第十八話 ノア…ごめんなさいの表紙画像

第十八話 ノア…ごめんなさい

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/31 📚 シリーズ: 野薔薇のアリス〜溺愛白うさぎと忘れられた約束〜 📝 4,448文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

〜不思議の国のアリスをモチーフにした作品です〜 十四歳の少女アリスは、姉の結婚式の日、白兎に導かれて“不思議の国”へ迷い込む。 そこにいたのは、白兎の姿を持つ美青年ノア。 優しく甘くアリスを守る彼は、この国に隠された秘密を知っていた。 「君はこの国を選んだんだ」 失われた八年前の記憶。 薔薇の鍵。 ハートの女王。 そして、白兎の隠した小さな昨日。 守られているのか、閉じ込められているのか。 アリスは信じたい気持ちと疑う心を抱えながら、自分自身の物語を取り戻していく。 可憐で不穏な、童話ファンタジー。 白兎は、私を救いに来たの? それとも、もう二度と帰さないために迎えに来たの?

本文

第十八話 ノア…ごめんなさい

 マッドの洋館の広間では、時間が止まったようだった。

 空色だった扉は、すでに半月型の笑みに変わっていた。そこから、チェシャ猫の顔だけが浮かび上がっている。

 ロビンが呆然とした顔で叫んだ。

「おい……なんでだよ!」

 チェシャ猫はにんまり笑う。

「君たちが取り引きしたんだよ~」

 長い尻尾が、ふわふわと揺れる。

「ネムリを返す。その条件は、お客さんが扉の試験に合格すること。合格した。だからネムリは返した。約束どおり~」

「ふざけんな!」

 ロビンが扉を蹴り飛ばした。

 鈍い音が響く。

「聞いてねぇぞ、そんなの! アイツを返せ!」

「聞かなかっただけ~」

 チェシャ猫はけたけた笑った。

「言葉はちゃんと味わわないとね~。飲み込んでから苦いって言っても遅いんだよ~」

 ネムリが泣き出した。

「お姉ちゃん……お姉ちゃんを返して……」

 小さな声だった。

 その声が、ロビンの怒りに火をつけた。

「チェシャ猫! てめぇ!」

 ロビンが飛びかかろうとする。

 しかし、その前に空気が変わった。

 マッドが動いた。

 黒いシルクハットの影が、紫の瞳に落ちている。

 彼は何も叫ばなかった。

 怒鳴りもしなかった。

 ただ、一歩踏み出しただけだった。

 それなのに、食堂の空気が刃物のように張りつめた。

 その瞬間、チェシャ猫の顔が、扉からするりと抜け出した。

 半月型の笑みが煙のようにほどけ、茶色い毛並みの身体が、ぬるりと宙へ滑り出る。ふさふさした尻尾が一度揺れたかと思うと、チェシャ猫は食堂の隅に置かれた、枯れ木のような飾り木の上へひょいと飛び移った。

