にしめ湯っ娘ランドの夜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
日没になっても、雪は止まなかった。
にしめ湯っ娘ランドの窓の外は、ずっと白いままだった。国道7号線の方は見えたり見えなかったりを繰り返し、道の駅にしめの駐車場に停めた90式も、また雪をかぶり直している。
シオナは窓辺に立ち、しばらく外を見てから言った。
「今日はここまでだね」
ミズホは地図を閉じた。
「うん。夕方から動く天気じゃない。泊まろう」
サヤは畳の上で足を伸ばしたまま、少しだけ残念そうな顔をした。
「湯っ娘ランドって名前なのに、温泉は駄目かあ」
施設内は通電していた。
照明は弱いが点く。水も出る。シャワーの湯も、少し待てば温かくなる。
けれど、大浴場の湯船は空だった。
温泉の汲み上げは止まっている。
管理する人がいないため、浴槽に湯を張ることも、循環や温度管理をすることもできない。はまなすのように避難拠点として維持されているわけではなく、ここはただ、電気と水回りの一部だけが残っている無人施設だった。
ミズホは浴場の入口に貼られた古い案内を見て言った。
「源泉のポンプが止まってるんだと思う。管理なしで浴槽を使うのは危ないし、湯船は諦めよう」
サヤは肩を落とした。
「昨日が露天雪ダイブだったから、落差がすごい」
「毎日あんなことしなくていい」
ミズホが即答する。
シオナはシャワーの蛇口を確認した。
最初は冷たい水。
しばらく出していると、ぬるくなり、やがて温かい湯になった。
「でも、体は洗える」
その一言で、サヤの顔が少し戻った。
「それは大事」
「かなり大事」
ミズホもうなずいた。
雪の中で90式を確認し、道の駅から施設まで移動し、濡れた手袋や上着を分けて、何度も寒い外気に触れた。汗をかいたというより、冷えと湿気が服の中に残っている感じだった。
湯船に浸かれなくても、温かいシャワーで体を流せるだけで十分ありがたい。
三人は短時間でシャワーを使うことにした。
「長く使わない。いつ止まるか分からないし」
ミズホが言う。
サヤは乾いた着替えを抱えて答えた。
「分かってる。今日は雪に突っ込まない」
「それは当たり前」
「一応宣言」
シオナは少し笑った。
「じゃあ入ろう。お湯で流すだけも気分が違う」
「そうだね」
「うん。早く温まろう」
湯船のない浴場は、少し寂しかった。
広い空間に、使われていない浴槽がぽっかりと沈黙している。窓の向こうでは雪が降り続いているのに、湯気の立つ風呂はない。
それでも、シャワーから温かい湯が出た。
サヤは髪を濡らしながら、小さく息を吐いた。
「これはこれで文明」
ミズホが聞こえたらしく、少しだけ笑った。
「また文明」
「だって文明でしょ。雪の日にお湯が出るんだよ」
「それはそう」
シオナもその言葉には同意した。
湯船はない。
温泉もない。
でも、お湯は出る。
終末後の冬では、それだけで十分すぎることがある。
サヤ、ミズホ、シオナは体を洗い、髪を拭き、乾いた服へ着替えた。
ワークマンで補充した厚手の靴下と防寒インナーが、今日も当たり前のように役に立った。
客室へ戻る頃には、三人とも少しだけ表情が緩んでいた。
サヤは布団の上に座り込み、髪をタオルで包んだ。
「温泉じゃなかったけど、生き返った」
ミズホは濡れたタオルを分けながら言った。
「体を洗えるだけでも大きいね。冷えたまま寝るよりずっといい」
シオナは窓の外を見た。
雪はまだ止まない。
道の駅の灯りはほとんど見えず、90式も白い影になっている。
「ここがあってよかった」
「うん」
ミズホはノートを開き、記録に書き足した。
にしめ湯っ娘ランドは無人。
温泉汲み上げ停止。大浴場の湯船使用不可。
通電と給湯は一部生存。シャワーにより洗体可能。
雪のため宿泊継続。
サヤが覗き込む。
「洗体可能って書くと、なんか業務記録っぽい」
「業務記録だから」
「じゃあ最後に、湯船はなかったが文明はあった、って書いて」
「書かない」
「ええ」
シオナは小さく笑いながら、教本を脇に置いた。
「でも、意味は合ってる」
ミズホは少し考えてから、記録の端に小さく付け加えた。
湯船なし。
ただし、温かいシャワーはありがたい。
サヤは満足そうにうなずいた。
「よし」
外では吹雪が続いている。
今日はもう動けない。
けれど、体は洗えた。
服は乾いたものに替えた。
寝る場所もある。
シオナは湯気の立つお茶を持ちながら、静かに言った。
「進めなかったけど、悪い一日じゃない」
サヤはすぐに答えた。
「うん。温泉はなかったけど」
ミズホが続ける。
「シャワーはあった」
「それ大事」
「かなり大事」
三人はその夜、にしめ湯っ娘ランドの客室で眠ることにした。
外の雪は、まだ止む気配を見せなかった。
だが、湯船のない温泉施設にも、ちゃんと助けられるものは残っていた。
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