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配信21回目 見捨てればよかったのに(前編)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 7,228文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信21回目 見捨てればよかったのに(前編)

本文

放課後。

 いつもの帰り道を、るなと幽々ゆゆと三人で歩く。

 るなは今日も、信じられない勢いで食べていた。

 片手にコロッケパン、もう片方に肉まん。ついさっきまで食べていたらしい焼きそばパンの袋が、もう空になってぶら下がっている。

「るな、それほんとに全部入るの?」

「別腹〜」

「別腹の使い方」

 呆れて言うと、るなは「えへへ〜」と笑って、肉まんにまた一口かじりついた。

「ほんと、どこに入ってんのよ、その量……」

 じろっと見下ろした先で、るなの胸が制服越しにむにっと揺れる。

「あんたは胸に全部いってんのよ! 栄養が!!」

「えー、そうかなぁ〜」

「そうだよ!」

 即答すると、隣で幽々ゆゆがふっと吹き出した。

「……それは、ちょっと分かる」

「幽々まで!?」

 るなが口を尖らせる。

 でも、そのやり取り自体がなんだか少しうれしかった。

 幽々ゆゆの表情は、以前より少しだけやわらかい。

 カウンセリングのおかげか、声のトーンも、足取りも、前よりほんの少し軽くなっていた。無理に明るくしている感じじゃなくて、呼吸が少ししやすくなった人の顔だ。

「……ちょっと、元気そうじゃん」

 私が言うと、幽々ゆゆは少しだけ目を伏せてから、小さく返した。

「そう見えるなら、たぶん少しだけ」

 その“少しだけ”を、ちゃんと口にできること自体が、前より少し変わったところなのかもしれない。

 るなはそんな空気もおかまいなしに、肉まんをほおばったまま次の店を探している。

 意味は分からないけど、るなが普通に食べてると、こっちもなんとなく“まだ大丈夫かもしれない”って気になるから不思議だ。

 ――けど。

 横断歩道の向こう。

 駅前のベンチ脇。

 コンビニのガラスに映る立ち姿。

 見た目は毎回違う。

 スーツ姿だったり、くたびれた営業マンみたいだったり、保護者に紛れていそうな服装だったり。

 なのに、こっちを見る目だけが妙に同じだ。

(……蒐集しゅうしゅう)

(あれは、闇市場にいた連中の仲間だ)

(見間違えるわけがない)

 喉の奥が、少しだけ冷たくなる。

 闇市場の空気は、忘れたくても忘れられない。

 値段をつける目。

 危ないものを危ないと知った上で、もっと面白がる目。

 壊れたあとじゃなく、壊れる前のほうが高く売れると平気で言いそうな連中の目。

 あれと同じだ。

(……でも、今ここで言ったら、るなは気にする)

(幽々だって、やっと少し落ち着いてきた)

(わざわざ不安を増やすことない)

(……黙っておこう)

