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配信37回目 クラス替えで席が悪い

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 6,009文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信37回目 クラス替えで席が悪い

本文

朝の教室というのは、基本的に平和な場所だと思っていた。

 四月の空気は、まだちゃんと春の温度をしている。窓の外の桜は去年と変わらない場所で咲いていて、新しいクラスのざわつきは、知らない名前と知った顔が半分ずつ混ざった、新学期特融の、あの独特のノイズを立てている――なんとなく軽い感じ。まだ全部始まっていないからこそ漂う、一時的な無害さ。

 ――のはずだった。

 今の私は、廊下側の席で、スマホを制服のポケットにそっと差し込みながら、なんとか表情を保っていた。

 隣の席の子が消しゴムを借りに来る。「あー、もちろん」と渡す。先生が名簿を確認する。「はーい」と返事する。前の席の子が振り返って「どこ部だっけ」と聞いてくる。「どこも入ってない」と答える。

 全部、ふつうだ。

 なのに、黒板のほうを見るたびに、背中の産毛だけが少しずつ逆立っていく。

 ポケットの中でぬいが動いた。

「……始まるぞ」

 声は小さい。私にしか届かない音量。私はうなずく代わりに、ポケットのペン穴から親指だけ引っ込めた。

 授業が、始まった。

―――

 話は、二週間前にさかのぼる。

 クラス替えがあったのは、始業式の翌日だった。くじ引きで決まった席は黒板に向かって左から二番目、三列目。窓際より暖かくて、黒板からの距離もちょうどよくて、特にこれといった問題のない普通の席だ。

 一日目のはじまりは、そう思っていた。

 最初に気づいたのは、一日目の五限目、数学の時間だった。

 先生が黒板の右端を消した。黒板消しの動きは左から右。そのはずなのに、消し残った跡の方向が逆だった。右から消したみたいな、きれいな一文字が、黒板の左に残っていた。おかしい。

 (……あれ?)

 振り返って窓の外を見る。校庭ではクラスの男子が体育で走っている。普通の景色だ。もう一度黒板を見る。消し跡は動いていない。

 その時は気のせいだ、と流した。

 二日目。日付の漢字がおかしかった。

 休み時間に確認した「四月」の「四」は、上の横線がちゃんと長かった。でも授業中、もう一度見たら、横線が短くなっていた。字体が微かすかに違う。書き直したわけじゃない。先生は黒板のそこには触れていない。

 三日目。

 先生が板書ばんしょを終えて振り返った瞬間、先生の後ろに「廊下」が見えた。

 一瞬だけ。

 コンクリートの匂いがしそうな、人気のない廊下。でも今、私たちは三階の教室にいて、外廊下も内廊下も、黒板の後ろにあるのはただの壁のはずだった。

 次の瞬間には消えていた。

 隣の席の子を見る。前の席の子を見る。誰も、特に変な顔はしていない。

 (……私だけ?)

