第二十二話 アリスが選ぶ手〈続〉~おまけ~
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
〜不思議の国のアリスをモチーフにした作品です〜 十四歳の少女アリスは、姉の結婚式の日、白兎に導かれて“不思議の国”へ迷い込む。 そこにいたのは、白兎の姿を持つ美青年ノア。 優しく甘くアリスを守る彼は、この国に隠された秘密を知っていた。 「君はこの国を選んだんだ」 失われた八年前の記憶。 薔薇の鍵。 ハートの女王。 そして、白兎の隠した小さな昨日。 守られているのか、閉じ込められているのか。 アリスは信じたい気持ちと疑う心を抱えながら、自分自身の物語を取り戻していく。 可憐で不穏な、童話ファンタジー。 白兎は、私を救いに来たの? それとも、もう二度と帰さないために迎えに来たの?
本文
第二十二話 アリスが選ぶ手〈続〉~おまけ~
マッドは椅子に腰かけ、冷めた紅茶を見つめていた。
ネムリは疲れたのか、ロビンの袖を掴んだまま、こくりこくりと小さく瞬きをしている。
その中で、ノアはアリスのすぐ隣に立っている。
白い指が、アリスの手を離さないまま。
「そろそろ失礼するよ」
ノアが静かに告げた。
声は柔らかい。
けれど、アリスの手を握る指先には、まだほんの少し力がこもっていた。
アリスは、ノアの隣に立ったまま、小さく息を吸う。
「あの、お茶ご馳走さまでした」
アリスが礼を言った、その瞬間だった。
マッドが、ゆるりと片手を差し出した。
「君が来たくなったら、いつでもおいで。僕の茶会は、気まぐれな子ほど歓迎するからね」
「……ありがとうございます」
アリスが反射的に手を出しかける。
マッドの指先は、すらりとした白い手を取った。
長い指。
冷たい月明かりを受けた、白い肌。
マッドは流れるように手の甲へ唇を落とした。
「手まで美しいな」
「おい」
ロビンの低い声が落ちた。
「マッド。顔上げろ。それ、白兎の手だぞ」
アリスは、ぱちりと瞬いた。
マッドが顔を上げる。
そこには、甘い笑顔を浮かべたノアがいた。
笑っている。
とても綺麗に。
けれど、目がまったく笑っていない。
マッドは自分が掴んでいた手を見る。
長い指。白い肌。間違いようもなく、白兎の手だった。
沈黙が落ちた。
部屋の時計が、かちり、とひとつ鳴る。
「……なるほど」
マッドはゆっくりとノアの手を離した。
「白兎の手とはね。これはこれで、なかなか貴重な経験だ」
「二度目はないよ」
「惜しかったな」
「惜しまなくていい」
「君も、随分手が早いね」
「君の手癖ほどじゃないよ」
二人は微笑んでいた。
空気だけがじわじわ冷えていく。
ネムリが、そっとロビンの後ろに隠れた。小さなネズミ耳が不安そうにぴくぴく揺れている。
「……いや、お前ら、空気怖すぎるわ」
ロビンの一言で、やっとアリスは息をした。
ノアは何事もなかったように、アリスの手を取り直す。
今度は、誰にも触れさせないように。
「帰ろうか、アリス」
「……はい」
マッドは頬杖をつき、にやりと笑った。
「白兎」
「なに?」
「君は、案外分かりやすい」
ノアは振り返らなかった。
ただ、アリスの手を握る指に、ほんの少しだけ力がこもる。
「アリスの手は、今は僕が預かっているからね」
甘い声だった。
けれど、言ったあとで、ノア自身がほんの一瞬だけ黙った。
まるで、何かに気づいてしまったみたいに。
アリスの胸が、小さく跳ねる。
マッドは面白そうに目を細めた。
「預かっている、ね」
「……何か?」
「いや。良い言い訳だと思って」
「言い訳じゃないよ」
ノアの声はやわらかかった。
けれど、アリスの手を握る指は、まだ少しだけ強かった。
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