また赤い血潮に戻る。
『温度分布、狂ってるのに安定してる……この星、物理法則に独自の“趣味”があるな』ノイジーが観測値を吐きながら感心する。
暗闇はない。地底なのに――太陽があるのだ。天蓋の要所ごとに咲く“光水晶”が、真昼の白から夕刻の金まで、ゆっくりと色温度を変えながら辺りを照らしている。光は根の柱の内側を走る繊維へ吸い込まれ、さらに遠くの空洞を柔らかく満たす。遥か彼方の根の表面では、泳ぐ魚影のような生物が列をなし、発光節で意思疎通する光の文(ふみ)を交わしていた。
〈あれ、“ひかりの便り”。むらとむら、わたる〉
途中、柱と柱の狭間を吹く“無風の風”が三人の頬を撫でた。風圧はゼロなのに、スーツのセンサーは微細な波の流れを“風”として測る。
『波の路(みち)だ。星全体の通知表みたいなもんが、今、俺たちの横を通ってる』
「……歌が聞こえる。さっきより近く、でも優しい」レイトが胸の輪に触れ、歩幅を僅かに緩める。導きは、奥へ。
深度表示は〈−552km〉。惑星の中心へ近づくにつれ、空気の粒が音を帯び、呼吸するだけで胸の内側が共鳴した。足もとで白い砂晶がさらさらと流れ、壁のひびからは“光る苔”が糸のように垂れて野帳の余白みたいな光を散らす。ときどき、片手大の“浮遊石英クラゲ”がぷかりと漂い、近づくとふっと色を変えて、別の重力筋に乗って消えていった。
「この道、好きだ」
レイトがふと漏らす。
〈わたしも。むらのこ、はじめて“ふかいほう”へ行くとき、ここ、とおる。こわいと、うれしい、いっしょ〉
『わかるぜ。怖いとワクワクは、だいたい隣り合ってるからな』
やがて、前方の脈の調子が変わった。導きの歌のテンポが一段落ち着き、清澄さが増す。
見上げた先——いや、三人にとっての“天井”側に、湖が浮かんでいた。透きとおった青白の水鏡が、ひっくり返った空に張りつくように広がり、表面には一枚の皺もない。近づくほどに周囲の重力の糸が湖へ吸い寄せられ、三人の“下”も自然と湖面へ向かって滑っていく。
〈ここ、“きよめの泉”。……星守晶の、まえで、やすむ場所。この“みなも”をとおって、星守晶へいく——この泉、“ありのままの姿”で、はいる。かざり、ぬぐって。そうして、心まであらわに〉
ラミコの声は囁きにほどけ、緑の心眼石が静かに鳴る。
光水晶の陽が湖底から差す逆光となり、結晶の森に聖堂のステンドグラスみたいな模様を投げる。水は匂いもなく、触れれば指先から疲れが溶けていくように温い。
天井の湖に立つ——そんな不思議にも、もう驚きはない。三人の“下”は、今は優しく同じ方向を向いていた。
『いい場所だ……センサーが喜んでやがる。雑音が、きれいに消える』
ノイジーが低空で一周し、レイトは湖を見上げる——いや、見“下ろす”。胸の橙の輪が、導きの和音を一段明るくした。
「ちょうどいいね。……この先で守神との決戦が待ってる。気持ちを、一旦リセットしたいな」
レイトは小さく息を整えた。ネオンスーツの生命維持機能が汗や熱をほとんど即時に浄化しているのも承知のうえで、彼は湖面に射す光を見上げる。
「スーツが全部、きれいにしてくれてるのは分かってる。だから本当は“汗”なんて残ってない……でも——ラミコの言う“ありのまま”で、入りたい」
レイトは胸のメインコアに意識を落とし、心眼石が完全に同調しているのを確かめる。変身を解いてもコアは体内に保持され、大水晶の“声”の過剰露光は起きない——判断はクリアだ。