 枝の上で丸くなり、ぎょろりとした目だけをこちらへ向ける。

「おっとっと~。帽子屋の手は長いからね~」

 マッドが、すっと片手を上げた。

 その指先に、黒い糸のような魔術が絡む。

 次の瞬間、チェシャ猫の首が、見えない力で締め上げられた。

「ぎゃっ」

 チェシャ猫の笑みが歪む。

 枝の上で丸まっていた身体が、ぐにゃりと引き伸ばされた。

 マッドの声は低かった。

「我が屋敷で、勝手な振る舞いは許さぬ」

「こわいこわい~。帽子屋は首を絞めるのが好きだね~」

「絞め殺されたくなければ返せ」

 マッドの指がさらに締まる。

 紫の瞳は冷たい。

 いつもはどこか浮世離れした美貌に、今ははっきりとした怒りが宿っていた。

 チェシャ猫は喉を鳴らした。

「無理だよ~。もう飲んじゃったから~」

「吐け」

「乱暴~」

 マッドは答えない。

 魔術の糸が強く締まる。

 チェシャ猫の身体が、ぶわりと煙のように膨らんだ。

「げほっ」

 口から、丸い毛玉が吐き出される。

 それは床へぽとりと落ちた。

 淡い薄茶色の、妙な毛玉。

 マッドはそれを見た瞬間、目を細めた。

「これは……」

 チェシャ猫は、苦しそうに笑いながら言った。

「アリスの毛だよ~」

 ロビンが息を呑む。

 ネムリが泣き声を止めた。

 マッドの紫の瞳が、さらに暗くなる。

「取り引きしたのか」

「前にね~。薔薇とミルクと、ちょっとだけ勇気の味がした」

 チェシャ猫は舌なめずりをした。

「もう、それはいらないよ〜。今、丸ごと飲み込んだから〜」

 その言葉に、部屋の空気が凍った。

 ロビンがもう一度飛びかかろうとする。

 マッドが手で制した。

「ロビン」

「でも!」

「今暴れても、腹の中までは届かない」

 マッドの声は冷静だった。

 静かな水面の下で、抜き身の刃だけが音もなく沈んでいるような冷静さだった。

 彼はチェシャ猫を睨んだまま言う。

「チェシャの腹は、ただの腹ではない。迷い道だ。食われた者は、恐怖と願望の底へ落ちる。深く沈めば、二度と帰れぬ」

 ネムリが震えながら呟いた。

「夢より、深いところ……」

 マッドは頷いた。

「早く引きずり出さなければ、あの子は自分の見たいものと、見たくないものに呑まれる」

 チェシャ猫の笑みだけが、ゆらゆら揺れていた。

「さあ~。野薔薇のお嬢さんは、どんな夢を見るかな~」

 世界が、闇へ落ちた。

   *

 アリスは黒い霧に飲み込まれていた。

 上下が分からない。

 歩いているのか、落ちているのか、浮いているのかさえ分からない。

 身体はあるはずなのに、指先の感覚が薄い。胸元の時計に触れようとしても、手が霧を掴むばかりで、そこに届かない。

 黒い霧が、肌にまとわりつく。

 冷たいようで、ぬるい。

 優しいようで、息苦しい。

 まるで誰かの悪い夢の中に閉じ込められたみたいだった。

「……ここは」

 声を出すと、霧に吸い込まれた。

 返事はない。

 その代わり、遠くに光が見えた。

 淡い金色の光。

 アリスはそちらへ向かって歩いた。

 霧が少しずつ晴れていく。

 そして、目の前に現れたのは、懐かしい屋敷の庭だった。

 薔薇が咲いている。

 淡いピンクの、凛とした薔薇。

 風が吹くと、花びらが静かに揺れる。甘くてやわらかな香りが広がった。

「アリス」

 優しい声がした。

 振り返ると、おじい様が立っていた。

 穏やかな目。

 少し曲がった背中。

 でも大きくて、頼もしい手。

 その隣には、お父様がいる。

 お母様もいる。

 みんな、いる。

 失くしたはずの人たちが。

 遠くへ行ってしまったはずの人たちが。

 アリスは息を呑んだ。

「おじい様……お父様……お母様……」

 声が震える。

 お母様が笑った。

「アリス、そんな顔をしないで」

 お父様が手を広げる。

「おいで」

 アリスは一歩踏み出した。

 胸の奥で、何かが泣き出しそうになる。

 これは夢だ。

 そう分かっている。

 分かっているのに、足が止まらない。

 だって、会いたかった。

 ずっと。

 心のどこかで、もう一度だけ会いたかった。

 おじい様が、いつものようにアリスの頭を撫でる。

「よく頑張ったね」

 その言葉に、涙が込み上げた。

 お母様の腕の中は、花の香りがした。

 お父様の声は、胸の奥まで温かかった。

「もう大丈夫よ。どこにも行かなくていいの」

 お母様が、アリスを抱きしめながら囁いた。

 その言葉は、とても甘かった。

 甘くて、優しくて、ここに溶けてしまいたくなるほどだった。

 もう、何も考えなくていい。

 ノアのことも。

 不思議の国のことも。

 鍵も、時計も、八年前の記憶も。

 全部忘れて、この薔薇園にいればいい。

 そう思いかけた時だった。

 ガラガラ、と音がした。

 空が崩れる音。

 薔薇園の壁がひび割れ、幸せな景色が紙細工のように裂けていく。

「え……?」

 おじい様の姿が薄れる。

 お母様の腕が霧になる。

 お父様の声が遠ざかる。

 アリスは手を伸ばす。

「待って!」

 けれど届かない。

 次の瞬間、世界は暗転した。

 薔薇園は、踏み荒らされていた。

 黒い土。

