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第十五話 いけない子

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/29 📚 シリーズ: 野薔薇のアリス〜溺愛白うさぎと忘れられた約束〜 📝 7,575文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

〜不思議の国のアリスをモチーフにした作品です〜 十四歳の少女アリスは、姉の結婚式の日、白兎に導かれて“不思議の国”へ迷い込む。 そこにいたのは、白兎の姿を持つ美青年ノア。 優しく甘くアリスを守る彼は、この国に隠された秘密を知っていた。 「君はこの国を選んだんだ」 失われた八年前の記憶。 薔薇の鍵。 ハートの女王。 そして、白兎の隠した小さな昨日。 守られているのか、閉じ込められているのか。 アリスは信じたい気持ちと疑う心を抱えながら、自分自身の物語を取り戻していく。 可憐で不穏な、童話ファンタジー。 白兎は、私を救いに来たの? それとも、もう二度と帰さないために迎えに来たの?

本文

第十五話 いけない子

 それからしばらく、変わり映えのない日常が続いた。

 少なくとも、ノアの前ではそう見えるようにしていた。

 朝起きて、ノアと一緒に朝食を作る。

 ハートの城へ行き、ノアの執務室で資料整理をする。

 夕方には家へ戻り、夕食を食べて、ノアの「おやすみ」を聞いて眠る。

 穏やかで、優しくて、少し不思議な日々。

 けれどアリスは、その中でずっと探していた。

 帰るための糸口を。

 最初は包丁の持ち方ひとつ危なっかしかったアリスも、今ではムラサキねむりかぶを切る時、野菜のあくびにつられて包丁を落とさないくらいには慣れていた。

 ノアは相変わらず、にんじん柄のエプロンをつけて台所に立つ。

 白銀の髪をゆるくまとめ、白い兎耳をぴんと立て、眠たげな野菜を当然のように刻んでいく。その姿は可愛らしくて、少しおかしくて、けれど妙に頼もしかった。

「アリス、指」

「分かっています」

「分かっている子ほど危ないんだよ」

「その言い方、おじい様みたいです」

「それは光栄だね」

 ノアはそう言って、砂糖菓子みたいに甘く笑う。

 その笑顔を見るたび、アリスの胸は少しだけ温かくなった。

 同時に温かくなる自分が、少し怖かった。

 ここは帰る場所ではない。

 そう何度も思うのに、朝の匂いも、焼きたてのパンも、白い指が差し出すカップも、少しずつアリスの中へ入り込んでくる。

 まるで、この国に根を張ってしまうみたいに。

 朝食を終えると、二人でハートの城へ向かう。

 アリスは灰茶色の髪を緑のリボンで結び、オリーブ色の瞳をした“子ぶた娘ルーシー”として、ノアの隣を歩いた。

 城では、ノアの執務室で資料整理をする。

 日付順に書類を並べる。赤い紐で束ねる。青い印のついたものは別にする。最初はただの紙束にしか見えなかった書類も、だんだん意味の違いが分かるようになってきた。

 扉の報告書。

 夢鳥の飛行記録。

 薔薇園の色彩管理。

 異界干渉の微細な揺れ。

 読めば読むほど、この国の“普通”が少しずつ分かっていく。けれど同時に、自分がまだ何も知らないことも思い知らされた。

 アリスは、書類を整えるふりをしながら、目につく言葉を少しずつ拾った。

 立ち入り禁止区域。

 境界の揺れ。

 閉鎖された通路。

 異界との接続記録。

 けれど、長く見すぎてはいけない。

 ノアは優しかった。

 アリスが疲れていれば紅茶を淹れてくれる。眠そうにしていれば、何も言わず上着をかけてくれる。知らない料理に戸惑えば、先にひと口食べて「大丈夫」と笑ってくれる。

 その優しさは、嘘には見えなかった。

