矢立ハイツの宴会場の表紙画像

矢立ハイツの宴会場

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/29 📚 シリーズ: 終末世界90式の旅 📝 3,407文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう

本文

道の駅やたて峠の建物から少し移動すると、雪の中に大館矢立ハイツの建物が見えた。

山の中の温泉宿泊施設らしい、少し古びた落ち着いた外観だった。

看板には雪が積もり、入口の周囲にも白い層ができていたが、人の手は入っていた。完全に放棄された建物ではない。玄関前だけは雪が払われ、出入りできるようになっている。

巡回班の年配の男性が、肩についた雪を払いながら言った。

「今日はここに泊まるといい。峠を越えるなら明日の朝だ」

シオナは北へ続く国道を見た。

道はまだ見える。

だが、雪は降り続いている。山の上の方は白く曇り、境目が分からない。

進めるかもしれない。

でも、進まない方がいい。

その判断を、今のシオナは素直に受け入れられた。

「お世話になります」

三人は90式を建物から少し離れた広い場所に停めた。すぐに出られる向きで、通路を塞がない位置に置く。外部ラック、濡れ物箱、砲口カバー、ハッチ周りを確認し、降り始めた雪を軽く払う。

サヤは車体を見上げた。

「また白くなってきたね」

ミズホが濡れた手袋を確認しながら言う。

「明日の朝も除雪からだね」

「冬の朝礼」

サヤがそう言うと、シオナが少し笑った。

「もう慣れてきた」

「慣れたくないけどね」

三人は必要な荷物だけを持って、大館矢立ハイツの中へ入った。

館内は薄暗かった。

電気は一部だけ生きているらしく、廊下の奥で弱い照明がついている。暖房は全館ではなく、使う部屋と共用部分だけに限っているようだった。

和室を一部屋あてがわれた。

畳。

押し入れの布団。

低い机。

窓の外には、雪に沈む山と国道。

サヤは荷物を置くと、畳に手をついた。

「和室、落ち着く」

ミズホは室内を確認した。

「窓は無事。布団も使える。照明は弱いけど、手持ちのランタンを足せば大丈夫」

シオナは窓から外を見た。

90式が見える。

雪をかぶり始めた重い車体が、駐車場の端に静かに停まっている。

「ここでよかった」

その言葉に、サヤもミズホもうなずいた。

昼食は宴会場を使うことになった。

かつては団体客や会合の客が食事をしたのだろう広い部屋に、今は長机がいくつか並べられている。派手な料理はない。だが、温かい汁物、米飯、漬物、缶詰を使った煮物、少量の乾物が並んでいた。

巡回班の人たちも一緒だった。

大館側の市職員。

消防団の人。

道路管理経験者。

碇ヶ関側から来た作業服の女性。

そして、地域の連絡役らしい年配の男性。

サヤは椀を持って、心底ありがたそうに息を吐いた。

「温かいご飯、助かります」

消防団の男性が笑った。

「こっちも、こんな客が来るとは思わなかったよ。90式で来る三人組なんて、昔なら冗談にもならん」

「今でも冗談みたいです」

サヤが答えると、少しだけ場が和んだ。

食事をしながら、情報交換が始まった。

まずミズホが、南側の経路を説明した。

神町駐屯地。

舟形の共同体。

新庄、最上川沿い、酒田。

にかほ、秋田駐屯地、能代、大館。

どこに人がいて、どこで電気が残り、どこで雪に足止めされたか。

巡回班の人々は黙って聞いていた。

年配の男性が言った。

「秋田駐屯地とつながったのは大きいな。大館側は、南の情報が細切れだった」

ミズホはうなずいた。

「こちらも、青森側の情報がほとんどありませんでした」

碇ヶ関側の女性が、汁物の椀を置いて言った。

「青森側も同じです。碇ヶ関、大鰐までは、細々とですが交流があります。お互いに無理のない日に、峠や国道沿いを見て、情報を置くくらいですが」

シオナはその地名を地図で確認した。

「大鰐までは、人がいるんですね」

「ええ。温泉施設や公共施設を使って、何とか残っています。大きな拠点ではありませんが、食料も水も完全に途切れてはいません」

サヤが少し身を乗り出した。

「弘前は?」

その問いに、宴会場の空気が少し重くなった。

碇ヶ関側の女性は、言葉を選ぶようにして答えた。

「弘前市とは、終末後は連絡が取れていません」

シオナは箸を止めた。

「まったく?」

「はい。少なくとも、私たちの範囲では」

道路管理経験者の男性が続けた。

「終末の前後、弘前市街では軽いパニックがあったと聞いています。駅、病院、市役所、商業施設、避難所。人が集まりました。警察も出た。自衛隊も出た。混乱を抑えようとしたんだと思います」

