配信42回目 最悪の先輩が来た【後編】――このままじゃダメだって、分かってるでしょ
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あらすじ
影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信42回目 最悪の先輩が来た【後編】――このままじゃダメだって、分かってるでしょ
本文
翌日、夜刀がまた来た。来るなと言ったのに。
差し入れのコンビニ袋に、余計なものが付いてきた。
朔夜さくやが、初めて本気で怒った。
*****
翌日、夜刀やとは本当に来た。
「来るなって言ったぞ」
「来ないとは言ってないよ」
朔夜が舌打ちした。私は「ほんとに来た……」と引いた。ぬいは無言で冷蔵庫の上に避難した。
夜刀はコンビニの袋を机に置いた。中身はプリンが三つだった。
「仲直りの印」
「お前と仲違なかたがいした覚えがない」
「今、してるじゃん」
朔夜は受け取らなかった。でもプリンを捨てもしなかった。
ぬいが袋の方をじっと見ている。
「……ゆら」
「なに」
「その袋に触るな」
「は? なんで」
「なんかついとる」
夜刀が「あー」と間延びした声を出した。
「そういえば来る途中、変な路地通ったんだよね。何か踏んだかも」
「何か踏んだかも、じゃない!」
朔夜が袋を確認しようとした、その瞬間だった。
袋の底から、白い靄もやみたいなものが床に滲にじんだ。私が気づいた時にはもう、足首に巻きついていた。
「っ、え」
引かれる。下に。床の下に。
「影森!」
朔夜の声が聞こえた。
次の瞬間、視界が暗くなった。
足首の感触が消えて、床が消えて、それで終わった。
また、死んだ。
―――
起き上がった時、床が冷たかった。
朔夜が私の首元に二本指を当てていた。脈を確認する。一拍置いて、短く息を吐く。
「戻った」
「戻った、じゃない……っ」
「蘇生費は後で引く」
「えっ今それ言う!?大丈夫かとか言えないのアンタ!」
夜刀が「ごめんごめん」と言いながら頭をかいていた。申し訳なさそうではあったが、笑顔は崩れていなかった。
「まじで踏んだだけだって。こっちも予想外」
「お前が来るたびに厄介事が増える」と朔夜が言った。「昨日と今日で二倍だ」
「でも戻ってきたじゃん」
「それはそうだが」
「……俺のところには、戻ってこれなかったから」
その一言だけが、空気から浮いた。
夜刀は笑ったままだったが、声だけが違った。
朔夜が何も言わなかった。
―――
昼前、朔夜に槙野まきのから電話が来た。別件の確認らしく、朔夜は「少し待て」と言って廊下へ出た。
事務所に、私と夜刀が残った。
ぬいが「行くでない」と小声で言ったが、さっきの一言がまだ頭に残っていて、私はソファから動けなかった。
夜刀が机のプリンを一つ、私の前に押した。
「食べていいよ。俺のせいで死んだし」
「死なせといて、なんでプリンで解決しようとしてるの」
「それプリンしか解決手段がない」
「最悪すぎ……」
でも手は伸びた。蓋を開けた。食べた。うまかった。まぁうまいよね。プリンだもの。甘いし。こういう時、自分ってなんて単純な女なんだろう――って思っちゃう。
それから、 夜刀がテーブルの上をぼんやり見ながら言った。
「ゆらちゃんさ、死後側に入るたびに、少しずつ向こうに馴染なじんでいってるの、分かってる?」
「……馴染む、って」
「向こう側が、ゆらちゃんのことを覚えていってる。毎回入るたびに。最初は他人の顔だったのに、だんだん知り合いの顔になっていく。向こうの引力が、少しずつ強くなる」
「それって、まずいの」
「まずいかどうかは朔夜くんが一番知ってる。でも朔夜くんは、たぶんゆらちゃんには言わない」
「……なんで」
「言ったら、ゆらちゃんが怖がって離れるかもしれないから。それが嫌なのか、別の理由なのかは、俺には分からないけど」
黙った。夜刀が続けた。
「俺はさ、一回、同じことをやったんだよね」
「……同じこと」
「大事な子が向こうに馴染んでいくのを、見てたんだ。止められると思ってた。最後まで」
その声だけが、笑っていなかった。
プリンのスプーンを置いた。
―――
朔夜が戻ってきた瞬間、空気で分かったと思う。
夜刀とゆらの間に流れていた温度が、まだ残っていたから。
「何を話した」