 だからこそ、ノアの時折見せる行動がひどく不気味だった…。

 アリスが扉の報告書を長く見ていると、いつの間にか背後に立っている。

 禁止区域の文字を見つけて指を止めた時だけ、甘い声が少し低くなる。

「ルーシー、それは君が読むものじゃないよ」

 そう言って、いつもの甘い笑顔で微笑む。

 けれど、その書類は次の日には棚から消えていた。

 そういうことが、何度かあった。

 ノアが執務室を離れる時は、必ず鍵をかけていった。

 カチャリ、と扉の向こうで鍵が回るたび、胸の奥が冷たくなる。

 ノアの手のひらの上で生かされている。

 甘い紅茶と、柔らかな毛布と、優しい声で、少しずつ帰り道を忘れさせるのかもしれない。

 あれ以来、ガルと会うことはなかった。

 廊下ですれ違うことも、執務室に訪ねてくることもない。あの日の会話が夢だったのではないかと思うほど、ガルはアリスの前から姿を消した。

 けれど、彼の言葉は残っていた。

 『節度を持った行動をお願いします』

 あの静かな忠告だけが、胸の奥に残っている。

 ノアへの不信感は日々募っている。

 消えた花畑。

 鍵のかかった部屋。

 夢と記憶の狭間でみた、幼い自分に向けられていた小瓶。

 それらはアリスの胸の奥に、小さな棘のように残っていた。

 けれど、一緒にいる時間が長くなればなるほど、ノアはアリスの日常にもなっていった。

 朝、彼の声で一日が始まる。

 夜、彼の「おやすみ」で一日が終わる。

 パンの焼ける匂い。紅茶を淹れる白い指。書類に目を通す横顔。眠そうにしていると、何も言わず上着をかけてくれる手。

 アリスが足元を見失いそうになると、彼は必ず少し前で待っていた。

 ノアは家族のようだった。

 兄のようで、祖父のようで、時々それよりもずっと近い。

 この不思議な国で、アリスが朝起きて最初に探してしまう人になっていた。

 だからこそ、苦しかった。

 帰りたいと思う自分が、ノアを裏切っているように感じることがあった。

 でも、帰りたい。

 それもまた、嘘ではなかった。

 お姉様がいる。

 父と母の薔薇園がある。

 おじい様が守ろうとした土地がある。

 叔父レオニクとエドワードが好き勝手にしている屋敷を、そのままにしておくことなどできない。

 アリスは、自分の帰る場所を忘れたくなかった。

 たとえこの国に温かい食卓があっても。

 たとえノアの隣が、少しずつ安心できる場所になっていても。

 帰らなければならない場所がある。

 だから、アリスは良い子の顔をした。

 何も気づいていないふりをした。

 ノアの隣で笑いながら、書類の言葉を覚え、街の道順を覚え、扉の噂を拾った。

 ノアに怪しまれないように。

 ルーシーとして。

 けれど、胸の奥ではずっとアリスとして。

*

 そんなある日。

 その日はノアの仕事が休みで、二人は家で過ごしていた。

 昼食を終えたあと、ノアは庭仕事をすると言って外へ出た。裏庭の花はもうなくなってしまったけれど、小さな畑の世話は相変わらず丁寧にしているらしい。

 アリスは自分の部屋にいた。

 窓辺に座り、膝に本を開いていた。けれど、文字はほとんど頭に入ってこない。

 視線は何度も窓の外へ向かった。

 庭ではノアが白いシャツの袖をまくり、土を整えている。髪を軽く後ろで結び、兎耳が時々ぴこりと揺れていた。

 その姿は穏やかだった。

 何も隠していないように見えた。

 誰かを傷つけるような人には、どうしても見えなかった。

 だからこそ、胸の奥が苦しくなる。

 信じたい。

 でも、何も知らないままではいられない。

 このままでは、きっと自分は慣れてしまう。

 鍵の音にも。

 ルーシーという名前にも。

 帰れない日々にも。

 ノアの隣にいることにも。

 それが、何より怖かった。

 そう思った時だった。

 ドンッ!!