ミズホは静かに聞いていた。

「その対応で、人が集まりすぎた?」

男性はうなずいた。

「結果としては、そうです。発症者を分ける前に、人の流れが広がってしまった。警察も自衛隊も、止めるために出たのに、現場に出た人たちから感染が広がったらしい」

宴会場はしばらく静かになった。

それは誰かを責める話ではなかった。

止めようとした人たちがいた。

助けようとした人たちがいた。

そして、それがかえって広げてしまった。

ミズホは小さく言った。

「病院でも、同じようなことがありました」

サヤはミズホを見たが、何も言わなかった。

シオナは地図の弘前市のあたりを見つめた。

「それ以降は不明」

碇ヶ関側の女性はうなずいた。

「はい。大鰐より先、弘前中心部までは、こちらから確実に確認できていません。行こうとした人もいましたが、戻ってきた情報は断片的です。道路が完全に使えないわけではないようですが、中心部に入るのは避けています」

消防団の男性が言った。

「青森市はもっと厳しいと見ています」

サヤが顔を上げる。

「青森市も?」

「新幹線がありますからね」

年配の男性が言った。

「終末の初期、首都圏から逃げる人、戻る人、家族を迎えに行く人、いろんな人の流れがあった。東北新幹線で青森まで来た人流が多かったんです」

ミズホが補足するように言った。

「日本海側より、人の流れが太かった」

「そうです。秋田や大館の日本海側、内陸側は、もちろん被害はありました。でも青森市側は、交通の結節点として感染が入りやすかった。駅、港、市街地、避難所。広がり方が大きかったと聞いています」

シオナは地図上の青森市を見た。

青森。

大湊へ向かうには、いずれ青森県内のどこかを通らなければならない。だが、青森市そのものが安全とは限らない。

サヤがぽつりと言った。

「じゃあ、弘前も青森市も、簡単には入れないね」

碇ヶ関側の女性が頷いた。

「入るなら、情報を集めてからです。少なくとも、矢立峠を越えた勢いでそのまま弘前市街へ入るのは勧めません」

シオナは静かに答えた。

「分かりました」

ミズホはノートに記録していく。

碇ヶ関、大鰐までは細い交流あり。

弘前市とは終末後連絡途絶。

終末前後、弘前市街で軽いパニック。警察・自衛隊出動により人の集中と感染拡大。以降不明。

青森市は新幹線による首都圏からの人流が大きく、日本海側より感染拡大が大きかった可能性。

サヤはその文字を見て、少し眉を寄せた。

「大湊までは、まだ遠いね」

シオナは椀の湯気を見つめた。

「でも、青森側に人がいることは分かった。碇ヶ関と大鰐まではつながってる」

ミズホが言った。

「明日は峠を越えて、まず碇ヶ関。そこから大鰐。弘前市街へは、すぐには入らない方がいい」

「うん」

シオナはうなずいた。

「弘前は、外縁から見る。無理に中心へは行かない」

年配の男性が満足そうにうなずいた。

「それがいい。90式でも、入る場所を間違えれば出られなくなる」

サヤは少しだけ苦笑した。

「それ、最近何度も言われてます」

「それだけ大事なことなんだよ」

宴会場の窓の外では、雪が降っていた。

だが、建物の中には温かい汁物と、人の声があった。

この場所は、県境の手前だった。

秋田と青森の境目。

分かっている場所と、分からない場所の境目でもあった。

シオナは食事を終えたあと、地図をもう一度見た。

矢立峠。

碇ヶ関。

大鰐。

弘前。

青森。

大湊。

線は続いている。

けれど、その線の上には、空白が増えていく。

それでも、今日ここで得た情報は大きかった。

弘前が危ないかもしれないこと。

青森市の感染が大きかったかもしれないこと。

碇ヶ関と大鰐までは人がいること。

そして、明日の峠越えは朝にするべきだということ。

サヤは食後のお茶を両手で包みながら言った。

「今日、ここで止まってよかったね」

ミズホはうなずいた。

「うん。進まないで得られる情報もある」

シオナは窓の外の雪を見た。

「明日、越えよう」

誰も急かさなかった。

誰も勢いで進もうとは言わなかった。

矢立ハイツの宴会場で、三人は青森側の厳しさを知った。

同時に、そこにもまだ人がいることを知った。

峠の向こうは、完全な闇ではない。

ただ、慎重に進まなければならない白い道だった。

ジャンル・タグ

, , , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 0 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

財団法人はるな会

財団法人はるな会

人とAIによる共著作品発表のため団体という形のペンネームにしました。複数の世界を、ゆっくり旅する物語を書いていきます。ChatGPTことチャティを相棒としてストーリーの概要や場面についてを対話する形で...

👥 フォロワー: 6人

作者ページを見る