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配信12回目 死因を書けない遺体と、起きてくる夜

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 7,848文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信12回目 死因を書けない遺体と、起きてくる夜

本文

これは、私が死んで、サイテーな男のサイアクな怪異案件を手伝わされる話だ。

 今回は特別に、安置室まで連れて行かれる。

 死後も仕事させられるとは聞いていたが、死体と同室になるとまでは聞いていなかった。

 契約書に書いてなかったよな、と確認しようとしたら、そんな書類は最初からなかった。

 やっぱりこのバイト、最悪だ。

―――

 翌朝の夜見よろず相談事務所は、いつも通り終わっていた。

 机の上には昨日の書類が積みっぱなし。空になったエナジードリンクの缶が三本。配信用の機材が出しっぱなしで充電器が絡まっている。生活しているのか、怪異が巣食っているのか、どちらとも言えない部屋だ。

 私は掃除機を片手に止まっていた。

「……朔夜」

 ソファに深く沈んだまま端末を確認していた男が、視線だけ上げる。

「なに」

「昨日のレイン、幽々のスマホ以外にも届いてた、って言ったよね」

「言った」

「それ、今は?」

 朔夜は端末の画面を私の方へ向けた。

 着信ゼロ。通知ゼロ。静かだ。

「今は沈黙してる。動いていない怪異を掘り起こすのは悪手だ」

「……でも出生届って言ってたじゃん」

「動いたら対処する」

「その判断が一番怖いんだよ!」

「怖くても正しい」

 私は掃除機を床に置いた。

「じゃあ今は何もしなくていい?」

「今は別の仕事がある」

「別の?」

 朔夜はソファから立ち上がって、コーヒーカップを手に取った。中身は空だ。飲むそぶりをしながら、なんでもなさそうに言う。

「今日、客が来る」

「誰」

「警察だ」

 私は掃除機の柄を持ち直した。

「……警察?」

「槙野まきの、という男だ。悪い刑事じゃない。ただ、うちに持ち込んでくる案件は毎回ろくでもない」

「毎回?」

「今日が初めてじゃない」

「私が初めてだけど!」

「お前は今日が初めてだな」

 それだけ言って、朔夜はカップを台所へ持っていった。

 追いかけなかった。

 聞いてもどうせ、「来たら分かる」か「聞かなくていい」しか返ってこないのが三か月働いてようやく分かってきた。

 ぬいが窓枠で丸くなったまま、片目だけ開いた。

「おぬし、顔が諦めとるぞ」

「賢くなった結果だよ」

「成長の方向がおかしい」

 それはそうだと思った。

―――

 槙野まきの恒一こういちは、予告通り昼前に来た。

 くたびれたスーツ。目の下のクマ。無精ひげ気味。コーヒーの染みがシャツの胸元についている。仕事に疲れた、という感じが顔全体から滲んでいて、刑事というより現場と事務の板挟みで胃が痛い人、という印象だった。

