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配信39回目 間取りにない部屋【後編】――叶わなかった場所の、終わらせ方

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 3,934文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信39回目 間取りにない部屋【後編】――叶わなかった場所の、終わらせ方

本文

向こう側の部屋に、止まったままの荷物があった。

 誰かが、ここへ来るはずだった。

 来られなかった理由は、聞かなくても分かった。

*****

 すりガラスの向こうに、光がある。 電球の黄色い光じゃない。

 もっと白くて、冷たい光。

 私は扉のノブに手をかけた。ぬいが肩の上で、低く言う。

「ゆら。無理に開けなくていいぞ」

「でも、中を確認しないと核の場所が分からない」

「……そうじゃが」

「入る」

 ノブを回した。

 錆さびた金属の感触が、霊体の手にもちゃんと伝わった。

 扉が、内側へ向かって静かに開く。

―――

 部屋の中は、思ったより広かった。

 間取りは六畳くらいで、壁は白い。

 床は木目のフローリングで、窓が一つ、外に向いている。

 でも外の景色は、夜でも昼でもなく、ただ白い。

 光だけがある。

 部屋にはテーブルが中央にあった。 椅子が二脚、向かい合って。

 さっきすりガラス越しに見えたのと、まったく同じ配置だ。

 コップが二つ、片方には水が入っている。

 もう片方は空だ。

 水の入った方のコップに、埃ほこりは積もっていない。

 まるで、今しがた誰かが注いだみたいに。

「……誰かが、ここで誰かを待ってる」

 ぬいが静かに言った。

「待ってるんじゃなくて、待っておった、じゃろう」

「過去形?」

「この残留は、今起きていることじゃない。終わったことが、ここに残っておる」

 私は部屋の隅を見た。 段ボール箱が積まれている。

 三つ、四つ。

 油性ペンで「キッチン」「リビング」「本・雑誌」と書かれている。

 全部、封が開いていない。荷解きにほどきされないまま、ここに置かれている。

「引っ越しの途中で止まった、って」

 私は呟くつぶやく。

「これ、ここに荷物を運んできた――、でも荷解きできなかった、ってこと?」

「そうじゃろうな」

「なんでだろう」

「……それは」

 ぬいが答えを濁にごした。

 その時、部屋の奥から音がした。かすかな音だ。

 椅子が引かれるような、床を擦るような、小さな音。

 私は振り向いた。

 テーブルの前の椅子に、誰かが座っていた。

 女の人だ。

 三十代くらい。

 黒っぽい服を着て、テーブルの上の空のコップを見ている。

 うつむいているため、顔は見えない。

「……」

 声をかけるな、と朔夜に言われた。

 でも、この人が核コアなのかも、まだ分からない。

 私はぬいに耳打ちする。

「あの人、怪異?」

「……違う」

 ぬいの声が、いつもより低かった。

「残留じゃ。ここに来るはずだった人間の、残留思念」

「来るはずだった、って」

「引越しの当日に、来られなくなった。それだけが、ここに残っておる」

 来られなくなった。

 その理由まで、聞かなかった。

 聞かなくても、なんとなく分かった気がした。

 テーブルの上の、二つのコップ。

 片方は中身が入っていて、片方は空だ。

 来るはずだったのは、一人じゃなかった。

―――

 耳のすぐそばで、音がした。 紙の音だ。

 薄くて、静かな、帳面ちょうめんをめくるような音。

 ぬいが体を固くする。

「……来とる」

「誰が」

「言わなくても分かるじゃろ」

 分かった。振り向かなかった。

 でも、部屋の空気が少しだけ変わったのは感じた。

 白い光が、ほんの少しだけ薄くなる。

 そしてすぐに、また元に戻る。

 まるで、誰かが書・か・な・い・、と決めたみたいに。

「……ゆら」

 ぬいが小さく言った。

「核を探すのじゃ。早い方がええ」

「なんで急に」

「長居ながいするところじゃない。此処ここは」

 ぬいの声に、普段とは違う緊張があった。

 私は急いで部屋を見渡した。

 段ボール箱。

 テーブル。

 椅子。

 窓。

 白い壁。

 どこかに、この残留の核がある。

 向こう側の怪異の核は、たいていその場所に一番強く"残っているもの"の中にある。

 一番残っているもの。

 一番、手放せなかったもの。

 私は段ボール箱の前にしゃがんだ。

 一番上の箱に手を当てる。

「キッチン」と書かれた箱。

 冷たい。 次だ。

「リビング」と書かれた箱。

 普通の冷たさ。次。

「本・雑誌」と書かれた箱。

 これも普通だ。

 私は立ち上がって、テーブルを見た。

 コップが二つ。

 水の入った方のコップを、ゆっくり見る。

 近づいて、手を伸ばす。

 ぬいが低く言う。

「触るな、と言われておるぞ」

「触らない。見るだけ」

 コップの底。

 水の揺れ方。

 光の反射。

 何かが入っている。

 コップの底に、紙が一枚。

 水に沈んで、でも字は読める。

 メモ用紙だ。

 手書きで、一行だけ書いてある。

 『ここに住もう』

「これ……核だ」

 私は立ち上がって、スマホを取り出した。

「朔夜、聞こえる?」

 雑音の向こうから、声がした。

『聞こえてる。核は』

「テーブルの上のコップ。水の中に紙が一枚入ってる。『ここに住もう』って書いてある」

 短い沈黙。

『……分かった。今から封印入れる。お前は扉から離れるな』

「了解」

 部屋の空気が変わり始めた。

