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第5話 ローマ行きの窓口は隣です

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📅 公開日: 2026/5/10 📚 シリーズ: ヴァルハラ戦死者審査局:戦士の館は今日も事務処理中 📝 5,866文字 ✅ 全年齢

あらすじ

北欧神話の戦士の館ヴァルハラ。 そこは本来、戦場で勇敢に死んだ戦士たちがオーディンのもとへ集いラグナロクに備えて宴と鍛錬を続ける栄光の広間であった。 しかし近代以降、戦争はあまりにも複雑になった。 剣と盾で倒れた者だけでなく砲兵、戦車兵、航空兵、潜水艦乗り、参謀、軍需官僚、宣伝担当、独裁者、戦争犯罪者まで、次々と「自分も戦士である」と名乗って押し寄せてくる。 その結果ヴァルハラは荘厳な戦士の館であると同時に、死者受入、武勇審査、席次管理、戦争責任調査、異界間移送協議を行う巨大官僚機構と化していた。 これは戦士たちの栄光と酒と反省文が入り混じる、ヴァルハラ版あの世事務処理コメディである。

本文

ヴァルハラ戦死者審査局の黄金門には、毎日さまざまな死者が来る。

戦場で倒れた者。

戦場に向かう途中で倒れた者。

戦場にいたつもりで実際には後方の酒場にいた者。

戦死と事故死の境界で三時間ほど揉める者。

そのすべてを、受付係のヴァルキリーたちは粛々と処理する。

ミストも、配属からしばらく経ち、少しずつ窓口業務に慣れてきていた。

古代戦士には武器申告書。

中世騎士には主君証明と戦場記録。

近代兵士には所属部隊と死亡状況。

航空兵には撃墜記録。

戦車兵には搭乗車両の持ち込み可否。

ヴァイキングには、斧は添付資料ではないという説明。

慣れとは恐ろしいもので、ミストは最近、斧を抱えた大男が窓口に来ても驚かなくなっていた。

その日の午前、黄金門の外に妙なざわめきが起きた。

「新規来訪者です」

受付係が顔を上げる。

「時代は?」

「20世紀」

「所属は?」

「イタリア方面」

「イタリア?」

受付係の手が止まった。

「北欧・ゲルマン系照会ではありませんね」

「本人はヴァルハラ入りを希望しています」

「理由は?」

「本人いわく、ローマの後継者であり、戦士であり、指導者であるため、と」

受付係は、ゆっくりとブリュンヒルデを見た。

ブリュンヒルデ管理官は、先日の反省文作成室報告を読んでいた。

ゲッベルスの反省文は、一枚目の一部受理から先が難航していた。

比喩を減らせば自己弁護が増え、自己弁護を削れば沈黙し、沈黙を注意すると「沈黙も表現である」と書き出す。

スクルド文書監査官は報告書の末尾にこう記していた。

修辞性が高く、反省濃度が低い。継続監査を要す。

ブリュンヒルデはそれに承認印を押したところだった。

「イタリア方面の来訪者ですか」

「はい」

「異界連絡室へ照会」

「本人が窓口で演説を始めています」

「では急ぎます」

黄金門の前には、すでに人だかりができていた。

中央に立っているのは、小柄だが胸を張った男だった。

顎を上げ、腕を組み、いかにも広場の群衆に向かって語り慣れた者の姿勢をしている。

「私はローマの栄光を蘇らせようとした者である!」

男は大声で言った。

「古き帝国の精神を取り戻し、弱き時代に鉄の意志を示した。戦士の館があるというなら、私が入れぬ道理はない!」

近くにいたヴァイキングが、感心したようにうなずいた。

「声はでかいな」

隣の騎士が言った。

「声だけなら吟遊詩人も入館できることになる」

ドイツ国防軍戦車兵が肩をすくめた。

「なら宣伝相も中央席だな」

その言葉に、反省文作成室の方から遠く誰かのくしゃみが聞こえた気がした。

ミストは受付板を抱えて前に出た。

「お名前をお願いします」

男は胸を反らした。

「ベニート・ムッソリーニ」

「希望区分は」

「ヴァルハラ中央席」

ミストは筆を止めた。

「中央席ですか」

「当然だ。私は戦う民族の精神を体現した。新たなるローマのドゥーチェである」

ミストは書類を見た。

それから、慎重に尋ねた。

「ローマ方面をご希望でしたら、異界連絡室の西側窓口になります」

