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配信36回目 なゆさんの保健室――死因:カウンセラー

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 4,480文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信36回目 なゆさんの保健室――死因:カウンセラー

本文

昼休みの廊下は、いつもなら誰かしら人が流れている。

 でも保健室の前だけ、今日は妙に交通量が多かった。

 入っていく子がいる。出てくる子がいる。全員、どこかぼんやりしている。眠そうというより、焦点がほんの少しずれているというか、夢の中を歩いているというか。昼休みに体調が悪くなることはそこまで珍しくないとしても、人数が多すぎる。

 私はその列を横目で見ながら、鞄の口を少し開いた。

「ぬい―」

「なんじゃ」

「ここ、何か変じゃない?」

 鞄の中からもぞっと顔が出てくる。灰白色の毛。へたれた片耳。金色の目がぱちっと開いて、廊下を一瞥いちべつする。――しゃべらなければ、抜群に可愛い。

言うと調子に乗るから絶対に言わないけど。

「……フム。境界きょうかいの匂いがする」

 いつものおちゃらけた声じゃない。少しだけ低い。

 その瞬間、廊下の奥から養護ようご教諭が歩いてくるのが見えた。

 私は反射で鞄を閉めた。

「ぐむっ」

 くぐもった声がした。

「しゃべるな」

「おぬしが急に……」

「しゃべるなって言ってる!」

 養護教諭がこちらに近づいてくる。私は何でもない顔を作って壁際に寄った。先生はちらっとこっちを見て、通り過ぎていった。

 足音が遠ざかる。

 私は恐る恐る鞄を開けた。

 ぬいが潰れた顔をして、底に張りついていた。

「……殺す気か」

「ごめん」

「謝られると、余計腹が立つ」

「でも謝るより先にすることある?」

「ない。でも腹は立つ」

「それはごめん」

「二回謝るな、調子が狂う。帰りにプリンをよこせ」

 私はため息をついてから、もう一度保健室の扉を見た。

 入室する生徒が、また一人。眠そうな目で肩を少し落として、吸い込まれるよう保健室へと入っていく。

「ぬい、あの子たちも変?」

「変じゃな」

 ぬいが鞄の縁ふちに前足をかける。

「きゃつらは、眠いんじゃない。すでに少し向こうに引かれとる。まだ浅いが......」

 私はそれを聞いてから、扉に手をかけた。

 開けた瞬間、消毒液の匂いと、もう一つ——薄く冷たい何かの匂いが混ざって流れてきた。

「影森かげもりさん。どうぞ。入られますか――」

 白いカーディガン。机の上に置かれた白い手帳。整いすぎた顔。薄い琥珀こはく色の目が、穏やかにこちらを見ていた。

 鬼灯ほおずきなゆが、そこにいた。

「……なゆさん、また学校来てるじゃん」

「今学期もあちらの仕事と兼務けんむです」

「今学期も、って言える立場なの」

「社会的な立場が必要ですので」

「毎回同じ説明するなー」

「毎回同じことをしているので」

 鞄の中でぬいが「また会うたか」と小声で呟つぶやいた。なゆはそちらを一瞬だけ見て、また視線をゆらに戻した。何も言わない。鞄の中に霊獣がいることは気づいているようだが、当然のように受け流した。

