秋田駐屯地の夕食卓
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
三人が秋田駐屯地側との情報交換を続けていた頃、外から車両の音が聞こえてきた。
最初は除雪車かと思った。
だが、音は一台ではない。低いディーゼル音がいくつも重なり、雪を踏むタイヤの音が駐屯地の構内に近づいてくる。
サヤが窓の方を見た。
「車がたくさん、戻ってきた?」
秋田側の隊員がうなずく。
「物資調達班です。今日は市街地外縁と郊外倉庫の確認に出ていました」
シオナたちは促されて、廊下の窓から外を見た。
構内に入ってきたのは、自衛隊車両だけではなかった。
中型トラック、四輪駆動車、行政名の入ったワゴン、電力関係者らしい作業車。何台かが連なって、指定された荷下ろし場所へ入っていく。
自衛隊だけでなく、市役所、県庁、港湾、電力、農協関係者が混ざった混成コンボイだった。
その先頭車両から降りた男性が、駐屯地内に停まっている90式を見つけて足を止めた。
「……え、戦車?」
隣の市職員らしい女性も目を丸くした。
「なんで戦車が増えてるんですか」
近くにいた整備隊員が、妙に慣れた顔で答えた。
「南から来たそうです」
「南から?」
「山形の神町駐屯地を経由して東京から来たようです」
その一言で、戻ってきた人々の顔つきが変わった。
驚き半分、疑い半分。
だが、東京という地名はそれだけ重かった。
荷下ろし場では、今日の収穫が確認されていった。
米袋がいくつか。
業務用の乾麺。
未開封の缶詰。
学校給食用と思われる乾物。
紙おむつや衛生用品。
ポリタンクに入れた燃料。
薬局から回収した消毒液と包帯類。
冷え切った箱の中には、まだ使えそうな根菜もあった。
コンボイの責任者らしい自衛官が、司令部要員に報告する。
「南西側の倉庫群は一部確認できました。奥はまだ車両が詰まっています。市街中心部へは入っていません。回収できたのは主に保存食、衛生用品、燃料少量です」
行政側の男性も続けた。
「農協側から米の追加提供あり。ただし精米設備の稼働時間が限られます。電力班と調整が必要です」
電力関係者が肩の雪を払いながら言う。
「港側の通電は今日も短時間なら可能です。ただ、負荷を増やすなら優先順位を決めないと無理です」
そのやり取りを、三人は少し離れて聞いていた。
神町では駐屯地と農村。
舟形では温泉と共同体。
にかほでは風力と避難施設。
秋田では、都市の残り火を束ねるように、いくつもの組織がぎりぎりの調整を続けている。
ミズホが小さく言った。
「大きい町は、大きい町の残り方をするんだね」
サヤは荷下ろしされる米袋を見ながらうなずいた。
「人も物も、まだある。でも、その分まとめるのが大変そう」
シオナは駐屯地内の90式を見た。
「ここに来た意味、あるね」
その日の夕食は、食堂で少し賑やかになった。
普段より豪華というほどではない。
米飯、味噌汁、漬物、缶詰と根菜の煮物、少量の魚の加工品。けれど、物資調達班が戻った日ということもあって、食堂には人の声が多かった。
三人も席を用意され、秋田駐屯地の隊員、市職員、県庁関係者、電力関係者、港湾関係者と同じ卓に混ざった。
サヤは椀を持って、しみじみと言った。
「米がちゃんと出る……」
隣に座った市職員の女性が笑った。
「秋田ですから。米だけは、どうにか守らないと」
ミズホが答える。
「本当にありがたいです」
シオナも味噌汁を飲んで、短くうなずいた。
「体が戻る感じがします」
食事が少し落ち着くと、情報交換が始まった。
秋田側は、南から来た三人に強い関心を持っていた。
神町、舟形、新庄、庄内、にかほ、西目。そこまでの情報はすでに説明していたが、今度はもっと南の話になった。
「東京方面は、どこまで分かりますか」
県庁関係者の男性が尋ねた。
シオナは箸を置いた。
「私とサヤは東京から出ました。正確には、東京を脱出して、千葉、茨城方面へ移動しました。東京中心部は、もう人が集まりすぎていて……危険でした」
食堂の空気が少し静かになった。
サヤが続けた。
「最初は、まだ避難とか情報とか、何とかなると思ってる人が多かったです。でも駅とか大きい道路とか、商業施設とか、人が集まる場所から一気に駄目になっていった感じでした」
シオナは言葉を選びながら話した。
「都心は、感染そのものもそうですが、人の密度と移動の多さが致命的でした。発症者が出た場所から逃げる人たちが、また別の場所へ広げてしまう。行政機能も完全に止まったというより、対応しようとしているうちに、人と情報の量に押し潰されたように見えました」
電力関係者が低く言った。
「東京は、やはり……」