 折れた枝。

 散った花びら。

 赤い夕暮れの中に、叔父レオニクの影が浮かび上がる。

 冷たい目。

 値踏みするような視線。

 その後ろに、取り巻きを連れたエドワードが馬に乗っていた。

 笑っている。

 あの日と同じ、獲物を見つけた人間の顔で。

「逃げろよ、アリス」

 エドワードの声が響く。

 アリスの身体が震えた。

 馬の蹄が地面を蹴る。

 薔薇の枝が折れる。

 花びらが泥に沈む。

 アリスは走り出した。

 足が重い。

 ドレスの裾が絡まる。

 息が苦しい。

 背後から馬の音が追ってくる。

 近い。

 近い。

 逃げても逃げても、距離が縮まらない。

「いや……!」

 アリスは必死に走った。

 けれど、足元の根に引っかかり、転んでしまう。

 手のひらに痛みが走る。

 見上げると、エドワードが馬上から見下ろしていた。

 空が赤い。

 薔薇が黒い。

 逃げ場がない。

 胸が詰まって、声が出ない。

 あの時の恐怖が、身体を縛る。

 動けない。

 息ができない。

 アリスは震える唇を開いた。

「たっ……助けて……」

 誰を呼べばいいのか。

 お母様。

 お父様。

 おじい様。

 みんな、もういない。

 それでも、声は勝手にその名前を探した。

「ノア……」

 小さな声だった。

「ノア……!」

 その瞬間、風が吹いた。

 白い風だった。

 黒い霧を切り裂くように、白い影が空から降りてくる。

 白銀の髪。

 白い兎耳。

 赤い瞳。

 ノアが、アリスの前に立っていた。

 その背中は、いつもよりずっと大きく見えた。

 甘い笑顔はない。

 柔らかな声もない。

 ただ静かに、アリスと悪夢の間に立っている。

 エドワードの馬が嘶く。

 黒い霧がざわめく。

 ノアは振り返らなかった。

 ただ、低く言った。

「アリスに触るな」

 その声は、白い刃のようだった。

 ノアが、手を上げた。

 たったそれだけだった。

 けれど、アリスの周りにまとわりついていた黒い霧が、まるで鋭い風に裂かれた布のように散っていく。

 エドワードの笑い声も、馬の蹄の音も、泥に沈んだ薔薇園も、少しずつ輪郭を失っていった。黒い霧は唸るように渦を巻き、なおもアリスを飲み込もうと伸びてきたが、ノアの白い背中に触れた瞬間、じゅっと音もなく消えた。

 アリスは、その背中を見上げていた。

 細く見えるのに、決して退かない背中。

 今まで何度も見てきたはずなのに、こんなふうに見えたのは初めてだった。

 守られている。

 そう思った。

 同時に、胸の奥が痛んだ。

 逃げたのは自分だ。

 ノアを置いて、時計塔から飛び降りた。

 信じきれなくて、怖くなって、帰りたくて、ノアの手から逃げた。

 それなのに、彼は来た。

 この黒い霧の中まで。

 アリスの前に、また立ってくれた。

「ノア……」

 声が震えた。

 ノアはゆっくり振り返った。

 甘い笑顔はなかった。

 怒っているようにも見えた。悲しんでいるようにも見えた。けれどその赤い瞳の奥にあったのは、もっと深いものだった。

 安堵。

 痛み。

 そして、どうしようもないほどの心配。

 アリスの胸が詰まる。

「ごめんなさい……」

 言葉は、ほとんど息のようにこぼれた。

 ノアは何も言わず、アリスのそばまで来た。

 そして、そっと腕を伸ばす。

 今度は、聞かなかった。

 抱きしめてもいいか、と。

 けれどアリスは逃げなかった。

 白い腕が、アリスを包む。

 胸元に引き寄せられる。

 ノアの服からは、いつもの薔薇に似た甘い香りがした。胸に頬を寄せた瞬間、アリスの身体から力が抜けていく。

 怖かった。

 ずっと怖かった。

 ノアが怖かった。

 ノアを信じたい自分も怖かった。

 帰れなかったことも、この黒い霧も、全部。

 アリスはノアの服をぎゅっと握った。

「ごめんなさい……私、勝手に……」

「大丈夫」

 ノアの声が落ちてくる。

 優しい声だった。

 でも、その奥に疲れが滲んでいる。

「それより今は、帰り道を探そう」

「怒って、ないの……?」

 ノアは少しだけ黙った。

 それから、アリスの頭に手を置く。

「怒ってるよ」

 胸がきゅっと縮む。

 けれどノアの手は優しかった。

「でも、それより怖かった」

 アリスは息を呑んだ。

 ノアはそれ以上言わなかった。

 ただ、アリスの髪を一度だけ撫でる。

「僕につかまって」

 アリスは小さく頷いた。

 ノアの手を取る。

 その手はいつもより少し冷たかった。けれど、しっかりとアリスを握り返した。

 二人は暗闇の中を歩き出した。

ジャンル・タグ

, , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 7 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

ニワコ

ニワコ

ChatGPTと協力しながら物語を書いています。フォロー大歓迎! キャラクターやお話の流れは、すべてオリジナルで、AIには主に文章作成や表現の整理を手伝ってもらっています。 ずっと頭の中にあった物...

👥 フォロワー: 1人

作者ページを見る