大湊へ向かう道
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
ホテルの一室で夜が更けていく。
三人はシャワーで念入りに洗い、病院と薬局、港で使った装備を分け、汚れたものを袋に封じた。
それでも、すぐに眠る気にはなれなかった。
青森港のフェリーとは、青森駐屯地を交えた定時通信が始まっていた。
医薬品は無事に船内へ入り、船側は発熱者区画と無症状区画の分離を続けている。青森駐屯地も、船内の症状が落ち着いたのち、人員を調整して接触する方針を伝えていた。
ミズホは体温計を見て、記録をつけた。
「三人とも今のところ異常なし。喉、咳、寒気、だるさもなし」
サヤはベッドに腰かけたまま、肩を落とした。
「よかった……と言いたいけど、まだ一晩だもんね」
「うん。明日の朝も見る」
シオナは窓の外を見た。
青森市の夜は暗い。だが完全な闇ではない。どこかに非常用電源の光があり、遠くの建物に薄い灯りが残っている。
「明日、青森駐屯地には行かない」
サヤとミズホが顔を上げた。
シオナは続けた。
「物資は足りてる。燃料もある。90式の状態も問題ない。青森駐屯地に行けば、情報は得られるかもしれないけど、今の私たちが入る必要は薄い」
ミズホは少し考えた。
「病院と港に行ったあとだし、駐屯地側に接触リスクを持ち込まない意味でも、その方がいいかもしれない」
サヤは地図を開いた。
「じゃあ、このまま国道で大湊?」
シオナはうなずいた。
「青森市中心部に入らず、国道4号か、通れる道を見ながら野辺地方面へ出る。そこからむつ、大湊へ」
「不確定だね」
「うん。不確定」
その時、無線が入った。
フェリーからだった。
『こちら、青森港停泊中フェリー。定時連絡です。船内の発熱者は現在も分離中。重篤な急変はありません。医薬品は分類表に従って配布を始めています』
ミズホが応答した。
「こちら90式の三名。了解しました。解熱薬の使いすぎには注意してください。高熱が続く人、息苦しさのある人、脱水のある人を優先して記録してください」
『了解しました。それと、ひとつ報告したいことがあります』
シオナが無線機に近づく。
「どうぞ」
『我々が青森港へ入る前の夜間、沖合から大湊方面を見た時、広い範囲で明かりが見えました』
三人は黙った。
サヤが小さく言った。
「大湊方面で……明かり」
フェリー側の声が続く。
『正確な位置までは分かりません。下北半島方面、むつ湾奥側と見られる方向です。都市の通常照明ほどではありませんが、港湾施設か基地、あるいはまとまった拠点の灯りのように見えました。少なくとも完全な暗闇ではありませんでした』
シオナは地図の大湊を見た。
大湊。
ここまで三人が目指してきた場所。
ミズホは冷静に確認した。
「それは、青森港に入る前の夜ですね」
『はい。洋上待機中です。青森市街はほとんど沈黙していましたが、大湊方面には明かりがありました』
「記録します。ありがとうございます」
青森駐屯地も同じ周波数で聞いていた。
『こちら青森駐屯地。今の報告、こちらでも確認しました』
シオナはマイクを取った。
「青森駐屯地、そちらでは大湊方面との連絡はありますか」
少し間があった。
『ありません。現在、こちらは三沢、八戸、大湊のいずれとも確実な連絡は取れていません』
サヤの表情が曇る。
「連絡、ないんだ」
無線の声は続いた。
『第9師団側も人員が減っており、青森駐屯地と浪岡を結ぶ線の維持が限界です。三沢、八戸方面へも、大湊方面へも偵察を出す余裕がありません。野辺地方面についても未確認区間が多い』
ミズホが地図に書き込む。
三沢、連絡なし。
八戸、連絡なし。
大湊、連絡なし。
野辺地方面、未確認。
青森駐屯地の声は、そこで少しだけ重くなった。
『正直に言えば、こちらとしてはあなた方が通ってきた確実なルートと、今回のフェリーへの対応を優先せざるを得ませんでした。浪岡、青森中央、青森港。そこをつなぐだけで手いっぱいです。野辺地方面へ動く余力はありません』
シオナは静かに聞いていた。
責める話ではなかった。
神町も、秋田も、弘前から下がった大鰐も、みんな同じだった。
残った人員で、守れる線を守っている。
全部は見られない。
全部は救えない。
青森駐屯地から、さらに言葉が続いた。
『大湊方面で明かりが見えたというフェリーからの情報は、希望ではあります。ただし、あなた方のルートは不確定です。国道上の放置車両、野辺地周辺の状況、むつ湾沿いの道路、どれもこちらでは確認できていません』
シオナは答えた。
「分かっています。無理に進みません。行けるところまで確認しながら進みます」
『青森駐屯地としては、あなた方に命令はできません。ただ、進むなら、定時連絡を継続してください。野辺地方面で情報が得られれば、こちらにも共有してください』
「了解しました」
ミズホが続けた。
「こちらは明朝、体調確認後に出発判断をします。青森駐屯地には入らず、大湊方面へ向かう可能性が高いです」
『了解しました。こちらもその判断を受け入れます。駐屯地へ立ち寄らないことについても、病院・港対応後の接触リスクを考えれば妥当です』
通信が終わると、部屋は静かになった。
サヤは地図の上に指を置いた。
「明かりがあったんだね」
シオナはうなずいた。
「確実じゃない。でも、完全な暗闇じゃなかった」
「大湊に人がいるかもしれない」
ミズホが言った。
「いる可能性は高くなった。でも、そこまでの道が分からない」
サヤは少し笑った。
「またそれだ」
シオナも地図を見た。
「いつもそれだね。目的地はある。道は分からない」
「でも進む」
「進める時に」
ミズホは体温記録の紙を畳んだ。
「明日の朝、三人とも症状なしなら出発。青森駐屯地には向かわない。青森市中心部を避けて、国道を使って野辺地方面。途中で危険なら止まる」
サヤが確認する。
「大湊方面で明かりが見えたことは希望。でも、確定情報じゃない」
「そう」
シオナは窓の外をもう一度見た。
青森市の暗い夜。
港のフェリー。
浪岡の避難所。
青森駐屯地。
そして、海の向こうで見えたという大湊方面の明かり。
一本の線が、また少しだけ北へ伸びた。
「明日は大湊へ向かう」
シオナはそう言った。
サヤは頷いた。
「うん」
ミズホも静かに答えた。
「まず、朝に体調確認。それから」
その夜、三人は青森市内のホテルで眠った。
青森駐屯地には向かわない。
フェリーとの線はつながった。
駐屯地との定時連絡もある。
そして、大湊方面には明かりが見えたという。
確かなものは少ない。
それでも、進む理由にはなった。
翌朝、三人はまた90式に乗る。
南から北へ伸びてきた道を、今度はむつ湾の方へ向けるために。
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