101号線を避ける夜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
能代のホテルの一室で、三人は地図を広げていた。
外は静かだった。
にかほや西目で聞いたような、窓を叩く雪の音はない。だが、静かだからといって安心できるわけではないことを、三人はもう知っている。
テーブルの上には、秋田駐屯地でもらった道路情報のメモ、道の駅や施設で拾った観光地図、ミズホのノート、そして能代市周辺の広域地図が重ねられていた。
サヤが地図を覗き込む。
「ここから北に行くなら、海沿いに出る道もあるんだよね」
ミズホは地図上の線を指でたどった。
「ある。米代川を渡って、能代の沿岸側へ出て、国道101号線を北上する形」
「青森に近そうには見える」
「近そうには見えるけど」
ミズホはそこで言葉を切り、地図をさらに見た。
シオナも身を乗り出した。
能代から日本海側を北へ伸びる道。
そこには国道101号線がある。だが、その周辺には90式が安心して選べるような大きな迂回路がほとんど見えなかった。
海。
山。
集落。
川。
橋。
狭い区間。
そして一本道に近い国道。
シオナはしばらく黙っていた。
「ここ、塞がれたらきついね」
ミズホがうなずく。
「うん。101号線が生きていれば分かりやすい。でも、もし途中で橋が駄目だったり、放置車両で詰まっていたり、吹き溜まりで進めなくなったら、戻るしかない」
サヤは顔をしかめた。
「戻るにも時間がかかるやつだ」
「そう。しかも海沿いだから、天気が急に変わる可能性がある」
その言葉で、三人ともにかほの露天風呂を思い出した。
いや、露天風呂ではない。そこへ逃げ込む前の白い道。
道の駅鳥海を出たあと、急に視界が消えていったあの感じ。
サヤが小さく言った。
「海沿いの雪は、もう分かった」
シオナは地図の101号線を見た。
「90式なら道が悪くても進める、って考えたくなるけど」
ミズホが続ける。
「でも、90式でも道そのものが使えなかったらどうにもならない。橋、トンネル、狭い場所、落石、倒木、放置車両。一本道は逃げ場が少ない」
「それに」
シオナは低く言った。
「止まる場所が限られる」
サヤは頷いた。
「にかほみたいに、ちょうど逃げ込める場所があったから助かったけど、毎回そうとは限らないもんね」
「うん」
シオナは今度は国道7号線を見た。
能代から内陸寄りへ進み、二ツ井方面へ。
さらに大館へ。
そこから弘前方面へ抜ける道。
ミズホが説明する。
「国道7号線を通る方が距離としては回り込む感じになる。でも大きめの道が続く。二ツ井、鷹巣、大館と、段階的に町を確認できる。迂回候補も101号線より多い」
サヤが地図を見ながら言った。
「海沿いを一気に行くより、町をつないでいく感じか」
「そう」
ミズホは国道7号線の上に指を置いた。
「まずは道の駅ふたつい。ここなら能代から近いし、国道沿いで広い。道路状況を見るにも、休憩するにも、情報を探すにもいい」
シオナは少し考えた。
「明日の第一目標を、道の駅ふたついにする」
サヤが頷く。
「そこまで行って、まだ行けそうなら先へ?」
「うん。でもまずはそこまで。天気と道路と90式の状態を見る」
ミズホがノートに書く。
明日、国道7号線を東へ。
第一目標、道の駅ふたつい。
沿岸101号線は当面避ける。
理由、一本道に近く迂回困難。海沿いの天候急変リスク。橋・狭隘部・放置車両時に撤退困難。
7号線は大館方面への接続、途中拠点、迂回候補が多い。
サヤはその文字を見て、少し安心したように息を吐いた。
「決まると落ち着くね」
シオナは地図から目を離さなかった。
「決まったけど、楽な道ってわけじゃない」
「うん」
「大館へ行くなら山もある。雪もある。内陸だから全部安全というわけじゃない」
ミズホがうなずいた。
「だから、明日は道の駅ふたついまでを一区切りにする。そこでまた判断」
サヤはベッドに腰を下ろした。
「最近、毎日そんな感じだね。一区切りまで行って、そこでまた決める」
シオナは少しだけ笑った。
「それでここまで来たから」
部屋の中には、ホテルの弱い照明が灯っていた。
窓の外には能代の夜がある。雪は降っていない。だが、遠くの空は暗く、明日もこのまま保つかは分からない。
ミズホはノートを閉じた。
「能代で補給できたのは大きい。ドラッグストアで医療品も増えた。カイロもある。食料も少し増えた。燃料は秋田で満タン。今のうちに無理しないルートを選ぶべきだと思う」
サヤが小さく笑う。
「満タンだからって遠回りで遊びに行くわけじゃないもんね」
「そう。余裕がある時ほど、危ない道を避ける」
シオナはその言葉に頷いた。
「明日は30km以上出さない。ふたついまで行って、路面と天気を見る。大館へ進むかどうかは、その後」
「了解……じゃなくて、分かった」
サヤがまた自分で言い直した。
ミズホが笑った。
「もうそれ、癖になってる」
「神町の名残だね」
シオナは窓の外を見た。
東京を出た頃、自分はここまで地図を読むようになるとは思っていなかった。
道を選ぶことは、ただ目的地へ向かうことだと思っていた。
今は違う。
道を選ぶことは、引き返せる余地を残すこと。
止まれる場所を探すこと。
誰かにつながる可能性を見ること。
そして、90式を無事に次の朝まで連れていくことだった。
サヤが布団を広げながら言った。
「じゃあ明日は、まずふたつい」
ミズホが答える。
「まずふたつい」
シオナも静かに言った。
「まず、道の駅ふたつい」
その夜、三人は能代のホテルで眠った。
沿岸へは出ない。
海風の一本道には入らない。
国道7号線をたどり、大館へ向かう。
その第一歩として、明日は道の駅ふたついを目指す。
地図の上で選んだその線は、遠回りに見えた。
だが、今の三人には、それがいちばん進むための道に見えていた。
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