 壁から、薄い光が滲にじみ始める。

 白かった外の景色が、少しずつ色を帯び始める。

 夜の、本物の色に。

 テーブルの前の椅子に座っていた残留が、ゆっくりと顔を上げた。

 顔は見えなかった。

 霧みたいに輪郭が薄くて、光に溶けかけている。

 でも、その人が最後に向いた方向だけは、分かった。

 コップの方を見ていた。

 水の中の、紙切れの方を。

 それから、ゆっくり、消えた。

 朔夜の術式が届いた音がした。

 "位相固定"フェイズ・ロック。

 向こう側の構造が、ぐ、と締まる感触。

 続いて、

 "境界封止"ボーダー・シール。

 扉の輪郭が、白い光ごと薄くなっていく。

 間取りにない部屋が、向こう側へ、静かに戻っていく。

「ゆら、戻れ!」

 ぬいが叫んだ。

 私は扉へ向かって一目散に走った。

 廊下を、逆方向へ。

 七歩。

 八歩。

 九歩。

 扉の形が、見えた。

 リビングの光が、向こうにある。

 真崎さんのシルエットが見えると同時に、朔夜の手が、こちらへ伸びてきた。

 私はその手を、掴んだ。

―――

 次の瞬間、廊下の突き当たりに倒れ込んでいた。

 床が硬い。体がある。生身だ。

「っ、はぁはぁ……!」

 息が一気に入ってくる。

 生きている空気の、温度と匂い。

「ゆら」

 朔夜の声が、すぐ近くにある。

「戻れたな」

「……戻れた」

 廊下の突き当たりの壁を見る。

 扉の形は、消えていた。

 ただの白い壁だ。

「終わった...んですか」

 真崎さんの声が、少し震えていた。

「向こう側の構造は封じました。今後、扉は出なくなります」

 朔夜が答える。

「荷物が動くのも止まります」

「……そうですか」

 真崎さんが、壁を見た。

 何も言わない。

 ただ、じっと見ている。

「ありがとうございました」

 少し経ってから、言った。

 声が静かだった。

 泣いてはいない。

 でも、泣く手前くらいの、静かさだった。

「前に住んでいた人の話、聞かなくてよかったんですか」

「...はい、大丈夫です」

 真崎さんは言った。

「何があったのか、大体は分かります。だから聞かなくても」

 私は何も言えなかった。

 ぬいが、胸元で小さく丸くなる。

―――

 事務所に帰ってきたのは、日付が変わる手前だった。

 朔夜が請求書を出した。

「五十三万」

「高っか!」

「霊体投入と封印、深夜割増込みだ」

「深夜割増とか概念あったんだ! 私への請求に使う概念は全部あるんだね!」

「当然だ」

「こっちには危険手当もないのに!」

「お前は従業員だから別計算だ」

「最悪の別計算だよ!」

 ぬいがソファの上で伸びをした。

「しかし、今回の残留ざんりゅうは綺麗に終わったのう」

「綺麗に、ね」

 私は天井を見上げた。

 『ここに住もう』

 あの一行が、ずっと頭に残っている。

 コップの底の、水に沈んだ紙。

 誰かが、誰かに向けて書いた一行。

 叶わなかった場所に、ずっと残っていた一行。

「ねえ朔夜」

「なに」

「あの人、ちゃんと終われた?」

 少し間があった。

「終わった。向こう側に留まるより、ずっとましな終わり方だ」

「……そっか」

 それ以上は聞かなかった。

 ぬいが耳をぴっと立てた。

「そういえば、向こう側で誰かの気配がしたのう。書く人鬼灯なゆの」

「……うん」

「書かなかったな、今回は」

「うん」

 書かなかった。

 今回は。

 それがどういう意味か、私には完全には分からない。

 でも、なんとなく。

 そのおかげで今ここにいる気がした。

 ため息をついて、請求書を受け取った。

 借金は、また増えた。

 でも今夜、真崎さんの部屋の廊下に扉は出ない。

 それだけは、確かだ。

*****

【後書き】

■ 登場キャラクター

影森かげもりゆら

向こう側の「間取りにない部屋」を霊体で探索し、核を特定した。コップの底の紙を見つけた時、聞かなくても分かってしまった人間の一人。帰ってきてから、借金が増えた事実とあの一行が、どちらも頭に残っている。

夜見よみ朔夜さくや

封印と境界封止を担当。ゆらが核の場所を伝えた瞬間、一拍だけ沈黙してから動いた。なぜ沈黙したかは、言わない。

ぬい

向こう側で「書く人の気配」に気づいていた。書かなかったことも知っていた。珍しく何もコメントしなかった。

真崎さん

「前に住んでいた人の話、聞かなくていい」と言った依頼人。大体分かる、と言った。その「大体」の中身を、彼女は最後まで言わなかった。

鬼灯ほおずきなゆ(気配のみ)

向こう側で、書かなかった。今回の残留は「叶わなかった約束の残留」から返済された。ゆらの死の借金・段階2。なゆが不正をした回数は、また一つ増えた。

■ 今回の話について

「間取りにない部屋」後編です。

今回の怪異の核は「叶わなかった約束」でした。誰かと一緒に住むつもりで荷物を運び込んだ、でも来られなかった、その「来られなかった側の残留」が向こう側に留まっていた、という構造です。直接的に死や事故を描かず、テーブルの上のコップ二つと、コップの底の紙一枚だけで残留の正体を示す形にしました。

また今回は、なゆが「書かなかった」ことが、ゆらの死の借金・段階2の返済にあたります。前回(段階1)が「高齢の遠い親族」から借りた猶予だったのに対し、今回は「人間ではなく、叶わなかった場所の残留」から返済されました。返済の形が一段、抽象的になっています。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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