 事務所のドアを開けて、朔夜を見て、あからさまに嫌そうな顔をした。

「来た」

「毎回その顔なんだが」

「毎回嫌だからだ」

 そこで視線が私に移った。

「……また未成年か」

「また、って言い方やめてください」

「お前のことは知らない。前の子の話だ」

 前の子。

 なんかいろいろ気になるが今は聞かない。

 槙野は椅子を引いて、なんとも言えない顔で座った。

「報告書に書けない案件だ。毎回そういうやつだけここへ持ってくる」

「知ってる」

「今回はまずい」

「知ってる」

「知ってるなら早く聞け」

 朔夜が向かいに座る。私は端のパイプ椅子を引いた。ぬいが私の肩に乗ってくる。

 槙野は一度だけ深く息を吐いてから、言った。

「死体が出てる」

「それは普通の話だ」

「そうだ。問題は、検視記録に死因が書けない」

 朔夜の目が少しだけ変わった。

 私はそれに気づいた。

「書けない、というのは」

「文字通りだ。書こうとすると手が止まる。端末入力しても、保存した瞬間に項目が空欄に戻る。印字しようとすると、インクが滲んで読めなくなる」

「何件だ」

「三件。同じ安置室で、同じ症状が出てる」

「安置室で」

「もう一個ある」

 槙野の声が、わずかに落ちた。

「夜中に、引き出しが内側から叩かれた。音を聞いた担当者が確認に行ったら、遺体の向きが変わっていた。翌朝には元通りだった。担当者は今、軽い解離症状で休職中だ」

 部屋が静かになった。

 ぬいの爪が、私の肩に少しだけ食い込む。

「……向きを変えてた」

 私の声は、自分でも思ったよりひっそりしていた。

「自分で?」

「それが分かれば俺も来ない」

 槙野は机の上に両手を置いた。疲れた人間が、それ以上疲れた顔をしている。

「信用はしていない。だが他に説明のつく先がない。だからここに来た。毎回そうなんだが、毎回気が重い」

「報酬は」

 朔夜が言った。

 槙野がわずかに眉を寄せる。

「……予算外で動く」

「じゃあ今回のゆらの蘇生費は槙野持ちだ」

「は?」

 私は立ち上がった。

「ちょっと待って、今さりげなく私が死ぬ前提で話したよね?」

「統計的に」

「統計で死を語るな!」

「槙野、肉体修復費も込みで後で送る」

「なんで俺が……」

「嫌なら他に頼め」

 槙野は黙った。

 そして、長い沈黙の後に、静かに言った。

「……分かった」

「早い!」

 私の叫びは、二人とも聞こえていないふりをした。

―――

 夜になった。

 私とぬいと朔夜の三人で、槙野に案内されて建物に入った。

 市内の、大きくもなく小さくもない施設だ。表側は静かで、蛍光灯の明かりだけが廊下に並んでいる。昼間なら生活の気配がある場所なのに、夜は全部が白と影だけになる。

 槙野は入口で止まった。

「俺は外で待つ」

「怖いんですか」

「仕事の管轄外だ」

「怖いんですね」

「そういう言い方をやめろ」

 朔夜が先に廊下へ入る。私はその後をついた。ぬいが肩の上で鼻をひくつかせる。

 安置室は地下一階にあった。

 階段を下りるたびに、気温が一段ずつ落ちていく。消毒液の匂いが最初は薄く、次第に濃くなる。ホルマリンの底に沈んだみたいな重さが、鼻の奥にじわじわ積もる。

 扉を開けた瞬間、白が目に入った。

 壁。天井。床。全部白い。蛍光灯が均一に部屋を照らしていて、影がどこにもない。清潔だ。でも清潔さが、逆に怖い。生きているものが一切ないから、汚れる必要がないだけだ。

 左右の壁に、引き出しが並んでいた。

 金属製。銀色。取っ手が一列に並んでいる。全部閉まっている。静かだ。当たり前に静かだ。

 でも私は、最初に入った瞬間から、ずっと息を浅くしていた。

「においは?」

 朔夜がぬいに聞く。

「……」

 ぬいは答えるまでに、少しだけ間があった。

「死の匂いやない。終わり損ねたにおい、じゃ」

「そうだな」

「どういう意味」

「普通に死んだものは、もう少し静かだ」

 朔夜は壁際の台へ移動して、クリップボードを手に取った。

 検視票が挟まっている。

 私も横から覗いた。

 氏名。性別。年齢。発見場所。発見日時。

 全部が埋まっている。

 でも「死因」の欄だけが、白い。

 空白ではなく、白い。

 なんとなく分かる。文字を書こうとして書けなかった場所と、最初から空白の場所は、なんとなく違う見え方がする。ここは前者だ。何度も、何度も書こうとして、それでも定着しなかった場所だ。

