浪岡の夜と青森自動車道
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
浪岡中央公民館の夜は、これまで泊まってきた無人のホテルや温泉施設とは違っていた。
人の声がある。
鍋の湯気がある。
子どもの泣き声があり、誰かがそれをあやす声がある。
職員らしい人が名簿を確認し、自衛官が出入口と駐車場を見回り、避難してきた人たちが毛布を運んでいる。
三人は避難所の一角に荷物を置いたあと、夕食の列に並んだ。
食事は豪華ではなかった。
米飯、味噌汁、保存食を使った煮物、少しの漬物。
それでも、温かいものを大勢で食べるというだけで、空気は少し柔らかかった。
サヤは椀を受け取りながら、小さく言った。
「人が多い場所でご飯食べるの、久しぶりかも」
ミズホは周囲を見た。
「避難所って感じだね」
「うん。でも、福島のモールとも違う」
その言葉に、ミズホは少しだけ黙った。
それから、静かにうなずいた。
「ここはまだ、ゆっくり落ち着ける場所じゃないね」
三人は隅の席に案内され、避難民たちと一緒に夕食を取った。
最初は、やはり90式の話になった。
「本当に東京から来たのか」
「どこを通ってきたのか」
「秋田の方はどうなっているのか」
「弘前は見たのか」
「大湊へ行くって本当か」
質問は次々に来た。
シオナは一つずつ答えた。
東京で90式を見つけたこと。
サヤと出会ったこと。
ミズホを水戸から連れてきたこと。
神町、舟形、庄内、にかほ、秋田、大館、矢立、大鰐を経てここまで来たこと。
弘前市街には入っていないこと。
大鰐で、弘前駐屯地から撤退してきた人たちに話を聞いたこと。
避難民の中には、弘前の話で表情を曇らせる人もいた。
青森市街から逃げてきた人は、青森の様子を少しずつ話してくれた。
「青森の中心部も、ひどかったです。でも、弘前みたいに大きく燃えたとは聞いていません」
年配の女性が、味噌汁の椀を持ったまま言った。
「人は多かったんです。駅も、市役所の方も、病院も。でも……最後は、騒ぎが消えていった。人が減って、音がなくなっていった」
その言葉に、サヤは箸を止めた。
「減っていった……」
「ええ。最初は人も車も多くて、怒鳴り声もしていました。でも何日かすると、逆に静かになっていったんです。首都圏の映像で見たみたいな、人が極端に少なくなった街になって」
ミズホが静かに聞いた。
「感染者は多かったけれど、弘前のように火災や車両密集で街が丸ごと崩れたわけではない」
「そう聞いています。もちろん中心部は危険です。でも、弘前とは崩れ方が違ったんだと思います」
シオナは黙ってその話を聞いていた。
東京の終わり方。
弘前の終わり方。
青森の終わり方。
どれも同じではない。
人が多いから同じように壊れるわけではない。
道の詰まり方、病院の位置、火の出方、対応に出た人の動き方。
少しずつ違う条件が、街の沈み方を変えていった。
夕食の後、浪岡側の自衛官が三人を地図のある部屋へ呼んだ。
そこには青森市周辺の地図が広げられていた。
青森市中心部。
新青森駅。
青森駐屯地。
浪岡。
青森自動車道。
浪岡IC。
青森中央IC。
自衛官は地図を指しながら説明した。
「第9師団は壊滅したわけではありません。ただ、人員はかなり減っています。青森駐屯地にも残っていますが、神町のように広い範囲を面で支えるだけの規模ではありません」
シオナはうなずいた。
「青森駐屯地と浪岡を結ぶ程度が限界」
「そうです。中心市街へ大きく入って救助や整理をする余力はない。今は青森駐屯地と浪岡、周辺の避難地点を細くつなぐことを優先しています」
ミズホが地図に目を落とす。
「浪岡から青森市中心部へ直接入るのは避けた方がいい」
「避けるべきです。ただし、青森自動車道の浪岡ICから青森中央ICまでの区間は、こちらで確認しています」
サヤが顔を上げた。
「高速、使えるんですか」
「少なくとも、その区間は安全確認済みです。避難者輸送や連絡で使っています。放置車両は処理済み。路面も見ています」
シオナは少しだけ眉を寄せた。
「料金所や入口は、90式で通れますか」
