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配信96回目 こちら側へ連れ戻す者

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/6 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 3,354文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信96回目 こちら側へ連れ戻す者

本文

呼ばれたからじゃない。

 自分で行くと決めた、その次。

 今回は、連れていく側じゃなく、連れ戻す側の話です。

―――――

 向こう側へ踏み込んだ瞬間、白さが肺の奥まで入ってくる気がした。

 冬の寒さのように、冷たいわけじゃない。むしろ温度はない。

 ただ、空気の全部が「ここは最初からこういう場所です」と黙っているみたいで、私はその静けさがたまらなく嫌だった。

 床も壁も白い。

 扉も白い。

 案内板だけが、病院の表示みたいに感情のない文字を浮かべている。

 接続待機。

 帰還保留。

 鎮静優先。

「……その表記、ほんとに趣味が悪いわ」

 独り言のはずなのに、声がやけに遠くまで響いた。

 ぬいが肩の上で小さく唸る。

「今日は昨日より濃いのう」

「昨日も十分最悪だったけど」

「今日は“席”じゃない。“座らせる側”が近い」

「言い方がずっと嫌なカンジなんだよ」

 でも、分かってしまう。

 この場所は、迷い込んだものを呑むだけじゃない。最初から誰かを置くために、形が整えられている。

 その通路の先に、玻璃はりはいた。

 白い扉の前。

 昨日と同じように静かで、でも昨日より少しだけ、こっちを見る目が疲れている。

「来たんだ」

「来たよ。自分の意志で」

「……そう」

 玻璃はそこで少し目を伏せた。

「それ、いちばん来てほしくないやつだよ」

「じゃあ、昨日ちゃんと止めといてよ」

「止めたよ」

「足りてないって」

 私が言うと、玻璃は困ったように小さく笑った。

 こういう時だけ、この子は年相応に見える。静かで、綺麗で、諦めが先に馴染んでしまっただけの子に。

「まだ戻れるのに」

「だから来たんだよ」

「戻れるなら、見なくていいものもある」

「見ないまま終わるほうが嫌なの」

 答えた瞬間、通路の奥で何かが鳴った。

 チャイムみたいな、処理開始の合図みたいな、冷たい音。

 白い糸が扉の隙間から溢れてくる。細く、何本も。床を這って、私の足首へ伸びてくる。

 ぞっとして一歩下がろうとした、その瞬間だった。

 糸が途中で止まった。

 誰かが、切ったみたいに。

「……来るなって言ったのに」

 思わず漏れた私の声へ、低い声が返る。

「お前が先に行ったからだ」

 振り向かなくても分かった。

 朔夜さくやだ。

 この白い場所に、あいつの黒い服はやけに馴染まない。

 だからこそはっきり見える。いつもの気だるい怪異相談屋じゃない。もっと腹を決めた顔で、こちらを見ていた。

 その斜め後ろには、冥めいもいる。

 長い影みたいに綺麗で、冷たくて、でも一歩だけ引いた位置で朔夜ごと監視している。

「夜見朔夜よみさくや」

 冥の声が、白い通路を細く裂く。

「ここから先は逸脱行為ですよ。必要なら、あなたごと止めます」

「知ってる」

「今のあなたは、前より危うい。利用するためではなく、戻すために先へ踏み込もうとしている」

「それも知ってる」

 朔夜は冥を見ない。

 視線はまっすぐ私へ向いている。

「影森、戻るぞ」

「まだ大事なことを聞けてない」

「聞かなくていいものもある」

「お前が勝手に決めるな!」

 言い返した瞬間、白い糸が一斉にこちらへ走った。

 扉の向こうで何かが脈打つ。通路そのものが、私を“席”に押し込もうとするみたいに細く締まり始めた。

 玻璃が、私の前へ半歩出る。

「待って」

「だめ」

 私は即答した。

「それ、昨日も言われた」

「昨日より本気で言ってる」

「私も昨日より本気で来た」

 玻璃の肩越しに、朔夜がひどく短く息を吐いた。

「……俺がやった」

 その一言だけで、通路の空気が変わる。

 私は顔を上げる。

「何を」

「送り込んだ。使った。戻せると思って、お前を何度も向こう側へ近づけた」

 冥は何も言わない。

 玻璃も、ただ静かに聞いている。

 朔夜は続けた。

「助けたいのも本当だった。だが、それだけじゃない。お前なら確実に戻れると信じた。お前なら核まで見えると思った。そうやって都合よく使った」

 胸の奥がじくりと痛む。

 知っていたことだ。もう、とっくに。

 でも今ここで、こいつが自分からそれを言うのは、少しだけ意味が違った。

「……最低」

「知ってる」

「今さらだなー」

 叫ぶより先に、声が静かになる。