 突然、窓に黒い影がぶつかった。

「きゃっ」

 アリスは小さく声を上げ、本を取り落とした。

 慌てて窓へ駆け寄る。

 屋根の上に、黒いカラスが倒れていた。羽を広げ、目を回している。首には小さな筒が巻きつけられていた。

 アリスは庭を見た。

 ノアは畑の方にいる。

 こちらには気づいていない。

 心臓が、強く鳴った。

 今なら。

 そう思ってしまった自分に、アリスは少しだけ息を呑んだ。

 けれど、手は止まらなかった。

 アリスはそっと窓を開けた。身を乗り出すと、少し足元がすくむ。けれど屋根は思ったより広く、手を伸ばせばカラスに届きそうだった。

「大丈夫?」

 アリスはカラスをそっと抱き上げ、部屋の中へ入れた。

 ベッドの上に布を敷いて寝かせる。カラスは「カァ……」と情けない声を漏らした。怪我はしていないようだ。ただ、勢いよく窓にぶつかって目を回しているだけらしい。

 水を少し含ませ、羽を整えてやる。

 それから、首に巻かれていた筒を外した。

 中には一通の手紙が入っていた。

 封には、おかしな時計屋の印。

 アリスの心臓が強く跳ねた。

 もう一度、窓の外を見る。

 ノアはまだ庭仕事をしている。

 気づいていない。

 アリスは震える指で封を開けた。

 そこに書かれていた内容は、短かった。

『時計、直った。取りに来るなら今日がいい。明日になると昨日へ戻る。塩は百杯まで。――時計屋』

 時計が直った。

 帰るための時計が。

 アリスは、手紙を胸元に押し当てた。

 息が浅くなる。

 胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。

 帰れるかもしれない。

 お姉様に会えるかもしれない。

 屋敷へ戻れるかもしれない。

 でも、ノアには言えない。

 言えばきっと止められる。

 守るためだと言って、また鍵をかけるかもしれない。

 アリスは手紙を素早く畳み、ドレスの内側へ隠した。

 カラスはようやく目を覚まし、ぼんやりした様子で首を振っている。

「ごめんなさい。少しここで休んでいてね」

 アリスは小さく囁いた。

 窓の外では、ノアが何も知らずに畑の土を整えていた。

 その白い背中を見て、アリスの胸が痛んだ。

 今、自分は秘密を持った。

 ノアに言えない秘密を。

 それは、アリスにとって初めての小さな反抗だった。

 その日の午後、ノアが言った。

「久しぶりに街へ買い物に行こうか」

 アリスは一瞬、息を止めた。

「街へ?」

「うん。食材も買いたいし、ルーシーの服も少し増やした方がいい。ずっと同じ服じゃ退屈だろう?」

 街へ行ける。

 時計屋へ行く機会がある。

 けれど、ノアも一緒だ。

 隙を見つけなければならない。

 アリスは、できるだけ自然に笑った。

「行きたいです」

「よし。じゃあ支度しよう」

 ノアは嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔に、また罪悪感が刺さる。

 街は相変わらず賑やかだった。

 歪んだ屋根。喋る看板。勝手に開く小さな扉。行き交う獣耳の人々。空を泳ぐ魚型のランタン。

 ノアはいつものように、アリスの少し横を歩いていた。

 近すぎず、遠すぎず。

 けれど今日は、その距離がいつもより狭く感じた。

 カフェでお茶をした。

 アリスは甘いミルクティーを頼み、ノアは白い花が浮いた紅茶を飲んだ。彼は時々、アリスのカップが空になっていないか確かめ、菓子皿を少しこちらへ寄せてくれた。

 その自然な優しさが苦しかった。

 洋服屋にも入った。

 ノアは淡い緑のリボンをアリスの髪に当てて、「こっちも似合う」と笑う。

 アリスはうまく笑い返した。

 でも頭の中は、ずっと時計屋のことでいっぱいだった。

 どうすればいい。

 どうすれば、ノアから離れられる。

 ノアは隙がなかった。

 買い物をしていても、カフェで席を立っても、彼の視線は必ずアリスを追っていた。

 束縛されているわけではない。

 むしろ、優しく見守られている。

 でも今のアリスにとって、その優しさは柔らかな檻だった。

 その時、八百屋の前でアリスの目が止まった。

 木箱いっぱいに、紫色のかぶが並んでいる。

 ムラサキねむりかぶ。

 切る時にあくびをする、あの野菜。

 アリスの頭に、小さなひらめきが落ちた。

 これなら。

「ノア」

「うん?」

「今日は、良いねむりかぶを選ぶ練習がしたいです」

 ノアが少し驚いたように目を丸くした。