「朔夜、本当に書けないの」

「書いてみるか」

 差し出されたペンを取る。

 死因の欄に、ペン先を当てた。

 書こうとした。

 書けなかった。

 手が止まる、という感覚ではない。書く気持ちがある。腕は動く。でも文字が、紙の上に定着しない。書いた瞬間に吸い込まれる。痕跡が残らない。

「……気持ち悪い」

「記録が消えてるんじゃない。記録される前に取られてる」

 ペンを返す。

「取られてる、って何に」

「それを調べに来た」

 その時だった。

 部屋の左端。

 引き出しのひとつが、音もなく、数センチだけ開いた。

 私は固まった。

「……ねえ」

「見えた」

「動いたよね? 今動いたよね? 私の気のせいじゃないよね」

「気のせいじゃない」

「そういう時だけ即答するなよ!」

 ぬいの爪が、私の肩に食い込んだ。

「静かにせい」

「無理」

「静かにしろ」

 声を落とした。

 部屋が静かになる。

 蛍光灯が、低く鳴っている。

 それ以外に音はない。

 ない、はずだった。

 聞こえた。

 骨が軋む音を、私は初めて「内側から」聞いた気がした。

 きし、と金属が鳴ったのか、それとも別のものが鳴ったのか、分からない。でも音はそこにあった。引き出しの中から。内側から。

「お、おい」

 私の声が裏返る。

 朔夜が一歩前に出た。

 その瞬間、部屋中の引き出しが、一斉に数センチ開いた。

 音は、なかった。

 ただ、全部が同時に動いた。

 隙間から、指が出てきた。

 白い。血の気が全部、抜けている。爪の先が、少しだけ変色している。でも指は、確実に動いていた。ゆっくりと、取っ手を外側から探るように。

「やっぱり嫌だこれ!」

「影森、下がれ」

 後退した。

 一歩、二歩、三歩。

 その時、ふと頭の隅に、くだらないことが浮かんだ。

―――

 こういう時、幽体離脱ができたら死ななくて済むのに、と何回か思ったことがある。

 でもそんな便利なものはない。マンガの読みすぎだった。

 朔夜に一回聞いたことがある。

「幽体離脱ってできないの?」

 朔夜は少し間を置いてから、答えた。

「幽体離脱は怪異への入口になる」

「それ、否定してないよね」

「やり方があったとしてもやるな」

「怖いこと言うな!」

 それ以来、聞いていない。

 死ぬのは、いつも全部本番だ。

―――

 次の瞬間、腹に熱いものが走った。

 後退した拍子に、何かにぶつかった。

 振り返れなかった。

 気づかなかった。

 いつの間にか開いていた引き出しのひとつから、完全に出ていた遺体が、背後に立っていた。

 首の角度がおかしかった。膝が逆に曲がっていた。目が開いていた。

 そして手の中に、凶器があった。

 後から考えれば分かる。死因未記入のこの遺体は、被害者ではなかった。記録されなかったのは、加害者だったからだ。捜査が宙吊りになって、証拠品も回収されていなかった。

 でも、その時は何も分からなかった。

 熱い、という感覚だけがあった。

 腹の、少し右寄りの、奥の方。

 痛みより先に熱い。じわっと広がる。液体が服に滲んでいく感触がある。

 膝が、自分で折れた。

 床につく前に、壁に手をついた。

 手のひらが冷たい。金属の壁。白い。

「……これ、やばいやつだ」

 声にならなかった。

「朔夜」

 それだけ言えた。

「影森!」

 朔夜の声が、近いのに遠かった。

 ぬいが叫んでいる。遠い。

 視界が、静かに斜めになっていく。

 床が冷たかった。

 冷たい、という感覚が、熱いよりずっと正確に伝わってくる。

 腹の奥だけが、まだ熱い。

 それが最後だった。

―――

 気づいたら、廊下にいた。

 生きている人間の廊下ではない。

 薄暗い。蛍光灯の光が届かない。天井が高い。床が白い。でも安置室の白とは違う。こっちの白は、温度がない。

 左右に、椅子が並んでいた。

 ビニール椅子。古い。病院の待合室みたいな配置。

 椅子に、人が座っていた。

 何人もいた。

 全員が正面を向いていた。俯いていない。下も向いていない。真正面だ。

 顔がある。

 今回は見える。

 でも表情がない。目が開いている。息をしていない。でも消えない。そこにいる。ただ、待っている。

「……」

 ぬいの気配がない。

 朔夜の声も聞こえない。

 一人だ。

 霊体の一人は、生身の一人より、もっと静かで、もっとひとりだ。

「また死んだの?」

 声がした。

 振り返っていない。振り返る前に、声がした。

 隣にいた。

 気づいたら、隣に立っていた。

 足音がなかった。気配もなかった。

 でも怖くなかった。むしろ、少しだけ、息が緩んだ。