 放課後、私は鞄を持って立ち上がった。事務所に行く。今日は素直に行こう。

―――

 夜見よみよろず相談事務所のドアを開けたら、朔夜さくやはソファで端末を開いたまま「珍しく早いな」と言った。

「聞いて。異変に三回気づいた。三日連続で」

 コートを引っかけて鞄を下ろしながら言うと、朔夜の視線がようやく端末から離れた。

「何が」

「黒板前の空間が毎回少しずつ違う。私の席の角度からだけ」

 ぬいが私の制服の中から這い出てきて、テーブルの上にぽてっと着地した。

「三日経ってから言うとは、えらい呑気のんきじゃのう」

「一回目と二回目は気のせいにしようとしてたんだよ」

「気のせいにできるような感覚を持ち合わせておったのか、おぬしは」

「ほっとけ、ぬい」

 私とぬいがいつものようなやり取りをしていると、朔夜が端末を閉じて、腕を組んだ。

「席を変えろ」

「理由が言えない」

「体調不良を理由にしろ」

「席の位置くらいで体調不良とか、逆に先生に心配される」

「なら死ね」

「死に方くらい選ばせろ!......そもそもなんで死ななきゃいけないんだよ!ばか」

 朔夜は少しだけ眉を上げて、また端末を開いた。

「……座学の授業中に、正面の空間が少しずつ違う」

「うん」

「気づいた日から変化が早くなったか」

「……今日はちょっと早かった気がする」

 ぬいが低く唸うなる。

「あの席は地脈ちみゃくが細い。怪異が授業のたびに境界きょうかいを少しずつ削っとる。気づかれにくいのが一番質たちが悪い」

「つまり?」

「気づいた者が標的ひょうてきになる。見つけると来る系じゃ」

「最悪のやつじゃないか!」

 その時、事務所のモニターから着信音が鳴った。

 画面に映ったのは、眠そうな目の黒髪の女。毒島ぶすじま真琴まこと。配信編集と炎上管理が担当で、怪異より数字を怖がるタイプの現代人だ。今日もパーカーにジャージで、目だけがやたら鋭い。

「聞こえてました。一回だけ”記録”しませんか」

「記録?」

「変化のパターンが分からないと術式が組めないので。証拠映像も必要です。できればライブが良い」

「学校、しかも授業中に録画とか配信とか無理ですって......」

「カメラを隠して撮るだけでいいです。あとはこっちで処理します」

 真琴さんが端末を操作しながら続けた。

「それに、プライバシーに配慮してAIモザイクをかけます。生徒も教職員も全員処理します。肖像権しょうぞうけんの問題はクリアします」

「……私は?」

「ゆらちゃんは配信者本人扱いなので、もちろん!素顔で映ります」

「なんで私だけ!?」

「変化を見つける役が映っていないと意味がないので」

 論理的すぎて反論できない。私は朔夜を見た。朔夜は何も言わなかった。言わないのが返事だった。

 翌日、私はスマホを制服のポケットのペン穴に差して、黒板に向けて固定することになった。

―――

 そして――授業が始まった。

 スマホは動いていない。映像は真琴さんに流れている。ぬいは制服の内側に潜んでいる。

「限定公開、開始しました」

 イヤホン越しに真琴さんの声がする。

「え、公開してるの」

「視聴者の目を使いたいので。間違いを探させます。コンセプトは伝えてあります」

「勝手に決めないで!!」

「夜見さんに許可とりました」

 私は小声で「あいつ、ひど」とつぶやいた。

 先生が黒板にチョークを走らせる。

 コメントが来始めた。

《なんで右の子だけ顔出し》

《モザイクの海に一人》

《個人情報保護の格差》

《かわいそうなJK》

「かわいそうって言うなら助けてくれ......」

 小声でつぶやく。でも授業中だから声は出せない。

 先生の背中を見る。チョークの動き。黒板の文字。板書の終わりに先生が振り返った。

 (……あれ)

 瞬間、私は息を呑のんだ。

 先生の後ろ。黒板前の空間が、一瞬だけ透けた。白くて奥行きのない、廊下とも部屋ともつかない、「どこかではない場所」。先生にも、クラスメイトにも、たぶん見えていない。

 でも。

 コメント欄が、先に動いていた。

《先生のモザイクの後ろ、なんか変》

《そこだけ処理されてない》

《影の角度おかしくない》

《ちょっと待って》

「……真琴さん」

「見てます。AIモザイクは人間にしかかかりません。向こう側の空間はモザイクが素通りします」

「視聴者のほうが先に気づいてる」

「そうです。同接どうせつが上がってます」

「今それを言わないで!!」

 ポケットのぬいが唸うなる。

「おぬし、気づいたな」

「……うん」

「向こうも、気づいた」

―――

 気づいた瞬間から、変化の速度が上がった。

 次の授業。席に着いた途端、黒板前の空気が重くなった。

 先生が板書している。文字はちゃんと書かれている。でも、消したはずの前の文字がうっすら残っている。今の文字の下から、古い文字が滲にじみ出てくるようだ。それに、先生は気づいていないし、クラスメイトも気づいていないようだ。

 黒板前の空間が、私の席の方向を向いた。

 それは感覚だ。目で見えるものじゃない。でも、確かにそうだった。

 授業の途中で、黒板消しが独りでに落ちた。

 先生が「あれ」と言って拾った。クラス中がくすっと笑った。

 私だけが笑えなかった。

 (……来る)

