国道16号から51号線へ ―内陸へ入る道―
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
わずかな機械音で目が覚める。
業務用エアコンの音。
ゴウン……ゴウン……
サヤが先に起き上がる。
「……まだ動いてる」
シオナも体を起こす。
「電気、ほんとに生きてるんだね」
外はもう明るい。
今日もまた移動の日だ。
朝の空気はまだ少し冷えていた。
駐車場に残る水たまりに青い空が映っている。
シオナは90式の車体を軽く叩く。
「行こうか」
サヤも頷く。
エンジンが低く唸り、
履帯がゆっくり回り始める。
国道16号を北上し、
やがて内陸へ向かう分岐へ入る。
交通量の多かったはずの道は、
今はただ静かに伸びているだけだった。
国道51号に入ると道路は次第に単調になる。
ビルは減り代わりに畑や空き地が増えていく。
空が広い。
サヤが砲塔の上でつぶやく。
「なんかさ」
「うん」
「東京より、こっちの方が落ち着く」
シオナは少し考えてから答える。
「人が少なかった場所の方が変化も少ないのかも」
風が強くなり、
草が一斉に揺れた。
やがて巨大なフェンスと滑走路が見えてくる。
成田空港。
羽田と同様に広大な敷地がそのまま残っていた。
誘導路には数機の旅客機が並んでいる。
そのままの姿で動くことなく止まっている。
サヤが双眼鏡を覗く。
「……人、いないね」
「うん」
シオナも短く答える。
「完全に止まってる」
90式は空港の外周をなぞるように進む。
風に吹かれた旗がかすかに動いていた。
やがて利根川沿いへと出た。
河川敷は草原に変わり水辺には渡り鳥の群れが休んでいる。
そのまま51号線を北上する。
遠くに煙突群が見えてくる。
鹿島臨海工業地帯。
タンクや配管が並ぶ巨大な構造物は、どこか無機質なまま残っていた。
煙は出ていない。
だが完全に死んだ感じでもない。
サヤがぽつりと言う。
「ここも、ちょっとだけ動いてる感じする」
シオナは頷いた。
「千葉と同じかもね。電気だけ残ってるとか」
人工物の塊の中を90式がゆっくり進んでいく。
信号も標識も意味を失った世界でシオナは慎重に地形を読みながら進んだ。
やがて、視界が一気に開ける。
太平洋。
鹿島灘の海が広がっていた。
強い風。
白い波。
これまでの東京湾とは違う荒い海だった。
サヤが思わず声を上げる。
「うわ……」
「すごいね」
シオナも少しだけ驚いていた。
遮るものが何もない。
ただ海と空だけが続いている。
道路は海岸線に沿って続いている。
防風林の間から時折海が見える。
90式は一定の速度で走り続ける。
エンジン音と風の音だけ。
サヤが静かに言う。
「どこまで行けるんだろうね」
シオナは前を見たまま答える。
「行けるところまで」
短い言葉だったが、それで十分だった。
茨城に足を踏み入れると静寂の度合いが一段深くなる。
人が少なかった地域ほど
「人類の痕跡の消え方」が早い。
商業施設の看板は風化し
住宅地はすでに森の一部で
道路上には倒木や廃車が横たわり
電線には野鳥の巣がびっしり
90式の車内でサヤがそっと言った。
「……東京も千葉も終末なんだけど、
茨城は“もっと静かに終わった”って感じがするね」
「うん、わかる。なんというか……
文明の息があっという間に止まった場所っていうか」
鹿島灘から吹く潮風は強く90式の装甲にざらっと塩がつく音がした。
海沿いの道に出てから、風は一段と強くなった。
鹿島灘の波は荒く白い飛沫が遠くまで舞い上がる。
潮を含んだ風が、そのまま90式の車体に叩きつけられる。
サヤが砲塔を撫でる。
「……ベタベタしてきた」
装甲にはうっすらと白い跡が残っていた。
乾いた塩。
シオナも頷く。
「このままだと錆びるね」
少し考えてから言う。
「どこかで洗おうか」
サヤがすぐに乗る。
「いいね。洗車」
しばらく走ると見慣れた形の建物が現れた。
広い屋根。
複数の給油機。
そしてその奥に洗車スペース。
「ここでいいんじゃない?」
シオナは速度を落とし、そのまま敷地内へ入る。
90式がゆっくりと停止する。
静かな場所にエンジンの余韻だけが残った。
ガラス戸を開けると中は思ったより整っていた。
カウンター。
伝票。
壁の時計。
そして奥に棚。
サヤが覗き込む。
「……あった」
取り出したのは
洗車用ブラシ
バケツ
ホース
作業用手袋
さらに奥から
「これも」
カッパ。
長靴。
シオナが少し笑う。
「フル装備だね」
水は出た。
最初は濁っていたが、しばらくすると透明になる。
ホースから勢いよく水が出る。
サヤが声を上げる。
「出た!」
「やっぱりこの辺、まだ生きてるね」
二人はカッパを着て長靴を履く。
まるで作業員だ。
90式の横に立つと改めてその大きさがわかる。
「……でかい」
「洗いがいあるね」
シオナがホースを構える。
水が装甲に当たり乾いた塩と埃を流していく。
ザァァァ……
サヤはブラシで履帯の間をこする。
泥と砂が落ちていく。
「ここすごい詰まってる」
「そのまま放置すると固まるよ」
二人は黙々と作業を続ける。
砲塔。
側面。
後部。
少しずつ、本来の色が戻ってくる。
洗い終わった頃。
90式は、さっきまでとは違って見えた。
汚れが落ち装甲の輪郭がはっきりする。
サヤが少し離れて眺める。
「……なんか」
「うん?」
「ちゃんと“相棒”って感じになってきた」
シオナも同じように見上げる。
「最初はただの戦車だったのにね」
水滴が車体を流れ落ちる。
風が吹き少しずつ乾いていく。
カッパを脱ぎ道具を元に戻す。
90式の横に立つ二人。
さっきより少しだけ整った気持ちだった。
シオナが車体を軽く叩く。
「よし、行こうか」
サヤも頷く。
「うん」
エンジンが再び唸る。
鹿島灘の風の中を、
90式はゆっくりと動き出した。
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