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第十七話 チェシャ猫の不気味な罠

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/30 📚 シリーズ: 野薔薇のアリス〜溺愛白うさぎと忘れられた約束〜 📝 6,754文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

〜不思議の国のアリスをモチーフにした作品です〜 十四歳の少女アリスは、姉の結婚式の日、白兎に導かれて“不思議の国”へ迷い込む。 そこにいたのは、白兎の姿を持つ美青年ノア。 優しく甘くアリスを守る彼は、この国に隠された秘密を知っていた。 「君はこの国を選んだんだ」 失われた八年前の記憶。 薔薇の鍵。 ハートの女王。 そして、白兎の隠した小さな昨日。 守られているのか、閉じ込められているのか。 アリスは信じたい気持ちと疑う心を抱えながら、自分自身の物語を取り戻していく。 可憐で不穏な、童話ファンタジー。 白兎は、私を救いに来たの? それとも、もう二度と帰さないために迎えに来たの?

本文

第十七話 チェシャ猫と不気味な罠

 その時だった。

「やあやあ、楽しそうだね~」

 広間の中に、突然、声が落ちた。

 誰かが扉を開けた音はしなかった。

 窓も閉まっている。

 けれど、そこにいた。

 暖炉の上に飾られた古い額縁の中から、にんまりと裂けた半月型の口だけが浮かび上がる。

 次に、ぎょろりとした目が二つ現れた。

 ぎざぎざの歯。

 外側へつんつんと跳ねた茶色の毛。

 やけに長い髭。

 最後に、ふさふさとした尻尾が煙のようにほどけて、チェシャ猫は額縁からするりと広間の中へ滑り出た。

 広間の空気が、ぴたりと止まる。

 さっきまでロビンの声で騒がしかった部屋が、一瞬で冷えた。

 長いテーブルの上には、食べかけのカップケーキが三つ。紅茶の湯気が細く立ちのぼり、古いシャンデリアの下でゆらゆら揺れている。

 壁にかかった帽子たちは、見てはいけないものを見てしまったように、つばを少しだけ下げた。

 チェシャ猫は宙に浮かんだまま、身体をくねらせる。

 その笑みは、まるで不気味な刃物みたいだった。

「チェシャ猫……!」

 ロビンが椅子を蹴るように立ち上がった。

 椅子の脚が床を擦り、ぎい、と嫌な音を立てる。

 ロビンの茶色い耳は、ぴんと立っていた。いつもの騒がしい生意気さとは違う。怒りと焦りで、全身が今にも飛びかかりそうに震えている。

 チェシャ猫はそれを見て、ますます嬉しそうに目を細めた。

「怒ってる~。三月うさぎは今日もよく跳ねるね~」

「うるせぇ!」

 ロビンは拳を握りしめた。

「お前、ネムリを返せっ!」

 ネムリ。

 その名前を聞いた瞬間、アリスの胸が跳ねた。

 暗闇の中で泣いていた、灰色のふわふわした髪の男の子。

 空色の瞳。

 小さなネズミの耳。

 夢と記憶の狭間で、アリスの手を握ってくれた子。

 あの子は、チェシャ猫に捕まっていたんだ。

 暗闇のなかで泣いていた姿を思い出す。

 アリスはカップを持つ手に力を込めた。

 紅茶の表面が、小さく波打つ。

 チェシャ猫はロビンを見て、ふわりと尻尾を振った。

「返してあげてもいいよ~」

 ロビンの目が見開かれる。

「本当か!」

「ただし~」

 チェシャ猫の身体が、ゆっくりとテーブルの上へ移動した。

 カップケーキの上を踏むでもなく、皿の間を泳ぐように浮かびながら、ぎょろりとした目だけをアリスへ向ける。

「そちらのお客さんが、扉の試験に合格したらね~」

 広間の中の視線が、アリスへ集まった。

 ロビンの焦った瞳。

 マッドの静かな紫の瞳。

 チェシャ猫の、底の見えない丸い目。

 アリスは息を呑んだ。

「私が……?」

「そうそう~。きみが~」

 チェシャ猫は口を三日月の形に歪める。

「薔薇とミルクと、ちょっとだけ勇気の味がするお客さん~」

 マッドの手元で、紅茶が静かに溢れていた。

 カップを持ったまま、彼は動いていない。紫の瞳だけが、アリスを見ている。表情は変わらないのに、カップからこぼれた紅茶が、テーブルクロスにじわじわと茶色い染みを広げていた。