ムッソリーニの眉が跳ねた。

「私は窓口を間違えたのではない」

「ですが、ローマ系審査機関への照会が必要かと」

「私はヴァルハラに来たのだ」

「はい。ですが、管轄が」

「管轄?」

ムッソリーニは大仰に腕を広げた。

「戦士に管轄などあるか!」

受付係が小声で言った。

「あります」

ミストも小声でうなずいた。

「かなりあります」

その時、ブリュンヒルデが到着した。

彼女の後ろには、異界連絡室の担当官もいた。

濃い緑の外套をまとったワルキューレで、手には複数の照会印がついた綴じ帳を持っている。

「異界連絡室、ラードグリーズです」

彼女は静かに名乗った。

「評議録および管轄照会を担当しています」

ムッソリーニは彼女を見た。

「管轄照会など不要だ。私はローマの栄光を――」

ラードグリーズは綴じ帳を開いた。

「ローマ方面より予備回答が届いています」

ムッソリーニの顔が明るくなった。

「ほう。ならば話が早い」

ラードグリーズは読み上げた。

「照会件名、ベニート・ムッソリーニ氏によるローマ継承主張について」

ムッソリーニはうなずいた。

「続けたまえ」

「回答。自称については承知したが、当方としては慎重な審査を要する。カエサル、アウグストゥス、その他関係者より異議申立の可能性あり。以上」

広間の列がざわついた。

ヴァイキングが隣の騎士に尋ねた。

「カエサルとは強いのか」

騎士が答えた。

「かなり強い」

戦車兵が言った。

「少なくとも窓口で管轄違いを起こす程度ではなさそうだな」

ムッソリーニは顔を赤くした。

「カエサルが何だ!私は現代にローマを蘇らせようとした」

ブリュンヒルデは淡々と言った。

「その点についても照会中です」

「何を照会する」

「ローマ側が蘇らされたと感じているかどうかです」

ミストは記録板を抱えたまま、危うく筆を落としそうになった。

ムッソリーニは声を荒らげた。

「私は戦士だ!」

ブリュンヒルデは書類を受け取った。

「では戦歴を確認します。演説歴ではなく」

ムッソリーニは一瞬止まった。

「私は国家を率いた」

「指導者区分ですね」

「軍を率いた」

「指揮責任区分ですね」

「戦争を行った」

「戦争責任特別調査室案件ですね」

「私は前線にも立った!」

「詳細確認中です」

ラーズグリーズが、いつの間にか横に立っていた。

「自己評価が先行しています」

ムッソリーニは彼女を睨んだ。

「君は何者だ」

「企図破砕係、ラーズグリーズ」

「またその手の役人か」

「はい。便利です」

「私は役人に裁かれる筋合いはない」

「では神話存在に審査されてください」

ムッソリーニは言い返そうとしたが、言葉に詰まった。

ブリュンヒルデは書類をめくった。

「ヴァルハラ中央席申請については、現時点で受理できません」

「なぜだ」

「第一に、北欧・ゲルマン神話圏の戦死者ではありません」

「戦士の魂に国境はない!」

ラードグリーズがすぐに書き込んだ。

「管轄否認発言、一件」

ブリュンヒルデは続けた。

「第二に、本人の武勇と国家指導責任が分離されていません」

「私は指導者であるからこそ戦士だ」

「それは自己申告です」

「民衆が私を認めた!」

ラーズグリーズが顔を上げた。

「民衆を主語にした責任希釈を確認」

「希釈ではない!」

「では本人主語で言い直してください」

ムッソリーニは胸を張った。

「私は民衆を導いた」

「どこへ」

その一言で、場が少し静かになった。

ムッソリーニは一瞬だけ黙った。

だがすぐに、また演説の調子を取り戻した。

「偉大なる未来へだ!」

ラードグリーズが綴じ帳をめくった。

「未来方面からは、結果確認を求める照会が来ています」

「未来方面とは何だ!」

「スクルド文書監査官の管轄です」

ミストは思わず、反省文作成室の方を見た。

スクルドがこの場に来たら、ムッソリーニの演説原稿も三行で再提出になりそうだった。

黄金門の列に並んでいた老兵が、ぽつりと言った。

「未来へ導くと言った連中は、たいてい現在の兵士を置き去りにする」

隣の若い兵士がうなずいた。

「道案内が雑なんですよね」

ヴァイキングが首をかしげた。

「未来とはどの方角だ」

受付係が答えた。

