大鰐の臨時拠点
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
道の駅いかりがせきで得た情報は、三人の予定をはっきり変えた。
碇ヶ関に人がいる。
大鰐までは細くつながっている。
そして、大鰐町地域交流センターには、弘前駐屯地から撤退してきた自衛隊の一部が拠点を作っている。
シオナは道の駅の外で、90式の車体を見上げた。
雪は降っている。
だが、風は強くない。
視界もある。
「大鰐まで行く」
サヤはうなずいた。
「弘前のことを聞くなら、そこだよね」
ミズホも地図を確認しながら答えた。
「国道7号線を進んで、大鰐で県道198号線の方へ入る。大鰐駅の近く。地域交流センターはその周辺」
シオナは短く息を吐いた。
「行こう。今日の目的地は大鰐」
碇ヶ関の人たちに礼を言い、三人は90式に乗り込んだ。
道の駅いかりがせきを出ると、国道7号線は雪の中を北へ伸びていた。
峠を越えた後の道は、秋田側とはまた違う静けさがあった。集落の気配はある。だが、車の流れはない。生活が完全に消えたわけではないが、道そのものは大きく息を潜めている。
シオナは慎重に進んだ。
碇ヶ関から大鰐までは、無理な距離ではない。
しかし、初めて入る青森側の道だった。
そしてその先には、連絡の取れない弘前がある。
サヤは外を見ながら言った。
「道は通れるね」
ミズホが地図を見て答える。
「うん。除雪の跡もある。碇ヶ関と大鰐の間は本当に使われてるみたい」
シオナは前方を見たまま言った。
「人が通ってる道は、見れば分かるようになってきた」
「シオナ、道路の気配を読む女になってる」
サヤが言うと、ミズホが少しだけ笑った。
「実際、大事な技能だと思う」
「褒めたつもりだったんだけど」
「褒めてる」
雪の中を進み、大鰐の町へ入った。
国道7号線から県道198号線との分岐に近づく。シオナは速度を落とし、ミズホの案内に従ってそちらへ入った。
大鰐駅近くの町並みは、静かだった。
温泉地らしい建物。
閉まった店。
雪をかぶった看板。
だが、完全な無人ではない。
道路の一部は明らかに除雪されていた。
交差点の角には案内板があり、矢印とともに「地域交流センター」と書かれていた。
サヤが前方を見て声を落とした。
「……車が多く停まってる」
ミズホも地図から顔を上げた。
大鰐町地域交流センターの近くには、広い駐車場があった。
そこに自衛隊車両が何台も停まっていた。トラック、四輪駆動車、資材を積んだ車両。さらに、駐車場の一角には天幕が展開されている。
人の動きがあった。
防寒服の自衛官。
腕章をつけた役場関係者らしい人。
地元の人。
雪かき道具を持つ者。
荷物を運ぶ者。
終末後に見てきたどの場所とも違う拠点の姿だった。
そしてそこへ、90式が入っていった。
駐車場の入口で、見張りに立っていた自衛官が動きを止めた。
驚きは隠せていない。だが、すぐに周囲へ声をかけ、誘導のために手を上げた。
シオナはその合図に従い、通行の邪魔にならない広い場所へ90式を停めた。
エンジンを落とす。
静寂が戻った。
その直後、周囲の視線が一斉に三人と90式へ向いた。
シオナたちはハッチから出て、車体を降りた。
先に近づいてきたのは、現場指揮官らしい自衛官だった。年齢は40代ほど。顔には疲れがあり、だが目は鋭く、状況を見る癖が染みついているようだった。
「どこから来たんですか」
問いは短かったが、威圧ではなかった。
ただ、あまりにも普通でないものが目の前に来たため、確認しなければならないという声だった。
シオナは姿勢を正した。
「東京方面からです。この90式は東京で見つけて、ここまで移動手段として使ってきました。秋田駐屯地、大館、矢立峠、碇ヶ関を経由して来ました」
指揮官の眉がわずかに動いた。
「東京から、これで」
「はい」
ミズホが記録ノートを差し出した。
「神町、舟形、庄内、にかほ、秋田、大館方面の情報があります。碇ヶ関で、こちらに弘前駐屯地から撤退した部隊がいると聞きました」
指揮官は少し黙った。
それから、周囲の隊員に短く指示を出した。
「車両はそのままに。三人を中へ。話を聞く」
三人は地域交流センターの中へ案内された。
建物内には、避難所と指揮所と役場機能が混ざったような空気があった。
掲示板に貼られた道路情報。
地図。
手書きの名簿。
医療品の箱。
発電機の運用表。
食料配分の予定。
一室に通されると、指揮官は地図を広げた。
「まず、こちらから話しましょう。弘前の状況を知りたいでしょう」
シオナはうなずいた。
「はい。私たちは大湊へ向かっています。ただ、弘前市街と青森市の状況が分からず、どう進むべきか判断できていません」
指揮官は一瞬だけ目を細めた。
「大湊か」
その言葉には、驚きと、どこか理解のようなものが混じっていた。