「ゆら?」

 幽々ゆゆに呼ばれて、はっとする。

「なにぼーっとしてるのぉ? 肉まんいる?」

「いらない」

「えぇー、おいしいのにぃ」

「その直前にコロッケパン食べてたやつの“おいしい”は信用できないから」

 るながふふっと笑って、また一口かじる。

 幽々ゆゆも少しだけ口元をゆるめる。

 その顔を見て、私は無理やり視線を前に戻した。

 通りの向こうは、もう見ないことにする。見たらまた、いるって分かるから。

 駅前で二人と別れて、私は事務所へ向かった。

 るなは最後まで何か食べていた。

 幽々ゆゆは「またね」と言った。前なら軽く手を振るだけだったのに、今日はちゃんと言葉にした。

 その小さな変化に、少しだけ気持ちがゆるむ。

 今日はまだ、完全に最悪じゃないかもしれない。

 ――そう思ったのが、甘かった。

―――――

 事務所の入った雑居ビルの階段を上がる。

 踊り場を曲がって、いつものドアの前まで来たところで、中から言い争う声が聞こえた。

 足が止まる。

「……昔のよしみでしょ!」

 ミリアだ。

 それだけで、嫌な予感しかしない。

「今は無理だ」

 低く返したのは朔夜。

「は? ふざけてんの?」

「ふざけてない」

「前はそんな言い方しなかった!」

「切る時期じゃない」

 ドア一枚向こうなのに、空気がもう最悪だと分かる。

 私は眉をしかめた。

 最初は、そのまま入ればいいと思った。

 でも次の声で、手が止まる。

「何件か一緒にやったじゃん!」

「……」

「今さら他人のふりすんなよ、ねぇ、朔夜聞いてるの?!」

 どくん、と胸の奥が嫌な感じに跳ねた。

 聞きたくなかった。

 別に、朔夜に過去があることなんて当たり前だ。今さらだし、どうでもいい。

 ……どうでもいいはずなのに、耳に入るとむかつく。

 しかもミリアの声は、いつもの挑発だけじゃない。

 怒っている。強がっている。けど、その奥にちゃんと怖さが混じっている。

 その怖さを、私はもう知っている。

 あいつが本気で引いた顔をしたのを見た。スマホに自分の死に顔サムネが並んで、声を震わせたのも見た。あれがまだ終わってないのは、たぶん本当だ。

「今触ると、お前ごと深いほうへ落ちる」

「だからって放っとく気!?」

「現場は閉じた。でも残滓まではまだ切れない」

「知ってるわよ、そんなの! だから助けろって言ってんの!」

 ドア越しでも、ミリアがスマホを握ってる姿が目に浮かぶ。

 あいつは性格が悪い。

 うるさい。

 映えることを優先して、毎回話を荒らす。

 嫌い寄りだ。かなり。

 でも、今の声は本気だ。

 そして朔夜の言ってることも、たぶん理屈では正しい。

 正しいから余計に腹が立つ。

(今は無理だ)

(切る時期じゃない)

(はいそうですかって、引けるかよ)