 怒りが消えたわけじゃない。ただ、それより先に見たいものがあった。

 朔夜が一歩近づく。

「それでも、今日は違う」

「何が」

「今日は、お前を向こうへ置くために来たわけじゃない」

 白い糸が、今度は玻璃ごと私へ絡みつこうとした。

 その瞬間、朔夜の指先で札がひとつだけ光った。

 派手じゃない。眩しくもない。細い白い線が、暗い部屋へ針を通すみたいにすっと伸びる。

「……”帰還接続”リターン・リンク...」

 低い声と一緒に、その線が私の胸元へ刺さった。

 痛みはない。

 その代わり、現世の匂いがした。

 事務所の安いコーヒー。配信機材の熱。るなと約束したクレープの甘ったるさ。幽々のシャーペンのプラスチック。そういう、しょうもないこっち側の手触りが、一気に肺から全身へと駆け巡るように入ってくる。

「……っ」

 思わず息を呑む。

「一本だけだ」

 朔夜の額に、じわりと汗が浮いていた。

「強く引くな。まだ細い」

「説明が雑!いつものことだけど」

「今はそれでいい」

 白い糸と、朔夜の通した細い線が空中でぶつかる。

 向こう側へ押し込む力と、こちら側へ戻す力。その綱引きの真ん中に、自分がいるのが分かった。

 でも完全じゃない。

 足元の感覚はまだ薄い。

 玻璃の輪郭も半分は向こうへ残っている。

 戻れる。けど、まだ全部じゃない。

 冥がそこで初めて、小さく息を吐いた。

「……不完全ですね」

「最初から完全にする気はない」

 朔夜が返す。

「今日は、戻る線を通すだけだ」

 その言い方で、ようやく分かった。

 これは告白じゃない。赦しを乞う回でもない。立場の選び直しだ。

 使う側から、戻す側へ。

 自分の罪を持ったまま、そっちへ立ち直るための一歩。

 私は胸の奥の細い線を見失わないようにしながら、玻璃を見る。

「……まだ終わってないから」

「うん」

「次は、ちゃんとするから」

 玻璃が少しだけ笑った。昨日より少し、人間っぽい笑い方だった。

「それなら、今は帰って」

 通路が大きく軋む。

 朔夜の通した線が、今にも切れそうに震える。

 私は反射的に、その見えない線へ手を伸ばした。掴めるわけじゃない。ただ、見失わないために。

 帰る。

 今は、それでいい。

 足元が抜ける。

 白が剥がれる。

 最後に見えたのは、玻璃の向こうで半開きの扉が、少しだけこちらを覗いていたことだった。

 次に目を開けた時、喉が焼けるみたいに痛かった。

「……げほっ」

 固い床。見慣れた事務所の天井。散らばった札の燃えかす。

 戻ってきた。完全じゃないにしても、ちゃんと。

「戻ったか」

 朔夜の声が落ちる。

 その顔は、いつも通り嫌なほど整っていて、でも今日は少しだけ、ほんとうに疲れていた。

 私は咳き込みながら起き上がる。

「今回も――高そう.....」

「もちろん高い」

「お前、そういうとこだぞ」

「知ってる」 朔夜の眉と、口角が少しだけ上がる。

 ぬいが棚の上から偉そうに鼻を鳴らす。

「一本通しただけでその顔か。先は長いのう」

「うるさい。お前は昨日死にかけただろ」

「わしにその言い方をするな」

 真琴まことさんが端末から顔を上げる。

「……一応、帰還判定です。ただし薄いです。今の影森さん、かなり“戻った直後”の状態なので、今夜は絶対に一人にしないでください」

「本人の意思は」

「聞いてません」

「なんで」

「聞かなくても分かるので」

 最悪だ。

 でも、否定する元気はなかった。

 胸の奥に、まだ細い線の感触が残っている。

 切れていない。かろうじて、こっちに繋がっている。

 それだけで、今日は十分だった。

―――――

 配信96回目でした。

 今回は、朔夜さくやが「連れていく/使う側」ではなく、「連れ戻す側」へ立ち位置を選び直す前編です。告白ではなく、立場の反転を見せる回として組んでいます。

 今回の主な登場人物は、影森かげもりゆら、夜見よみ朔夜さくや、玻璃はり、白縫しらぬい冥めい、ぬい、毒島ぶすじま真琴まことです。

 今回初出の ”帰還接続”リターン・リンク は、派手な必殺技ではなく「戻すための線を一本だけ通す」ためのとっておきの秘術です。普段送り込むだけの朔夜が、戻すほうに完全に舵を切りました。

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【今回の帳尻】

・金銭帳尻:術式行使一回、札消費、深夜対応。どう考えても赤字。

・死の帳尻:正式記帳遅延中の帰還成功。ただし帰還状態はまだ薄い。

・なゆの不在:本人は出てこないが、最後の貸しの余白がまだ効いている。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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