「急に勉強熱心だね」

「料理の手伝いをするなら、素材の選び方も覚えたいんです」

「いい心がけだ」

 ノアは嬉しそうに笑った。

 その笑顔に、また胸が痛む。

 ごめんなさい。

 心の中で呟きながら、アリスはノアを八百屋の前へ連れていった。

 箱の中には、大量のねむりかぶが詰まっていた。

 どれも丸々としていて、つややかで、とても眠そうだった。

「良いものは、葉がしっかりしていて、皮に張りがあるもの」

 ノアが説明する。

「あと、あくびが上品なもの」

「上品なあくび?」

「ふぁあ、くらいが良い。ふごぉ、は育ちすぎ」

 ノアは真面目だった。

 アリスも真面目な顔で頷く。

 その間にも、ねむりかぶたちは次々とあくびをした。

「ふぁ……」

「ふぁあ……」

「ふぁ……ぁ」

 ノアの白い耳が、少し下がる。

 赤い瞳がとろんとしてきた。

 効いている。

 アリスはさらに、袋いっぱいにねむりかぶを買った。

 袋の中で、かぶたちは小さくあくびを繰り返す。

 ノアは歩きながら、少しずつ眠そうになっていった。

「ノア、大丈夫ですか?」

「うん……少し、眠いだけ」

「公園のベンチで休みましょう」

「そう、だね……」

 アリスはノアの手を引いて、公園へ向かった。

 芝生の中に、白いベンチがあった。

 ノアをそこへ座らせると、彼は珍しく抵抗しなかった。

「少し横になった方がいいです」

「アリスが、看病してくれるの?」

 眠そうな声で、ノアが笑った。

 いつもより幼い顔だった。

 アリスの胸が、きゅっと痛くなる。

「はい。だから休んでください」

「良い子だね……」

 ノアはそう言うと、ふらりと身体を傾けた。

 そして、そのままアリスの膝に頭を乗せた。

 アリスは固まった。

「ノ、ノア?」

「少しだけ……」

 白銀の髪が膝の上に広がる。

 白い耳が力なく垂れる。

 長いまつげが伏せられ、赤い瞳が隠れた。

 眠っているノアの顔は、少し幼く見えた。

 いつもの甘い笑顔も、掴みどころのない軽さもない。そこにいるのは、長く何かを抱えて疲れてしまった青年のようだった。

 アリスの心臓が、うるさく鳴った。

 膝の上の重み。

 近い呼吸。

 甘い薔薇のような香り。

 この人を置いていく。

 そう思った瞬間、胸が痛んだ。

 でも。

 帰らなければ。

 アリスは唇を噛んだ。

 そっとノアの頭を持ち上げる。

 起こさないように、ゆっくり、ゆっくり。

 ベンチの上に彼の頭を下ろし、白い外套を少し引き寄せて身体にかけた。

「ごめんなさい」

 小さく呟く。

 ノアは眠ったままだった。

 アリスは立ち上がり、走り出した。

 時計屋へ。

 時間がない。

 ノアが起きる前に。

 時計塔は相変わらず、空へ突き刺さるようにそびえていた。

 アリスは見上げる間も惜しんで、中へ駆け込んだ。

 階段を登る。

 一段。

 また一段。

 前に来た時よりも身体は動く。

 それでも千二百三十四段は容赦がなかった。

 息が苦しい。

 足が震える。

 脇腹も少し痛む。

 けれど止まらなかった。

 帰るため。

 お姉様のため。

 屋敷のため。

 そして、自分の意志で選ぶため。

 アリスは歯を食いしばって登った。

 ようやく頂上に着いた時には、肺が焼けるようだった。

 扉を開ける。

 中では、相変わらずおかしな時計屋が机の上に座っていた。

「客人! 遅い! いや、早い! どちらにしても机に座れ!」

 アリスは息を切らしたまま言った。

「塩は百杯でお願いします」

 時計屋の目が輝いた。

「百杯! 分かっておる! 百は美しい数だ。一杯、二杯、三杯……」

 時計屋が嬉々として塩を数え始める。

 アリスはその隙に奥の部屋へ向かった。

「確か……針を回していたわよね」

 前回、ノアがやっていた動きを思い出す。

 大きな柱時計。

 長針を右へ。

 短針を左へ。

 秒針を少し引っ張って、弾く。

 指が震えた。

 でも、やるしかない。

 アリスは慎重に針を動かした。

 ボーン。

 ボーン。

 低い音が響く。

 小さな扉が開き、中から服を着たカエルが出てきた。

「おや」

 フロロは丸眼鏡の奥からアリスを見た。

「今日は一人かな?」

「はい。受け取りを頼まれて来ました」

 アリスはポケットから手紙を取り出す。

「手紙もここにあります」

 フロロは手紙を受け取り、ふむふむと頷いた。

「確かに、うちの手紙だね」

 胸が少しだけ軽くなる。

