晴れ間の国道7号線
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
翌朝、にしめ湯っ娘ランドの窓の外は明るかった。
昨日までの吹雪が嘘のように、雪は止んでいる。
空は完全な青空ではないが、雲の切れ間から薄い光が差していた。国道7号線の方も、白く霞んではいない。
サヤは客室の窓を開ける代わりに、ガラス越しに外を見て言った。
「今日は見える」
ミズホは布団を畳みながらうなずいた。
「風も弱い。これなら出られると思う」
シオナは地図を広げていた。
「秋田市内まで、距離は43kmくらい」
サヤが少し明るい顔になる。
「近い?」
「普通の車なら近い。でも、私たちは30km以上出さない」
ミズホがすぐに計算する。
「平均25kmくらいで見て、途中点検を入れても午前中には秋田市の入口まで行けるね」
シオナはうなずいた。
「焦らない。秋田市内に入ることが目的で、早く着くことが目的じゃない」
「出た、神町以降のシオナ」
サヤが言う。
「慎重運転の人」
「昨日までの雪を見たら、そうなる」
シオナは短く答えた。
三人は簡単な朝食を取った。
湯船は使えなかったが、昨夜シャワーを浴びられたおかげで体は軽い。温かい汁物と保存食、少しの干し柿。食後にはいつものように装備を確認した。
濡れた手袋はまだ少し湿っている。
乾いた手袋を出す。
防寒インナーを整える。
長靴と外作業用の靴を確認する。
医療ケース、記録袋、士気袋。
そして整備教本。
サヤが整備教本を見て言った。
「それ、今日も読む?」
シオナは教本を袋に戻しながら答えた。
「読むというより、持っておく。昨日読んだから、今日は見るところが分かる」
ミズホがうなずく。
「じゃあ、点検しよう」
外に出ると、空気は冷たかった。
吹雪ではない。
それだけで、体が少し楽に感じる。
ただし、90式はまた雪をかぶっていた。砲塔、車体上面、外部ラック、濡れ物箱、ハッチ周りに白い雪が積もっている。
サヤはブラシを持って息を吐いた。
「毎朝これだね」
ミズホが手袋をはめる。
「冬の旅の朝礼みたいなものだと思うしかない」
「朝礼が重い」
シオナは車体の前に立ち、昨日の教本の記憶をたどりながら確認した。
「ハッチ周りから。視界装置、砲口カバー、外部ラック。履帯周りは最後に見る」
「分かった」
三人は手早く雪を落とした。
全部を完璧にきれいにする必要はない。
走行と確認に支障が出る場所を優先する。シオナはもう、それを分かり始めていた。
サヤが外部ラックの雪を払う。
「ラック固定、見た感じ大丈夫」
ミズホが濡れ物箱の蓋を開け閉めする。
「蓋、凍りつきなし。中の袋も大丈夫」
シオナは履帯周りを見た。
「大きな氷雪の詰まりなし。音が変だったらすぐ止める」
「今日は秋田まで行けるかな」
サヤが聞く。
シオナは少しだけ空を見た。
「行けるところまで。まず秋田市の入口」
「了解じゃなくて、分かった」
サヤが自分で言い直す。
ミズホが笑った。
「普通でいいって」
点検を終えると、三人はにしめ湯っ娘ランドの受付にメモを残した。
雪のため一泊しました。
温泉汲み上げ停止、大浴場使用不可。
シャワーを使わせてもらいました。
これより国道7号線を北上し、秋田市方面へ向かいます。
神町、舟形、庄内、にかほ方面の生存確認あり。
ミズホはメモを置いたあと、少しだけ施設内を見回した。
「ここも助けてくれたね」
サヤが言う。
「湯船はなかったけど、シャワーはあった」
シオナもうなずいた。
「十分だった」
三人は90式に乗り込んだ。
シオナは操縦席。
サヤは車長ハッチ側。
ミズホは地図と記録袋を持つ。
シオナは前方を確認し、静かに言った。
「出発する」
90式はゆっくり動き出した。
国道7号線は、昨日とは別の道のようだった。
雪は残っている。
路肩も白く、ところどころ凍っているように見える。
だが、視界はある。前方の道筋が見える。これだけで、昨日の吹雪とはまるで違った。
シオナは速度を上げなかった。
20km/h台。
見通しの良い直線でも30km/hを超えない。
橋、交差点、放置車両の近くではさらに落とす。
サヤが外を確認する。
「前方、道は開けてる。路肩に雪。車は少ない。右側、建物あり」
ミズホが地図を見る。
「このまま北上。秋田市までは43km。途中で一度止まって車体確認を入れよう」
「分かった」
シオナは短く答えた。
車内には、いつもの音がある。
エンジン。履帯。雪を踏む振動。外部ラックのわずかなきしみ。昨日より、その音がよく聞こえる気がした。
教本を読んだからだろうか。
それとも、止まる日を重ねたからだろうか。
シオナは、90式をただ動かしているのではなく、連れて行っているような感覚を覚え始めていた。
サヤがぽつりと言った。
「秋田市内って、どんな感じなんだろうね」
ミズホは少し間を置いて答えた。
「県庁所在地だから、完全に無人ってことはないと思いたい。でも、市街地が大きい分、発症や混乱もあったはず」
「入るの怖い?」
「怖くないと言えば嘘になる」
シオナは前を見たまま言った。
「深入りはしない。まず入口で止まって、情報を探す。人がいれば接触する。危なければ離れる」
サヤがうなずく。
「いつものやつだ」
「うん。いつものやつ」
それが少し頼もしく聞こえるようになっていた。
途中、広い場所を見つけて一度停車した。
三人は外へ出て、ハッチ周り、外部ラック、濡れ物箱、履帯周りを確認した。風は冷たいが、吹雪ではない。短時間なら作業できる。
サヤは空を見上げた。
「このまま持ってくれるといいね」
ミズホが答える。
「日本海側の空は信用しすぎない」
「教訓が増えた」
シオナは履帯を確認し終え、立ち上がった。
「問題なし。進もう」
再び90式は北へ進んだ。
秋田市が近づくにつれ、建物が増えていく。
道路も広くなり、放置車両も少しずつ目立ち始めた。雪に埋もれた看板、閉じた店舗、動かない信号機。けれど、どこかに人の手が入ったような跡もある。
除雪されたような道の端。
車が寄せられた形跡。
新しい足跡かもしれないもの。
サヤが外を見て言った。
「ここ、人がいるかも」
ミズホはノートに書いた。
「秋田市南部に接近。生活痕跡あり。詳細未確認」
シオナは速度をさらに落とした。
「午前中に入れたね」
ミズホが時計を見る。
「うん。安全運転でも午前中に秋田市域へ入った」
サヤが少しだけ息を吐いた。
「秋田まで来たんだ」
その言葉に、三人は少し黙った。
神町から北へ。
舟形、新庄、最上川、酒田、にかほ、西目。
吹雪に止められ、温泉施設に逃げ込み、雪を落とし、また進んだ。
そして今、秋田市の入口にいる。
シオナは前方の市街地を見た。
「ここからは慎重に行く」
ミズホがうなずいた。
「市街地へ入る前に、止まれる場所と引き返せる道を見ながら」
サヤは車長ハッチ側で外を確認する姿勢を整えた。
「見てる」
90式はゆっくりと秋田市内へ入っていった。
急がない。
30km/hも出さない。
白く残る雪の上を、重い車体が慎重に進む。
午前の薄い光の中、三人はついに秋田へたどり着いた。
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