 ドアの前で立ち尽くしたまま、私は歯を食いしばる。

 聞きたくない単語ばっかり聞こえる。

 昔のよしみ。前は違った。今さら他人のふり。

 うるさい。

 その空気ごと、うるさい。

「昔は、こんな時に背中向けなかった!」

 ミリアがそう吐き捨てた瞬間、ぶちっと何かが切れた。

 私は勢いよくドアノブを掴んで、そのままバンッと扉を開けた。

「うるっさい!」

 中の空気が、一瞬で止まる。

 事務所の真ん中で、ミリアがスマホを握ったまま立っていた。

 顔色が悪い。目元も少し荒れている。なのに口元だけはいつもみたいに強気に上げようとして、失敗している感じだった。

 朔夜は机の前に座ったまま、心底不機嫌そうな顔でこっちを見る。

 真琴がいたなら作業の手を止めてるし、ぬいがいたなら露骨に嫌そうな顔をしてる。けど、今はそのへんどうでもいい。

「近所迷惑なんだけど」

「ゆら、あんた――」

「あとその空気、まじでむかつく」

 自分でも、言ってることが半分くらい八つ当たりだと分かる。

 でも止まらない。

 ミリアは一瞬だけ目を見開いて、それからすぐにいつもの顔を作ろうとした。

「なによ。あんたに関係な――」

「あるよ」

 言い切ってから、私はそのままミリアの腕を掴んだ。

「ちょ、なにすんの!」

「外出ろ」

「は?」

「今この空気で喋ったら余計こじれる」

「何それ、あんたに命令される筋合い――」

「いいから来い!」

―――――

 廊下は、事務所の中より少しだけひんやりしていた。

 閉まったドアの向こうで気配が鈍る。けど、完全に静かになるわけじゃない。あの部屋に残った空気の悪さだけが、まだこっちまで染みてくるみたいだった。

 私はミリアの腕を掴んだまま、さらに奥の階段踊り場まで連れていく。

「ちょっと、放してって言ってんでしょ!」

「やだ」

「はぁ!?」

「今のあんた、中で喋っても絶対こじれるだけだったし」

 踊り場まで来たところで、ようやく手を放す。

 ミリアはすぐに自分の腕をさすって、露骨に睨み返してきた。

「ほんっと最悪。何なのあんた」

「それはこっちの台詞」

「は?」

「事務所の前まで聞こえてた。近所迷惑だし、空気最悪だし」

 私は言葉を切る。

「……あと、見ててイラついた」

「何それ。雑」

「うるさい」

 ミリアは鼻で笑おうとして、失敗したみたいに口元を歪めた。

 そのまま壁にもたれて、スマホを胸の前で抱きしめるみたいに持ち直す。

 画面は伏せている。

 いや、伏せるしかないんだろう。開きたくないものを持ってる人間の持ち方だった。

「で?」

 私は腕を組む。

「何がどうやばいの。さっきのじゃ全然分かんない」

 ミリアは一度だけ目を閉じて、それから吐き出すみたいに言った。

「……寝るたびに増えるの」

「何が」

「私の死に顔の候補」

「……は?」

「黒い画面。窓。鏡。ガラス。反射するものに、今の私じゃない顔が混ざる」

「……」

「通知音は鳴らないのに、また増えたって分かる。街でも見られる。ファンとかアンチじゃない。値段つける前の顔で」

「蒐集の連中……」

「やっぱり、あんたもそう思う?」

 そこで、ミリアの声がほんの少しだけ揺れた。

「だから朔夜なら分かると思った」

「……」

「昔、何件か一緒にやったし」

「ふーん」

「その“ふーん”やめて腹立つ!」

 私は小さく舌打ちしてから、わざとぶっきらぼうに返す。

「昔どうこう、私には知らない」

「……」

「知りたくもないし」

「素直ね」

「うるさい」

 一歩だけ、ミリアのほうへ寄る。

「でも、今のあんたが本気で怖がってんのは分かる」

「……」

「それ見て“理屈ではそうですね”で終わるの、もっと無理」

 ミリアが何か言い返しかけた、その瞬間。

 スマホがぶるっと震えた。

 二人とも固まる。

 ミリアは見たくないものに触るみたいに、ゆっくり画面を持ち上げる。

 そして次の瞬間、顔色がすっと抜けた。

「……増えた」

 私は一歩前へ出る。

「見せて」

「やだ」

「なんで」

「見せたら、あんたまで引っ張られるかも」

 その返しで、逆に確信する。

 もうかなり近い。怪異が。

「ねえ」

 ミリアが、画面を見たまま言う。

「……今から行かなきゃだめかも」

「どこに」

「昔使ってた配信ブース」

「は?」

「たぶん、あそこがいちばん近い」

 その言い方が、あまりにも確信めいていて嫌だった。

 私はポケットを探り、小さく息を吐いた。

 事務所を飛び出す時、机の端に置いてあった対策グッズを何個かひったくってきた。

 黒いフィルム片、紙札、小さな杭。朔夜の私物だ。あとで絶対ばれる。たぶん請求もされる。

「何それ」

 ミリアが掠れた声で聞く。

「応急処置セット」

「それで“応急処置”……?」

「朔夜の事務所、こういう時だけ無駄に準備いいの」

「勝手に持ってきたの?」

「うん」

「最悪」

「知ってる」

 指先で黒いフィルム片を弾く。

 ”視線濁しノイズ・ヘイズ”。見られることで強くなる類への簡易目くらまし。

 ”口封札ミュート・タグ”。語ると増える、名前を呼ぶと寄ってくるタイプを一時的に黙らせる札。

 ”還呪杭リターン・ステイク”。戻るための仮固定杭。効けば儲けもの、効かなかったら借金だけが残る。

「これでちょっとしたことには対処できる」

「ちょっとしたことじゃなかったら?」

「その時は……その時考える」

「最悪すぎる」

「だから言ってるでしょ。知ってるって」

 ミリアが呆れた顔をする。

 でも、その呆れの奥で少しだけ肩の力が抜けたのも分かった。

「行くよ」

 私はミリアの手首を掴む。

「嫌いだけど助けてやる」

「意味分かんない」

「こっちだって分かってない!」

―――――

 私はミリアの手首を引いたまま、階段を駆け下りた。

「ちょ、ちょっと! 痛いんだけど!」

「我慢して」

「何であんたにそんな偉そうに――」

「今はそれやってる場合じゃないでしょ!」

 ビルを出ると、夕方の空気がひやっと顔に当たった。

 春の匂いが混じってるのに、妙に冷たい。

 駅前の雑踏に入る。

 信号が変わる。人の流れが私たちを押す。なのに、向こうから来る何人かの顔に、またあの目が混ざっている。

 スーツ姿の男。

 コンビニ袋を提げた中年。

 子ども連れの父親みたいな顔。

 服も立ち位置も違うくせに、目だけ同じだ。

 私たちを見てる。

 いや、私たちの壊れ方を見てる。

(蒐集……)