 疑われなかった。

 フロロは奥の小箱から真鍮の懐中時計を取り出した。

「完全ではないが、動くところまでは戻したよ。あとは針の機嫌次第だね」

 アリスは両手で時計を受け取った。

 手のひらに、ずしりとした重みが落ちる。

 これが。

 これさえあれば。

「ありがとうございます」

「ただし、気をつけなさい」

 トードが言った。

「時計は道具だが、道具は持ち主の心に反応する。気持ちが空回りすれば、望まぬ場所へ飛ぶこともある」

「……はい」

 アリスは頷いた。

 今は、それでもいい。

 少なくとも、このまま何もしないでいるよりは。

 アリスは足早に部屋を出た。

 時計屋はまだ塩の杯数を数えている。

「四十七杯、四十八杯、昨日の四十九杯……」

 アリスは息を潜め、ゆっくりと横を通り過ぎた。

 時計塔の扉を抜けた瞬間、少女は深く息を吐いた。

「はぁ……」

 手の中には、真鍮の懐中時計があった。

 古びた金色の蓋。細い鎖。薔薇と兎と鍵の紋様。

 壊れていたはずのそれは、今、掌の中でかすかに熱を帯びている。

 成功した。

 これで、帰れる。

 そう思った、その時だった。

「まったく」

 階段の下から、声がした。

 甘いのに、冷たい声。

「いけない子だね……」

 身体が凍りついた。

 ゆっくり振り返る。

 螺旋階段の下から、白い影が上ってくる。

 白銀の髪。

 血のように澄んだ赤い瞳。

 月の光を集めたような、長い白兎の耳。

 彼はいつものように微笑んでいた。

 砂糖菓子みたいに甘く、やわらかく、綺麗な笑顔。

 けれど、その笑顔には人の温度がなかった。

 その恐怖さえ、綺麗な時計の歯車みたいに眺めている。

「ノア……」

「探したよ」

 一段ずつ階段を上がってくる。

 こつ。

 こつ。

 こつ。

 靴音が、冷たい石壁に響いた。

 彼が近づくたびに、凍るような緊張感が増していくのが分かった。

 震える手で時計を胸元に抱きしめる。

「私は帰ります」

「家に?」

 彼の赤い瞳が、わずかに細くなる。

「あの場所にもう君の居場所はないよ」

 胸の奥を、細い針で刺されたようだった。

 けれど、顔を上げる。

「それでも大切な場所です」

 ノアの笑みが、ほんの少し鋭くなった。

 その瞬間、気づいてしまった。

 白兎は、最初から自分を自由にする気がなかったのだ。

 アリスは窓辺へ向かった。

 時計塔の丸い窓。

 外には雲が広がり、その下にワンダラーの街が小さく見える。

 怖い。

 足がすくむ。

 けれど、その時だった。

 胸元の真鍮の時計が、かすかに震えた。

 カチ。

 カチ。

 カチ。

 止まっていたはずの針が、ひとりでに動き出す。

 窓の外の空が、青白く歪んだ。

 風が吹き込む。

 ただの空ではなかった。

 そこには、細い光の輪が浮かんでいた。

 扉と呼ぶには頼りない。

 道と呼ぶには、不安定すぎる。

 けれど、確かに何かが開いている。

 アリスは息を呑んだ。

 これが帰り道かどうかは分からない。

 ガルの言葉が、胸の奥をよぎる。

 ー扉は、すべてが帰り道とは限りません。

 分かっている。

 それでも。

 今ここで立ち止まれば、また何も知らないまま守られるだけになる。

「アリス」

 ノアの声が低くなった。

 怒鳴ってはいなかった。

 焦ってもいなかった。

 ノアはただ、淡々と告げる声で言った。

「運命は、決して君を離さないよ」

 その静けさが、何より怖かった。

 アリスは振り返る。

 目に涙が滲んでいた。

「さようなら、ノア」

 ノアの赤い瞳が、大きく見開かれる。

 アリスは時計を胸に抱きしめた。

 帰れる保証なんてない。

 けれど、ここに残れば、帰るための意志まで眠ってしまう気がした。

 だから、選ぶ。

 自分の足で。

 アリスは、青白い光の中へ飛び込んだ。

「……アリス!」

 ノアの声が聞こえた。

 次の瞬間、世界は光に飲み込まれた。

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作者について

ニワコ

ニワコ

ChatGPTと協力しながら物語を書いています。フォロー大歓迎! キャラクターやお話の流れは、すべてオリジナルで、AIには主に文章作成や表現の整理を手伝ってもらっています。 ずっと頭の中にあった物...

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