 ―――

 幽々の面談の時間が来た。

 白澤しらさわ幽々ゆゆが保健室に入っていくのを見送って、私は廊下の壁に背を預けた。待つしかない。

 ぬいが鞄から半分だけ顔を出す。

「なゆのせいじゃな、この濃さ」

「え」

「あれは向こう側の存在じゃ。閉じた場所に長居するほど、その空間の境界が削れる。今日は特に濃い」

「……なゆさん、それ知ってて来てるの?」

「さあ。知っとるんじゃないか」

「なんで来るの、じゃあ」

「さあ」

「さあしか言わないじゃん」

「わしには分からん」

 そこで、ぬいが急に黙った。

 口だけ少し開けたまま、鞄の縁から半分身を乗り出して、ぴたっと動かなくなる。

「どうした」

「……わしも少し、引かれる感じが」

「え、ぬいも?」

「ここ、なかなかに濃い。長居はしたくない」

「だったら出てくるな」

「おぬしが閉じたせいで出てきたんじゃ!」

「鞄の中にいろ!」

「言われんでも戻る!」

 ごそっと潜っていくのを確認してから、私は廊下に視線を戻し、さっき入っていった生徒たちのことを考えた。

 向こうに引かれかけている。まだ浅い。

 浅い、って何なんだろう。

 保健室から出てきた子が、またぼんやりした顔で廊下を歩いていく。壁にぶつかりそうになって、ふらっと方向を変えた。眠いんじゃない。歩き方が軽・すぎる。

 ツン――と鼻をつく消毒液の匂いが、廊下にまで薄く流れてくる。

 ―――

 幽々の面談が終わった。

 扉が開いて、幽々が出てくる。私は「どうだった」と聞こうとして、やめた。三人のルールだ。聞かない。

「ゆらちゃん、待ってたの」

「いや、どうせここにいたから」

「……ありがとう」

 幽々はそれだけ言って、少し廊下の先を見た。今日の幽々は、いつもより少しだけ色が薄い気がした。気のせいかもしれない。

 幽々が歩いていくのを見送り、私は保健室に入った。

「なゆさん」

「はい」

「あの子たち——保健室に来てた子たち、なゆさんがいるせいで引かれかけてるって、知ってた?」

 なゆが手帳を閉じる手を、止めた。

「……知っていました」

「じゃあなんでいんの」

「幽々さんのカウンセリングが必要だからです」

 その言い方が真っすぐで、私は言葉に詰まった。

「だからって——」

 奥のカーテンが揺れた。

 誰もいないのに。

「ゆら!」

 ぬいが鞄の中から飛び出してきた。体当たりするみたいな勢いで。その弾みで鞄がひっくり返り、教科書とルーズリーフとぬいが一緒に床に散らばった。

「あっ!」

 拾おうとしてかがんだ瞬間に、床の感触が消えた。

 薄い膜を踏み抜く感覚。足が、そのまま抜けていく。

「え、なんで私が——」

 死んだ。

 床に転がったぬいが、上を向いたまま一言言った。

「……鞄のせいにするでないぞ」

 なゆが静かに私を見下ろした。

「……また私です」

 ―――

 向こう側の保健室は、同じ形の部屋だった。

 ただ、日の差し方がおかしい。窓の外は明るいのに、部屋の中だけ一段曇っている。ベッドの白いカーテンは誰も触れていないのに、ゆっくりと揺れている。消毒液の匂いが、どこか遠くから漂ただよってきている。