 ミリアも気づいたらしく、歩幅が乱れた。

「ねえ」

「分かってる」

「まだ何も言ってない」

「言わなくても分かる。見られてるんでしょ」

 ミリアは笑おうとして、上手く笑えなかった。

「ほんと最悪」

「知ってる」

「ファンの目でも、アンチの目でもないの」

「……」

「もっとこう、棚に上げる前の商品みたいに見てくる」

 胸の奥に、いやな納得が沈む。

 駅裏へ入る。

 人通りが一気に減る。居酒屋の仕込みの匂い。閉まったシャッター。古い看板。濡れたように鈍く光るアスファルト。

 路地に入った途端、足音が変わった。

 私たちのものじゃない。後ろから来る。急がない。追い立てない。ただ、ついてくる。

「見るな」

 振り返ろうとしたミリアに、私は低く言う。

「見たらたぶん、顔覚える」

「は?」

「覚えたくない」

 ミリアが小さく笑った。

 笑ったというか、息が変なふうに漏れた。

「そういう勘だけはいいのね」

「あんたに褒められても嬉しくない」

「褒めてない」

 路地の角を二つ曲がる。

 古びた雑居ビルが見えてきた。三階建て。外壁はところどころ剥げて、二階の窓に中途半端な目隠しフィルムが貼ってある。

 その二階、端の窓だけ、内側からうっすら赤い光が滲んでいた。

「……あそこ」

 ミリアが立ち止まる。

 背後で、誰かの足が止まった。

 私は振り返る。

 路地の入り口付近、街灯の半端な明かりの下に、男が一人立っていた。顔は普通。服装も普通。普通すぎて、逆に輪郭が薄い。

 でも、目だけがだめだった。

 知ってる。

 あの目は知ってる。

 男が、独り言みたいに言った。

「……遅いな」

 そして、次の一言で、背筋が冷えた。

「まだ採用前か」

 ミリアの息が止まる。

 私の中で、何かがかちっと噛み合う。

 やっぱりそうだ。

 怪異だけじゃない。

 蒐集の連中は、もう見に来てる。完成品じゃなく、候補の段階から。

「入るよ」

 私は低く言った。

「ここで見られてるほうが最悪」

―――――

 古いビルの中は、外よりひどく静かだった。

 入口の扉が閉まった途端、路地の音が一枚向こうへ遠ざかる。

 代わりに聞こえるのは、私とミリアの足音だけだ。

 二階へ上がる途中の壁には、剥がれかけたポスターや、もう消えたテナントの名前の跡が残っていた。

 その中に、一枚だけ。

 赤いマジックで書き殴ったみたいな文字が、壁紙の隙間から覗いていた。

 REC

「……気持ち悪」

「今さら?」

「今さらでも言うわよ」

 二階の廊下は、想像以上に狭かった。

 片側に薄い木の扉がいくつか並んでいて、もう片側は曇ったガラス窓。夕方の光もほとんど入ってこない。

 その一番奥。

 端の扉の下からだけ、細く赤い光が漏れていた。

「ここ?」

「……うん」

 私はドアノブの前で一度だけ立ち止まり、ミリアを見る。

「勝手に画面を見つめない」

「うん」

「鏡っぽいものも避ける」

「うん」

「変なの見えても、いきなり近づかない」

「……うん」

「私の後ろから離れない」

 ミリアが少しだけ目を見開く。

「は?」

「何」

「いや……別に」

「何その顔」

「そういうこと言うんだ、って思っただけ」

「今さら?」

「今さらでも思うわよ」

 私は舌打ちしたいのをこらえて、ドアノブを回した。

 鍵は掛かっていなかった。

 中は思っていたより狭かった。

 小さな配信ブース。

 壁には安っぽい吸音材。

 隅に寄せられた古いリングライト。

 机の上には黒いモニターが二枚。どちらも電源が落ちているように見える。

 その横に、使われていないマイク。

 絡まったケーブル。

 倒れたままの小型カメラ。

 けれど部屋の奥、一番小さなモニターだけが、赤い点を灯していた。

 REC。

 誰もいないのに録画中。

 ミリアが小さく息を呑む。

「……あれ、前の機材じゃない」