『周囲スキャン入れる。……広角、広帯域、バイオ反応もセット——はい、オールグリーン。バトルドローンも敵性生物もゼロ、雑音も限りなく薄い。たぶん、この星でいちばん静かな場所だぜ』
「ありがとう。じゃあ、少しだけ……呼吸を整える」
レイトはネオンスーツの変身をすべて解除した。光の装甲は糸の束となってほどけ、音もなく消える。一糸纏わぬ姿になり、白い髪と素肌だけが地底の空気に触れる。風はないのに、湖面から上がる微かな冷気が肌を撫で、戦いで火照った熱をさらっていく。肩から背、脚へと涼しさが行き渡り、胸の橙の輪が穏やかに一拍だけ明るんだ。
彼は生まれたままの姿で湖縁の岩場へ歩み、掌で感触を確かめてから身軽に登る。結晶を含んだ白い岩肌は滑らかで、ところどころにある微細な凹凸が指先と足裏に心地よい。頂に立つと、天井から差す光水晶のきらめきが青い湖に散り、無数の星の反射が息のように瞬く。
「——行くよ」
一息で踏み切る。重力がふっと軽くなる奇妙な瞬間、体が空を切り、光と冷気が頬を撫でた。
——どぼん。
湖は驚くほどやわらかい。冷たさは刃ではなく布のように全身を包み、肌に残っていたざらつきや疲れがほどけていく。レイトは深く潜り、ゆっくりと浮上するあいだに長く息を吐いた。肺へ入る新しい空気は清冽で、胸の鼓動と湖の脈がぴたりと重なる。
岸で見ていたラミコの緑の瞳が、ぱちりと瞬(まばた)きをする。
〈レイト、ずっと“白い”って思ってた。……いまの“色”、すき。あったかい〉
『人って不思議だよな。甲殻でも装甲でもないのに、表面(うわべ)がやさしい。岩みたいに冷たくも、機械みたいに硬くもない。……だから水の撫で方ひとつで、落ち着くんだ』
レイトが飛び込んで広がった輪紋が、白い岸へ息のように寄せては返す。ノイジーは、その揺れを見送りながら呟いた。
レイトは水中でそっと目を開けた。青白い光が粒になって漂い、湖の内側は星座の裏側みたいに静謐だ。浮上すると、髪も全身もやわらかな膜で包むように濡れ、彼は自然なフォームで湖面をすべる。岩棚の影、明るい浅瀬、また深みへ——水は抵抗ではなく導きとなり、呼吸は歌の拍に合って穏やかに整っていく。
その間にも、湖の水晶小魚が群れになって寄ってきた。キラキラした鱗片の触れ合いが指先や足首をくすぐり、レイトは思わず笑う。
「あははっ、くすぐった……!……でも、気持ちいいっ」
仰向けに浮かぶ。上——いや、湖底側の光水晶の“空”が金から白へ、白から淡い青へとゆっくり色を巡らせ、肌に柔らかな明滅を落とす。湖面を渡る微細な波が、火照りの残滓を一層薄めた。素肌で風景に触れることが、これほどの安堵になる——そんな当たり前を、彼は久しぶりに思い出す。
レイトが姿勢を返すと、水は抵抗を見せずに身体を受け止め、前へ滑らせた。岩棚の影へ、明るい浅瀬へ、また深みへ。泳ぐほどに呼吸は静まり、“歌”はさらに澄んで聞こえてくる。
〈……きれい〉
ラミコも音もなく湖へ入った。心眼石の緑が水に溶け、二人の周りへ優しい輪を描く。彼女の泳ぎは槍のしなりのように滑らかで、レイトのストロークと自然に同期した。言葉はいらない。ただ、同じ方向へ進むという合図だけが、水面の揺れで交わされる。
〈さっきまで、レイトは“白い”だった。いまは、ちがう。——どうして、いろ、かわる? しくみ、ききたい〉
「えっと……うまく説明できるかな。ラミコの“見えかた”に合わせて言うなら——ネオンスーツは、胸の中のメインコアをエネルギー源にして“生成”するんだ。変身していない時のボクは、ただのボク。普段はちゃんと服を着るけど……今は泉の掟に合わせた」