 ロビンが慌てて

「マッド!お茶こぼれてる!」と叫ぶ。

 しかし、マッドは動かない。

 表情も変えない。

 けれど、紫の瞳だけが、静かにアリスを見ていた。

 アリスは息を詰める。

 今の言葉に、何かが含まれている。

 薔薇。

 ミルク。

 勇気。

 そして、チェシャ猫はそれをわざと、この場で口にした。

 ロビンがアリスの方へ身を乗り出す。

「頼む!」

 声が、いつもの乱暴さよりずっと必死だった。

「ネムリを返してもらえるかもしれないんだ。あいつ、すぐ泣くし、暗いところ苦手だし……っ。頼む、ほんとに!」

 アリスはロビンを見た。

 彼はうるさくて、口が悪くて、最初に会った時は「ガキ」と言ってきた。

 けれど今のロビンは、ただ大切な友達を取り戻したい子どもの顔をしていた。

 アリスの胸の奥が、きゅっと痛む。

 ネムリの、優しさを思い出す。

 泣いていたのに、アリスを夢へ案内してくれた。八年前の記憶へ繋がる手がかりをくれた。

 今度は、自分が手を伸ばす番なのかもしれない。

 そう思った瞬間、ガルの声が頭をよぎった。

 ――忠告しておきます。

 ――チェシャ猫の誘いにのって、安易に扉を開けるのは危険です。

 アリスは唇を噛んだ。

 分かっている。

 チェシャ猫は、優しさで試験を差し出しているわけではない。

 きっとこれは罠だ。

 誰かの弱いところを見つけて、爪で引っかくための遊びだ。

 けれど。

 目の前でロビンが、ネムリを助けたいと必死にこちらを見ている。

 暗闇で泣いていた小さな手を、アリスは知っている。

 怖いから見捨てることは、できなかった。

 アリスはゆっくり立ち上がった。

「……行きます」

 ロビンの顔が、ぱっと明るくなる。

 マッドは何も言わなかった。

 ただ、紫の瞳でアリスを見ている。

 止めるようでもあり、確かめるようでもあり、まるでアリスがどんな答えを選ぶのかを待っているようだった。

 チェシャ猫が嬉しそうに笑う。

「いい子~。いい子は迷いやすくて、おいしいね~」

 その言葉と同時に、空中に小さな扉が現れた。

 空色の扉だった。

 表面には蔦のような模様が絡まり、中央には猫の目の形をした取っ手がついている。扉の周りだけ、空気がゆらゆらと歪んでいた。

 アリスは胸元の時計に触れた。

 冷たい真鍮の感触が、少しだけ勇気をくれる。

 それから、空色の扉を開けた。

 中へ一歩踏み込んだ瞬間、広間の灯りも、ロビンの声も、紅茶の香りも、すべて背後へ遠ざかった。

 そこは、霧だらけの沼地のような場所だった。

 足元には黒っぽい水が広がっている。

 けれど不思議なことに、靴は沈まなかった。水面とも地面ともつかない場所を踏むたび、白い霧がふわりと立ちのぼる。

 あたりは薄暗い。

 空は見えない。

 木も、建物も、道もない。

 ただ白い霧が、腰のあたりまでゆっくりと流れている。遠くで水滴が落ちる音がした。

 ぽちゃん。

 ぽちゃん。

 その音だけが、広いのか狭いのかも分からない空間に響いている。

「ネムリくん」

 アリスは声を張った。

「ネムリくん、どこ?」

 返事はない。

 代わりに、霧の奥からやけに明るい声がした。

『もんだ~い!』

 アリスは足を止めた。

 霧の中に、文字が浮かび上がる。

 黒いインクを水に垂らしたように、ゆらゆらと揺れる文字。

『時計屋が紅茶に入れるのは?』

 その下に、三つの答えが現れた。

 塩。

 砂糖。

 泥。

 アリスは思わず、あの時計塔の部屋を思い出した。

 机に座るのが礼儀だと言われたこと。

 紅茶に塩を何杯入れるか聞かれたこと。

 ノアがとっさに「百杯」と答えて、時計屋を数えることに夢中にさせたこと。