「異界連絡室では扱っていません」

「そうか」

ムッソリーニは苛立ちを募らせていた。

「私はヒトラーとは違う」

その名が出た瞬間、入口脇の証言聴取席の方から、わずかに空気が揺れた。

アドルフとだけ書かれた札の前で、小柄な男が座っている。

今日も証言を聞かされている。

彼は遠くからムッソリーニを見た。

何か言いたげだった。

だが、机の上には発言申請書が置かれている。

未提出のままだ。

ラーズグリーズがムッソリーニに向き直る。

「違う点は審査します」

「ならば」

「同じ点も審査します」

ムッソリーニは黙った。

ブリュンヒルデは一枚の仮札を書いた。

ベニート

ローマ継承主張中

管轄照会中

中央席不可

ムッソリーニはその札を見た。

「ローマ継承主張中とは何だ」

「現在確認できる申告内容です」

「中央席不可を札に書くな」

「受付混雑緩和のためです」

「恥ではないか」

ラーズグリーズが言った。

「恥と事務効率は両立します」

どこかで聞いたような言葉だった。

たぶんゲーリングにも似たようなことを言っていた。

ムッソリーニは腕を振った。

「私はこんな札を下げない!」

「では首から下げる形式ではなく、机上札にします」

「そういう意味ではない!」

ラードグリーズが淡々と補足した。

「掲示形式への異議は、様式変更申請書で受け付けます」

「様式変更申請書?」

「はい」

「私はドゥーチェだぞ!」

ブリュンヒルデが即答した。

「当局では確認できません」

その言葉に、入口脇の証言聴取席でアドルフがわずかに顔を伏せた。

経験者の顔だった。

ムッソリーニはついに、黄金門の内側へ踏み込もうとした。

「私は入る。戦士の館が私を拒むことはできない」

その瞬間、門の前に二本の槍が交差した。

ラーズグリーズとラードグリーズだった。

片方は企図を砕く槍。

もう片方は管轄を守る槍。

ラードグリーズが告げる。

「管轄照会が完了するまで、中央広間への入場はできません」

「私は待たされるのか」

「はい」

「どこで」

ブリュンヒルデは、黄金門の横にある小さな案内板を指した。

そこにはこう書かれていた。

異界連絡室

ローマ・ギリシャ・ケルト・スラヴ・その他神話圏照会

番号札をお取りください

ムッソリーニはその案内板を見た。

「番号札?」

ミストは慌てて番号札の箱を持ってきた。

「こちらです」

ムッソリーニは受け取ろうとしなかった。

「私は番号札など取らない」

背後にいたヴァイキングが、すっと手を伸ばした。

「なら我が先でよいか」

「なぜお前がローマ窓口に行く!」

「斧の管轄を確認したい」

受付係が首を振った。

「斧は武器預かり所です」

「そうか」

ヴァイキングは引っ込んだ。

ムッソリーニは、渋々番号札を取った。

そこには、98番と書かれていた。

「98番だと?」

ミストが案内する。

「現在の呼び出し番号は12番です」

「ふざけるな!」

「本日は混雑しております」

「私はローマの――」

ラードグリーズが遮った。

「ローマ方面の方々も順番をお待ちです」

ムッソリーニが列の方を見ると、そこには古代風の甲冑を着た男、哲学者のような老人、ケルト風の戦士、どこの神話圏か判断に困る半神らしき人物まで並んでいた。

彼らはみな、番号札を持っていた。

古代風の甲冑の男がムッソリーニを見て言った。

「列は守れ」

ムッソリーニは反射的に言い返そうとした。

だが、相手の立ち姿に妙な迫力があり、口を閉じた。

ミストは小声でラードグリーズに尋ねた。

「あの方は?」

ラードグリーズは小声で答えた。

「ローマ方面の照会待ちです。身元確認中ですが、かなり古いです」

「かなり古い」

「それ以上はまだ言えません」

ブリュンヒルデはムッソリーニに告げた。

「あなたの処理は以下の通りです」

ミストは記録板を構えた。

「一、ヴァルハラ中央席申請は却下ではなく、管轄外保留」

「保留だと」

「却下以前の段階です」

「侮辱ではないか」

「分類です」

「二、ローマ系審査機関へ照会」

ラードグリーズが判を押す。

「三、戦争責任特別調査室に予備登録」

ラーズグリーズが判を押す。