〈“ふく”、ないわたしたちには、あたらしい言葉。あなたたち“にんげん”、きがえで、すがた、たのしく、かわる〉
ラミコは少し首をかしげ、ためらいがちに続ける。
〈レイトの——“したのかたち”、ネオンのときと、ちがう。……それは、なに?〉
「え、あ、えっと……」
レイトは頬にわずかな熱を宿し、視線を泳がせた。
「に、“にんげん”……には、二つの形があって……、いま見えてるのは“おとこ”の方の印というか、証というか……。く、詳しい話は、また落ち着いたらで……いい?」
〈うん。いまは、歌をきこう〉
二人はそこで言葉を手放し、水音だけを共有した。違いは隔たりにならず、ただ相手を知るための静かな合図へと変わっていく。
『いや〜絵面が平和で何より。俺も完全防水だし入れなくはないんだが……機械が真っ先に泳いでたら台無しってやつ? うん、俺は空から保安担当しとくわ』
ノイジーは湖の上でくるくると輪を描き、一定間隔で軽い撹乱波を打って外縁を監視する。時折、二人の頭上に影を落としては、満足げに小さく頷いた。
湖面では水晶小魚がふたたび寄って、二人の周りで小さな星座を描く。ノイジーの静かなブースト音だけが、聖域の静けさに点を打った。
——やがて対岸。静かな水面を横切って白い岩棚へ手をかける。
ラミコの結晶の肌は水を弾き、滴は光の粒になってほどけた。レイトの髪先と睫毛には細かな雫が並び、肩から落ちる水筋が指先へ伝って、小さく震えを残す。岩の縁に並んで、二人は短く息を整えた。
〈水、きれい。……いまの“おと”、すき〉
「うん。胸の中まで静かになっていく感じがする」
〈つかれ、ほどけた?〉
「十分。——でも、もう少しだけ、この静けさを覚えておきたい」
レイトは胸にゆっくり息を満たし、吐ききる。透明な雫が足跡になって並び、肩先にひと粒だけ震えが残った。彼はそれを親指で払ってから、短く告げる。
「——変身」
柔らかな光が一拍で身体を包み、残っていた水気は霧のように散った。次の瞬間、胸のコアから白い回路光が四肢へ走り、縁取りが線となって編み上がる。光の繊維が層を織り、装甲のプレートが音もなく重なり、バイザーが額から滑り降りて固定された。背のユニットが低く唸って安定音へ移り、グローブとブーツが“カチッ”と締まる。——ネオンスーツ、完全展開。白を基調とした装いが輪郭を取り戻し、胸のコアが規則正しく脈打つ。湖面の反射が装いの縁で淡く揺れ、輪郭は凛として戻る。
〈やっぱり、どっちのレイトも、いい〉
「……ありがと。どっちも、ボクだ」
ラミコの緑がやわらかく瞬き、結晶の指が小さく合図を送る。
〈いこう。“ありのままの姿”で、軽くなった。つぎは——まえ〉
頭上でノイジーがくるりと輪を描き、軽口を添える。
『よし、休息完了。センサーも機嫌よし。——準備は?』
「万全。歌が道を教えてくれてる」
〈わたしも、だいじょうぶ。みち、あんないする〉
『頼れる相棒たちだぜ。じゃ、俺は上から警戒。何かいたら先にどつく!』
「無茶はしないでね」
『お、おう……ほどほどにな!』
レイトは肩の力をひとつ抜き、視線を湖へ戻す。鏡のような面に三人の影が一瞬だけ並んで揺れ、やがて消えた。
「行こう。——星守晶へ」
〈うん。歌、みちびく〉
『進路クリア、前方良好。出発だ!』
三人は澄んだ湖を後にし、導きの歌が指し示す“星守晶”へ向けて、静かに歩をそろえた。急がず、けれど迷いなく。足取りは水面の余韻を踏むように軽く、次の鼓動へと重なっていく。