 アリスは小さく息を吸った。

「塩」

 答えた瞬間、霧が少しだけ晴れた。

 足元に細い道が現れる。

 白い霧の中に浮かぶ、灰色の石畳。

 アリスはそこを進んだ。

 進むたび、背後の道は霧に飲み込まれて消えていく。

 戻れないのだと、足元が告げているようだった。

 しばらく歩くと、また声が響いた。

『もんだ~い、ふたつめ~!』

 霧の中に、紫色の丸い影が二つ浮かぶ。

『ムラサキねむりかぶは、どれが新鮮?』

 次に、二つのあくびが聞こえた。

『ふぁあ』

『ぶぁふ』

 アリスは一瞬、緊張を忘れそうになった。

 ノアの声が、耳の奥によみがえる。

 ――ふぁあ、くらいが良い。ふごぉ、は育ちすぎ。

 にんじん柄のエプロン姿。

 包丁を持つアリスの手に添えられた、白い指。

 上手、良い子だね、と言った甘い声。

 思い出すだけで胸が痛む。

 でも、その記憶は答えをくれた。

「ふぁあ、の方」

 霧がまた晴れる。

 その先に、小さな影が見えた。

 灰色のふわふわした髪。

 空色の瞳。

 小さなネズミの耳。

「お姉ちゃん!」

 ネムリが駆け寄ってきた。

 アリスはほっとして、膝をつきそうになった。

 けれどネムリの方が先に飛び込んできて、アリスの腰にぎゅっと抱きつく。

「ネムリくん……!」

 ネムリはアリスの服に顔を埋めると、すんすんと鼻を鳴らした。

「やっぱりそうだ! この間のお姉ちゃんだ!」

 そして、ぱっと顔を上げる。

「あったかくて、優しい薔薇の匂い。ぼく大好き~」

 そう言って、ネムリはもう一度ぎゅっと抱きついてきた。

 アリスは胸の奥が熱くなるのを感じた。

「無事でよかった」

 アリスはネムリの背中を撫でた。

 ネムリの身体は小さくて、柔らかくて、ほんの少し震えていた。

「ロビンさんが心配していたわ」

「ロビンはすぐ怒るけど、すぐ泣くんだ」

 ネムリは小さく笑う。

「だから、早く帰ってあげなきゃ」

 アリスも頷いた。

 しかし、その時、霧が再び濃くなった。

 白い霧が足元から巻き上がり、ネムリの姿までぼんやりと霞ませる。

『もんだ~い、みっつめ~!』

 アリスはネムリを背に庇うように立った。

『言わずに飲み込むと、綿毛になって飛び出すものはな~んだ?』

 ため息。

 愚痴。

 秘密。

 アリスはワンダラーの街で見た、小さな扉を思い出した。

 バタン、バタンと勝手に開き、中から黒い綿毛がふわふわ飛び出していた。

 ――昨日誰かが言いそびれた愚痴。

 ノアは、そう言っていた。

 アリスは小さく息を吸う。

「愚痴」

 答えた瞬間、霧がざわりと揺れた。

 正解だった。

 ネムリがアリスの手をぎゅっと握る。

「あと一つ」

「あと一つ?」

「最後の問題は、いつも意地悪なの」

 ネムリの声が少し怯えていた。

 白い霧がさらに濃くなる。

 沼地も、石畳も、ネムリの顔も、だんだん見えなくなっていく。

 世界が白く塗りつぶされていく。

 その白さは、ノアの髪の色にも、白兎の耳にも似ていた。

 アリスの胸が、嫌な予感で締めつけられる。

 やがて、最後の声が響いた。

『もんだ~い、さいご~』

 やけに楽しそうなのに、どこか底冷えする声だった。

『白兎は敵? それとも味方?』

 アリスは息を止めた。

 白兎。

 ノア。

 たった一言で、胸の奥に押し込めていたものが全部ほどけていく。

 甘い笑顔。

 砂糖菓子みたいな声。

 額に落とされた口づけ。

 鍵のかかった執務室。

 いなくなった花たち。

 膝の上で眠る、少し幼い寝顔。

 時計塔の階段の下から現れた時の、冷たい笑み。

 そして、窓から飛び降りた時の叫び。

 ――アリス!