 天井を見上げた。普通の保健室の天井だ。

 ドアを開ける。廊下に出る。歩く。

 また保健室の扉があった。

 開ける。同じ部屋に戻る。

「……なにこれ」

 どのドアを開けても、保健室に戻ってきた。廊下が続かない。階段に出ない。外に繋がらない。

 眠れないのに横になれる場所。出口のない安静。

 ベッドに手を触れてみた。

「……こっち死後のほうが、ちょっとふかふかじゃない?」

 遠くから声がした。

「向こう側のベッドに品質を求めないでください」

 なゆだ。カーテンの向こうから、穏やかで事務的な声が届く。

「聞こえてんじゃん! だったら早くそっちに戻して!」

「今処理中です」

「死人を待たせるな!」

「少々お待ちください」

「少々って何分?」

「時間の概念は、そちらとこちらで変わっていますので、なんとも――」

「不親切すぎる!」

 でも声が聞こえる。向こう側まで届く、なゆの声。

 それがあれば、戻れる。

 ―――

 どれくらいたったのだろう。気がついたら、保健室のベッドに横になっていた。

 白いカーテン越しに光が差している。外から生徒の声がする。普通の昼休みだ。

「影森さん、気分は」

 なゆが横に立っていた。

「最悪」

「それは申し訳ありません」

 養護教諭が駆け寄ってくる。「急に倒れて——」

「少し過換気かかんきだったようです。安静にすれば問題ありません」

 なゆがさらっと処理する。先生が「じゃあ少し休んでいてね」と別の生徒の対応で席を外した。

 幽々がそっとカーテンの内側に入ってきて、私の顔を見た。

「また死んだ顔してる」

「言い方やめて」

「正確だから」

「それはそう」

 なゆが白い手帳を取り出した。

 いつものように開く。いつものように私のページを見る。いつものようにペンを持つ。

 ——止まった。

「……今回は」

 手帳を、閉じた。

「書きません」

 私が目を丸くする。

「え……ラッキー?」

「ラッキーではありません」

「なんで書かないの」

「私に起因する死は、記録すると上位への報告義務ほうこくぎむが生じます」

「報告、したくないの?」

「……今回の件は、私の不手際ふてぎわです。保健室の境界が薄くなることは予測できた。対処できなかった」

「つまりなゆさんが悪いってこと?」

「結果として、そうです。ただ、今回は書きません」

「書けないのと書かないのって、違う?」

「……今回は書きません」

「今二回目それ言った」

「三回言います。今回は書きません」

「意地になってる!!」

 幽々がそっと言った。

「……なゆさん、今ちょっと早口だったし、三回言った」

 なゆが微妙な間を持った。

「……おふたりとも、昼休みが終わります。教室へどうぞ」

「話を打ち切った!!」

 でも実際に昼休みが終わる。私は渋々ベッドから降りた。

 廊下に出る前に、振り返った。なゆはもう窓のほうを見ていた。白いカーディガン。閉じた手帳を胸に抱えたまま。春の校庭を見ている横顔。

 穏やかで、事務的で、でも少しだけ——何かを考えているような顔。

 書けない理由と、書かない理由。どっちが重かったんだろう、と思いながら、廊下へ出た。

 ―――

 放課後。校門を出たところで、スマホが鳴った。

 朔夜さくやからだった。

「何があった」

「なゆのせいで死んだ」

 短い沈黙。

「……なゆが」

「保健室の境界が薄くなってて引き込まれた。帳簿も書かれなかった」

「そうか」

「それだけ? 心配とかないの」

「お前の学校、今学期も案件が出そうか」

「出そうというか、なゆがいる時点でもうじわじわしてるんだけど」

「だったらいい。次から学校でも配信回せ。昼休みと放課後、スマホで十分だ」

 私は足を止めた。

「……は?」

「定点で回しとけ。素材になる」

「ちょっと待って。私の学校だから」

「知ってる」

「嫌。絶対嫌」

 はっきり言った。

「配信しながら死ぬじゃん。学校で死ぬのがそのまま流れるじゃん。私が怪しいやつだってバレるじゃん。三つ全部嫌」

 横で夜宵やよいるなが「三つ言うの珍しいね、ゆらちゃん」とメロンパンをかじりながら言った。

「三つとも全部まともな理由だから!」

 電話の向こうで、朔夜が少し間を置いた。

「借金が、減る」

 止まった。

「え……今、なんて」

「学校案件は学生層のチャンネル登録者数を動かす。収益が増えれば返済に充てられる」

「それ本当に?」

「嘘はつかない」

「つかないだけで誤魔化しはするじゃん」

「今回は誤魔化してない」

「……どのくらい減る」

「案件の規模次第だ」

「案件の規模って、私がどのくらいひどい目に遭うかじゃん」

「そうだな」

「最悪」

 しばらく黙った。

「……するとは言ってない」

「分かった」

「でもまあ……考える」

「分かった」

「考えるだけだから」

「分かった」

「なんで三回聞くの」

「お前が三回言ったから」

 通話が切れた。

 るなが「どうするのぉ」と聞いてくる。

「……どうしようかな」

「借金減るならいいんじゃないのぉ?」

「死ぬんだよ、毎回学校で」

「あ、そっかぁ……でもゆらちゃん、学校でも死んでるよぉ? 保健室で今日も死んでたし」

「……指摘が正確すぎる」

「えぇ?」

 ぬいが肩の上からぽつりと言った。

「やるんじゃろ、どうせ」

「う る さ い」

「借金の話になった瞬間、声のトーンが変わっとったぞ」

「うるさいって言った」

 春の夕方。制服の群れがバラけていく。自転車が追い抜いていく。普通の放課後だ。

 なゆが手帳を閉じた音が、まだ頭の隅にある。書けないと書かないのどちらが重かったのか、なゆは最後まで答えなかった。

 でも、私の頭の中はもう別のことを考えていた。

 借金が減る。学校配信。

 あーあ。

 私って、現・金・な女だな。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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