下北半島縦貫道路
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
ミズホは野辺地病院の職員から受け取った地図の書き込みを確認していた。野辺地インター、下北半島縦貫道路、横浜吹越インター。その先は国道279号線へ戻り、横浜町へ向かう。
「明日には、大湊に着けるかな」
口にしてみると、急に現実味が出た。
東京を出てから、何度も遠く感じた場所。
大湊。
その名前が、もう翌日の目標として話されている。
90式はゆっくり動き出した。
国道279号線を戻るように進み、野辺地インターへ向かう。町の中には人の気配があった。除雪された道。開け閉めされた形跡のある建物。病院へ向かう車の轍。
青森市の沈黙とは違う。
サヤは外を確認しながら言った。
「ここ、ちゃんと町として残ってるね」
ミズホは地図を見たまま答えた。
「野辺地病院がああいう形で動いてるのが大きいと思う。病院が生きてると、人が集まれる」
シオナは前を見ていた。
「下北に入る前に寄ってよかった」
「うん」
野辺地インターの入口が見えてきた。
通常の高速道路のような威圧感はない。料金所もない。下北半島へ向かうための高規格道路が、雪の中へまっすぐ伸びている。
サヤが少し身を乗り出した。
「ここから縦貫道路?」
「そう」
ミズホが確認する。
「野辺地インターから入って、横浜吹越インターまで。そこから国道279号線へ戻る」
シオナは速度をさらに落とした。
「入る」
90式は野辺地インターから下北半島縦貫道路へ入った。
道は広かった。
国道の市街地や交差点を抜けてきたあとでは、その広さが少し心細いほどだった。車はほとんどいない。舗装の上には薄く雪が残っているが、轍もあり、完全に埋もれてはいない。
空は灰色。
遠くの山と雪原の境目がぼやけている。
風はあるが、視界を奪うほどではない。
シオナは30km/hを超えない速度で、慎重に進んだ。
「走りやすいけど、油断しない」
ミズホが言った。
「うん。止まりにくい道だから」
サヤは外を見た。
「まっすぐだね。なんか、下北に吸い込まれていくみたい」
その表現に、シオナは少しだけ笑った。
「吸い込まれたら困る」
「じゃあ、招かれてる」
「それならいい」
道は雪の中を北へ伸びていた。
ところどころ、吹き溜まりが路肩に寄っている。
橋の上では風が少し強く、シオナはさらに速度を落とした。90式は重い車体で雪を踏みしめながら、ゆっくり進む。
サヤはハッチを少しだけ開け、すぐに閉じた。
「風、冷たい。けど視界はある」
ミズホがシオナを見る。
「疲れは?」
「ない」
「頭痛は?」
「ない」
「寒気は?」
「ない」
サヤが笑った。
「縦貫道路でも診察は続く」
ミズホは平然としていた。
「今日は続ける」
「私、完全に患者だ」
シオナが言うと、ミズホはすぐに返した。
「昨日発熱した人」
「はい」
三人の会話は軽かったが、車内には緊張もあった。
この先は、青森市側でも十分に確認できていない。
野辺地の人たちが言うには、横浜町までは通れるはず。
大湊には灯りがある。
だが、道そのものを三人の目で見るまでは、何も確実ではない。
縦貫道路を走っている間、シオナは何度も路面を見た。雪の白さ。轍の深さ。路肩の位置。風の流れ。
秋田で教わった冬道の見方。神町で受けた整備。野辺地で受けた燃料。すべてが、今この道の上でつながっている。
やがて、横浜吹越インターの案内が見えた。
サヤが声を上げる。
「吹越、見えた」
ミズホが地図を確認する。
「ここで降りる。国道279号線へ戻る」
シオナはゆっくり車体を出口へ向けた。
縦貫道路を降りると、道の雰囲気が変わった。
高規格道路の直線的な静けさから、再び町と海に近い国道へ戻る。雪の積もり方も、風の当たり方も違う。
国道279号線を北上する。
左手の方に、むつ湾の気配があった。
海は見えたり隠れたりした。雪雲の下で鈍く光り、風に色を変えている。
右手には低い山と集落の気配。家々の前には除雪の跡がある。完全な無人ではない。
サヤは外を見ながら言った。
「下北半島に入ったって感じがする」
ミズホは地図から顔を上げた。
「うん。野辺地までは青森側の延長だったけど、ここからは下北の道だね」
シオナは短く答えた。
「大湊に近づいてる」
その言葉だけで、車内の空気が変わった。
遠い目標ではなくなった。
明日には着くかもしれない場所。
フェリーが夜に見た明かりの正体。
東京から続いてきた旅の、ひとつの大きな結び目。
作品統計
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