 ぬいが脇腹わきばらに押し当てた前脚に力が入るのが分かった。

 次の授業が最悪だと、この時点で既に分かっていた。

―――

 五限目の現代文。

 先生が黒板の前に立った。

 板書が始まる。「登場人物の心情を……」先生のチョークの音が教室に響く。消し跡の方向がずれている。文字と文字のあいだが少しだけ開きすぎている。先生の影が、光の方向と合っていない。

 全部、おかしい。

 全部、私の席からだけ、おかしい。

 黒板前の空間が、先生の輪郭りんかくに重なりはじめた。

 (先生に向かってる)

 先生がこちらを向いた。「じゃあ、心情を説明してみようか。影森さん」

 名前を呼ばれた。

 先生が黒板を背にして、私の席のほうに向き直る。正面から向き合う姿勢。そのまま一歩、前に出た。

 黒板前の空間が、先生の足元で揺れた。

 咄嗟とっさに立ち上がったせいで、椅子が盛大に鳴った。クラス中が私のほうに振り向いた。

「先生! 黒板の前から離れてください!」

「……え? 影森さん、急にどうしたの」

「とにかく離れてください! 今すぐ!」

 先生が「えっと」と言いながら半歩引く。私が前に出る。先生の横を通り抜けようとした。

 その瞬間、引力の向きが変わった。

 黒板前の空間が、先生から私を向いた。

 (あ、来る)

 反射的に、先生の腕を引いて後ろへ押しやった。

 その分だけ、私が前に出た。

 黒板消し立てから、ごとっ、と音がした。

 次の瞬間、顔面に何かが当たった。

 黒板消しだった。

 埃ほこりが目に入る。白いもやが視界を覆う。後ろに重心が傾く。どこかに足を取られる。

 頭を床に強打した。

 コメント欄の文字が、意識の端で流れた。

《間違い探し、正解者が出ました》

 それが私の覚えている、最後だった。

―――

『死の世界』

 音がない。

 白い場所だった。

 廊下と言えば廊下に見える。でも廊下の温度じゃない。足の裏に伝わる感覚がない。光がどこから来ているのかも分からない。ただ、「記録から抜けた場所」みたいな静しずけさだけが、どこまでも続いている。

 私は少しのあいだ、その静けさの中に立っていた。

「……また来たね」

 振り返ると、玻璃はりがいた。

 色素の薄い髪。古いワンピース。足音がない。輪郭が少し透けている。こっちが死ぬたびに会う相手として、だいぶ慣れてきた自分が嫌だった。

「今度は、黒板消しで死んだ」

「聞こえてた」

「笑えるでしょ?」

「笑ってない」

 玻璃は少しだけ目を細めて、白い廊下を見渡した。

「ここ、前に来たことある?」

「ない。いつもとちょっと違う」

「いつもより静かでしょ」

「……うん」

「怖くないタイプの場所だから。ここにいるのは、誰かの怒りとか、怨念おんねんとかじゃない」

 玻璃が廊下の先を示した。

「増改築ぞうかいちくで、物理的に塗り潰された場所。今の地図にはない廊下。本当は三年前に壁になったはずなのに、こっちの層ではまだ繋がってる」

「それが教室の黒板前と」

「重なってる。ここが"そこ"だと思い込んでる。ずっとそのまま、境界として生き続けてる」

 私は廊下の先を見た。

 誰もいない。音もない。ただ、古い換気口かんきこうの四角い模様だけが、均等に並んでいた。たぶん、今の学校の廊下には、この換気口はない。

「消せる?」

「消さなくていい」

 玻璃が静かに言った。

「ここが"今の地図にない"ことを、ここに伝えればいい。存在を否定するんじゃなくて、繋がる先がもうないことを、伝えるだけ。それができれば、境界の主張が弱まる。朔夜さんが封じを通せる」

「……どうやって伝える」

「あなたが、ここで知ればいい。ここが、今の建物と繋がっていない場所だということを。それだけでいい。あなたは死後側で向こう側の核に届く。それがあなたの厄介やっかいな適性だから」