 敵。

 味方。

 そんなふうに、簡単に分けられるものなのだろうか。

 ノアは隠している。

 それは間違いない。

 アリスの記憶のことも、八年前のことも、薔薇の鍵のことも、きっともっとたくさんのことを。

 彼はアリスの自由を奪うようなこともした。

 鍵をかけた。

 見張った。

 花たちをどこかへやった。

 それらは怖かった。

 今でも怖い。

 でも、ノアは助けてくれた。

 知らない国で、アリスに温かい食卓をくれた。

 怖がるアリスに触れず、泣いている間ずっとそばにいてくれた。

 抱き上げる時も、髪を結ぶ時も、いつも痛くないか確かめてくれた。

 それもまた、嘘ではない。

 全部を見る。

 優しいところも。

 怖いところも。

 守る手も。

 閉じ込める鍵も。

 敵か、味方か。

 アリスは胸元の時計を握りしめた。

 金属は冷たい。

 けれど、その奥で小さく針が鳴っている気がした。

 カチ。

 カチ。

 カチ。

 答えなければならない。

 でも、嘘は言いたくない。

 ノアを完全な味方だと言えば、自分の怖さを否定することになる。

 ノアを敵だと言えば、彼の優しさまで否定することになる。

 どちらも違う。

 どちらも、本当ではない。

 アリスは霧の中で、ゆっくりと顔を上げた。

 白い世界の向こうに、ノアの赤い瞳が見える気がした。

 あの掴みどころのない、甘くて、危うくて、寂しい白兎。

 アリスは唇を震わせながら、答えを選んだ。

「……分かりません」

 霧の奥で、何かが静かに揺れた。

 ネムリが、アリスの手を握る力を強くする。

 アリスはその小さな手を、そっと握り返した。

「ノアが敵なのか、味方なのか、今の私には分かりません」

 声は震えていた。

 それでも、アリスは言葉を止めなかった。

「怖いです。隠し事をされるのも、鍵をかけられるのも、私の知らないところで何かを決められてしまうのも」

 白い霧の中に、ノアの赤い瞳が浮かんだ気がした。

 甘く笑って、何も教えてくれない白兎。

 それでも、誰より必死に自分の名前を呼んだ人。

「でも、助けてくれたことも、優しかったことも、嘘じゃなかったと思います」

 アリスは胸元の時計を握りしめた。

「だから、敵とも味方とも、まだ決めません」

 霧が、ぴたりと止まる。

「ちゃんと知りたいです。ノアが何を隠しているのか。何を守ろうとしているのか。本当は、私をどうしたいのか」

 アリスは顔を上げた。

「それを知らないまま、誰かに決められた答えを選びたくありません」

 白い霧の向こうで、何かが静かにひび割れる音がした。

「だから私の答えは、まだ分からない、です」

 しん、と世界が黙った。

 霧も、水音も、どこかで聞こえていたはずのチェシャ猫の笑い声も、一瞬だけすべて消えた。

 間違えたのだろうか。

 アリスは息を詰める。

 ネムリが不安そうにアリスを見上げた。

「お姉ちゃん……」

 その瞬間、足元の水面に小さな波紋が広がった。

 ひとつ。

 ふたつ。

 みっつ。

 波紋は白い霧の中へ広がっていき、やがて細い光の筋へ変わる。

 灰色だった石畳の道が、月明かりを浴びたように淡く光り始めた。

 ネムリが目を丸くする。

「開いた……」

「開いた?」

「最後の道。ずっと開かなかったのに」

 ネムリの声には、驚きと、泣きそうな安堵が混ざっていた。

 アリスはほっと息を吐いた。

 正解だったのかは分からない。

 けれど、道は現れた。

 それだけで今は十分だった。

「行こう、ネムリくん」

 アリスが手を引くと、ネムリはこくりと頷いた。

 二人は光る石畳を進んだ。