「じゃあ何」

「もっと古い。最初の頃に使ってたやつ」

 私は振り向かない。

 振り向かなくても分かる。今、ミリアは“懐かしい”じゃなく、“思い出したくない”ほうへ引っ張られてる。

「ミリア」

 名前を呼ぶ。

 反応が一拍遅れる。

「ミリア!」

「……っ、なによ」

「立ったまま入るな。まず深呼吸」

 ミリアは苛立った顔をした。

 でも言い返す前に、ちゃんと一度息を吸って、吐く。

 私はポケットから”視線濁しノイズ・ヘイズ”を取り出し、ミリアの肩口に貼りつけた。

「ちょっと! 勝手に貼らないで」

「三分くらいはマシになる。たぶん」

「たぶんって何!」

 その直後、マイクが、誰も触っていないのにぎり、と音を立てた。

 私は反射で”口封札ミュート・タグ”を叩きつける。

 ぴたり、とノイズが止まる。

 効いた。

 少なくとも一瞬は。

「……今の、何」

「応急処置」

「雑すぎるでしょ」

「だから応急処置だって言ってる!」

 そのやり取りの最中だった。

 黒いはずのモニターの表面に、ふっと光が差した。

 ただの反射のはずだった。

 でもそこに映ったミリアの顔は、今ここに立っている顔じゃなかった。

 目の下が深く落ちくぼんで、口角だけが不自然に吊れている。

 笑っているのに、もう死んでいるみたいな顔。

「――っ!」

 ミリアが息を呑む。

 私は反射的にその前へ出た。

「見るな!」

「見えた……!」

「分かってる、でも見るな!」

 ノイズが走る。

 ザ、……ザザ、……ッ。

 さっき貼った”口封札ミュート・タグ”が端から黒く焦げる。

 肩口の”視線濁しノイズ・ヘイズ”も、じわじわと熱を持っているのが分かった。

「やば――」

 言い終わる前に、ミリアの反射像だけが、ゆっくり椅子の方へ引かれ始めた。

 立っているはずなのに。

 今ここにいるはずなのに。

 モニターの中のミリアだけが、先に“座らされる”。

 その顔が一瞬ごとに差し替わる。

 青白い顔。

 目を見開いた顔。

 笑っているのに死んでいる顔。

 泣いているのに、もう声が出ない顔。

 候補だ。

 こいつはまだ、どの死に顔で使うか選んでる。

「……っ、やめて」

 ミリアの声が、完全に本物の恐怖へ落ちる。

 その瞬間、”視線濁しノイズ・ヘイズ”がぱきっと割れた。

「ミリア!」

 私は叫びながら前へ踏み込み、最後の”還呪杭リターン・ステイク”を抜いた。

 床に打ち込めば、帰り道を仮固定できる。

 少なくとも、向こう側へ完全に落ちる前に引き戻す線にはなる。

 ――はずだった。

 杭は床に触れる寸前で、黒くひび割れた。

「は?」

 次の瞬間、黒いモニターの面が、液体みたいにぐにゃりと歪む。

 冷たい。

 首か、腕か、髪か。

 どこかを掴まれた感触だけが先に来た。

 ミリアが引かれる。

 私は迷わず、そっちへ飛び込んだ。

「こんな終わり方させるか!」

 ミリアを突き飛ばす。

 体がぶつかる。

 悲鳴が上がる。

 その全部より早く、私のほうが前へ出る。

「嫌いだけど、そっちじゃない!」

 黒い面の向こうから、何本もの手が伸びる。

 冷たい。細い。指先だけが妙に長い。

 首に絡む。

 腕を掴む。

 髪を引く。

 視界の端で、ミリアが床に転がったのが見えた。

 その向こう。

 入口の気配。

 少し遅れて駆け込んできた影。

 舌打ちが、聞こえた気がした。

 でももう遅い。

 黒い画面の向こうへ、私は引きずり込まれる。

 ミリアの悲鳴。

 ノイズ。

 赤いRECランプの明滅。

 全部が一気に遠ざかって――暗くなった。

 私は――いつもどおり死んだ。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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