シオナはうなずいた。
「少なくとも、私たちが見た範囲では、中心部に戻れる状況ではありませんでした」
次に、千葉の話になった。
サヤが話した。
「千葉は、場所によってかなり違いました。東京寄りは厳しかったです。でも内陸や海沿いの一部は、まだ人が残っている感じがありました。全部が一気に駄目になったわけじゃない」
シオナも補足する。
「ただ、道路は場所によって詰まっていました。車で逃げた人が多かったので。燃料も、使える場所と使えない場所の差が大きかったです」
ミズホは少し姿勢を正した。
「私は水戸の病院から来ました」
秋田側の医療関係者らしい女性が、すぐに反応した。
「病院は、どうでしたか」
ミズホはしばらく黙った。
それから、静かに答えた。
「最初は、受け入れる側でした。発熱者、怪我人、家族を探す人、避難先を求める人。病院だから、みんな来るんです。でも、病院は安全な場所ではありませんでした」
その声は落ち着いていたが、サヤは横で少しだけミズホを見た。
「医療スタッフも患者も減っていきました。感染を分けようとしても、人手が足りない。物資も足りない。連絡も途切れる。最後は、病院として機能していたというより、残った人たちで何とか区画を分けてしのいでいる状態でした」
食堂の誰も茶化さなかった。
ミズホは続けた。
「水戸周辺も、中心部は厳しかったです。ただ、郊外や農村部、海沿いには残っている人がいました。大洗方面は、港と海沿いの施設があるので、完全に無人ではありませんでした」
港湾関係者が聞いた。
「大洗港は使えていましたか」
「私たちが見た時点では、完全な港湾機能ではありません。でも港周辺に人の気配はありました。物資を集めたり、海沿いの施設を使ったりしていたようです。船が通常運航できる状態かまでは、確認できていません」
シオナが付け加えた。
「大洗は、東京や水戸から離れた人たちの一部が流れていました。ただ、長く留まれるかは別です。港、燃料、食料、医療、それぞれが細く残っている感じでした」
秋田側の自衛官が地図を見ながら言った。
「東京、千葉、茨城、大洗。そこから土浦、宇都宮、神町、秋田まで……」
彼は一度言葉を切った。
「線として見ると、大きい」
ミズホはうなずいた。
「私たちが全部を見たわけではありません。けれど、点はあります。完全に途切れているわけではないです」
サヤが言った。
「人が残ってる場所は、ちゃんとあるんです。ただ、お互いに知らないだけで」
その言葉に、食堂の何人かが黙ってうなずいた。
秋田側からも情報が出された。
秋田市中心部は、初期対応で人が集まり、今は危険区域として扱われていること。
県庁と市役所の機能は一部を分散し、駐屯地、港湾、郊外施設を使っていること。
秋田港周辺は限定的に活動中で、燃料と倉庫の確認が続いていること。
能代方面、大館方面、青森方面はまだ不明瞭であること。
由利本荘、にかほ方面とは細くつながっているが、雪で連絡がよく途切れること。
シオナはその話を聞きながら、地図を見ていた。
ここまで来た。
けれど、ここから先も大きい。
サヤが小声で言った。
「次は能代?」
ミズホは地図を見たまま答えた。
「たぶん。でも、秋田側の話を聞いてから」
シオナはうなずいた。
「私たちだけで決めない。ここには、秋田の人たちがいる」
それは今までと違う感覚だった。
神町でも、舟形でも、にかほでも、人に助けられてきた。
けれど秋田では、三人の持ってきた情報そのものが、誰かの判断材料になっている。
ただの旅人ではなくなっている。
食後、秋田駐屯地の司令部要員が三人に言った。
「今夜は駐屯地に泊まってください。明日、北方面の道路状況と連絡先を整理します。能代方面へ進むかどうかは、その後で相談しましょう」
シオナは頭を下げた。
「ありがとうございます」
サヤは少しだけほっとした顔をした。
「今日は屋根とご飯がある」
ミズホが続ける。
「それに情報も」
秋田側の隊員が静かに言った。
「こちらこそ、南の情報をありがとうございます。神町が生きている。それだけでも、かなり大きい」
その夜、秋田駐屯地の食堂には、いつもより少し長く人が残っていた。
雪の外から帰ってきた物資調達班。
南から90式で来た三人。
行政、電力、港湾、自衛隊。
それぞれが持ち寄ったものは、米や缶詰だけではなかった。
道の情報。
人の情報。
電気の情報。
港の情報。
そして、生きている場所の情報。
終末後の秋田の夜に、食堂の灯りは強くはなかった。
けれど、その弱い灯りの下で、北と南の線が初めてつながり始めていた。
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