 霧の中は相変わらず静かだった。けれど、さっきまでのように足元を奪うような怖さはない。

 白い霧は左右へ分かれ、まるで道を譲るようにゆっくり流れていく。

 その先に、小さな扉が見えた。

 空色の扉。

 蔦の模様が絡まり、中央には猫の目の形をした取っ手がついている。さっきアリスがくぐった扉と同じものだった。

 ネムリがアリスの手をぎゅっと握る。

「また、チェシャ猫がいる?」

「……たぶん」

 アリスも緊張した。

 けれど、戻らなければいけない。

 ロビンが待っている。

 マッドも、きっとすべてを見透かすような目で待っている。

 そして、チェシャ猫は笑っている。

 アリスは息を吸った。

「大丈夫。一緒に出よう」

 ネムリはこくんと頷いた。

 アリスは猫の目の取っ手に手をかける。

 冷たい。

 けれど、怖くて手を離すほどではなかった。

 扉を開けた瞬間、霧が白い花びらのようにほどけた。

 広間の灯りが戻ってくる。

 紅茶の香り。

 古い木の匂い。

 壁に並ぶ奇妙な帽子。

 食べかけのカップケーキが三つ。

 そのすべてが、扉の向こうに見えた。

「ネムリ!」

 ロビンの叫び声がした。

 次の瞬間、ネムリが扉の向こうへ駆け出した。

 ロビンが椅子を蹴るように立ち上がり、ネムリの方へ飛び込んでくる。

「ばか! お前、どこまで眠りにいってんだよ!」

「ロビンがうるさいから、ちょっと静かなところに」

「それで、誘拐されてんじゃねぇよ!」

 ロビンは怒鳴りながら、ネムリをぎゅっと抱きしめた。

 ネムリは少し苦しそうにしながらも、抵抗しなかった。むしろ、ロビンの服を小さな手で掴んでいる。

「痛いよ、ロビン」

「うるせぇ。痛いくらいでちょうどいいんだよ!」

 声は乱暴だった。

 けれど、その耳は震えていた。

 それを聞いた瞬間、アリスの胸にも少しだけ温かいものが灯った。

 よかった。

 ちゃんと、帰せた。

 アリスもその後に続こうとした。

 その時だった。

 ぎぎぎ、と奇妙な音がした。

 木が裂けるような。

 古い蝶番が笑うような。

 骨のないものが、無理やり口を開くような。

 アリスは足を止めた。

 周囲の霧が歪んでいる。

 開いたはずの扉の縁が、ぶるぶると震えていた。空色に塗られた木目が黒く染まり、そこから白い線が浮き上がってくる。

 歯だった。

 チェシャ猫の口のような、ぎざぎざの歯。

「……え?」

 アリスが声を漏らした瞬間、上から声が降ってきた。

「ネムリは帰すと言ったけど~」

 にんまりとした、嫌な笑い声。

「きみを帰すとは言ってないよ~」

 アリスの背筋が凍った。

 扉が、口になっていた。

 逃げようとした時には、もう遅い。

 黒い口が、ばくりと開く。

「アリス!」

 誰かが叫んだ。

 ロビンか、ネムリか、それともマッドか。

 分からなかった。

 次の瞬間、アリスは暗闇に飲み込まれた。

 外の世界が閉じる。

 光が消える。

 空色の扉も、暖炉の明かりも、ネムリの小さな手も、全部が一瞬で遠ざかった。

 残ったのは、ぬるりとした黒い霧だけだった。

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作者について

ニワコ

ニワコ

ChatGPTと協力しながら物語を書いています。フォロー大歓迎! キャラクターやお話の流れは、すべてオリジナルで、AIには主に文章作成や表現の整理を手伝ってもらっています。 ずっと頭の中にあった物...

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