自衛官はそこも想定していたように、すぐ答えた。
「問題ありません。通常の料金所のレーンは開け放ってありますし、管理用の広い通行経路も開けています」
サヤが小さく息を吐く。
「擦らないんだ」
ミズホが淡々と言った。
「大事な確認」
「かなり大事」
シオナもそこは真剣にうなずいた。
90式は頑丈だ。
だが、だからといって料金所や施設を壊して通っていいわけではない。
壊さなくていいものは壊さない。
大館で言ったことを、ここでも守る。
自衛官は続けた。
「青森中央ICまで行けば、青森駐屯地側と連絡が取れます。そこから先、大湊方面へどう抜けるかは、青森駐屯地の情報を聞いて判断してください」
ミズホはノートに書いた。
青森市中心部は感染者多数。
弘前のような大規模火災・中心街焼失とは異なる。
首都圏のように人が極端に少なくなった状態。
第9師団は壊滅ではないが人員減。
青森駐屯地と浪岡を結ぶ程度が限界。
浪岡ICから青森中央ICまでは青森自動車道の安全確認済み。
管理用通路を通って90式通行可。
サヤは地図を見ながら言った。
「じゃあ明日は、高速で青森中央まで行けそうですか?」
「天候と路面次第です」
自衛官が答えた。
「ただ、一般道で中心部へ近づくよりは安全です」
シオナは地図を見た。
浪岡から青森中央。
そこから青森駐屯地。
その先に、下北と大湊。
道がまた少しだけ見えた。
「お願いします」
シオナはそう言った。
「明日、天候が許せば、その区間を使わせてください」
「分かりました」
その後、三人は仮設風呂へ案内された。
自衛隊が設置した風呂だった。
建物の中ではなく、敷地の一角に組まれた仮設の入浴設備。周囲を仕切り、時間で男女を分け、湯を管理している。
サヤは湯気を見て、少し目を丸くした。
「ここでもお風呂作っているんだ」
ミズホが言った。
「土浦でもお世話になった自衛隊の野外入浴設備だね。避難所では本当に助かると思う」
シオナは頷いた。
「神町でも思ったけど、お風呂があると人が戻る感じがする」
三人は時間を割り当ててもらい、仮設風呂に入った。
大きな温泉旅館の湯船とは違う。
露天の風情もない。
だが、湯は十分に温かく、体を洗える場所があり、順番を待つ人たちの声が外から聞こえた。
避難所の風呂だった。
サヤは肩まで湯に浸かり、ほっと息を吐いた。
「なんか、安心するね」
ミズホは髪をまとめながら答えた。
「人のために用意されたお風呂だからかな」
シオナは湯気の向こうで目を閉じた。
青森市中心部は、まだ分からない。
弘前とは違う形で、人が少なくなった街。
青森駐屯地は残っているが、十分ではない。
第9師団も、かつての力をそのまま保っているわけではない。
けれど、浪岡には人がいた。
食事があった。
仮設風呂があった。
道路を確認し、通れる道を示してくれる人がいた。
それは大きかった。
風呂から上がると、避難所の一角に戻った。
マットと毛布が三人分並んでいる。周囲には避難民の寝息や小さな話し声がある。
サヤは毛布にくるまりながら言った。
「明日は高速かあ」
ミズホが横になりながら答える。
「短い区間だけどね。浪岡ICから青森中央ICまで」
「料金所で引っかからないって聞いて安心した」
シオナは少し笑った。
「私も」
「本当に心配してたんだ」
「してた」
サヤは毛布の中でくすっと笑った。
ミズホが静かに言った。
「明日も、アドバイスに従ってゆっくり進む。青森中央まで行って、青森駐屯地の情報を聞く」
シオナは天井を見つめた。
「うん。青森市街には入らない。大湊への道を聞く」
避難所の夜は、完全な静けさではなかった。
人がいるからこその物音がある。
咳払い、足音、寝返り、遠くで話す声。
それが、今夜は心強かった。
三人は浪岡の避難拠点で眠った。
弘前を避け、田舎館を抜け、青森市の外縁まで来た。
明日は、青森自動車道を使って、青森駐屯地との線へ入る。
大湊は、まだ遠い。
けれど、道は途切れていなかった。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。