第2話 綿毛
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔王城は三ヶ月で陥落した。 犯人は聖女だった。 魔王に一目惚れした聖女アリアは、毎日魔王城へ通い続ける。 「好きです!」 「結婚してください!」 今日も元気に告白するアリアと、 「帰れ」 と言いながら追い返せない魔王ゼノ。 気付けば門番も、侍女も、くーちゃんも、そして魔王城まで少しずつ変わっていく。 これは、 好きだから会いたい。 好きだから会いに行く。 ただそれだけを続けた聖女と、 不器用な魔王の優しい恋のお話。 🌸🏰🖤 疲れた日に少しだけほっこりできる、 花と綿毛ともふもふの異種族ラブコメです。
本文
第2話 綿毛
アリアは朝から少しそわそわしていた。
神殿の小さな支度部屋。
白いカーテンが春風に揺れている。
鏡の前に座ったアリアの髪を、侍女が丁寧に梳いていた。
淡いクリームブロンドの長い髪。
今日は片側へ流すようにまとめ、耳の後ろに小さな生花を飾る。
白と薄青の花。
清楚で、やわらかくて、少しだけ甘い香りがした。
「今日はこの花でよろしいですか?」
「はい!」
アリアはぱっと笑った。
「ゼノ様、気付いてくれるでしょうか」
侍女は少し笑う。
「気付かなかったら、ちゃんと見せて差し上げてください」
「はい!」
元気な返事だった。
最初の頃は止めていた。
魔王城へ行くなど危険です。
おやめください。
せめて毎日はお控えください。
何度もそう言った。
けれどアリアは止まらなかった。
泣いて反抗するわけでもない。
怒るわけでもない。
ただ。
少し困ったように笑って。
「でも、会いたいんです」
そう言った。
それだけだった。
それだけで。
侍女達は負けた。
「お仕事は?」
「終わらせます!」
「休憩は?」
アリアは少し考えた。
そして笑う。
「魔王城でします!」
「休憩とは」
侍女は小さくため息をつく。
けれど手つきは優しかった。
最後に花の位置を整える。
「行ってらっしゃいませ、アリア様」
「行ってきます!」
アリアは立ち上がる。
今日も少しだけ。
二十分か。
三十分か。
長くても一時間。
それでもいい。
顔が見たい。
声が聞きたい。
ゼノ様に会いたい。
それだけで足取りは軽かった。
魔王城に、白い花の香りが届いた。
門番は顔を上げる。
もう驚かない。
驚かない自分にも、そろそろ驚かなくなっていた。
「おはようございます!」
「おはようございます、アリア様」
自然に名前が出た。
聖女様ではなく。
アリア様。
アリアは嬉しそうに笑う。
「今日のお花、可愛いですか?」
「可愛いと思います」
「本当ですか?」
「はい」
「ゼノ様、気付いてくれるでしょうか」
門番は少し考えた。
魔王様が花を見るか。
昔なら分からない。
だが最近は。
見ている気もする。
「見られるのでは」
「本当ですか!」
アリアの表情がぱっと明るくなる。
それだけで。
門前が少し明るくなった気がした。
「行ってきます!」
アリアは小走りになる。
そして三歩で止まった。
「あっ」
花壇の隅。
昨日はまだ蕾だった花が咲いている。
アリアはしゃがみ込んだ。
「咲いたんですね」
嬉しそうだった。
触れない。
ただ眺める。
「よかったです」
門番は思う。
魔王様に会いに来たはずなのに。
まず花を見ている。
いつものことだった。
「アリア様ー!」
庭の方から小さな声が飛ぶ。
子供の魔族だった。
「はい!」
アリアはすぐに立ち上がる。
そしてそちらへ向かった。
門番は少し笑う。
ゼノ様に会いたい。
それは本当。
けれど。
花が咲いていたら立ち止まる。
子供に呼ばれたら振り向く。
怪我人がいたら治療する。
話しかけられたら立ち止まる。
急いでいるはずなのに。
焦らない。
怒らない。
苛立たない。
全部好きだから。
門番は空を見上げた。
綿毛みたいだ。
風に乗って来て。
ふわふわ飛んで。
あちこち寄り道して。
それでも最後には。
必ず魔王様のところへ戻っていく。
執務室の窓から。
ゼノは庭を見下ろしていた。
ただ。
白いものが動いていた。
花壇の前。
次は庭。
次は子供達の輪の中。
次は負傷した魔族の前。
アリアだった。
ゼノは無言で見ていた。
アリアは怪我をした魔族の腕へ手を添える。
淡い光が溢れる。
傷が塞がっていく。
治療された魔族が頭を下げる。
アリアは嬉しそうに笑った。
そして。
こちらへ向かって走り出した。
ゼノは窓から離れる。
机へ戻る。
書類を一枚取る。
読もうとする。
少しして。
窓を見る。
まだ来ていない。
花壇の前で止まっていた。
何をしている。
数秒後。
また書類を見る。
そして。
また窓を見る。
今度は子供達に捕まっていた。
ゼノは小さく息を吐く。
綿毛みたいな聖女だった。
ふわふわしていて。
どこへ飛んでいくか分からない。
少しして。
ようやくこちらへ向かってきた。
ふわり。
花の香りがした。
白と薄青。
昨日とは違う香り。
コンコン。
「アリアです!」
「入れ」
返事が終わる前に扉が開いた。
「ゼノ様!」
アリアが入ってくる。
髪の片側に白い花。
頬は少し赤い。
「走るな」
「会いたかったので!」
「理由になっていない」
「なっています!」
アリアは胸を張った。
ゼノは書類へ視線を戻す。
「今日は遅かったな」
「えっ」
アリアが瞬きをする。
「遅かったですか?」
「花を見ていた」
「見てたんですか?」
「見えただけだ」
「見てくれてたんですね!」
「見えただけだ」
アリアは嬉しそうに笑った。
否定は効かなかった。
「今日のお花も見てください」
少し身を乗り出す。
「神殿の侍女さんが選んでくれました」
「毎日違うな」
アリアが固まる。
「分かるんですか?」
青い瞳がきらきらした。
ゼノは少し黙る。
しまったと思った。
だが言った後だった。
「香りが違う」
アリアは両手で口元を押さえた。
「ゼノ様」
「なんだ」
「すごく嬉しいです」
「そうか」
「私のこと、ちゃんと見てくれてるみたいです」
ゼノは答えなかった。
ただ。
書類を一枚めくる。
アリアはそれだけで満足したように笑った。
「今日もかっこいいです」
「毎日言っている」
「言いましたっけ?」
「言った」
「本当ですか?」
「言った」
「じゃあ今日も言います」
アリアは笑う。
「今日もかっこいいです」
「……そうか」
いつも通りだった。
けれど。
いつも通りなのに。
花の香りが少しだけ濃く感じた。
(第3話 くーちゃん へ続く)🌸🖤✨