「なら、弘前へ不用意に入るのは勧めない」
彼は地図の弘前市街を指した。
「終末前後、弘前市街は崩れました。最初は軽いパニックだった。発症者が出て、病院へ人が向かった。家族を連れてくる者、車で逃げる者、駅へ向かう者、役所へ情報を求める者。市街の中で人と車が一気に増えた」
ミズホはノートを開いた。
指揮官は続けた。
「問題は、医療機関が集まっていたことだ。弘前総合医療センター、弘前中央病院、弘前大学付属病院。弘前駅の東側、市街の中で、医療を求める人の流れが集中した」
ミズホの手が止まった。
病院。
その言葉は、彼女にとってただの施設名ではなかった。
指揮官は淡々と話している。だが、その内容は重い。
「道路は詰まった。救急車も、一般車も、家族を乗せた車も、徒歩の人も、全部が混ざった。発症者を分ける前に、人の流れが過密になった」
サヤが小さく言った。
「それで、警察と自衛隊が」
「市から出動要請が出た。警察も出た。我々も出た。最初は交通整理と避難誘導、病院周辺の整理だった。だが、人が多すぎた。発症者が増え、叫び声が増え、車が動かなくなった」
指揮官は弘前駅周辺を指で押さえた。
「中心街は沈黙しました。人が多い場所ほど先に沈んだ」
部屋の中が静かになった。
シオナは地図を見ていた。
だが、そこに見えているのは線や文字ではなく、人と車で埋まった街だった。
「火災も起きた」
その言葉に、三人は同時に顔を上げた。
サヤが声を落とした。
「火災……?」
「市街で複数発生した。原因は分からない。事故か、放置された火か、衝突か。だが消防も動けなかった。道路が詰まり、隊員も感染し、現場に近づけない。火は広がった」
ミズホはペンを握ったまま、しばらく書けなかった。
指揮官は続けた。
「大規模に焼けた区画がある。弘前市街の全部ではない。だが、中心部の機能はそこで大きく失われた」
シオナは息を吸った。
市街地の火災。
三人がそれを聞くのは、ここが初めてだった。
「弘前駐屯地は」
シオナが聞いた。
指揮官の顔が少しだけ硬くなった。
「維持が難しくなった。市街への対応で人員を出し、戻れなかった者もいる。発症者も出た。駐屯地内だけを守ることも考えたが、周辺との交通が不安定になり、孤立の危険が高くなった」
彼は大鰐を指した。
「発症しなかった隊員、動ける隊員、持ち出せる装備と車両をまとめて、大鰐まで下がった。ここは役場機能と地域の協力が残っていた。弘前の外縁を見ながら、青森方面と大湊方面への情報を集めるには、ここがまだましだった」
サヤは唇を噛んだ。
「撤退って、そういう……」
指揮官は静かに言った。
「逃げたと言われても仕方ない。だが、あのまま市街に飲まれれば、誰も残らなかった」
ミズホはようやくノートに書き始めた。
弘前市街、終末前後に医療機関集中地域へ人流集中。
弘前総合医療センター、弘前中央病院、弘前大学付属病院周辺で車両・避難者・救急動線が過密化。
警察・自衛隊に出動要請。
交通整理・避難誘導中に感染拡大。
中心街沈黙。
火災複数発生。消防活動困難。市街大規模消失区画あり。
弘前駐屯地機能維持困難。非発症・行動可能隊員が大鰐へ撤退。
大鰐町地域交流センターを拠点化。
シオナは地図から目を離せなかった。
弘前は、ただ危ない町ではなかった。
助けようとした人たちが入り、病院へ向かった人たちが集まり、道が詰まり、火が出て、消防も動けず、駐屯地までもが支えきれなくなった町だった。
東京と似ていた。
水戸とも似ていた。
でも、弘前には弘前の崩れ方があった。
指揮官は三人を見た。
「大湊へ向かうなら、弘前中心部は避けろ。必要なら、こちらで外縁ルートを検討する。青森市方面も簡単ではない。だが、むつ方面へ抜ける可能性はまだ残っている」
シオナは静かにうなずいた。
「私たちは、勢いで市街に入るつもりはありません。大鰐で情報を聞いてから決めるつもりでした」
「それで正解だ」
指揮官は少しだけ表情を緩めた。
「東京からここまで来たなら、無茶だけで来たわけではないんだろう」
サヤが小さく言った。
「無茶は、ちょっとはありました」
ミズホが即座に補足した。
「今は減らしています」
指揮官はほんの少し笑った。
「それならいい」
外では、雪が降り続いていた。
大鰐町地域交流センターの駐車場には、自衛隊車両と天幕が並び、その端に東京から来た90式が停まっている。
ここで、三人は初めて弘前の火災を知った。
弘前駐屯地がなぜ大鰐へ下がったのかを知った。
北へ進む道は、また形を変えた。
弘前を抜ける道ではない。
弘前を避け、青森市の危険を見極め、大湊へつなぐ道。
その道を探すために、三人は大鰐の拠点に合流した。
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