 私は廊下を見渡した。

 換気口。古い配管。床のコンクリートの継ぎ目。全部、今の校舎より少しだけ古い時代の素材だった。

「ここは、今の建物の中にはない」

 声に出して言った。

「三年前に、壁になった場所だ」

 廊下が、静かに揺れた。

 軋きしむ音がした。

 玻璃が「今だよ、ゆら」と言った。

―――

 現実側で、朔夜の端末が鳴った。

「……動いた」

 朔夜が立ち上がった。

「"境界封止"ボーダー・ロック」

 術式が走る。黒板前の空間の揺れが止まる。境界の層が収縮する。壁の向こうで何かが折り畳まれていく音がした、気がした。先生には聞こえていない。クラスにも聞こえていない。

 床に倒れているゆらの呼吸が戻る。

「"位相固定"フェイズ・ロック」

 小さな光が、床の上で散った。

―――

 喉のどが焼けた。

 目を開けたら、教室の天井だった。

 先生が「影森さん! 大丈夫!?」と言っていた。周りでざわついている。誰かが保健室に走った気配がした。

 私は半身を起こした。頭が痛い。後ろにこぶができている気がする。顔に黒板消しの白い粉がついていた。

「……大丈夫です、ちょっとめまいで」

「めまいで前に飛び込まないでしょ!!」

 先生の声が心配と混乱で揺れていた。

 そりゃそうですね、と思いながら、私は制服のポケットでぬいをそっと押さえた。

 ぬいはあたたかかった。

―――

 放課後、事務所。

 私は頭に保健室の冷却シートを貼ったまま、ソファに沈んでいた。

 モニターの前で、真琴さんが精算画面を出していた。

「今日の配信、結果を報告します」

「……いくら入った」

「限定公開にしたのにコメント欄の間違い探しが盛り上がって、投げ銭と切り抜き収益が出ました。ゆらちゃんが飛び込んだ瞬間の切り抜きが一番伸びてます」

 私は目を細めた。

「ちなみにその題名なんていうの」

「『正解者、本人』です」

「最悪だ」

「コメント欄では好評です」

「だからって嬉しくない!!」

 真琴さんが画面をスクロールした。

「合計、いくらか入りました」

 私の目が少しだけ輝いた。

「……これ借金に充てたら」

「蘇生処置代が入ります」

「……」

「術式素材費が入ります」

「……」

「AIモザイク処理の外注費が入ります。あと境界封止の施術費が入ります」

「……全部合計すると」

「ほぼゼロです。誤差の範囲でわずかにマイナスかもしれません」

「は?マイナス!?」

 私はおでこに貼った、冷却シートのずれを直しながら天井を仰いだ。

「なんで――」

「授業中に術式を組んだ分の素材費が上乗せになりました」

「じゃあ私が死んだせいで高くなってるじゃない!」

「死ぬ前から境界が削れていた分のコストが主です。死んだから高くなったわけではありません」

「……でも」

「でも正解を引いたのはゆらちゃんです。引かなければ先生が引き込まれていた可能性があります。先生には請求できないので、今回の朔夜さんの術式費は実質――」

「言うな」

 朔夜が低く言った。

 真琴さんが一瞬止まって、それから静かに言った。

「ボランティアです」

「言うなと言った」

「言いました」

「言うな」

「言いました、夜見さん」

 朔夜は端末を取り上げて、画面を開いた。

 私はそれを横目で見て、何も言わないことにした。

 代わりに、肩の上のぬいを指先でつついた。

「……先生は助かったな」

「助かったのう」

「私は死んだけど」

「死にはしたが」

「……それでいいのかな」

「よくはないじゃろ」

「でも悪くもない?」

 ぬいが少し間を置いてから、低く答えた。

「まあ、いつもよりは、マシじゃ」

 私は冷却シートを押さえながら、ため息をついた。

 今日の死因は黒板消しだった。

 なんか、情けない。

 でも、先生は転んでいない。クラスメイトは誰も気づいていない。黒板前の空間は静かになった。

 借金は減らなかった。

 でも、まあ。

 それは、いつも通りだ。

 つづく

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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