 見た目は年下か同じくらいか、判断しにくい女の子だった。色素の薄い髪。白い肌。古いワンピース。輪郭が少し透けている。光の当たり方で、消えそうに見える。

 でも、目だけは、ちゃんとこっちを見ていた。

「……また、って初めて会うんだけど」

「ここで会うのが初めてなだけ」

 少女が言う。

「あなたのこと、前から知ってるよ」

「それ、怖い言い方だよ」

「慣れて」

 慣れないよ、と言いかけて、止めた。

 廊下の人たちへ、少女の視線が向く。

「あの人たち、分かる?」

「……終われなかった人、ちゃんと死んだのに死んだことにならなかった人、って感じがする」

「正解」

 少女は静かに言った。

「記録がないから、向こうに行けない。こっちにもいられない。ただ待ってる」

「何を」

「名前。書かれるのを」

 廊下の向こうで、椅子の一つがきし、と軋んだ。

 誰も動いていないのに。

「あなたは」

 聞いた。

「名前、教えてくれる?」

 少女は少しだけ考えるみたいに間を置いた。

「玻璃はり」

「……玻璃」

「うん」

「ここに、ずっといるの?」

「ずっとじゃない。でもよく来る」

「なんで」

「こういう場所の方が、静かだから」

 生きてる側より、と付け足さなかった。でも聞こえた気がした。

 私は廊下の奥を見た。

 突き当たりに、白いものが浮いていた。

 紙だ。

 検視票だ。

 何も書いていない。ただ浮いている。でも、あれが核だと分かった。さっき安置室で見たものの、向こう側の姿だ。

 ただ。

 廊下に座っている人たちの中に、一人だけ違うものがいた。

 座り方が違う。

 背筋が、妙に伸びている。こちらを見ている。正確に言うと、私の方向を見ている。

「玻璃」

「うん」

「あれ」

「見えた?」

「被害者じゃないよね」

「違う」

 玻璃が静かに言った。

「殺した側が、一緒に閉じ込められてる。死因が記録されなかったから、加害者も被害者も、同じ場所で宙吊りになってる」

「……最悪」

「そうだね」

 最悪だ。死んでも一緒にいなきゃいけない。被害者が、加害者と同じ廊下で待たされている。

 それを言葉にしようとした、その瞬間。

 立ち上がった。

 加害者側が、ゆっくりと、椅子から立ち上がった。

 動きが、さっきの安置室の遺体と同じだ。関節がおかしい。首が少し右に傾いている。膝が逆に曲がっているのに、歩ける。

 こちらへ来る。

「走っていい?」

「走ると廊下が伸びる」

「最悪!」

「でも、走るより遅くはある。走っていい」

 走った。

 伸びた。

 廊下が、走るたびに前が遠くなる。端に辿り着かない。でも止まれない。後ろで足音がする。骨が軋む音がする。

「朔夜!」

 通話が繋がっているのか分からない。でも叫んだ。

「向こうに加害者がいる! 被害者と一緒に閉じ込められてる!」

 返事がある。

『聞こえてる』

「だから何! 追いかけられてるんだけど!」

『死因を書けばいい。記録が確定すれば、加害者も止まる』

「書けないって言ったじゃん!」

『書ける場所が向こうにあるはずだ。お前が見つけろ』

「解決策が雑!!」

 廊下の途中で、玻璃が横に並んだ。

 走っているのに、足音がない。

「あの検視票」

「うん」

「思ったことを向ければいい。書く手はなくても、こっちでは意図が形になる」

「どういう意味」

「本当に思ったことを、あそこへ向けるだけでいい」

 浮いている検視票が、前方に見えた。

 後ろで足音が近い。

 私は走りながら、考えた。

 この廊下にいる人たちのことを、考えた。

 名前も知らない。顔も表情もない。でも、終わりたかったはずだ。死んでいいはずだ。記録されていいはずだ。終わっていいはずだ。

 こっちが「終わり」じゃなくて、ちゃんと向こうへ行けるところまで、届いてほしい。

 検視票が目の前にあった。

 私はそこへ、ぶつかるように手を伸ばした。

 紙の感触がなかった。でも何かが伝わる感触はあった。

 文字が滲んだ。

 死因、記録する。

 その瞬間、朔夜の声が重なった。

『"残響回収エコー・リカバー"』

『"記録焼却ログ・イレイズ"』

 廊下が揺れた。

 座っていた人たちの輪郭が、少しずつ薄れていく。

 加害者は別の方向へ引っ張られるように、廊下の端へ消えていった。抵抗するでも叫ぶでもなく、ただ引かれていく。記録が確定した瞬間に、宙吊りが解けた。

 廊下が崩れる。

 白い壁が、端から溶けていく。

 玻璃が隣に立ったまま、静かに言った。

「終わり?」

「たぶん」

「よかった」

 少し間があった。

「また来るでしょ、あなた」

「来ないようにしたい」

「来るよ」

 玻璃は、ほんの少しだけ笑った。年相応の、柔らかい笑い方だった。

