青森港からの声
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
無線の向こうの声は、途切れながらも必死だった。
『こちら……青森港国際クルーズターミナル停泊中フェリー……応答を確認……こちらの声、届いていますか』
スタバの駐車場に戻り、三人は出力の大きい90式の無線機を囲んでいた。
青森中央インターを降り、コーヒーを補給するつもりで立ち寄っただけだった。
それが、青森港からの呼びかけを拾った。
シオナはマイクを握ったまま、ミズホを見た。
ミズホはすぐに頷いた。
「まず、落ち着いて聞く。症状と人数。発症の経過。終末ウィルスかどうか」
シオナはマイクに向かった。
「こちら青森中央インター付近。移動中の三名です。医療経験者がいます。船内の状況を教えてください。発症者の人数、症状、発熱の有無、意識障害、急激な悪化の有無を順番にお願いします」
少しの雑音。
それから、船側の声が返ってきた。
『船内で体調不良者が増えています。咳、発熱、喉の痛み、関節痛……数日前からです。急に倒れた者はいません。意識はあります。ただ、誰が何に感染しているか分からず、上陸を控えています』
ミズホはすぐにノートを開いた。
「咳、発熱、喉、関節痛。数日経過。急激な意識障害なし……」
サヤは青森市街の方角を見た。
「終末ウィルスじゃない可能性がある?」
ミズホは無線を見つめたまま答えた。
「今の情報だけなら、インフルエンザか普通の呼吸器感染症に近い。もちろん断定はできない。でも、終末ウィルスの急激な崩れ方とは違う」
シオナは船側に続けた。
「船内で発症者を分けていますか」
『はい。客室区画を分けています。発熱者は同じ区画へ。まだ症状のない者は別にしています。ただ、医薬品が足りません。解熱薬、咳止め、消毒薬、マスク、慢性疾患の薬も不足しています』
ミズホはペンを走らせた。
「自主隔離はできてる。症状の分離もしてる。医薬品不足」
それからシオナに小さく言った。
「青森駐屯地に連絡しよう。こっちだけで動く話じゃない」
シオナは頷いた。
「了解」
サヤが少し緊張した顔で言った。
「港って、青森市街に近いよね」
「近い」
ミズホは短く答えた。
「だから単独で突っ込まない。まず駐屯地に通す」
シオナは浪岡側から渡された連絡周波数へ合わせた。
「こちら、浪岡より青森中央インターへ移動した90式の三名。青森港国際クルーズターミナル停泊中フェリーからの医薬品要請を受信しました。そちらで同通信を受信していますか」
しばらくして、青森駐屯地側から応答があった。
『こちら青森駐屯地。こちらではその通信は受信していません。内容を送ってください』
シオナは短く状況を説明した。
青森港国際クルーズターミナルに停泊中のフェリー。
船内で咳、発熱、喉の痛み、関節痛が広がっている。
急激な意識障害や終末ウィルス特有の悪化は今のところ確認されていない。
船側は自主隔離を続け、誰が感染しているか分からないため上陸をためらっている。
医薬品を求めて無線で呼びかけていた。
青森駐屯地では受信できておらず、三人が最初に応答した。
応答まで、少し間があった。
『了解しました。こちらでも医官が不足しており、すぐに人員を出す余裕がありません。船内への接触は危険を伴います。医療経験者の判断を聞きたい』
シオナはミズホにマイクを渡した。
ミズホは一瞬だけ息を整え、無線に向かった。
「こちらミズホです。元病院勤務です。船側から聞いた症状では、現時点では終末ウィルスよりもインフルエンザ、または一般的な呼吸器感染症の可能性が高いと思います。ただし、船内は閉鎖空間なので広がりやすく、重症化する人が出る前に解熱薬、補水、消毒、マスク、基礎疾患薬の補給が必要です」
青森駐屯地側は静かに聞いていた。
ミズホは続けた。
「青森市民病院と周辺の薬局から、使える医薬品を回収できる可能性があります。中心部への深入りは避け、病院周辺と薬局を短時間で確認し、フェリーへ届ける案を提案します。船内へ直接入る必要はありません。受け渡しは船側の指定場所で、接触を最小限にします」
サヤはミズホを見た。
その声は、普段の三人の時より少し硬かった。
病院で働いていたミズホの声だった。
青森駐屯地から返答が来た。
『青森市民病院周辺は、完全確認済みではありません。ただ、中心繁華街よりは接近可能な可能性があります。こちらとしては、人員を出せない以上、あなた方に命令はできません』
ミズホは即座に答えた。
「命令ではなく、情報共有と許可で構いません。こちらも無理はしません。危険が大きければ撤退します」
少し沈黙。
それから、青森駐屯地側の声が低くなった。
『分かりました。十分に注意して当たってください。病院と薬局での回収、フェリーへの非接触受け渡しを前提とします。青森市街中心部には入らないこと。異常を確認した場合は即時撤退してください』
「了解しました」
ミズホはそう返した。
シオナはマイクを受け取り、船側へ戻した。
「こちら青森中央インター付近。青森駐屯地と連絡が取れました。こちらで医薬品を探し、可能であれば届けます。ただし、接触は最小限にします。船内へは入りません。受け渡し方法を後ほど確認します」
船側の声は、少しだけ震えていた。
『ありがとうございます……こちらも、乗員乗客を下ろさずに待機します。受け渡し場所を準備します』
サヤは無線が一段落したところで、ゆっくり息を吐いた。
「……青森市民病院って、市街に近い?」
ミズホは地図を開く。
「近い。でも、青森港より手前で動線を組めるかもしれない。周辺薬局も含めて、全部を見る必要はない。使えそうなところだけ」
シオナは青森市街の方向を見た。
避けるつもりだった街。
その外縁に、今度は医薬品を探しに行くことになった。
「やる?」
サヤが聞いた。
シオナはすぐには答えなかった。
これは大湊へ進む旅の寄り道ではない。
でも、無線を拾ったのは自分たちだった。
青森駐屯地には人員が足りない。
フェリーは自分たちで隔離を続け、降りずに助けを求めている。
ミズホが静かに言った。
「終末ウィルスじゃなくても、薬がなければ普通の風邪でも怖い。船内ならなおさら。高齢者や基礎疾患がある人がいたら危ない」
サヤは少し不安そうに言った。
「でも、青森市街に近づく」
「近づく。でも入る場所は選べる」
シオナは地図を見た。
青森中央インター。
青森市民病院。
周辺の薬局。
青森港国際クルーズターミナル。
青森駐屯地。
線は複雑だった。
「まず青森駐屯地の指示はもらった。市民病院周辺に行けるか、どの道を使うか確認する。無理ならやめる」
ミズホは頷いた。
「それでいい」
サヤも腹を決めたように言った。
「じゃあ、コーヒー補給の次は薬補給だね」
シオナは少しだけ笑った。
「順番が変だけど」
「終末だからね」
ミズホは地図を畳みながら言った。
「でも、薬を探す前に、こちらの装備を確認する。マスク、手袋、消毒、袋、記録。回収した薬は種類ごとに分ける。期限は見る。分からないものは持ち出さない」
「了解」
シオナとサヤが同時に答えた。
スタバの駐車場で、三人は予定を変えた。
大湊へ向かう前に、青森港のフェリーへ医薬品を届ける。
ただし、船には入らない。
市街中心部には入らない。
危険なら撤退する。
90式は、また別の役目を背負うことになった。
戦うためではなく、走るため。
そして今回は、薬を届けるために。
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