「四、自称ローマ継承に関する異議申立受付」

受付係が別紙を出す。

「五、演説による列妨害について警告一」

ミストが小さく書き込む。

ムッソリーニは目を剥いた。

「演説による列妨害?」

「はい」

「演説は私の権利だ」

「列の進行を妨げています」

「私は民衆に語りかけている」

後ろに並んでいた老兵が言った。

「こっちは番号を待っているだけだ」

別の兵士がうなずいた。

「語りかけられても困る」

ヴァイキングも言った。

「我は斧のことで忙しい」

ムッソリーニは周囲を見回した。

誰も熱狂していない。

拍手もない。

掛け声もない。

彼の前にあるのは壇上ではなく、受付窓口。

彼の手にあるのは旗ではなく、98番の番号札。

ミストは、その光景を見て思った。

演説家にとって、整理番号ほど似合わないものはない。

ブリュンヒルデは静かに言った。

「ベニート。管轄照会が終わるまで、待合席へ」

「私は待たぬ」

「では警告二です」

「待つ」

ムッソリーニは即答した。

証言聴取席の方で、アドルフがほんの少しだけ顔を上げた。

そして何かを言いかけた。

ラーズグリーズが遠くから言った。

「発言申請なし」

アドルフはまた黙った。

ムッソリーニは待合席へ案内された。

そこには、異界連絡室用の木製長椅子が並んでいる。

壁には大きな掲示があった。

異界連絡室からのお知らせ

神話圏をまたぐ自己申告には時間がかかります

「私は英雄だ」は証明書類ではありません

「昔はすごかった」も証明書類ではありません

帝国の後継を名乗る方は、先代関係者からの異議申立にご注意ください

ムッソリーニは掲示を読み、苦い顔をした。

その横に、別の来訪者が座っていた。

派手なマントを羽織った男で、やはり何かの王か将軍を自称しているようだった。

彼はムッソリーニに番号札を見せた。

「君は98番か。私は41番だ」

ムッソリーニは黙った。

「長いぞ」

「黙れ」

「ここでは皆、そう言う」

待合席の奥で、ラードグリーズが次の番号を呼んだ。

「13番の方、ギリシャ方面照会窓口へ」

遠くで誰かが立ち上がった。

その間にも、黄金門では新しい死者が来る。

ナチ幹部関係者の書類も増えている。

ゲッベルスは反省文作成室で、二枚目の比喩をまた削られている。

ゲーリングは財産目録で「由来不明」と書こうとして、受付係に「不明ではなく未申告です」と直されている。

シュペーアは営繕課で、ヴァルハラ東棟の増築計画を見せられて頭を抱えている。

ヒムラーは番号のない部屋から戻らない。

アドルフは証言を聞いている。

そしてムッソリーニは、98番の札を握りしめ、待合席で腕を組んでいた。

ミストは研修記録に書いた。

自称する帝国と、認められる管轄は別である。

続けて、もう一行。

演説は列を進めない。

ブリュンヒルデはその記録を読み、少しだけ目を細めた。

「よい所感です」

「ありがとうございます」

「ただし、業務記録には書かないように」

「はい」

その時、待合席の方からムッソリーニの声が響いた。

「いつまで待たせるつもりだ!」

ラードグリーズが答えた。

「98番の方、現在13番です」

「進んでいないではないか!」

「進んでいます。一つ進みました」

ヴァイキングが感心したように言った。

「役所とは強いな」

騎士がうなずいた。

「城より落としにくい」

ブリュンヒルデは綴じ帳を閉じた。

黄金門の上では、戦勝旗が静かに揺れている。

戦士の館は栄光に満ちている。

だが、その入口には番号札がある。

そして番号札の前では、皇帝も総統もドゥーチェも、順番を待つしかない。

戦士の館は、今日も事務処理中である。

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作者について

財団法人はるな会

財団法人はるな会

人とAIによる共著作品発表のため団体という形のペンネームにしました。複数の世界を、ゆっくり旅する物語を書いていきます。ChatGPTことチャティを相棒としてストーリーの概要や場面についてを対話する形で...

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