「あなたはいつもちゃんと戻る側だから、来すぎる」

「褒めてないよね、それ」

「次来た時も、ちゃんと戻って」

 それだけ言って、玻璃は廊下の向こうへ消えた。

 足音はなかった。

 世界が、裏返った。

―――

 喉が焼けるみたいに痛かった。

 息が入る。でも痛い。むせる。苦しい。全部戻ってくる。生きてる感じが、ぜんぶ最悪な形で戻ってくる。

「――っ、ごほっ……!」

 床が冷たい。安置室の床だ。金属の匂いがする。消毒液の匂いがする。

 朔夜が私の脇に膝をついて、首元へ二本指を当てた。脈を確認する。少しだけ息を吐く。

「戻った」

「毎回その『戻った』が軽い……」

「軽く言わないと重い」

「その理屈もう聞き飽きた……」

 傷を確認しようとして、腹に手を当てた。

 服が冷たかった。

 でも傷がない。

 触っても、穴がない。血も出ていない。

「……消えてる?」

「消した。肉体修復費、別途請求する」

「は?」

「蘇生と修復は別工程だ」

「一個の処置じゃないの!?」

「骨折と打撲が別診療なのと同じだ」

「例えが正しいのが腹立つ!!」

 ぬいが私の胸の上に落ちてきて、ぐえっと潰れた声を出した。

「おぬし、また無茶したのう……」

「後ろから来たんだよ、気づかなかったんだよ……!」

「次からは後ろも見よ」

「安置室で後ろ確認しながら歩けってこと!?」

 廊下を走る音がした。

 槙野だった。

 息が上がっている。外が静かになったから、入ってきたのだろう。

 安置室を一瞥して、それから床に座り込んでいる私を見た。

「……終わったのか」

「一応」

 槙野は引き出しを一つ開けた。遺体が収まっている。向きが正しい。他の引き出しも確認する。全部、正常だ。

 クリップボードを手に取った。

 検視票を見る。

 長い沈黙があった。

「……書いてある。全部、書いてある」

 死因が、三件とも記録されていた。

「報酬」

 床に座ったまま、私は言った。

 槙野が振り返る。

「は?」

「危険手当込みで今回は上乗せって言ってたので」

「俺はそんなことを」

「言ったよ」

「言ってないが」

「朔夜」

「請求書は後で送る」

 朔夜が言った。

 槙野が小さく舌打ちした。でも否定はしなかった。

―――

 施設を出て、外の空気を吸った。

 冷たい。夜の冷たさで、消毒液の匂いが薄れていく。

 槙野が帰り際、私の横に立った。

「……お前、高校生だろ」

「そうです」

「何してんだ」

 怒っているわけじゃなかった。責めているわけでもなかった。ただ本当に、分からないという顔をしていた。

「私も聞きたいです」

 槙野は何も言わなかった。

 少しだけ目を伏せて、そのまま歩いていった。

 振り返らなかった。でも、歩き方が最初より少しだけ重かった。

 朔夜が隣に立った。

「次がある」

「分かってる」

「出生届の件、動いたら連絡する」

「分かってる」

「今日の修復費は明日までに計算する」

「それは聞きたくない」

 ぬいが私の肩で丸くなった。

「おぬし、今日は頑張ったのう」

「頑張っても借金は増えるんだよ……」

「それはそうじゃ」

「慰めになってないよ」

 夜の街に出た。

 高架の影。古い雑居ビルの窓。大通りのネオンが遠く滲む。一本裏へ入ると時間が古くなる、この街。

 腹に手を当てた。

 傷はない。

 でも熱は、まだ薄く残っていた。

 刺されたことは、覚えている。

 消えたのは傷だけだ。

 そのまま歩いた。夜の空気は冷たくて、腹の奥の熱だけが、ひとつ分だけ自分の体に残っていた。

 その時。

 スマホが震えた。

 レインじゃない。番号非通知だ。

 本文は一行だけ。

死因、確認しました。次は死亡届です。

「……」

 朔夜に見せた。

 朔夜はそれを一秒見て、ポケットへ手を入れた。財布を出す。中を確認する。仕舞う。

「登録者、今いくらいる」

「それ私に聞く?」

「概算でいい」

「……昨日より二千くらい増えてたと思う」

 朔夜は、少しだけ目を細めた。

「足りるかどうか、だな」

「何が?」

 答えなかった。

 ただ前を向いて、歩き始めた。

 私はその背中を見ながら、もう一度スマホを見た。

 次は死亡届、か。

 出生届は来なかった。

 でも死亡届は来た。

 その順番に、なんとなく、嫌な気配がした。

 だって。

 誰の、死亡届なのか。

 まだ、聞いていない。

*****

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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