「世間話」と夜刀が言った。
「嘘をつくな」
夜刀が立ち上がった。笑顔のまま、でも今日一番まっすぐ朔夜を見た。
「ゆらちゃんに言ってないんだね。向こう側に馴染んでいってること」
「お前には関係ない」
「関係あるよ。俺、同じことやったから」
「だから関係ない。お前の失敗と、俺のやり方は違う」
「本当に?」
沈黙が落ちた。
朔夜が動いた。夜刀の胸倉むなぐらを掴んだ。片手で、そのまま壁に押しつけてしまいそうな勢いがあった。術式でも護符でもない、ただの怒りで人に触れる朔夜を、私は初めて見た。
「二度と同じことを言うな」
低い声だった。温度がなかった。
夜刀は抵抗しなかった。掴まれたまま、朔夜を見ていた。
「……ごめん。それは言いすぎた」
笑顔じゃなかった。初めて笑っていない夜刀の顔だった。
朔夜が手を離した。
少し間があって、夜刀がジャケットの襟えりを直した。そのまま、静かに続けた。
「でもさ、朔夜くん。このままじゃダメでしょ」
「……」
「上も見てるし、蒐集しゅうしゅうも動いてる。ゆらちゃんが向こうに馴染みきる前に、ちゃんと決めないと。俺みたいになってからじゃ遅いよ」
朔夜が振り返らなかった。
「決める必要があるとすれば、俺が決める。お前じゃない」
「そうだね」と夜刀は言った。「そうであってほしいとは、思ってる」
その一言だけは、本当のことに聞こえた。
―――
夜刀が扉に向かった。今度こそ帰るらしい。
扉を開ける直前、私の方を向いた。
「ゆらちゃん、一個だけ」
「なに」
「向こう側で、誰かに会ったことない? 静かな子に。足音のない」
頭に、顔が浮かんだ。色素の薄い髪。白に近い肌。「また死んだの?」と言う、諦めと親切が同居した声。
「……会ったことある、かも」
「そっか」
夜刀は何も聞かなかった。それだけ言って、扉を閉めた。
足音が廊下を遠ざかっていく。
事務所が静かになった。
私は朔夜を見た。朔夜は扉を見ていた。夜刀が出ていった扉を、ずっと見ていた。
「……朔夜」
「なに」
「向こう側で会う、静かな子って」
「忘れろ」
「忘れられないよ」
朔夜は答えなかった。
ぬいが冷蔵庫の上から、小さな声で言った。
「……ゆら」
「うん」
「あの子に、また会ったら」
「うん」
「礼を言うといい。お前のために、動いてくれとる子じゃから」
朔夜がぬいを見た。ぬいは目を逸らした。
机の上のプリンを見た。三つあったのが、私が食べた一つ分だけ減っている。
夜刀が信用できるかどうか、まだ分からない。でも嘘をついていないのも、たぶん本当だ。
それが一番、扱いに困る。
残ったプリンを朔夜の前に一つ押した。
「これ、食べる?」
「……蘇生費は引く」
「知ってた」
やっぱりクズだ。でも受け取ったので、まあいい。あと、ちょっぴり今回、蘇生代が安かった。本人は認めないけど。
*****
【後書き】
■ 登場キャラクター
影森かげもりゆら
今回は夜刀が来る途中で踏んだ怪異の余波で死んだ。死因が「先輩の経由地」という終わった理由。蘇生後にプリンを食べた。向こう側の話を聞いて、笑えなくなった。
夜見よみ朔夜さくや
今回、術式でも護符でもなく、ただの怒りで夜刀の胸倉を掴んだ。それだけのことを言われた。手を離した後、「決めるのは俺だ」とだけ言った。プリンは受け取った。
黒瀬くろせ夜刀やと
胸倉を掴まれた時だけ笑顔が消えた。謝った。「このままじゃダメでしょ」という言葉だけは、脅しでも催促でもなく本当のことに聞こえた。去り際に玻璃はりを匂わせた。朔夜と同等かそれ以上のルックスだが、クズかどうかはまだ不明。
ぬい
「礼を言うといい。お前のために動いてくれとる子じゃから」と言った。玻璃とゆらの繋がりを知っている。それ以上は言わなかった。
玻璃(気配のみ)
名前は出ていないが、ゆらの頭の中に浮かんだ。足音のない、静かな子。
■ 今回の話について
帰還者・黒瀬夜刀の初登場後編です。冒頭に夜刀の経由地怪異でゆらが死ぬ場面を入れ、「俺には戻らなかったから」という夜刀の一言で玻璃の存在を遠く匂わせています。その後、花嫁因子の言及と朔夜が本気で怒る場面を軸に動かしました。夜刀が「このままじゃダメでしょ」と言った裏に何があるかは、今後明かされる予定です。
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